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菜花編1


まずは、菜花ちゃんに膝の上に乗られている恩田さんがかわいそうなのでとりあえず、菜花ちゃんに声をかけてみる。

「菜花ちゃん。お兄さんと一緒に遊ぼう?」

「や!」

「…ほほ、菜花や、お兄さんと遊んでおいで」

恩田さんの言葉に、菜花ちゃんは恩田さんと勇者の顔を交互に見ると不安そうに俯いた。

「じゃあ、菜花ちゃんの好きなことして遊ぼうか?」

「なのか、あそびたくない……」

「菜花ちゃん……?」

「なのか、おじいちゃまがきえたらいやだから、あそびたくない……ずっと、おじいちゃまのそばにいる」

勇者には、その言葉の意味が解らなかった。

「菜花や……」

「なのか、だいじなひとがいなくなるの、こわい」

菜花ちゃんの顔が泣き出しそうに歪んでいた。

結局、その日は、菜花ちゃんが、恩田さんにくっついて離れなかったから遊ぶのは延期となった。

翌朝。

勇者は菜花ちゃんの部屋にいた。

「お前もあきらめが悪いな」

と、白滝さんにそう言われたがまぁ気にしなかった。

「菜花ちゃん?」

カーテンの向こう側に話しかける。すると、すぐに返答が帰ってきた。

「あら、ブタはブタらしくご主人様のお見舞いかしら?」

しばらくするとカーテンが開けられ、パジャマの菜花ちゃんが顔を出した。

「何、ブタ。私、今機嫌が悪いの」

「いつもの菜花ちゃんだ……」

「ブタ!私が幼児退行したときにずいぶん遊んでもらったみたいね。その……礼を言うわ」

はにかみながら俯いたとたんにみるみる顔を真っ赤にして。勇者はそんな菜花ちゃんも可愛いなと微笑ましく思った。

「まぁ……ね。覚えてるの?」

勇者が尋ねると菜花ちゃんは俄かに萎れだした様子で頷いた。

「……いいえ。幼児退行する前に夢を見るの。でもそれしか覚えていないわ……」

「そうなんだ、どんな夢?」

「……とても、怖い夢よ。知っている人の姿が見えなくなってしまうの。でも、誰だったかは覚えていない……」

そのまま、鬱屈した表情になったかと思うと黙り込んで下へ目を落としてしまう。

「やっかいだな……」

今まで話しを聞いていた白滝さんが会話に入ってきた。

「白滝さんもそう思いますか?」

勇者が相槌を打つ。

「ああ、あたしは菜花と一緒の部屋になったのは今回が初めてだが、噂でかなりの重症だと聞いていたからな」

夢の話がそんなに重症なのだろうか?勇者が不思議に思っていると、菜花ちゃんがハトが豆鉄砲を喰った様な顔をして、

「あら、どなたとお話ししているの?」

その言葉を理解するのには時間がかかった。

「菜花ちゃん。白滝さんだよ。覚えてないの?」

「……そんな人いないわ。だいたい、この部屋にいるのはブタと私だけじゃあない?」

これには白滝さんも目を丸くする。

「おい、菜花。変な冗談はよしてくれ」

「菜花ちゃん……?」

「?どうしたの?ブタの顔はもともと変だけれどそれ以上に変な顔をしているわよ」

「菜花、あたしのこと忘れちゃったのか?」

「……」

おかしなことに、白滝さんの言葉に菜花ちゃんはまったく反応しなかった。

というより、まるで空気のように扱っている。

「おい、嘘だろ……?」

「嘘だよね?菜花ちゃん」

「?」

菜花ちゃんは首をかしげている。

これ、さっき言ってた夢の再現じゃあ……。

白滝さんも狐につままれたような顔をして言葉を失っているようだった。

「この部屋には、白滝さんって女の人もいるんだよ」

「……そう。ブタの言うことは信じるわ」

「菜花ちゃん……」

「私はこういう病気なの。どんどん、忘れていくの」

菜花ちゃんの顔が歪む。

肩ががくがくと震えている。

勇者は菜花ちゃんを抱きしめた。

「……ありがとう……」

菜花ちゃんの震えが徐々に収まっていく。

「貴方に抱きしめられると、ほっとする。……これは、恋かしら?」

「……さあねえ」

勇者はさらりと受け流した。

しかし、勇者の中にも恋心が芽生え始めたのを自覚していた。


食事のとき、勇者は恩田さんにこっそりと聞いてみた。

「あの、菜花ちゃんのことなんですが」

「ほほ、小僧が言いたいことは解っておるわい。今朝、普通に戻っていたからの。また、誰かを忘れたんじゃろう?と、いうより菜花には見えなくなった、とでも言えばいいのか」

“また”、ということは過去にも何回かあったのだろう。

「菜花はの、それを繰り返しておるんじゃよ」

その顔は、憂わしげな、何か不吉なものの予言に苦しめられているようだった。

「そんな……」

同じ席についている菜花ちゃんを見ると不思議げにあたりを見回していた。

「どうしたの?菜花ちゃん?」

「……いえ、ここってこんなに人、少なかった?」

「え?」

菜花ちゃんのようにDルームを見回す。しかし、どの机にも人がいて、いつもの賑やかな状態だった。

「菜花ちゃんにはどれくらいに見えるの?」

菜花ちゃんは唸ってからDルームを隅々まで見て答えた。

「どう、数えても、看護師さん含めて、四~五人しかいないわ。皆、退院してしまった?」

「……」

菜花ちゃんの言葉に勇者は言葉を失う。

だって、どう考えてもこの場には十五人以上の人がいるからだ。

「おいおい、菜花ちゃん、寝ぼけてるのかい?」

勇者の後ろの席に座っていたおじさんが冗談交じりに言う。しかし、菜花ちゃんはまた、反応しなかった。

「菜花ちゃん……?」

勇者が肩を叩く。

「なに?ブタ。気やすく触らないで」

「おじさんに付き合ってあげなよ」

「おじ……さん?」

菜花ちゃんは首をかしげた。

「菜花ちゃん。俺のこと忘れちまったのかい?」

「……どこ?誰もいないわ」

菜花ちゃんの顔は確実に話しかけてきたおじさんの方に向いている。だが、見えていないようだ。

「菜花ちゃん……」

ここに来てようやく勇者も合点がいくようになった。

菜花ちゃんは、本当に見えていないらしい。

幼児退行する前に見ている夢。どうやらその中で消えた人は現実でも消えてしまうようだ。

勇者は今後の菜花ちゃんの行く末を案じるのだった。


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