曇天の来客
彼女が僕の家を出ていったのは翌日の朝であった。
ロングのマルボロに火を点け、一人でコーヒーを入れる。
空には黒味を帯びた雲が鎮座している。
まるで、爽やかな朝とは正反対だ。
丸い鉢の中から金魚が、水面で口をぱくぱくさせている。
時刻は午前9時。
今の僕には何をするにも早すぎたし、かと言って二度寝をする気分でもなかった。
もし、時間を切り売り出来るなら人間はこんな時間を売るのであろう。
ガチャリとドアが開くと同時に、一人の女性が現れ驚きの感情よりも素早く僕は、彼女が誰かを察すると彼女もまた自分と同じような表情をした。
「あ・・・、合ってます?」
「ああ、合ってるよ」
僕はコーヒーを進めると、彼女は何故かびしょびしょの服を風呂場で着替え、ドライヤーで髪を乾かした。
彼女はいわゆるアートモデルで、週に一回、様々な人が来る。
趣味でやっていた絵が、偶々、知り合いの画商にそそのかされ売ってみた所、結構評判が良く、何とか食う分には困らない位の収入を得ることになり、
彼女は今度の展覧会の人体美術のモデルの一人であった。
時間にルーズな僕はすっかりモデルの人が来るのを忘れ、まだ絵を描く準備をしていなかった。
しかし、そんなことなど気にしていないかのように彼女は、髪を乾かしきるとソファにコーヒーカップを持ってどっかりと居座った。
まあいい、時間はたっぷりあるのだ。
空は今にも雨を降らせようとしていたが、とうとう雨は降らず此の世で一番の暗闇を表現させる曇天であった。