誕生
20年前の今日、篠は生まれてきた。……生まれてきてくれた。
営業先で名刺交換をしているさなか、その知らせは飛び込んできた。
もうそれはそれはびっくりして。冬だというのに汗だくになりながら病院に駆け込んだ。
産婦人科に行ってくれと総合受け付けで言われ、産婦人科に行けば302号室に案内された。
「稀に見るとてつもない安産だったのよ。先生に言われたわ」
扉を開け妻を見れば澄みきった綺麗な笑顔でそう言った。
彼女の腕に抱かれた小さな命。赤い顔をしてすやすやと眠っていた。
俺と妻の間に生まれた初めての子供。そして一番楽しみにしていた……。
「…ぁあ、……ふふ。」
俺がそわそわしているのに気付き妻がちょいちょい、と手招きをする。そして俺の耳元でこそっと一言。
「男の子、よ」
ぶわぁぁああっと何かが込み上げてくる。そしてそれはそのまま声となり、俺はおもいっきり叫んだ。
「やっ…ちょっとアナタ……! ここ病院よ」
妻に制止されるが収まらない。もう嬉しくて嬉しくて。
実は妻とは生まれるまで性別は秘密にしておこう、と話していた。ただ元気に生まれてきてくれればそれでいい。元気に育ってくれればそれでいい。
竹の一種に「篠」というものがある。
竹の様に強く真っ直ぐに生きて欲しい。そんな願いから生まれてきた子の名前は「篠」に決めた。
全てにおいて歯車が重なっていたあの頃。
狂いだしたのはいつだったか。おかしくなったのはいつだったか。
俺が悪かったのか、妻が悪かったのか。
もう戻れないあの頃を思い出しては、瞳から雫が滴った。