菜花編3 菜花の告白
勇者は病院中、探してみたが、菜花ちゃんの姿はどこにもなかった。
と、なると外……か。勇者は窓から外を見た。外はすごい土砂降りの雨だった。
そこに、公園に向かって走っていく人影が見つかった。傘もさしていない。もしかしたら……と勇者は傘を持って外へ飛び出した。
公園は雨で人子一人いなかった。おかしいな。確かに見たはずなのに。
と、そこで、後ろの茂みからがさがさという音がした。
勇者が後ろを振り返ると菜花ちゃんが茂みから顔を半分出して泥まみれになりながら一生懸命、何かを探している姿が見えた。菜花ちゃんはずぶ濡れだった。
「菜花ちゃん!!」
勇者は急いで、菜花ちゃんのもとに駆け寄った。
「あ、ゆう、しゃ……。ない、ないの。なのかのよつば。ゆうしゃのくれたくびかざりも」
何処かで落としたのかなと、菜花ちゃんは手が泥で汚れるのも構わず、地面を手探りで探していた。
「菜花ちゃん、もう帰ろう!四葉ならまたあげるから!!」
勇者は雨に負けない声で菜花ちゃんに呼びかけた。
「……ダメ、あれじゃないとダメなの!!おじいちゃまとゆうしゃがくれたよつば。せかいにひとつなの!!」
「でも、このままじゃあ風邪ひくよ!」
「いや!さがす!!」
勇者が菜花ちゃんの手を握って帰ろうとすると菜花ちゃんはそれを振りほどいた。
「ああ、もう!じゃあ僕も探すよ!!」
二人で探すこと一時間。
もう雨も上がっていた。
「みつけた!!」
菜花ちゃんが向こうの茂みから声を上げる。と、同時にふらりと倒れかける。勇者はそれを駆け寄って支えた。
「菜花ちゃん……」
こんなになるまで頑張って、そんなに恩田さんと僕のプレゼントが嬉しかったんだろうか?それだけじゃあ、ない気がする。
あれは、菜花ちゃんが恩田さんと僕が消えないようにと願をかけていたチョーカーだ。大切なものなのだろう。だとしたら、あれがないと不安になるだろう。さっきのは、菜花ちゃんの病気に対する精いっぱいの抵抗だったのだ。
勇者はぐったりとしている菜花ちゃんを負ぶって病院へと帰った。菜花ちゃんは気を失っているようだった。
Dルームに着くと患者たちがわらわらとよってきた。
「菜花ちゃん?」
「大丈夫なのか?!」
「おい、熱があるぞ!!」
そんな叫び声の中で菜花ちゃんは目を覚ました。
目を開けると、菜花ちゃんはきょろきょろと周囲を見回して絶叫した。
「あ――――!なんで、なんで?!」
勇者はびっくりして菜花ちゃんを椅子に座らせた。
「何で、誰もいないの?!おじいちゃん!シュナイゼル!隠れてないで出てきて!!」
「なのかちゃん!僕はここだよ!」
菜花ちゃんの手を握って叫んでも菜花の反応は変わらなかった。
「看護師も患者も、皆,みんな……いったいどこに……?!」
「菜花や」
恩田さんも何事かと自分の部屋から出てくる。
「私をひとりにしないでえぇぇぇ――――!!」
菜花ちゃんはそのまま泣き崩れてしまった。
恩田さんは菜花の背中に手を回して菜花ちゃんを慰めていた。
「おお、菜花……。とうとうこんな日が……」
恩田さんも菜花ちゃんと一緒に涙を流した。
とりあえず看護師の計らいでずぶ濡れは良くないということで菜花ちゃんをお風呂に入れることにした。
「ほら、勇者様も入ってください!」
トン、看護師が勇者の背を押す。
「え、でもここお風呂ひとつでしょ?混浴?」
「今は、そんなこと言ってられないでしょ!菜花ちゃんはバスタオル巻いて入るからあなたも入りなさい!!風邪ひくわよ!」
勇者は、無理やりお風呂に詰め込まれた。
「えーーと、とりあえず脱ごう!」
勇者が服を脱いで腰にタオルを巻きつけると意を決っして菜花ちゃんが先に入っているお風呂の曇りドアを開けた。
「シュナイゼル?」
「!」
一瞬菜花ちゃんが勇者の姿が見えるのかと錯覚したがそれも独り言だった。菜花ちゃんは一人きりで湯船につかっていた。
「もし、いるのなら答えて。シュナイゼル、私が皆、認識できなくなっても傍にいてくれるって言ったわね?……っ。だったら、私の昔話、聞いてちょうだい」
菜花ちゃんは返答がないことに一瞬泣き出しそうになったがそれから目を閉じて語りだした。
「私には昔、仲のいい友人がいたの」
その友人を私が殺したの。
その日から私の周りには不幸なことが次々と起こるようになったわ。
私が六歳の頃だった。
いつも遊ぶ公園で詩織ちゃんと待ち合わせをしていた。
その頃の私は人見知りで、友達も少なかった。
その中で一番仲が良かったのが詩織ちゃん。
私は家でお菓子を食べていて少しだけ待ち合わせ時間を過ぎていることに気が付いた。
急いで公園に向かう。
詩織ちゃん、遅れてごめん!!
