中編
何か、簡単に終わらせる筈の話のスケールが若干デカくなりました。
脳内でキャラに勝手やらせるととんでもない、という見本の様です。
「お!─────あそこに歩いているのは噂の柳生友矩クンではッ⁈」
偶々そこを通り掛かった慎吾をあたしはすっぱりと売った。
「──────さ、左門なのか!」
げ、と声が聞こえた気がする。するだけだ。
『こ、小雪ちゃん、僕を売ったんだ‼︎』とか聞こえてない聞こえてない。
十兵衛だってグランドスルーしたんだ。許せ、左門!お前も男だ、オカマ掘られるくらいなんだ!こっちは処女が掛かってるんだからな!多分心配して様子を窺っててくれたんだろう?お前の死は無駄にはしないさぁ!
早速、捕縛に走る社長と奇声を上げて逃げ惑う慎吾を他所にあたしはそっと抜け出そうとした。
不意に悪寒が走る。身を沈めるのと右足を前に出して重心を移動させ、立て掛けてあった竹刀を取って振り上げた。
カシィイイイン!
『宮本武蔵』がそこに居た。
振り下ろされた竹刀の衝撃が来ないと思ったら、根本先生が身体を入れて受けていた。
「─────貴様、神聖な道場で丸腰の婦女子に剣を振るうとは何事だ」
さっきの後は両手で受けた竹刀の音か。
く、ま又十郎のクセにカッコイイ…。襲われた所をイケメンに庇われるって世の乙女の夢よね。まあ、あたし余裕で躱せたけどな!
宮本はすっ、と竹刀を下ろすと、瞳に甘やかなモノを浮かべ、綺麗に一礼した。
「すみません、センセ。剣道部のマネージャーさんも齧ってるのかな?って思ったらつい手が」
次いで、芸能人の美貌がこちらにするりと近づき、しゃがみ込んで視線を合わせてくる。
「ホントにごめんね?でも、流石だね。寸止めする気ではいたけど、躱すだけでなくまさか受けようとするとはね」
君は何者なの?
そんな魅惑の視線を生汗ダラダラで受けたあたしの脚が遂に限界を迎えた。
ピキィ!つった!
「い、痛てててテテテェ!ひゃああおーッ⁉︎」
「な!あれしきの動きでつったのか!」
竹刀を捨て、右足を抱えて翻筋斗打つあたしを慌てた宮本がスカートを捲ってマッサージし始めた!
「ひやわあ!イタっやめ、アンタ乙女の聖域にッ、何をすんのよぉおおおおー」
「ごめんね、ごめん!全部俺の所為だ。うん、お詫びに後で購買で何でも奢ってあげちゃうから!ほら痛いよね?直ぐ治すからガマンして」
「ぬおおおお!ギブ!ギブだッ」
ぐき、ゴキュ、ぱき。────あ、治った!
どばぎぃ‼︎‼︎
あら宮本が根本先生の拳を受けて吹っ飛んだ。一応加減してボディにしたのね。
「てめえッ!小雪の絶対領域は俺の専売特許だ‼︎気安く触んじゃねぇ‼︎」
ヨシ、あいつ殺そう。
あたしは頭の中で殺人の合法化について48の仕様を巡らせたあたしは悪くない。
「宮本ォお前ナニしてんだー!アホー!すんません、先生にお嬢ちゃん」
佐々木がすっ飛んで来て頭をぺこぺこと下げて周った。
「君も大丈夫?」
「あ、大丈夫っス!でも、アナタの相方のお陰で足を捻りましたので、エキストラはやりません。これ幸いと部活を休みます」
元帰宅部はそそくさと退場しようとして、
「──────禹歩?」
あっさりと捕縛された。
「佐々木さんとやら、放して下さい。これは歴としたセクハラです」
くそ、油断した!一刻も早く逃れたいが故にJKらしくない足使いをしてしまった様だ。
「…君は、『誰』だ?」
「桜咲高校2年館山小雪でぃす。なんちゃって剣道部マネージャーやってます。小雪、ゲイノージンに会えて感激ィねぇねぇ写メ撮って良いですか?出来ればツーショットでぇ。あ、でもスマホ教室に忘れて来ちゃった!あたしったら忘れん坊さん。てへぺろ」
すらり、と棒読みである。
さわわ、とフトモモを撫で上げれば、ヒャア!と情けない声が響いて、真っ赤になった佐々木がパッと手を放した。
アララ、意外と純情だなこりゃ。
これ幸いと逃げようとしたあたしに、何とノーマークの宮本がタックルして来た!
