08.曲芸
―― 2日目 外出禁止時間後、1回目食事前 ――
計刻線が全部赤色に変化し終え、共通ルールとして決めた外出禁止の時間は終わった。
結局俺もリエルも深い眠りにつくことなく時間を迎えたのだが、それとは対照的にグレハードさんはまだ寝ている。
リエルには計刻線の事は伝えたのだが、返事もないままじっと同じ体勢を続けている。三人一緒に行動しないといけないというルールがある以上、グレハードさんが寝ている今俺たちは例え計刻線が全部赤になってもここから出ることはできない為、グレハードさんが起きるまで俺達は動くことができない。
リエルにグレハードさんを起こしてみるかと聞いたが、彼女は首を小さく横に振って答えた。俺も特別早く外にでてやりたい事なんてのはないし、グレハードさんが起きるのを待つことにする。
程なくしてグレハードさんも目を覚ました。
俺もリエルもずっと起きていた事を知ると、睡眠を取らないと体にも頭にも悪い影響が出るから、次はしっかり取ってくれという感じで半分呆れながら軽く怒られた。俺だって安心して寝られる環境があればぐっすり眠りたいんだが、頑張って起きている小さな女の子がいると分かれば、それは代わりになってあげたいという気持ちが出てくる。グレハードさんの小言を聞いて、リエルも次はちゃんと眠ってくれればいいのだが。
三人揃ってこれからどうしようかと相談した結果、特にやる事もないのでとりあえずリビングへ出てみることにする。
昨日話したゴミ捨て場へ降りるための命綱も、提供してくれる人が出たか確認もしたいところだったし。
ちなみに昨日最後に見た時は、命綱にしたら死人が出そうな細っこいロープが何本かあるだけだった。あの調子なら望みはかなり薄い。
とりあえず、それの確認も含めて三人一緒にリビングへと出た。
リビングは既に明かりが灯っており、部屋の中にはジェイ、スレバラさん、盗賊野郎のエドリックが既に居た。
三人に軽く挨拶を交わすと、グレハードさんはスレバラさんと話を始めたので、俺は命綱の確認の為に昨日指定したテーブルに行くと、丁度そこにジェイもいたので軽く談笑を始める。
「何してんだ?」
「ほれ、昨日お前さんが言ってたろ?命綱を作るって。今繋げて強度を作ろうとしている所なんだけどさ、長さと強度、どっちを優先すべきか考えてる訳よ。俺も昨日ゴミ捨て場を確認したけど相当な深さだったからな……」
「ほほ~……」
ジェイはそう言ってテーブルの上に集められている何本ものロープを前に、うんうん唸っている。
ジェイは実家が小物屋でアクセサリなんかも自分で作ったりしていると言っていたな。命綱を作るという作業も彼の器用さなら容易いことかもしれない。これに関しては俺が作っていくよりもジェイに任せた方が安心できそうだ。
集まったロープをざっと見たところ、作れて20メートル程度といったところか。ただ、それだとどうしても強度が怪しくなってくるな。
「体重の軽い奴が降りるとすれば、もっと伸ばせるかな?」
「もっと伸ばして強度を弱くした所で、果たしてその体重の軽い奴が降りてくれるかだな……」
体重が軽いやつか。該当するのはリエルか、挙動不審なオルロゼオ……と言ったかな?彼くらいなものかな。後、ギリでコーラスさんやクルフも行けなくもなさそうか。
その中では運動神経の良さそうなリエルが一番の適任か。リエルがトイレに突っ走った時の速さと言ったら並みの速さじゃなかった。スピードはあると自負していた俺が追いつけなかったレベルだったから、あの身軽さなら或いは……。
「ちょっと身軽な奴に心当たりあるから聞いてくるわ」
「あ、例の女の子?」
「そうそう。ああ見えても凄い運動神経の持ち主なんだ」
「へぇ~……。あの子、どんな子なの?ちょっと話しかけてみたんだけど無視されたわ」
「無視するのがデフォルトのような子だから、何も気にしなくていい。犯人かどうかはおいといて、ちょっと無口で変な子ではあるけど、悪い子ではないと思う」
「ほほ~……。綺麗な顔してるもんな~。そんな子と同じ部屋で寝れるなんてちょっと羨ましいよ。こっちは豪快ないびきをかく屈強な女戦士様と、アレだぜ……?お陰で全く落ち着いて寝れなかったわ」
