07.探索と交流 その4
食事の準備も済ませ、俺達は三人で他のグループに食事の伝達を行った。これがまた、それぞれのグループがばらばらな場所にいたりするので、結局シェルターを一周するくらいの労力を使わされて大変だった。この時も例外なく3人で回ろうってなったので効率が悪いことこの上なかったんだが、事情を考えれば仕方ない。
全員がリビングに集合し、チームごとに5箇所のテーブルに分かれて一緒に食事を取る。余ったコーラスさんとサバトさんの二人チームは食事当番だったチームと一緒のテーブルという事になったので、今回は俺達と同じテーブルで食事を取ることになった。
いざ食事を取ろうとみんなが出された料理を前に着席してくのだが、ジェイのチームにいた例の盗賊野郎さんだけは着席しないで、一人壁を背にして突っ立っている。
それを見かねてか、同じチームのスレバラさんが声を掛けていた。
「おいエドリック。どうした?席につけ」
「……」
エドリックと呼ばれた盗賊野郎さんは、そのスレバラさんの声掛けにも応じずただ突っ立っているだけだった。
みんなも一番最初の食事という事もあってか、まだ料理には手をてけず、エドリックと呼ばれた男の着席を待っている状態だ。
「てめぇらは全員アホだな」
「なんだと……?」
スレバラさんがエドリックの突然の挑発に顔色を変えて立ち上がるが、横に居たジェイがまぁまぁとそれを抑止する。
さっき料理の配膳中に一悶着あったのを俺は見ていたので、エドリックの言うことにピンと来ていた。
毒だ。
料理に毒が入っていて、一人残らず殺されて犯人の勝利という事態も十分に考えられる状況だ。それを警戒してのエドリックの発言なんだろう。
でも、実は準備をしている時一部でその話題をしていて、それを聞いたセヴァンズ姉妹の姉の方が怒って、色んな皿から料理をつまんで毒味していた……というやりとりを俺は見ている。
ジェイ、スレバラさん、あんたのチームはまだ来ていなかったので、それを見ていなかったんだろう。
それをコスターさんも察したようで、コスターさんはすかさず立ち上がってフォローに入った。
「毒の混入を疑っているという事ですね?」
「……」
「それについては、さっき料理を担当したレイトルネさんが疑われた事に憤慨しながら毒味を行って、毒の混入はないと証明してくれました。もちろん、毒を入れた食べ物を避けての毒味だったという可能性もあります。ですので、食べたくない人は食べなくてもいいという事を、最初に説明しようとは思っていました」
そうコスターさんは説明する。
セヴァンズ姉妹の様子を見てみると、姉はむくれた顔してるし、妹の方は凄く悲しそうな顔して下を向いてしまっている。
せっかく作ってくれた姉妹には非常に申し訳ない話なんだが、みんなが疑うのは無理もない。自分の命に関わる事なので、簡単には信用できないいう事情を何とか飲み込んで欲しいと思う。
「正直言えば、私は料理をつくる前から少し疑っていました。率先して料理担当に立候補したのはそこの姉妹です。料理担当なんて面倒臭い事に立候補して、自分に何のメリットがあると思いますか?」
おいおい。何でそう言わなくていい事をここで口走るんだ。それを言っても何にもならないだろう。ただ姉妹の反感を買うだけだ。
この発言にまた姉が怒り出し、テーブルを叩いて立ち上がる。
「あんた達が長期戦覚悟だの、食料が心配だの、不安を煽るからこの子が厚意で作ってあげられると言ってくれたんじゃない!!そんなに言うんだったら食べなくて結構なんだけど!!」
「お姉ちゃん……そんなつもりはないから……」
妹のニーナが姉の袖を引っ張って、それを抑止する。そして、誰とも視線を合わせることなく、妹はみんなに対してこう話した。
