特殊性から一般性への飛躍
「私が・・・と思う」と「みんなが・・・思う」は、全く異なる。しかし、この飛躍は容易に行われているのではないか。
自分の主張を相手に伝えるとき、「僕は・・・と思う」ではあくまでも個人的な意見で、説得力に欠ける。そこで「みんな・・と思っている」や「・・・が普通」という言葉を使うことで、あたかもこの意見は特殊なものではなく、一般的なものという印象を与えようとする。
とはいえ、この飛躍はそんなに容易なせることではない。周りの友達がそう言っているだけでは、「みんな」とは言えない(もし、みんなというのが友達だけを指しているのなら、満たされるが)。また、テレビで言ってたからといって、「みんな」というのは、早急な感じがする。
一般性を主張するためには、実際にデータを基にしてるなどの裏付けが必要となってくる。ただ、実際の会話において、いちいちデータを意識していることはほとんどない。そうなると、この飛躍は、主張する人にとって都合のいいように使用されてる。つまり、「みんな」がそう言っているわけではないのに、「みんな」がそう言っていることにしている。
しかし、そもそもI(私)からWe(みんな、私たち)の飛躍が果たせたからといって、その主張が正しいということではないではなかろうか。




