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菜花編エンド 花びらの中で

それから、菜花ちゃんとリハビリが始まった。

と言っても一日中勇者と一緒に過ごすだけだが。

そんなある日の午後。

菜花ちゃんの病室で勇者と二人っきりの時。

「―シュナイゼル……」

共にベッドに腰かけている勇者の名前を呼んで、胸に彼女が身をゆだねてきた。

「菜花ちゃん?」

「……菜花、とは呼んでくれないのね……」

「え?いや、それは……」

「……」

何か言いたそうにしてやめた彼女の顔に、思いなしか、悲しい影がその時走った。

「―シュナイゼル。……ごめんなさい」

「?」

「……私、怖かったの。貴方と最初に出会ったとき、この人は……私の心の奥深くにまで入って来る。―そう直感したの。いずれ私にとってかけがえのない大切な人になるかもしれない……。でも、そうなったら、私はまた……失うことになる。それが恐ろしくて、だから……」

「わざと酷い態度をとったの?……嫌われるように?」

菜花ちゃんの顔に泣き笑いに似た表情が浮かぶ。

「……身勝手な女よね。それであなたがどんな思いをするかわかっていたのに……」

「いや、もう気にしなくていいよ。……むしろごほうびだったよ!」

彼女はキョトンとしたようだ。が、すぐにいつもの、優しいような皮肉なような独特の微笑に変わっていった。

「……ふふっ。ありがとう……そう言ってくれて……」

「さぁ、この話はもうお終い!もっと楽しい話をしよう?」

「……待って」

「?」

菜花ちゃんは勇者の顔を懇願するように見上げて、

「……シュナイゼル……。私の名前、呼んで?」

ぱっと顔を赤く染めながら勇者の手をそっと握った。

「……菜花ちゃん?」

「違うの。……菜花って、呼んで……?お願い……」

「え」

彼女の顔は依然として恥ずかしそうに赤く染まっていた。

「……恥ずかしいのは私も一緒よ。私だけシュナイゼルって呼ぶのは……ずるいわ」

「……菜花」

すると、今まで緊張でこわばっていた彼女の顔が途端に弛み。

「シュナイゼル……。貴方に菜花って呼んでもらえて……こんなにも温かい気持ちになる……。ありがとう……」

そう言った菜花は、こぼれるような笑顔だった。


菜花は次第に心の健康を取り戻していった。

そして、退院が決まった。

奇しくもその日は勇者と同じ退院日だった。

勇者はしばらく菜花の家に居候することとなった。

菜花は勇者達の事情を聞くと、イリヤも一緒に住まない?と誘ったが、イリヤは帰る方法を見つけるため単独で動くそうだ。

「恩田さんはまだ入院中だし、新婚夫婦みたいだね」

恩田さんは僕たちに気を遣っているのかもしれない。

恩田流即退院奥義を使わないことを見ると勇者はつい、そう思ってしまう。

恩田家のリビングのソファーに座って二人くつろいでいると、余計そう思える。

「そうね、ねえ、これから一緒に料理を作らないかしら?」

「え?一緒に?」

「そう、貴方もこちらの食材を知っていた方が食べやすくていいんじゃない?」

「ああ、そうだね」

それはナイスアイディアだ。

「それと、私に向こうの世界の料理を教えてちょうだい。ダメ……?」

菜花とは今、真剣にお付き合いをしている。

段々付き合っていくと菜花は甘えた声を出すようになった。

意外に甘えたがりの寂しがり屋なのだ。……そんなところも可愛いと勇者は思っている。

「いいよ!僕、料理得意なんだ」

「ホントかしら?」

クスクスと二人で笑い合う。

「シュナイゼルはこれから勉強もしないとね。最低限」

「げー、僕頭悪いから出来るか不安。菜花がコーチしてくれるのなら別だけど」

「調子いいわね」

「……」

「……」

目が合ってお互い無言になった。

引き合うように、互いの唇が重なる。

「ふふ……貴方に魔法をかけられたわ」

「え?」

「貴方のことを、ずっと好きでいる、魔法……」

頬を紅葉よりも赤く染めて微笑む彼女をたまらず抱きしめて。

「……僕もだよ」

二人は幸福に包まれていた。


第十話:ハッピーエンド

海辺の教会のベルが鳴る。

今日は結婚式があるらしい。

それをイリヤは遠目から見ていた。遠目と言っても教会の屋根の上からだが。

「はぁ、なんでこんなことやっているのでしょう。私」

教会の中から新郎と新婦が出てくる。大勢の人たちに祝福されながら。

その中にひときわ嬉しそうに涙を流す老人もいた。老人の顔は輝いていて幸福そうだ。

新婦が花束を投げた。

「これは、私からのお祝いです」

イリヤはタイミングを見計らって純白な小さな花びらをまるで雪のように散らした。

新郎と新婦はそれを見て微笑み合った。

「さて、邪魔者は退散と……幸せにね。……えっと、お兄ちゃん……?だったよね?うん。私は、この光景をずっと忘れないよ……」

祝福の嵐の中、勇者と菜花は微笑んでキスをした。

まるで幸せを掻き集めたような顔だった。

舞い散る花弁の中、二人の人生はこれから始まる。


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