出会い
しばらくすると、閉鎖病棟の勇者様の話は病院中に広まった。
それは、何故か?
その答えは閉鎖病棟の出入り口にある扉の取っ手にブラさがっている勇者様に訊いてほしい。
「誰かああああああ!!!ここを開けてええええええ!!」
「ほほ、またやっとるわい」
恩田さんが優しい眼差しで勇者を見守っている。
「私は可哀相な勇者なんです!この泊まったら客を離してくれない恐怖の宿屋に捕まっているんです!!」
「勇者さん」
勇者は誰かに肩を掴まれた。
「離してください!僕はもう騙されませんよ!」
勢いで振り向くとそこには、白衣を着た院長が立っていた。
「ほら、ご飯食べたらお薬飲みましょうね」
「嫌です!僕、ヒットポイント今満タンなんですよ!!」
勇者が大口開けて叫ぶとその隙に院長は錠剤をいくつか勇者の口の中に放り投げた。
「むご…?!」
ごっくん。
「はい、それでしばらくは良くなるでしょう」
院長が立ち去った後、勇者の精神世界では闘いが起きていた。
なんだか、頭がぼーっとするのだ。それなのに精神では激しい感情の渦がうごめいていた。
「ああ、ついに僕ヒットポイントがマックス超えちゃったよ…」
勇者は、フラフラと扉にしなだれかかった。
「マックス超えるとどうなるんだろうね…うふふ」
「しっかりするんじゃー!!」
ああ、恩田さんが何か叫んでるよ。でももう眠いんだ…。
「それはただの眠り薬じゃ!ただし、ベッドで寝なかった場合はマックスを越えたヒットポイントがゼロになるぞ!!」
瞬間、勇者の目がかっと見開いた。
「うおおおおおおお!!!眠ってなるものかあああああ!!!」
ゆっくりと立ち上がる。勇者の身体から闘志が出ていた。
「さっき院長先生に訊いたんじゃ。さっさとベッドに行った方がいいぞい」
「うおおおおおお!!ベッドはどこだああああああ!!寝るぞおおおおおおおおお!!!」
またもや流される勇者。
「ほほ…。なんて扱いやすい奴じゃ…」
恩田さんは結構面倒見が良かった。
勇者が自分のベッドで眠っているとヒソヒソ声が聞こえた。
「おじいちゃ…あんまり…かけちゃだめよ」
「わかっと…わい。まだまだ…若い者…けんわい」
この声は、恩田さんと女の子?
唐突に頭がクリアになった。目を開くとそこには桃色の髪にワインレッドの目をした十六歳くらいの女の子が恩田さんと向かい合っていた。
「………」
じーっと見ていると女の子と目があった。
「………ん?何を見ているのかしら?」
「僕の仲間になってください!」
「は?」
「僕は,シュナイゼル・リーン。勇者です。僕と一緒に魔王を倒しに行きませんか?!」
「いいわよ、じゃあ、貴方は今日から私のブタね」
「大丈夫です!魔王なんかこのブタが、さくっと退治しちゃいますから!」
「なかなか従順なブタね」
「じゃあ、さっそく…」
勇者は、女の子を手招きしてささやきかけた。
「あら?貢物?」
「だから、僕をここから出してください。なんか、この宿屋おかしいですよ。何日もお客を強制的に泊まらせて後から金をふんだくろうって魂胆です。もう三日もここにいます。
外からら来たあなたになら可能でしょう?」
「ブタに人権なんてないわ。貴方、患者でしょう?ブタ箱じゃないだけありがたく思いない」
「患者?いえ、僕は勇者です」
女の子鋭い目つきで勇者を舐めまわすように見た。
「じゃあ、外の様子だけどうなっているのか聞けませんか?何でもいいです。新しい店が出来たとかでも…」
「ブタは何も知らずに家畜小屋でブーブー、鳴いていればいいのよ」
「菜花、おじいちゃんの相手もしてくれ」
「はーい、それじゃあねブタ。ああ。私から餌をくれてやるわ」
懐から四葉のクローバーを出して去り際に菜花は勇者に耳打ちした。
「私は、ここの外来に通っているの。運が良ければまた会うかもね」
「はい」
「はい、じゃなくてブーでしょう?」
「ブー」
「上出来ね、御機嫌よう」
「菜花ちゃん…可愛かったな」
菜花が恩田さんのところに行くのを確認すると勇者はぽつりとつぶやいた。そして一人寂しく、スクワットを始めた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
勇者の忘れられていた闘志に再び火が付いた!
勇者のどM魂にも火が付いた!
その魂の叫びに周囲の怒りに火が付いた!
そして当然、静かにしろと怒られた。
これが勇者の最初の出会いだった。