プロローグ
――今までの私の人生の答えがこれだとしたら、私は最初から無意味な存在だったのでしょうか――
「リコリス・クレールス、前へ」
告げられた言葉はなんと慈悲のない物か。
言われた通りに、私の命を終わらせるモノの前に立つ。
ああ、私はどこで間違えてしまったのだろう。どうしてこのような結末になってしまったのだろうか。
「ねえ―――様、これじゃあリコリス様が可哀そうだわ…せめて最後に、空を見せてあげましょう」
甘ったるい声は、誰の声だろう。
こんな場所に―――見せしめのように行われる私の死刑に来るなんてなんて悪趣味な方なのかしら。
「だって最期なんですもの。可哀そうですわ」
「―――。君はなんて慈悲深いんだ。おい衛兵、その女を仰向けにしろ」
「っそれはあまりにも、」
「…貴様、私の言葉が聞けぬというのか?」
「い、いえ、ただ…仰向きになる、と」
「ねえ、お願いよ。最後に綺麗な空を見せてあげたいの、いいでしょう?」
辛そうな顔をした衛兵さんが、私を仰向けにし首を固定する。申し訳ないと、口が動いた。気に病まないでくださいという言葉は、音にできなかった。
ああ―――確かに、気持ちのいいほど青く澄み切った空だ。ただ、そこに今から私の首を落とすであろう刃さえなければよかったのに。
「…リコリス・クレールス、何か言うことはあるか」
言いたいこと、など、何もなかった。
積み上げてきた努力も、愛されようと愛そうと必死だった日々も、役に立とうと紡いだ絆も、すべて無駄だったのだ。
ただ一つのことによってすべて壊され、私はすべてを失い、異国の地で散っていくのだ。
何も言うことなどない。
何を言ってももう遅い。
何を言っても伝わらない。
なんて、意味のない人生だったのだろう。
「その悪女の首を落とせ!!!」
ああ、聞きなれた声の、なんと不快なことか。
視界の端で、刃を固定している鎖が外される。
これで終わり。なんとあっけないことだろう。ああ、でも、どうか一つだけ。許されることなら、私は、
「リース!!」
――貴方にあの日伝えたあの言葉だけは、嘘ではないと伝えたかった。
刃が私の首を過ぎるのは一瞬で、ただ熱い何かが首元を過ぎるだけだった。でも上を向かされたため、私の首は地面めがけて落ちていき――最後に、泣きわめくあの人と目が合ってしまった。
「幸せになって」
自分の口から出た音に驚いた。
あの人が大きく目を開けこちらに向かう。
ああ、そういえば首が離れてからも数分、生きていることがあるとどこかの本で読んだことがあると思いながら―――リコリス・クレールスの人生は、幕を閉じる。
****新聞号外。
一年前より第*王子の婚約者とし、我が国の文化を学ぶため隣国ローザ王国より留学に来ていたリコリス・クレールス元公爵令嬢は王族殺人未遂の罪により死刑判決を受け月×日午後刑が執行された。
しかし切られて絶命したはずの彼女の口から、死刑に立ち会った彼女の***に向け言葉を紡いだと数人が証言。彼女はすでに刑を執行されていたため言葉を発することは不可能であったことから、リコリス・クレールス元公爵令嬢が最期に魔法を使い民衆たちに集団幻覚を見させた可能性が指摘された。
そのため、王族魔法省から数人が派遣され調査に当たったが魔力汚染等は見られなかったとのこと。なお現在もあたりを調査中であり――――リコリス・クレールス元公爵令嬢の死刑により、ローザ王国は我が国との同盟を破棄すると表明。その後我が国に対し――――
ぐしゃりと、今読んでいた新聞を握りつぶし火へとくべる。
リースは…彼女は何の罪も犯していない。あれほど国の為に、隣国との交友の為に、身を粉にしてあの男の婚約者として努力をしていたのに、あの男はそれを踏みにじった。
一人の少女に惚れ込んだがために、婚約者であり自身の従妹であった彼女を自分の意志で嵌め、殺した。
―――そんなことが、許されるはずないのに。
「っき、さま、こんなことをして、許されると思うのか、」
息も絶え絶えといわんばかりに、彼女を貶めた男が僕を睨みつける。足が切り落とされたから逃げることもかなわない男を見ると、どうしてもっと早くこうしなかったのかという後悔だけが募った。
「この国の王になるこの俺に!!こんなことをして、許されるとっ」
「ここで死ぬのに、王になるなど…戯言ですね」
「なっ…?!」
「出血死しないよう手当はした…でもそれは、貴方が誰を殺したのか、ちゃんと理解して殺すためです。それに―――貴女の国など、もうどこにもない」
背後で燃え盛る王城。
捕らえられ庭に転がされた王族たち。
そして彼らを守ろうとした兵士の屍。
この国は亡ぶだろう。リコリス・クレールスを殺した罪で。僕の手で、この国は亡ぶ。
「この…悪魔めっ!」
「そうだね、僕はきっと悪魔なんだ」
リースが死んでまでも守ろうとしたこの国との同盟を破棄し、戦争を仕掛けたのだ。きっとリースと同じ場所になんて逝けない。
こんな男のせいでリースは死んで、僕は地獄に落ちる。それはとても不公平だ。
せめて彼女を殺したこの男だけは、僕と同じ地獄に落ちてもらわないと困る。
「――昔、リースと皆と王城で遊んでいた時、一度だけ禁術が書かれた本を読んだことがある。頭の悪い僕は内容なんて全然わからなくって、でもリースは怖い顔をしてあの本を破棄しようとしたからきっと悪いモノだったんだと思う。リースは今読んだことは忘れなさいって言ったけど、僕はずっと忘れなかった。だから、今ならわかるんだ。あれはとても素晴らしい書であったって」
ああ、遠くからあの女の声が聞こえる。
その声を聴いて男は青ざめる――まさか、彼女だけでも助かるとでも思っていたのだろか。
そんなことない。僕は必ず彼女をはめた人間すべてを葬る。
たとえ彼女が許しても。彼女の肉親であろうと友であろうと。彼女を見捨てた人間を、国を、僕は葬る。
連れられてきた彼女を男へと投げつけ、僕は先ほどまで書いていた魔法陣の上から出る。
「――その本に書いてあったんだ。時を戻す魔法。もちろん禁術だよ。人の命を代価にすることで発動される魔法だ」
「お前、なに、を」
彼女をはめた者たち。
彼女の死刑を認めた王族と宰相と、大臣たち。
そして息だえた兵士たちと燃え盛る王都にいる延べ数千人の命をささげて。
僕は地獄に落ちる。
「ありがとう―――君たちのようなものでも、彼女を幸せにするための代価として使えるんだ」
―――次こそは。きっと。
僕がリースを幸せにして見せる。