そう言うジェイの視線の先には黒装束の男。
女戦士様というのはスレバラさんで間違いなくて、アレというのは盗賊野郎のエドリックだ。
「同じ部屋で寝るっつったって、あの子他者の侵入を警戒してか一睡もしなかったんだぜ?信じられるか?俗にいう『見張り睡眠』をずっとしてた」
「まじか!?ガード固そうだもんな……。っつか、お前さんもそれを見ていたっつー事は寝てないのか?」
「一人で見張ってるから~とか、あんな小さな子に言われちゃな……。一応寝ていいと彼女に言われはしたんだけどね」
「いい子じゃねぇか!俺なんて恐怖で寝られなかったわ。だってあのエドリックっつー男、まさしく彼女のそれと同じような感じでずっと見張ってたんだぜ?他者の侵入というより、俺を警戒してたのか、逆に俺が寝静まった所をスレバラさんと一緒に殺そうとしていたのか、どっちか分かんねぇけど。スレバラさんなんて本当に良く寝られたもんだと感心したわ」
「グレハードさんもぐっすり寝ていたなぁ。皮肉じゃないけど、王宮騎士さんは野戦に慣れてないとかなのかもな」
「野戦て。言っちゃ悪いけど年も関係してくるのかもな」
なんてケタケタ笑いながらジェイは話す。6時間という長い時間だったけど、ジェイと同室だったらこんな話で暇潰せそうだ。
確かチームはまた状況によって編成し直すという事も考えるという流れだったよな。今のチームで何も不満はないけれども、次はより楽しそうな人たちと一緒に過ごしてみたい。
「そういえば、そのエドリックっつー人はどういう人なんだ?」
「どういう人も何も、見たまんまよ。取り付く島もないっつーか、話しかけても無視で、ずっと俺たちを監視しているような様子だ。スレバラさんが頑張ってチーム行動をさせてはいるけど、スレバラさんいなかったら俺、心挫けそうだよ」
「はは……。まぁ、うちのリエルさんも同じような感じだから分からなくはないな。暴力的とか反抗的とか、そういうのはないのか?」
「暴力的というのは今のところはないかな。でも、ひやっとする場面は結構あるぞ。掃除しようとスレバラさんが提案しても、「貴様らで勝手にやれ。俺はこのままでいい」とか言い始めるし、スレバラさんが割りと直情的なもんで、フォローしないと爆発しかねない」
「苦労してんだな……」
「あぁ。できればお前さんと代わって欲しいわ」
「正直言えば色んな人と色々関わってみたいという意味では別にいいんだけどね。そのエドリックさんって普段何やってる人なん?ジェイん所にもコスターさんが聴取しに来たっしょ?」
「あぁ、来たよ。ジェスティアの商人だってさ。絶対やばいもん売ってる闇商人だろ」
「またジェスティアか!多いなぁ」
「なー!ドリ出身の俺としては肩身が狭い狭い。他にドリ出身いないのかよ……。お前さんはヒンデだったよな。よくそんな遠い所から……」
「ドリアースは確か例の姉妹がそうだった気がするな。城下町でセヴァンズ姉妹の何でも屋をやっているとか言ってた気がする」
「まじか!!そりゃ朗報だ!でも城下町か~。ちょっと遠いけど、今度立ち寄ってみようかな~」
「エロい事考えるなって言ってたぞ?」
「考えてねぇよ!!」
「あ、片思いの子がいるんだったっけ?」
「片思いって何で決めつけられてんだよ!!それ、クルフが話を大きくしただけだからな!!」
くだらない話も盛り上がってしまったが、一段落ついた所でリエルにゴミ捨て場に降りてみる勇気があるかどうかを聞きに行く事にする。
リエルはリビングの壁を背もたれにして、座ったまま『見張り睡眠』の続きをしているようだった。さっきから俯いたままあまり動いていない。
少し近づいた所で閃いたんだが、リエルはどの程度の事で反応するのか試してみたくなった。リエルに悟られずに、脇腹チョンをできれば俺の勝ちとか勝手なルールを作り、リエルに近づいてみる。
でもさすがのリエル師匠だ。時折顔を上げたり左右に振ったりして、隙がない事をアピールしている。この状態で気付かれずに脇腹チョンは結構難易度高いかもしれない。
