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菜花の入院

それは、ある晴れた日のこと。勇者が窓辺のベッドでうとうとしていると外から子供のはしゃぐ声が聞こえた。

「ね~え、おじいちゃま。あのちょうちょキレイだね~まてまて~」

「こらこら、そんなに走ると転ぶぞ?」

「だいじょ~ぶだも~ん」

ふふ。子供が遊んでるのか。きっと誰かのお見舞いに来たのかもしれない。微笑ましいな。勇者はそんなことを思いながら再び眠りのふちにつこうとした。すると、突然

どべしゃああああ!!

という派手な音が聞こえてきた。

「ふ、ふぇぇぇぇぇん。イタイ、イタイよぅ」

子供が転んだのか。ちょっと心配しながら耳をそばだてた。

「大丈夫か?!菜花」

「うぇえええええん、おじいちゃま、なのか、おあしすりむいちゃったよ~」

………。ん??

何か今知ってる名前が聞こえてきたけど??

窓を全開にして二階から外を見ると、淡い桃色の髪をした少女がワインレッドの瞳に涙をためすりむいた足をおさえながら恩田さんを見て…見て…。

「ええええええええええええええええええええええええ????????!!!!!!!」

「ほほ、小僧。見られたか…」

菜花ちゃんの声だったの?

恩田さんが菜花を連れてこっちに来た。

「小僧、バンドエイドもっとらんか?」

恩田さんはいつもの調子だ。しかし菜花はこちらを見ようとはしない。

「ウエイトティッシュなら持ってますけど」

「うむ、貸せ」

勇者は、自分の机からウエイトティッシュを一枚取ると恩田さんに渡した。

「ほれ、菜花。自分で拭けるか?」

「なのか、ふきふき、する」

恩田さんからウエイトティシュを受け取ると菜花は一生懸命自分の足を拭きはじめた。

「あの、これは一体…?」

勇者が尋ねると恩田さんはう~むと唸った。

「小僧にはいつか知られるとは思っていたが…実は菜花は幼児退行という病気なのじゃ」

「幼児、退行…?」

その辺の知識にはあまり詳しくない勇者。

「ほれ、なのか。お兄ちゃんに礼を言うのじゃ」

拭き終わった菜花がまん丸い目で勇者を見つめる。

「おにいちゃん…ありがとう」

「あ、ああ…」

もしかして、勇者のことも覚えていないのだろうか。恩田さんを見ると恩田さんも神妙な顔つきで頷いた。

「これは、また入院かの…いったいどうしてこうなってしまったのじゃ…菜花」


菜花は開放病棟に入院することとなった。開放病棟は、閉鎖病棟と違って男女混合で生活している。菜花は開放病棟で入退院を繰り返しているらしい。この頃その頻度が上がったというのだ。勇者は隣の部屋に入院した菜花の様子を伺いに行った。255室のドアの前に立つ。

「あの~勇者ですが」

「ああ、勇者か。入れよ」

口調のきついお姉さんの声が聞こえた。最近仲良くなった白滝さんだ。

「失礼します」

扉を開けるとベッドが二つあってそのうちの一つはカーテンが締まっている。白滝さんのカーテンはいつでも全開だ。

「菜花ちゃん、いますか?」

「ああ、ベッドにいるよ。一日中引きこもりっぱなしさ。あたしが話しかけても返事もない。おじいちゃんがいないと怖いんだってさ」

それは重傷だ。恩田さんは今、回復のための作業療法中だ。きっと絵でも描いているのだろう。

「菜花ちゃん?開けてもいい?」

「…………」

「お兄さんとお話ししよう?」

「………私のイメージがああああああああああああ!!!!」

何か悶えている。最近になってようやく勇者はこの宿屋について理解してきたところだ。ここは宿屋ではなく病院という施設だということ。精神を病んでいる人たちが共同生活をしているということ。勇者はある仮説を立てた。ここは自分の住んでいた世界とは違うということだ。勇者も最初は怖くて仕方なかった。だから怖い者同士、話も合うのではなかろうかと思った。だが返事がないのではお話もできない。勇者は出直すことにした。