友人の姿を発見したら開口一番にそう言うはずだった。
その公園に行くには横断歩道を渡らなければならなかった。
公園の入り口に詩織ちゃんはワンピースを着て待っていた。
私の姿を確認するとにっこり笑って手を振ってくれた。
私はそれが嬉しくてつい、信号を見ずに横断歩道を渡ってしまった。
信号は赤だった。
大きい怪物が悲鳴を上げて襲って来た。
私の足は怖くて竦んでしまった。
完全に動けなくなった私を詩織ちゃんは突き飛ばして、次の瞬間―――。
「良かった」
詩織ちゃんは轢かれる前に安心したように笑って、そう言った。
―――それが、詩織ちゃんとの最後の思い出。
私は、気が付くと病院にいた。
どうやら気を失っていたらしい。
2日眠っていたという。
ボーっとする意識の中、詩織ちゃんの最期の笑顔がフラッシュバックして。
噛みしめた歯の間から、我慢しても嗚咽がほとばしり出る。
私は泣き叫んだ。
自宅に帰る途中、車の中で詩織ちゃんの家を見た。
お葬式の最中だった。
泣いて腫れぼったい目で私はその光景を見ていた。
車を運転していた父も助手席にいた母もよそ見をしていたらしい。
次の瞬間、ドーン!というすごい音と共に体に衝撃が響いた。
助手席の後ろに強か頭を打った私は何事かと驚いた。
対向車線の車と私たちの車がぶつかった音だった。
前の席にいた両親は血を流して苦しんでいた。
何事か呻いている。
私は恐怖にガタガタと震えた。
対向車線の車の人が大丈夫ですかと声をかけてきた。
そして、恐ろしいものを見たような叫び声をあげた。
それは、うちのおじいちゃんだった。
助手席にいたおばあちゃんも頭から血を流していた。
つまり、恩田家の家族がお互いぶつかり合って事故を起こしていた。
徐々に小さくか細くなるうめき声を私はずっと震えながら聞いていた。
おじいちゃんに車から引きずり出されても、耳の奥に声の残滓が残るようだった。
いつまでもこびりついて離れてくれない。
私たちは病院に搬送された。
奇跡的に助かったのはおじいちゃんと私だった。
私は何が起こっているのか頭がついていかなかった。
ただ、呪いだ、と思った。
死んだ詩織ちゃんが許してくれてないのだとわかった。
でもおじいちゃんは無事だった。
おじいちゃんはお守りに四葉のクローバーを持っていた。
私にも同じのをくれた。
四葉は幸福を運んでくれるんだよ、とおじいちゃんは言った。
きっとお前のことを守ってくれるよ、と。
私はその言葉を信じた。
私たちはずっと四葉に守られて生きてきた。
でも、おじいちゃんは一気に家族を亡くして落ち込んでいた。
そればかりか自分のせいだと自責の念に苦しんでもいた。
それでも私の前では気丈に振る舞っていたが……。
毎晩うなされ、おばあちゃんたちの声が聞こえる。わしを呼んでいるんだと言い始めた。
それで今の病院に入った。
唯一無事だった私も精神疾患が見つかり入院となった。
そして今に至るの。