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恋のお話し  作者: 粘土
8/8

此処では中身のみを見て呉れたならと思います。

 やがて、僕等は卒業を迎えた。当然、其の途中には講義の最中に意識を失った彼女を卑しんだり、蔑んだり、罵ったりする者が多く居た。勿論、彼女を抱えて外へ飛び出した僕を野次る様な声は有った。元々、大人しくしなさいという大人の声に従っていただけの僕は、本来の野生で以ってそんな奴らに向かって行った。喜々として殴り掛かった。ムカつくものはムカつくのだ。其れに、其の理由が赦せないものなのだから其れが当たり前なのだ。そんな事ばかりなので、日向は僕を大いに心配したが、其の度に、強く「護ると言っただろ」と言い、二言目には「こんなのは無理の内に入らない」と優しく言って頭を撫でてやった。幸い、何時も其れで事は済み、僕の凶暴性を全く恐れない彼女に、実は安堵していた。ひょっとすると嫌われるかも知れないと云う懸念が何時も有ったからだ。然し、彼女は僕を求め、僕は彼女を選び、あの一件を通して、確かな繋がりを持ったのだから、僕の心配は杞憂であり、(之は少し解り辛い比喩だが)寧ろ他者への妬みだったのかも知れない。最初に述べた通り、彼女が可愛かったからだ。其れに比べると、例えば彼女の器量がAとするなら、僕は至って普通、BとCの中間位だ。生まれて来る子供が可愛いと好いが、などと心配してしまう。之は己惚れでは無い。もう、そう決めたのだから。何時も笑顔でいて呉れる彼女の心を疑う余地など無い。其の内に、敢えて安物のエンゲージリングをプレゼントしよう。其の時だって、彼女は笑顔になるだろう。マリッジリング、は要らないか。僕等の繋がりを、心の交わりを表すのには“愛”なんて言葉じゃとても足りない。何しろ、僕等は終わらない恋を続けて行くのだから。其れを一端区切ってしまうのは余りに無分別で、安っぽい。僕等の恋をひけらかすには、安物のリングでなければだめだ。味気無い彩りこそ、最高に主役を引き立たせる。わびさびってやつかな。ははは。馬鹿みたいだ。一人でこんな妄想に耽るのは。ともあれ、彼女の心に嘘が無い以上、僕も其れに相応しい対応をしなければ。……

 卒業を控えると云う段になって彼女は就職活動を始めた。然し、何処へ行っても二時審査までだった。彼女は嘘を云わないので、必ず病気を理由に落とされるのだ。其れでも彼女は落ち込む事無く頑張った。けれども、やはりダメだった。最終的に、僕等の住む部屋から近くに在る小さめなデパートでパート(洒落じゃないぜ?)として採用された。一方の僕は実は彼女に逢った時から既に内定を貰っていた。然し、彼女を知り、蹴ったくってやった。そんな現状に甘んじて居られる筈も無い。悔しく成ったので、就職展に行ってはワザとすり抜け、内定を貰っては蹴ってやった。結果、バイトをする事にした。勿論其れだけでは彼女に食わせて貰う事になるので、師事する先生に掛け合って貰い、大学院に行く事にした。無論、社会学を主とするポジションだ。そんな奇跡など殆ど無い。遣る事と云えば、更なる研究と、主には先生の手伝いだ。其の内に博士論文を書いて遣ろうと思っている。彼女と、彼女の様に世間と、社会から偏見の眼で視られている人達の為に。其れで何が出来るのかは甚だ疑問だが、然し、彼女を知って、彼女の心に触れて、何もしないのは嘘だ。適わなければ、金を貯めて自費出版でもしてやろう。兎も角、そんな形で僕等は新たな旅路に付いた。……

「本当に好かったの?」日向が見上げて来る。解り切った質問だ。僕はちょっとだけ悪戯加減に「何が?」と応えた。

「わかってるクセに」そう云う日向は唇を尖らせた。其の仕草がやけに可愛らしかったので、直ぐに「冗談だよ」と云い、近頃では日常的になってしまった事をしようと手を伸ばすと、猫の様にぴゃっと逃げて行った。之も同様だ。僕は大袈裟に「待て!」と叫んで笑いながら、直ぐ様追い付き、後ろから抱きしめた。日向は「う~」と呻きながらバタバタと体を捻じくらせて此方に顔を向けた。すかさず、僕は顔を寄せた。彼女は静まり、僕等は暫く其のままで居た。やがて離した僕の顔を見た日向は小さく舌なめずりをして、「秀ちゃんに逢えて好かった」と少しく瞳を潤ませて言った。「オレもだ。他の誰からも貰えないプレゼントを手に入れた」そう云う僕を、日向は不思議そうに見上げている。「行き先き不明のチケットと、期限切れのパスポートだ」僕の云う事に、猶も不思議そうにしている彼女に「お前が呉れたんだよ。出逢った時に。気付いたのは後からだったけど。行き先が不明なら何処へ行っても好いって事だろう? 其れに期限切れって事は他人の群れに入って行かなくたって好いんだ。ちゃんと二人分有るよ」其れを聴いた途端、日向は泣き出した。情けないが、僕も少しだけ泣いた。そして、そっと頭を撫でてやった。自分の心にもそうする様に。……

 時間なんて関係無い。体だって関係無い。ましてや、病気なんて考えるまでも無い。僕等は互いに互いを選んだ。其の事実のみが大切なのだ。彼女が呉れた物はとてつもなく大きく、僕には眩い程に観えた。其れを砕いて空へ投げれば、宝石を散りばめたそらが出来上がるだろう。そして、僕等をずっと見てるいだろう。其の下を僕等は歩いて行くのだ。


                                         ──おしまい──

やはり、カラーヒヨコと被りました。

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