勇者様の困惑
病院に入院して一か月。だいぶ勇者に対する調教も落ち着いてきた。
この日、勇者は、院長を前に診察室で尋問、もとい質問を受けていた。
「君は、誰だい?」
「ワカリマセン。デモユウシャジャナイノハタシカデス」
「君はどこから来たの?」
「ワカリマセン。デモマオウノイナイセカイナノハタシカデス」
「では最後に、君の使命は?」
「イッコクモハヤクココロノビョウキヲナオスコトデス。ソノタメニハナンデモシマス」
「うんばっちり!君もようやくまともになってきたね。よし、開放病棟に移そう」
この時勇者は心の中でほくそえんでいた。くっくっく。僕を洗脳しようとしても無駄だ。何故なら僕は最初からまともだから!だからこれは演技!ふふ、まさか院長も僕がそういう知恵をつけているとは思ってないだろう。これぞ恩田さん直伝!即退院術!あの爺さんはどうやら入院したり退院したりを繰り返しているらしい。それも自分の好きな時に。まったく食えない爺さんだぜ。僕もこの宿屋の言葉にも慣れてきた。それは、ひとえに恩田さんのおかげだった。そこで僕はあることに気が付いた。開放病棟に移ったら、もう菜花ちゃんに会えない!もう一週間に一度も会えない!それだけは耐えられない!僕のひそかな想いもつたえないままなんて…。
「あっ、やっぱり僕、勇…」
「いやあああああ!!!良かったよ!!君がまともになってくれて!!じゃあね!!」
勇者はさっさと診察室から追い出された。気のせいだろうか。今あの先生スルーしたような…。
「今日はついでに心電図と脳波を図ってから開放病棟に移る準備をしましょうか」
付き添いの看護師さんが勇者を地下へと案内する。
薄暗い部屋に通された。
そこには、白衣を着た女の先生が机に向かって椅子に座っていた。近くには見慣れない物体が…まさか魔物か?!勇者は暇な宿屋の生活で着いた贅肉をたぷたぷしながらテレビでたまたま見たボクシングのポーズを真似た。
「あなた、機械相手に何してるの?」
看護師さんがあきれた声で言う。
「いえ、お気になさらず。ただの食後の運動です」
「まだ昼食とってないじゃない」
「じゃあ産後の運動です」
「意味わかって言ってる?」
いいえ。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ええ、承りました」
看護師さんが女の先生に頭を下げた。女の先生はかるく首で会釈した。
こっちの看護師さんより、あっちの女の人の方が強いのか。
勇者は看護師さんが立ち去った後で女の先生にこそっと訊いてみた。
「あの、ヒットポイントいくらですか?」
「ん~?千くらいじゃない?」
ボス級だあ!!!
「君、ほんとに変わってるねぇ。まあ、噂は聞いてたけどすごい妄想ね」
「ゲームの話です」
「ああ、ゲームか。なぁんだ」
恩田さんに感謝!こういう時にはそう言ったら誤魔化せると聞いてたので実践したのだが。
「さあ、さっさと上着脱いでそこのベッドに横になって」
勇者は言われた通りにした。これから未知の体験が待っているとも知らず。
「きゃあああああああああああ」
「ちょ、静かにして」
「だ、だってこれしょ、触手」
「ただの吸盤だって」
「いやああああああああああ」
「今度は何?」
「目がちかちかするううううう。混乱の魔法?」
「脳波を測ってるだけなんですけど」
「はあ、はあ…」
検査が終わるころには勇者はへとへとになっていた。
やっとの思いで病室まで帰ると、勇者のベッドは知らない人が使っていた。
「あ、勇者様。おかえり、さ、開放病棟に行こうか」
記憶喪失という設定なので僕はまだ勇者様と呼ばれていた。
「え、でも」
「荷物という荷物もないでしょ?さあ、さっさと歩く」
ちらりと恩田さんのベッドを見ると恩田さんはいなかった。
これで恩田さんと菜花ちゃんともお別れか。なんかあっけないな…。
開放病棟に着くと一番に出迎えてくれたのは恩田さんだった。勇者がびっくりしていると恩田さんは二カッと笑った。
「おまえさんが寂しかろうと思ってな、恩田流即退院奥義を使ったわい」
「お、お、恩田さ~ん!!」
僕は嬉しくて恩田さんに抱きついた。これでまた菜花ちゃんに会える!