五
世の中には色々な病が有る。そんな決まり切った事に気付きもせず、僕は彼女と過ごしていた。彼女は食後に沢山の薬を飲んでいた。決まった日に、病院へ行っていた。何かしら不都合な持病を持っているのだろうと思っていた。実際、彼女は平気な顔をしていた。僕が特別に何かをしなければならない様な、そんな素振りは一切見せなかった。だから、一々尋ねたりはしなかった。然し。……
或る日の講義の途中、突然、彼女は意識を失った。僕は其の隣に居た。明らかに、持病の所為だろうと思った。彼女の体は健康そのものだったからだ。
邪魔になるとは云え、放っては置けない。直ぐ様教授に許可を求め、退出し、救急車を手配した。其の時感じた時間の長さは、生涯忘れない。一秒でも好いから速く来て呉れと願った。実際に掛かった時間は十分足らずだったのだが、僕には、希望を削がれたかの如くに感じる程の長さだった。もう、助からないのではないか。そんな気持ちに支配された僕の眼の前で救急隊員が彼女の状態を視ていた。そして、彼女のカバンに入っていた薬の処方先を確認すると、急いで連絡を取り合い、彼女を救急車に乗せた。僕は咄嗟に、連れ合いだからと云い、一緒に乗り込んだ。病院にさえ行けば、直ぐに好く成ると思っていた僕に、救急隊員は湿っぽく告げた。
「一応の覚悟はしておいて下さい」と。
覚悟? 何の覚悟だ? 訊き返そうとする僕の頭は真っ白けだった。何も、訊き返せなかった。
病院へ着くと、彼女は直ぐ様、ICUに運ばれた。其処で初めて、事の重大さを理解した。ひょっとしたら、彼女は、日向は此の侭、目を眠った侭、僕と口を利く事は無いのかも知れない。
両の頬を、熱い物が伝った。ボタボタと床に落ちた。余りに悔しくて、靴で掻き消した。(覚悟って何だよ)
今更ながらに気の付いた彼女への想い。
(遅いんだよ。遅過ぎなんだよ)
自分が嫌になった。判然と自分を慕って呉れた日向に済まない。何んな言い訳も出来ない。元気になれば、きっと、彼女は笑って許して呉れるだろうが、自分が自分を赦せない。解っていた事だ。一目惚れ。然し、恐れを抱いている。そして、投薬をしている。もっと、もっと早くに気付く可きだった。薬を処方して貰っている時点で、傷付けてでも問い正す可きだったのだ。其れでも好いと、言って遣れば好かったのだ。後悔先に立たず。ガキでも知ってる。其れを今、僕は犯した。せめて、せめて、もう一度、話す事が出来たなら。けれども、今僕に出来る事等何一つ無い。助かって呉れと願うばかりだ。うんざりだが、其れこそ、うんざりだ。日向は必ず助かる。そう、信じて待つしか無いのだ。話せる様になったなら、第一声は決めてある。其れこそが、彼女を救う為の唯一の手段だ。
僕は覚悟を決めた。