そう思いながら、リエルの様子を伺って、隙が出来たと判断した一瞬で突撃!!リエルの死角から一気に近づいて―
「!!!」
後一歩という所まで来た所で、急にリエルが立ち上がってナイフを突き出してくる。そのナイフは避ける間もなかった俺の顔をかすめた。
俺の動きもそれで急ブレーキ。この状態から少しでも動けば俺の顔は切り刻まれそうだ。
リエルは鋭い視線で俺を睨みつけ、俺は驚いた表情のまま崩すことができない。俺もリエルも変な体勢のまま固まってしまった。
っていうか、本当に信じられない。何が起こったのか全然理解できなかった。俺だってリエルの死角をしっかり計算して近づいたつもりだった。でもあと一歩という所で急に目の前が一瞬彼女のマントの色である深緑色になって、次の瞬間の光景がリエルに鋭い目つきで睨まれ、俺の顔の横にナイフがかすめてある今の光景だ。ナイフもわざと外したんだろう。
この常人離れした反応速度と反射神経があれば、確かにこの遺跡も単独でここまで来られるかもしれない。本当に恐れいった。
「リエル!!」
両者ともに少しの間同じ体勢で固まっていると、スレバラさんと話していたグレハードさんに怒られた。
今のは俺が明らかに悪かったので、それを説明してグレハードさんとリエルに頭を下げると、リエルもようやくナイフを懐に納めてくれる。
「すいませんした!」
「……」
また、無言のままドンと両手で胸を突き飛ばされた。
本人は至って真面目に怒りを表現しているんだろうけれども、それが可愛い抵抗過ぎてまたちょっかい掛けたくなる。またちょっかい掛けると、リエルは怒って俺を突き飛ばす。それが可愛い。
これが俗に言う、リエル式負の連鎖である。
いかんいかん。ふざけている場合じゃない。あまりリエルに情が移ってしまっても、万一犯人だった場合とか大変な事になるしな。この辺で止めておくことにしよう。
リエルは少しむくれたような顔してまた再び壁を背もたれにして座る元の体勢に戻った。
俺も顔を合わせるように屈んで本題を伝えに行く。
「悪かった!どれだけ隙がないのかちょっと試してみたくなったんだ。全然寝てなかったし、まだこんなに動けるとは恐れ入りました」
「……」
「でも、本題はそこじゃなくてだな、実はリエル師匠にお願いごとがあってきたんだ。ゴミ捨て場、確認したろ?あそこに降りてみようという話になったのは知っていると思う。今命綱を作っていこうって所なんだが、強度を優先すると長さが犠牲になる。で、長さを犠牲にすると今度は強度が落ちる。そこで問題。少しでも長い命綱を作るにはどうすればいいか?」
「……」
リエルにそう質問を投げてみても、視線は逸らしたまま何の反応もない。もしかしたら問題の答えについて考えてくれているのかもしれない。
しばらく待ってみてもリエルからの返答がないので、答えを出すことにする。
「答えは体重の軽い人間に降りてもらうことにして、強度を少しでも落とす、だ。答えっつーか一つの方法にすぎないんだけどな。そこでこの中で一番体重の誰かって話になってリエルの所に来たんだ。落ちたら命の保証はないし、死ぬほど勇気がいる事だというのは分かっている。断ってくれて全然構わないんだが、どうだろうか?」
俺がそう聞くと、リエルはちょっとの間を置いた後、俺のマントをくいくいと引っ張った。
「そこに行ってから考える」
「お、考えてくれるか?助かる!!嫌だったら全然やめてくれて構わないからな!」
「見たい」
「ん?ゴミ捨て場??」
リエルはこくんと頷く。
今命綱をジェイが作ろうとしている所なんだが……。まぁ、見学に行くだけなら先に行ってしまったも問題ないか。
リエルが見に行きたいと言うことなので、それをジェイに伝え、グレハードさんを連れて三人で先にゴミ捨て場に向かった。
ゴミ捨て場に着くと、リエルは早速ゴミ捨て場の蓋を開ける。結構力が入っていたので、リエル師匠といえどもそんなに力はないみたいだ。
蓋をあけると、リエルはぺたぺたとゴミ捨て場を手で触って感触を確かめた。
