出会い、また出会い
精神病棟の生活は、とにかく平和だった。勇者はDルームにあった本を借りて読むことにした。タイトルは「異世界への訪問」だった。
「ねえねえ、君」
勇者は、その本をつかむとぱらぱらとページをめくった。
「ちょっとちょっとー?」
「へー、この世界にも魔物がいたのか」
「あの!!!!」
「What?」
「あなたが勇者さん?」
「そうだけど」
勇者、本から顔を上げるとそこには、可愛らしい姿をした少女が立っていた。
年のころからして十五歳くらいだろうか。くりくりとした可愛げな眼をしている。
その子は何か黒い物体を勇者に差し出してきた。
「?」
見たことのないものだ。何に使うのだろう?
「君、僕にこれくれるの?もしかして商人?じゃあなかった。この世界に商人はいないよね?」
「あなたが勇者様ならこのゲームをクリアできるはず!だって本物の勇者様なんだもん!!」
「え?」
「とりあえず、私の部屋に来て!」
「えええええ?ちょ、とっ、待ってよ??君?!」
勇者はそのまま少女の部屋へと連れて行かれてしまった。
「211号室、坂上亜衣、志野村伊里亜…か」
どうやら、ここは二人部屋らしい。
部屋に入ると少女は自分のことと、同室の少女を紹介する。
「あたし、坂上亜衣!、こっちの美人が伊里亜です!」
イリヤ。上手くこの宿屋に馴染んでいるようだ。
イリヤは勇者に向かってウインクする。
しかし、亜衣ちゃんが一冊の本を見せてきたので、いったん思考を中断する。
「これ、攻略本。そのDDSに入ってるRPGゲームの」
勇者はその攻略本を受け取る。
表紙に書いてある男の人の衣装、この世界に来た時の勇者の服とあまりにも似ていた。
勇者はさらにページをめくる。そこには魔物が描かれていた。
「これ、僕の世界?!」
…とはちょっと違うけど、でも確実に似ている。
イリヤは、無言で、勇者にちらりと見えた豊乳トレーニングという本を手に持ってそのまま病室を出て行ってしまった。野暮はできないぜ、と眼が語っていた。
「ん?どうしたの?伊里亜が気になる?」
亜衣ちゃんは勇者の顔を覗き込んだ。
眼の前には亜衣ちゃんの可愛らしい笑顔。そして、病室には二人きり。ああ、ど・う・し・よ・う!!
「ちっくしょ――――――!!!!か―え―――なぁぁ!!!」
勇者は、亜衣ちゃんに抱き着こうとして飛び掛かったがするりとかわされてしまった。
この動き、只者じゃない?!!
「おじさん、何してるの?」
しかも勇者をさけずむような目で見ている。
「今、ボクに飛びつこうとしたよね?」
「え、いや…」
突然の亜衣ちゃんの変化に勇者はついていけなくて、口ごもる。
「ほ、ほら。スキンシップだよ!亜衣ちゃんが小動物的に可愛いからつい…」
「ボクが可愛いから抱き着こうとしたの?」
さらに、視線が鋭くなる。
「い、いや。待って。誤解だ…」
「そ、それ以上ボクに近づいたら人を呼ぶよ!ボク男の人嫌いなんだ」
「ええ?」
亜衣ちゃんは口の中いっぱいに息を吸い込んだ!
それを見て勇者は逃走した!!
何だったのだろう。あれは、いきなり口調が変わったのは亜衣ちゃんの演技…?勇者を驚かそうとして?でもどうして…。
「まあ、いいや」
勇者はそれ以上深く考えないようにした。
次の日。
早朝。
イリヤが勇者の部屋に押しかけて来た。
「おっにいちゃあ~ん」
そのまま、勇者が寝ているベッドにダイブ。
「ン……イリヤ?もう少し寝かせて?」
「あ~ん、つれないところもス・テ・キ」
でもね、お兄ちゃん。とイリヤが続ける。
「いい情報が手に入ったの。聞きたくない?」
ベッドの上に二人正座して向かい合っている勇者とその妹。
二人は珍しく、真剣な表情だった。
「で、情報って?」
「この病院の情報よ」
「びょう……いん?宿屋じゃなかったの?!」
イリヤは神妙に頷く。
「ここは精神がおかしくなった人たちが入れられる精神科病棟よ」
「え――――」
「更に言えばここは私たちがいた世界ではないわ。日本という国よ」
「にっぽん」
「この病院は閉鎖病棟、解放病棟、外来とあって閉鎖病棟は患者を閉じ込めておくために勝手に外に出れないようにしているの。重度の精神病を患った人が入れられるところね。自殺とかしそうな人は閉鎖病棟に入るわ。解放病棟は自由に出入りできるけど、勝手に外に出てはいけないの。ここは比較的症状が軽い人が入るところね。外来は、症状が落ち着いてきた人が診察に訪れるところ。わかったかな?」
「僕たちが今いるところは解放病棟ってわけか」
「この世界には剣も魔法も勇者も魔法使いもないの。だから、お兄ちゃんは病人扱いされたのね」
「そう……か。ははっ、イリヤは賢いなあ」
「人の心を魔法を使って読んで仕入れた情報だけどね。お兄ちゃんに褒められてイリヤ嬉しい」
「じゃあ、元の世界にさっさと帰ろう」
「それが……」
途端、イリヤの顔色が曇った。
「私……私。転移の魔法忘れちゃって……」
「ええええええええええええええ!!!」
「しーっ、お兄ちゃん声が大きい」
「いやなに忘れるとか!!魔法使いって一度習得した魔法を忘れちゃうものなの?!どういうこと??」
「……」
押し黙るイリヤ。
「お兄ちゃん、怒らないから言ってみなさい」
「それは……乙女の秘密、です」
イリヤが恥じらった。
勇者はめまいがした。
こうして勇者の精神病棟ライフが幕を開けます。
さて、勇者が精神病棟に来てから気になる人達がいる。それは…恩田さんの膝の上に乗って絵本を読んでいる菜花ちゃん。ひたすらにゲームをピコピコやっている亜衣ちゃん。そして、そんな人たちのことを生暖かい目で見ているイリヤ達だ。
ルート分岐
誰に声をかけますか?(ここで、お好きなヒロイン選び。恋愛要素が入ってきます)
菜花→菜花編1へ
亜衣→亜衣編1へ
イリヤ→イリヤ編1へ