「ぐひゃあ〜」
「逃がさん!────おじょーさん‼︎お願い、協力してッ‼︎」
乙女のぽんぽこお腹にスリスリ、げ、芸能人が…。
「むう、ナニこの和太鼓の様な見事なハリ」
「まっこと、失礼なりィ〜〜‼︎」
あたしは宮本の形の良い頭に秒速でエルボーを叩き込んだ。
★☆☆☆☆★
「実はね、今回のこの作品『千年を駆ける恋』には脅迫状が届いていてね…」
巻き込まれました。
ここに先ず監督と主演の海堂南、ヒーロー役の佐々木啓太と頭を摩る宮本武蔵。スポンサー側は社長の斎藤と親父殿、そして学校側からは教頭と剣道部顧問の根本センセと何故かあたし。
クッ、慎吾の姿が無い。小癪な、逃げ果せたか…左門めが。
「悪質な悪戯だろうとは思うし、この学校自体の撮影は一週間もあれば充分なんだ。
多分、差出人は三人の主役の誰かの熱狂的なファンの仕業じゃないかな、って俺達は考えてる。勿論、迷惑掛からない様に出来るだけ前倒しで早撮りするつもりだけど、万が一にも巻き込まれない為に、出来れば南ちゃんの近くのエキストラさんは腕に覚えのある人になって欲しいんだ」
「せんせー、頼りにされてますね!」
佐々木の説明にあたしは朗らかに話を又十郎にぶん投げた。
「流れ的に分かるでしょ?逃げられないよ、館山小雪さん」
「煩いわ、遅刻魔」
「酷いッ実際は遅刻してないし!」
「帰れ、山口県下関市巌流島へ」
「巌流は流名!寧ろ岩流‼︎そしてあそこは舟島だから!しかもウチじゃないし‼︎」
こいつ等、転生者だ───────!
佐々木と宮本は確実か!ヒロインちゃんは違うのか?違うんだろうな〜いいとこコイツの嫁か…。あんなに可愛いのに転生者だったら目も当てられん。
てか、「流石に子作りする時は風呂に!」
叫んだ拍子に佐々木と宮本がずっこける。
「「流石に入るわーッ‼︎」」
そうか、ふう…幾ら常に狙われてて警戒の為、風呂嫌いと噂が立つ程に入らなかった剣豪もばっちいままで事に及んだりしなかったのね。女的には最悪だもん!汗臭いくらいなら未だしも色んな垢とか汚れとか、キチャナイ。
え?何で佐々木も叫ぶのよ。今世、あんた等友達なの?今更、揃って口を押さえンな。女子か。
「つぅか、あたしに何のメリットも無ぇわ。どうせ早朝と放課後使うんでしょ?通常授業だってタルいのに、なんだってイケメンと過ごせて映画の端っこに映る位でそんな危険に身を晒さにゃならんのよ。
其方さんも見たでしょ〜が、開脚程度で足がつる程運動不足小鞠系女子です。ありがとうございます。実際走るより事が起これば転がって逃げていった方が早いくらいです。寧ろ、アイドル女子なんぞ羨ましくて即行見捨てて逃げます。コンチネンタル・ジャイアント・ラビット並みにな!因みに普段は温厚なフレミッシュジャイアントです。日本で飼えます」
ビシィ!と、どっかの裁判ゲームの様に指を勢いよく突き出す。