ひと通りその作業を終えると、懐から何か取り出して、カチャカチャと履いている靴に取り付け始めた。
「何だそれ?刃……?」
近くで見てみると、リエルは靴の先端とかかとの部分に人差し指くらいの長さの刃を取り付けていた。面白い靴だ。これで蹴られたらめちゃくちゃ痛そうだけれども、今これを付けて何を始めるというのだろうか。リエルからの返答はないので、リエルの作業を黙って見届けることにする。
両足の靴の先端とかかと、計4箇所に刃を取り付け終わると、リエルはゴミ捨て場の中に片足だけ突っ込む。カンカンという音が聞こえてくるので、恐らくさっきの刃をゴミ捨て場の壁に当てているのだろう。
この動作で何となく想像がついた。
「え、まじで……?」
「?」
多分、リエルはあの刃を使ってウォールクライミングのような事をするつもりだったのだろう。そんな技術、普通の傭兵は持ちあわせていないし、もちろん俺だって出来ない。
「ちょっと待った。凄い見てみたい!ゴミ捨て場じゃなくてもいいから、ちょっとそこの壁とか登れたりするのかやって見せて欲しいんだけど……」
俺がそう言うと、リエルは無表情のままゆっくりとゴミ捨て場に入れていた片足を取り出す。
そしてまた懐から両手にナイフを2つ取り出した。
次の瞬間、俺の目の前に蜘蛛男……もとい、蜘蛛美女が現れたのだった。
「まじで!!?」
「!!!」
さすがのグレハードさんも絶句したようだ。
そのリエル、一気に壁に向かって跳躍したと思ったら、なんとそのまま壁に張り付くように静止してしまっているではないか!これは凄い!
両手のナイフと両足の靴にある刃が壁に刺さって、リエルの体を支えている格好になっている。
「え、そのまま壁に登れたりするの!?」
「たまげた……ジェスティアの兵士の中でもこんな芸当できる奴はおらんぞ!」
リエルは一旦両足の刃を壁から外し、壁にべったりを靴底を付けて体を両手のナイフで支えるような格好になる。そのままもぞもぞと器用に壁をよじ登っていく姿にも度肝を抜かれたのだが、そこからまた次の瞬間、あり得ない光景を目の当たりにした。
なんとリエル師匠、天井に張り付いてしまっているではないか!
ナイフを逆手に持ち、今は両手の刃と靴のかかとの部分の刃が鋭角な感じで天井に刺さっているので、リエルの体は丁度こっちを向いている。かなり辛い体勢だとは思うんだが、リエルの表情は本当に何も変わってない。さも当然のようにそこに張り付いている。
「……」
「……」
俺もグレハードさんも、開いた口がふさがらない。そりゃそうだ。このリエルの人間やめましたみたいな技術に掛ける言葉は何も思いつかない。
何か絵面的にも凄いシュールなんだよね。だって美女が真顔で天井に張り付いているって、ほとんどギャグの世界だもん。
今まで深緑色のマントで隠れていたんだけれども、七分丈のパンツを履いているんだったな。スカートじゃなくてよかった。……本当に良かった。
リエルはしばらくその体勢を維持した後、足の方から順番に天井から離れ、華麗に地面に着地した。
俺は思わず土下座してしまった。
「?」
今まで21年間生きてきて、かなりの人間と関わりを持ったけれども、これだけ度肝を抜かれたのは初めてだ。
風の魔法を駆使して屋根まで登った馬鹿なら見た事ある。魔法で枝ごと切り落せばいいのに、馬鹿で天然だけど器用な魔法使いが氷の魔法を駆使して階段を作り、木の実を取りにいったのも見たことがある。
でも、壁は愚か天井に張り付いた人なんて今まで見たことない。
「な、なぁリエル。うちで……ジェスティアの騎士として働いてみないか?」
そりゃ、天井に張り付ける人間が目の前に現れたらグレハードさんだって錯乱するわ。
「ここの壁も天井も平気。でも、そこは無理だと思う」
リエルがそうぼそっと呟いたので、俺も我に返って本来の目的を思い出す。
なるほど。確かにこの通路の地面や天井は、遺跡の他の階層と同じように固めの土っぽい材質で出来ているな。
思い切りやれば剣も突き刺さるだろう。実際にリエルの投げていたナイフも突き刺さっていた。
