三
実は、清水秀樹の一文字を変えると僕の本名に成ります。
清水秀樹。僕は大学の三年生だ。佐々木日向。彼女も又、同じ学年で、同学部であり、同学科である。そして、僕等は共同生活をしている。之には理由が有るが、恐らく説明するまでも無いだろう。
思い起こせば、入学したての頃。初めて口を聴いたのが彼女であった。オリエンテーションの帰り、不図声を掛けられた。
「君は何でここに来たのかなぁ?」
突然の質問に面食らったが、「就職の為と、後、社会学に憧れたからだ」と、応えた。すると、思っても見ない質問を受けた。
「どっちが先なのさ」
判然云って困ってしまった。“憧れた”と云う言葉を遣うなら、断然、其方が優先だ。然し、其れで喰えるとも思えない。従って、人生の指針としての社会学であり、生きると云う事に意味を見出す為の学問であったのだ。
少しばかり悔しく思った僕は、「君は何うなんだい?」と返した。
「へ~? 何でかな~。……う~ん。そうだ! 君に会う為だよ!」
ガックリした。ヒドイ奴にカラまれたもんだ。こんな時にはさっさと話しを切り上げて、
「そりゃどうも。まぁ、互いに精進しようか」と、応えて立ち去った。何だか背中に視線を受けている気を自意識過剰と思いつつ、とは行かなかった。
「あたし佐々木日向」
突然の事に驚いてたまるかと思った僕は、
「オレは清水秀樹だ」と、得意気に返してやった。然し。
「じゃぁ、秀ちゃんで好いね?」
「は? 何時からお前と袖振り遇う仲に成ったんだ」
「今」
言葉が出なかった。意味が解らなかった。支離滅裂だと思った。けれど。けれども。彼女は可愛かった。放って置く男は馬鹿だと思った。此処でサヨナラを告げるのは本末転倒だと思った。なので、
「ま、まぁ好いよ。それで」
動揺しながらも応えると、彼女は嬉しそうに、
「やった~。じゃぁ、私の事はヒナタって呼んで~」と、相変わらずフニャフニャとした返事をした。ツッコむと面倒クサそうなので其の事はスルーした。が、確かにしておく必要が有るのを一つ発見した。其れは。
「友達以上、恋人未満?」
ヒナタは即座に応えた。
「性行為有り。友達不満」
驚いた。そんな事って有るのか。“狐に”ってのは此の事だ。なので、勇気を振り絞って訊いた。
「えー、経験は?」
即座に、「有りません」と答えるヒナタ。
脅しに、「今からでも?」と訊くと、「無論です」と何処かの学者の様に、物知り顔で応える彼女。其れ処か、「友達不満って言ったでしょ~?」なんて平気で応える。
解らない。解らない。こんな事って有るのだろうか。いや、無いだろう。何故だ。何故、僕にこんな事が起こっているのだ。確かに“学生”に成ろうとするなら、之まで、大学受験を控えた身として異性との付き合いを意識しない様にして来た僕にとって、禁を解かれたかの様だ。然し。然し。僕とて“経験”など無い。全体何うしたもんやら、と頭を回転させて、導き出したのが共同生活であった。そうなれば、話は早い。嘘も方便。
「ヒナタ。僕と一緒に住もう」と、大概な事を言った。然し、其れが災いした。当時としてはだが。
「わかった。直ぐに引っ越しを頼むよ。“クロネコ”に知り合いが居てね~。きっと明後日には済むと思うよ~」
しまった。と思うのは時既に遅し。