「何でそんなに特殊なウサギに詳しいのッ!」
「おお…突っ込み担当か、宮本さん」
「『武蔵クン』で良いよ。二個しか違わないし」
「ギリギリ十代は何気にツラの皮が厚いなぁ」
さり気なくクン呼び要請だよ。
「館山さん…映画とか芸能人とか興味ないの?やってくれれば打ち上げにも呼ぶし、ツーショット写メも撮り放題だよ?」
「うむ、そこの南ちゃんくらい美少女ならばウキウキものだけど、小鞠系JKが何故永遠に恥を全国に晒さにゃならんのよ。イヤじゃよ何の罰ゲームだよ。飲み食いは気楽にウチでやるし、それなりに周りに美形は間に合っているのだよ。それにそんな暇があるなら山寺○一が悪役の声演ってるお子様アニメの方を観に行くわ」
ごしょごしょごしょごしょ。
男共が何やら悪巧みを背後でし始めた。
「よし!なら、こうしよう。声を録音出来る目覚ましに、制作側から山ちゃんに依頼して、ゼノ○ーガのガイナン・ク○カイの声でおはようのメッセージを…」
「ふ、アイドル女子の一人や二人、一週間程度の数時間と言うのなら造作も無い事だ。己が身に降りかかる火の粉を払うのみならず、館山小雪の名に懸けて、たとえこの身が灰燼に帰そうとも南ちゃんを守り抜いてご覧にいれよう」
佐々木が言い終わる前にあたしはずい、っとつい十兵衛全開で前に出る。ナニ、その小鞠系オタ乙女限定心臓ドキューンなピンポイント狙撃。
イェーイ!と宮本とハイタッチした!
「館山は一般生徒だ。僅かでも危険があるなら俺は許可を出さん」
低い根本教諭のエエ声が響く。
「根本センセー、撮影の間だけ『幹久さん』て呼ぶよ?」
「そうだな、一度学校側が引き受けたモノだ。無下には出来ないか。仕方ない、撮影時には常に私が立ち会いましょう教頭」
宗○センセイ、アレがコロリでございますか?
今、全員の気持ちが一つになって、気分は綾瀬はる○だった…。
翌日の早朝から引っ張り出されたあたしは出番が終わったので油断していた。
木の上で休んでいた所にヒーローが揃い踏みした。
「─────特に何事も無く学校のロケは済まそうだな」
と、佐々木。どうやら、私が居る位置は彼らの方から死角になっている様だ。
「そうだな。良かったよ〜この学校にして。
お陰で上手く隠れて犯人を探せる」
「スポンサーに徳川家光公が付いた時点で偶然じゃ無いだろう」
イヤイヤ、まさか上様でも『宮本武蔵』と『佐々木小次郎』を釣り上げるつもりは無かったと思うよ?
前世の影響で偶々この映画にシンパシーを感じたに過ぎないって。てか、上様は見抜いたのか。凄いな佐々木。
「しかし、あの面子は何なんだ?小雪ちゃんの女友達以外只者じゃあ無いだろ」
「肝心の【小雪ちゃん】が一番の謎なんだ。なあ?」
どん!
衝撃と同時に太枝が揺れた。
咄嗟の判断で飛んだあたしは『とうっ!』と宮本の上に着地した。
ぐえ、とカエルが潰れる様な音がしたがキニシナイ!