壁によっては若干補強してあるような所も見かけられたが、これは他の部屋もほとんど同じ作りだ。王室、処刑場、リビング辺りはかなり強度のある石っぽいのでできていた気はするけど。
問題はこのゴミ捨て場だ。
今俺も実際触ってみて確かめてみるのだが、縁の部分が既に石っぽい何かで出来ていて、ここにナイフを差し込むのは無理がある。中も手で触ってみるのだが同じだ。
さっきリエルが足でカンカン鳴らしていたけれども、それが無理だと物語っていた。
「ダメか……」
「命綱を頼りに降りていく正攻法でないと無理そうだな……」
「でもこれって自然に出来た穴を使ったという訳ではなくて、誰かが作ったという事になるんですよね……。だとしたら、誰か絶対下まで行ってると思うんだけどな……」
「その時はちゃんと登れる手段があったのだろう。古代の技術かもしれん」
「う~ん……気になる。これ、井戸じゃないんですよね……?何でこんな深いゴミ捨て場を作ったんすかね……」
「どうしてだろうなぁ……。余り浅いと捨てられる量が限られてしまいそうだがな」
「う~ん……」
元々あった穴を加工して作ったのかな……。でもなんか、ゴミ捨て場としてはおかしな感じがするんだよな……。もっとマシなゴミ捨て場を作れなかったのだろうか。場所もなんか微妙な所にポツンとあるし、こんなに深いから落ちたら危ないし、重い蓋も付けなくちゃいけなくなるんだ。
そもそもゴミって燃やして捨てるのが基本なんじゃないのか?昔の人はこうやって地下深く穴を掘ってそこにポイポイ捨ててたんだろうか。
もしかして、井戸を掘ろうと思ったけど水が出なかったとかかな?で、せっかく掘ったんだからゴミ捨て場として使おうと決めたとか。それが一番しっくりくるかなぁ。
まぁ、考えても結論なんか出てこなさそうだし、後でシドルツさんに聞いてみようか。とにかく今の目的は出口を探る事で、リエルがトリッキーに降りて調べに行くのは無理そうだという事。
「こう、下にロープを垂らして、それを伝って降りていくって感じならできそうか?」
「……やってみないと分からない」
やりたくないという返事でなくて助かった。
一応リエルには降りる意思がありそうなので、それを命綱を作ろうとしているジェイに伝えに行くことにする。
リビングへと戻る途中に丁度こっちに向かっていたジェイ達と会った。ジェイを含むスレバラさんのチームの他に、シドルツさんとセヴァンズ姉妹も一緒だ。
ジェイが一応作ったと自信なさげに言った命綱を見てみるんだが、思いの外強度を増して作られていた。ジェイは「これで千切れたら俺のせいになって責任問われるっしょ」と言ってたが、確かにその通りかもしれない。降りる人間よりも、命綱を作った人間の方が立場としては怖いかもな。
しかもこの命綱、ただ単純にロープを結んで繋ぎあわせただけではなく、繋ぎ目を金具で補強してある。さすがは小道具屋さんと言った所か。この調子で片思いの彼女にも素晴らしいアクセサリーを作って欲しいものだ。
リエルに命綱を見せて、これで降りていく事になるが、大丈夫か?と聞いてみると、静かに頷いてくれたので一安心だ。みんなも一様にリエルの勇気を褒め称える。
ただ、全く文句を言うつもりはないが、長さがかなり不安だ。見たところ10メートルあるかないかくらいの長さ。多分あのゴミ捨て場の深さと言ったら10メートルの騒ぎではない気がするんだよな。
結局何も発見する事ができずに終わる確率が高いので、無駄骨を折らせてしまうようで、リエルには申し訳ない思いが出てきたので、俺がやろうかとリエルに聞いたけれども、大丈夫と静かに返してくれた。
大人数を引き連れてゴミ捨て場に戻ると、早速ロープをリエルの腰に巻き付ける。
「本当は滑車みたいなのがあれば一番良かったんだけどな……」
「いや、これだけの強度と、これだけの人数いればなんとかなるだろ。戻る時はどうする?リエル、自力でロープを伝って戻って来られそうか?」
リエルは俺の問いに静かに頷いてくれる。
この人ならこういう軽業的な仕事はこの中では誰よりも信用できそうだ。
でも、くれぐれも無理だけはしないで欲しいと伝えておいた。
