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菜花編2菜花の行方

「そう……」

勇者は菜花ちゃんの部屋で、今日、菜花ちゃんの身にあったことを本人に話した。

「私が……皆を、認識していない……と」

「全員が全員っていうわけじゃあないけど、ちょっとずつ認識できなくなっているみたいだ」

「それは……どうして?」

「さあ、僕にもさっぱり……」

「私は、最後……貴方やおじいちゃんのことまで、認識できなくなってしまうのかしら……」

「菜花ちゃん……」

「恐い……」

菜花ちゃんは俯き、勇者はその顔を覗いてみて、はっとした。

彼女は泣きそうな顔をしていた。

勇者はそっと菜花ちゃんの肩に手を置いた。この菜花ちゃんの病気はまだ医師や看護師にも知られてないようだ。

「大丈夫、菜花ちゃんが例え僕を認識できなくなったとしても、僕は傍にいるから」

「……。シュナイゼル……」

勇者は菜花ちゃんの手をそっと握った。

「気安く触れないで、シュナイゼル」

「ごめんね、でもやっと僕の名前を呼んでくれたね」

「あ、貴方なんかブタで十分よ」

菜花ちゃんはぷいっとそっぽを向いた。

「可愛い。ねえもっと顔を見せて」

「……っ。今だけよ」

おずおずと、勇者に顔を向ける。

頬がバラ色だった。

ひどく羞恥の表情をする。それだけでなく、体全体が恥ずかしがっているようだった。

そんな菜花ちゃんに勇者も顔がほてってくるのを感じていた。

二人の顔が近づいていく。彼女の長いまつ毛が濡れて大きな目が美しく染まっていた。

やがて、距離がゼロキロになる。

「んっ……」

唇を離すと、菜花ちゃんがとろんとした目で勇者を見ていた。

わずかに血の色の濃い唇が揺らいで。

どくん。

その表情に勇者の心臓が跳ねた。

「シュナイゼル……?」

「あ、いや、菜花ちゃんは可愛いなぁって。菜花ちゃんの方は僕のことどう思ってる?」

卑怯な聞き方だと思っても止められなかった。

「私もシュナイゼルのこと好きよ」

ちょっと擽ったい顔の菜花ちゃんの言葉に勇者は真っ赤になった。

「あ、ありが、とう……」

「あ、いや……」

二人そろって真っ赤になる。どちらも自分が口にした言葉の意味にやっと気が付いたようだ。

「あ、そうだ。菜花ちゃんが、僕と恩田さんのこと忘れないようにこれをあげるよ」

そう言って勇者は手に持っていた四葉のクローバーのチョーカーを差し出した。

「これ、ばあちゃんの形見なんだけどさあ、男の僕が持ってても装備できないし、それに僕の世界でも四葉はお守りにもなるんだ。きっと菜花ちゃんを守ってくれるよ」

「ありがとう……大切にするわ」

菜花ちゃんは嬉しさに揺れるような微笑を浮かべて。

それを大事そうに受け取り胸に抱いた。

その日はたわいもない話をした。

―この子を守りたい。ずっと笑っていてほしい……。

菜花ちゃんの面を絶えずさざ波のように起こっては消える微笑を眺めながら、勇者はそう思った。


次の日。

勇者は朝食を食べ終わると今日、姿を見せなかった菜花ちゃんの部屋に行った。

「菜花ちゃん」

カーテンの外から呼びかける。

「……」

「菜花ちゃん?」

もぞっと何かが動く気配がした。

「ああ、菜花な、今日は一度も出てきてないぞ」

白滝さんが教えてくれる。

勇者は思い切ってカーテンを開けてみた。

すると、そこにはすやすやと眠る菜花ちゃんが……。

「ん」

菜花ちゃんが不意に目を開く。

目があった。

「や、やあ」

「……」

彼女は子供のように目をしぱしぱさせて。

「おじちゃん、だぁれ?」

幼児退行してた!!

「おじちゃんは勇者だよ」

平静を装って対応する。

「へんなの」

……勇者の心が折れた!

「お、おじいちゃんのところに行く?」

「ううん、ゆうしゃとはなす」

「何で?」

この前はあんなに恩田さんの傍を離れたがらかったのに……。

菜花ちゃんが頬を染めて勇者を見つめる。

「なんかね、ゆうしゃといるとむねがどきどきするの」

「……!!」

その言葉に勇者は昨日のキスを思い出す。

一応、菜花ちゃんも勇者のことを大切に思ってくれているみたいだ。

「……」

「……」

気まずい雰囲気が流れる。

「なのか、どこかへんなんでしょう?」

「え?」

突然菜花ちゃんが質問をする。

「なのか、ゆめをみたの。おじいちゃまとゆうしゃが、きえていくゆめ……」

それは……。

今度菜花ちゃんが、幼児退行という夢から覚めたら菜花ちゃんは僕と恩田さんをわすれているんじゃないか?前、菜花ちゃんとした会話が勇者の頭によぎった。

『……ええ。幼児退行する前に夢を見るの。それしか覚えていなくて……』

『そうなんだ、どんな夢?』

『……とても、怖い夢よ。知っている人の姿が見えなくなってしまうの。でも、誰だったかは覚えていない……』

菜花ちゃんは前にこんなことを言っていた気がする。だったら。

このまま、幼児退行していた方が菜花ちゃんのためなのではないか?大好きなおじいちゃんのことを忘れてまで元に戻らなくてもいいのではないか?それに僕のことも……。

それは今の菜花ちゃんにも解っているみたいでとても不安そうな表情をしている

「菜花ちゃん、気分転換にお散歩でもしようか」

「なのか、する!」

よく見ると菜花ちゃんは、昨日贈った四葉のチョーカーをしている。気に入ってくれてたみたいだ。よくみると、渡した時より四葉がひとつ増えている。誰かから貰ったのだろうか。

病院を一周して近くの公園で談笑して勇者は始終、菜花ちゃんと過ごした。

その夜―――-。

勇者は夕食を終えて菜花ちゃんの部屋を訪ねた。今日もDルームに顔を出さなかったのだ。勇者は菜花ちゃんの名を呼ぶ。しかし、そこに、菜花ちゃんの姿はなかった――――。



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