「も一回聞くぞ?あんたは『誰』だ?」
佐々木が持ってた木刀を正眼に構える。
「…上様が見抜けたくらいだ。他の者なんざお見通しだろう?」
「あれは自爆だ。『寛永御前試合』みたいなの無意味に差し込め、って言うんだぜ?アクション映画だけど恋愛ものだっつーの!原作少女漫画なのに何でそんな青年誌ばりの骨太のイベント盛り込まなきゃなんないんだよ…」
「寛永御前試合」は、家光が武芸を好み、時々武芸者を江戸城内に招いて試合をさせたとゆー事実に基づく血湧き肉躍るバトルイベントだ。
「あー日程がお父上の秀忠公が亡くなった年だったり、次こそはと思っても日光東照宮を参詣した時期で予定がポシャッたりと結局念願果たせてないからなぁ、あの人」
「その言い草、余程身近な者と見える。側近…か?」
「さぁな。あたしの事などどうでも良いだろう。それより、三人の内の誰かのファンが犯人で10代ならそろそろ直接学校で小さな嫌がらせくらい仕掛けてくる と思っていたんだが、動きがなさ過ぎる。 両雄の意見はどうだ?」
あたしがそう問いかけると二人の雰囲気ががらりと変わる。
「大きな事件を起こそうと機会を狙っている様に思える。こちらの甚大なダメージを狙うなら、おそらく油断しきった最終日辺りが怪しい」
と、宮本。
「ファン心理の闇なんぞ分かり兼ねるが、普通は対象に自己アピールしたいものじゃないのか?嫌われるのを恐れて、隠れて表に出ないつもりなら、憎い相手を個別に尾け回して闇討ちでもすれば済む事だ。─────となれば、武蔵言う通り大きな事件を起こす気か、または…対象自体が『俺達では無い』のかもな」
と、佐々木。
まさに目から鱗だった。
そうなると、対象は…【映画】そのもの?
『千年を駆ける恋』はタイムスリップの話だ。
しかも、関ヶ原の合戦前で…アレ?
「最後は還って来るの?現代に」
「あ、うん。関ヶ原の合戦のドサクサで追っかけてきた南ちゃんを俺達が庇った時に、きっかけとなった勾玉が輝いて、啓太と南ちゃんは元の時代に戻るんだ」
「宮本さんは?」
「俺は失恋してこっちの世界に未練が無くなった設定。城の若君と気が合って家臣になる」
「何だその死亡フラグ」
「いや、結構死ななくて、還った二人が調べた史実で俺の半生を知るらしい」
「いや、剣道囓ったくらいじゃ、ブリの刺身囓ったくらいでアニサキスにやられて死ぬよね?」
「どうしても俺を殺したいの⁉︎しかも、線虫?」
くくく、と笑って口元を覆う。
「まあ、『あんた』ならあの時代でも生き抜けるだろうがな?──────佐々木さんの話で少し思い当たる節がある。幸い、幼馴染と剣道部顧問が使えそうだ。ちょっと違った方面から調べてみっか」
「俺達も当事者だぞ?」
「ああ、そりゃ分かってるけどさぁ〜。目立つんだもん、貴方達。さっきもなんか都合の良い事言ってたけど、上様、制作サイドだからね?学校来ないよ。第一、それを知る者なら尚更貴方達の事が分からない筈、無いでしょ?大人しくイイ映画撮ってなさい」
休憩中に食べてたクリームパンの欠片を払い、あたしはニカッと笑ってみせる。
「この享楽の時代。何故か史実は歪められ、面白可笑しく『俺』や『あんた』を作り出す。それをフィクションとして楽しめばいいのに、出来ない奴がいるのかもな。
やれやれ、小鞠系JKとしては放って置きたいところだが、石舟斎も草葉の陰から『手伝ってやれ』って言いそうだ。
これも何かの縁だから、一回こっきり手を貸すよ。映画の中で振るわれるだろうあんたの『剣』なら虚構の中でも見てみたい。そして、現実の過去でも一度交えてみたいと思わせる程には惹かれるものがあったからな」
十番勝負とは行かずとも、この身は転生剣豪の端くれ。
悪意の残像くらいは打ち払える筈だろう。
あたしは二人を前に踵を返して立ち去った。
だが、本当の当面の問題はつった足がまだちょっと痛い事だ…。
やべし。マジ、やれっかな…。
幾ら転生剣豪でも、運動不足の折ばかりはどうしようも無かった。
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明日の葉室に頑張って貰いたい流れに…。