「リエルちゃん頑張って!」
「無理をなさらずに……」
「危ないと感じたら直ぐに戻るんだぞ」
みんなからの激励を受けて、リエルは意を決してゴミ箱の中へと入っていく。
こっち側ではグレハードさんを筆頭に、みんなでロープをしっかりと支えている。
余りがなくなるまではリエルの力加減に合わせてロープを徐々に開放していくんだが、手が滑ってしまわないかとか考えてしまうと、本当に怖い。
それがまたリエル師匠の奴、結構なスピードで降りていくんだ。ロープがするすると流れて行ってしまうので、これだとあっという間に降りきってしまいそうだ。勢い余って大事故にならないよう、ロープの一番ケツの部分をジェイが常に監視し、万が一も起こらないようにしているのだが、やはり怖いものは怖い。文字通りリエルの命は俺達が握っているのだから。
「これで終わりだぞ!!」
ジェイの声が聞こえたので、力いっぱい命綱が流れないようにみんなでせき止めた。
今リエルはかなりの深さの所にいるんだろうけれども、一応その地点でガラス製の小さなコップを落としてくるように頼んである。なので、ここで一旦命綱を止めて、少し時間が経ったらゆっくりゆっくりと引き上げるという流れでリエルの脱出を補佐する。
慎重に慎重を重ねた結果、無事にリエルは戻ってくることができた。結構危ない仕事だったとは思うんだが、本人は全く動じていない様子だ。とりあえずみんな一様にリエルを労い、結果報告を聞く。
「何も見えなかった。音もしなかった」
「そうか……。何か気づいたこととかあるか?」
「なにも……」
「そっか……。残念な結果だけど、本当によく頑張ってくれた。ありがとう、リエル」
結果は空振り。
このゴミ捨て場は10メートル以上の深さがあって、底が全く見えない。落ちたら戻ってくるのは難しそうだ。
何とか下まで降りていく方法はないものかと、睡眠の時とかずっと考えていたんだが、結局何も思いつかなかった。
ゴミ捨て場のすぐ近くを掘り進めていくなんて事も考えたんだが、ここにいる全員が協力したとしても器具がなければ何十日かかるか分からないし、結果的にフェンスに阻まれていましたとかだったら、提案した人間は張り付けの刑にされかねない。
でも、ゴミ捨て場の探索に失敗したという結果を受けて思い直したんだが、要はゴミ捨て場から脱出不可能な事が証明できれば良い。確実な証明でなくとも、無理だろうと類推できるだけの材料があればいいんだ。
そこで今思いついたんだが、ラストフェンスが地下に潜ってあるのかを証明できればほぼ無理だと類推する事ができる気がする。
実際にフェンスを見ることが出来るのは今のところ入り口だけで、シェルターを基準にすれば地上部分だけだ。全方位から守るフェンスとシドルツさんが言っていたので、まず間違いなく天井はフェンスに阻まれているだろう。天井がぽっかり開いていたとかだったら間抜けにも程がある。
じゃあ、地下はどうなのかという所で思いついたんだが、入り口のフェンスのある所の足場を少し掘っていってみれば、地下にもフェンスが続いているのか分かるのではないだろうか?
そう思って今思いついた事をこの場にいるみんなに伝えてみる。
が。
「あぁ、それなら俺、少しだけ掘ってみたよ?」
「え……」
ジェイが既に実行済みだった。
「あ、いや、これどうなってんのかなぁって興味本位で掘ってみただけだけど、地下にも普通にフェンス続いてるみたいだった」
「まじか」
「まじだ」
ダメっぽい。
堀りが足りないと言いたい所だけれども、可能性として考えられるのは天井を含めた地上部分だけのフェンスが張られているような形状だ。少しでも地下にフェンスが伸びていたのであれば、地下も全体にわたってフェンスで守られている可能性が極めて高い。
なので、このゴミ捨て場を降りきって脱出口があったとしても、恐らくフェンスによって阻まれているという事が想像できた。
全部想像なんで確証はない。でも、ゴミ捨て場の事は諦めたほうがいい気はする。
一行は(主に俺が)肩を落とし、リビングへと戻っていった。