「菜花ちゃん、また来るね」

「うふふふふ……あはははは」

カーテンの中からは、怪しい笑い声が響くだけだった。

夕方になって、恩田さんが戻ってきた。

「ほほ、菜花はどうかね?」

夕食をDルームで食べようとしていた勇者は、声をかけられて恩田さんと同席することにした。

「ベッドから顔も出してくれませんでした」

「ほほ、あの子は怖がりだからの」

「でも、恩田さんといるときは普通に話してくれますよね?」

「ほほ、なんでかの」

「……」

「菜花の過去が知りたいのかえ?あの子は自分の信頼した人にしかなつかん。知りたければ自分で訊くが良い。もっとも、ああなった菜花は、今までこの爺にしかなつかんかったがの」


夕食を食べ終えて勇者は自分の部屋で菜花のことに考えを巡らせていた。今頃菜花は、点滴を受けているだろう。今日は、恩田さんがいても菜花は部屋から出ようとしなかった。

キラリ。

刹那、何かが視界の端で光った。

真っ暗な夜の空を窓越しに眺める。この窓からはちょうど閉鎖病棟の屋上が見える。ああ、僕、あんなところにいたのか。と感慨にふけってしまった。今夜は月が赤い。ふと、屋上で何かが動いた気がして勇者は視線の先を変えた。まず、最初に目に映ったのは月の光を浴びてきらめく鎌。それとそれを持つ銀の髪を風になびかせるひとりの少女。服はゴスロリ調だ。月をバックにたたずむ彼女を思わず神秘的だと思ってしまった。

ん?でも見覚えがある。あれは……あの鎌は。

その時その少女と目が合った。

その少女の目は勇者を捉えた時、大きく見開かれた。

しゅっと、一瞬でその少女が消える。

魔法……?

次の瞬間、パッと目の前に少女が現れた。

「……おにいちゃあ~~~ん!!!やっと見つけたああああああ!!!」

「イリヤ、何でここに……?!」

そう、この少女は、勇者の義理の妹だった。居なくなった勇者を探して、異世界からお得意の黒魔術で勇者を追いかけてきていた。

「イリヤね、イリヤね。お兄ちゃんがダンジョンから帰ってこなくて心配してたのおぉ」

「なんでここに?」

「……お兄ちゃんを探してたんだよ~褒めてぇ褒めてえ」

「よしよし、イリヤは偉いね。さすが最高位の魔術師!!」

その時、勇者の病室に誰かが入って来る気配がした。

「イリヤ、隠れて」

その直後、閉め切っていたカーテンの隙間から看護師さんが顔を覗かせた。

「あら?何だか騒がしいと思ったら、シュナイゼルさんその子は誰ですか?」

ベッドの脇に佇んでいるイリヤを見て、看護師さんが不審そうな声を上げる。

その刹那。

居住まいを正したイリヤがモンスタークレーマーのごとく看護師さんに畳みかける。

「あなた方はなんなんです?兄さんをこんなところに閉じ込めて。監禁ですか?監禁なんですね?どうしてくれるんですか。兄さんの心は悪質な犯罪でボロボロです。ついでに言うと最初からボロ雑巾です。まぁ、慰謝料を払ってくれたら見逃してあげないこともありません。どうします?払うんですか?慰謝料?」

口を挟む間もなく矢継ぎ早にまくしたてられ、看護師さんは呆気にとられる。

そんな看護師さんを不満そうに見ていたイリヤがふと看護師さんに手をかざす。

看護師さんの視線がイリヤの手に吸い寄せられる。

するとイリヤは首を傾げた。

「あれ?そうなんですか。ここ精神病院というところですね。貴方の心を読みました。とりあえず、帰り方忘れたので、暫く私も厄介になります」

イリヤは何かを早口で唱えると看護師さんににっこりと話しかけた。

「私の病室はどこですか?」

「はい、イリヤさん。こちらです」

イリヤは、看護師さんに連れられて病室に向かった。

多分、記憶操作系の黒魔術でも使ったのだろう。

勇者を追うストーカー妹、ここに見参!!


翌朝、勇者はもう一度菜花に会いに行くことにした。白滝さんの許可を得て中に入ると、菜花のベッドのカーテンが少しだけ開いていた。勇者はその隙間から中を覗いてみた。一瞬目に映ったのは菜花の安らかな寝顔。後は白滝さんに首根っこ捕まえられて中の様子は良く見えなかった。

「へ・ん・た・い!」

白滝さんになじられながら255室を後にした。変態じゃなくて勇者ですー。と心の中で毒づいたがさすがに女の子の寝顔を見るのは良くなかった。

菜花ちゃん。必ず僕が助けてあげるからね!

勇者は改めて決心した。



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