「あの……余計な事をしてしまってすみません。皆様の言うことは最もだと思います。今手を付けられなくても勝手に片付けたりしませんので、もし気が向いたら召し上がってください」
そう言ってニーナは深々とお辞儀をする。
なんかあの子を見ると、凄い気の毒な思いがこみ上げてくる。ニーナの様子を周りの人も同じことを感じたようで、場がどうしていいか分からない神妙な空気に包まれてしまった。
そんな空気をぶち壊してくれたのがクルフだった。
「もしゃもしゃ。うめぇじゃん!ニーナちゃんグッジョブ!!いいんじゃない?食いたくない奴は食いたくないで。そしてこれで俺が死んだらニーナちゃんが犯人って事でみんな脱出出来てハッピーな訳だ!」
そう言いつつ、クルフは普通に食ってやがる。
「んじゃ、俺も戴こうかな!戴きますねー!」
今度は空気の読めそうな男ジェイがクルフに便乗するように目の前にある料理に手をつけはじめた。何というか、クルフもジェイも男の器が違うなと感じたよ。
二人は腹が減っていたのか、本当にうまそうに次々と目の前にある料理を口の中に突っ込んでいく。
これでこの場の空気が変わった。次々に手をつけ始める人が増えて、トルネとニーナに次々と感謝の言葉が飛び交い始める。もちろん俺も料理を口に運んで、二人にお礼を伝えた。
料理は少し変わったものもあったが、極めて一般的な家庭料理のような物ばかりだった。が、どれもこれも普通にうまい。俺が非常食として食べている物よりはもちろん、普段酒場で食ったりしている物に全く引けをとらない。
グレハードさんからもコーラスさんからも美味しいという感想は聞こえてきた。リエルもソイチさんも美味しそうに食べている。思わぬアクシデントに見舞われて足止めをくらい、帰りの非常食を確保しておかなければいけないという関係もあって、腹が減っていた人間は多いだろう。もちろん俺もその中の一人だが。
周りの様子を見ると、食べていないのはもはや盗賊野郎のエドリックだけになっていた。最初はサバトさんも食べていない様子だったが、今は普通にゆっくり料理に口を付けている。
これで犯人がセヴァンズ姉妹だったら盗賊野郎のエドリックが大勝利という事で終わりそうだが、そんな可能性をぐちぐち考えている奴なんて一人もいなさそうだ。それだけ、みんな一生懸命料理を口にぶっこんでいる。
これは後でちゃんと二人にお礼と、フォローできなかったお詫びを言っておかなくてはいけない。
ある程度料理が進んだ所で、不意にコスターさんが立ち上がって口を開いた。
「予想以上に美味しい料理の提供、有難うございます。食事中に申し訳ないのですが、皆さんと確認しておきたい事が有ります」
余計な一言でも言わないと死ぬ病気にでもかかってそうな前置きから入り、みんなの注目が集まるとコスターさんは話を続ける。
「食事に関してはこの調子で、当番を持ち回っていく事で問題ないでしょう。また、この食事会は食べない人も必ず集まるようにしてください。前にも言ったように、ここを各人発見した事や報告したいこと、また問題点などをそれぞれみんなで言い合う場にしたいからです。まずはシドルツさん、フェンスの解除方法について、何か新しく分かった事とかはないでしょうか?」
コスターさんに指名を受けて、シドルツさんは座ったまま静かに口を開いた。
「特にない。何か発見したらこちらからみんなに伝えるつもりだ」
「分かりました。その辺りはシドルツさんからしか手がかりを掴む事ができません。努力するようにしてください。他の人は何かないですか?」
コスターさんはそう言って周りの人間に聞く。みんな食事の手は一旦置いて、コスターさんの話を聞いている様子ではあるが、手を挙げる者はいない。
俺の方で少し言っておきたいことがあるので、この機会に喋ってみるか。トイレもやっぱりチームで行かなければいけないのかという事と、食料庫と拷問部屋の間にあった謎の井戸みたいな穴の事だ。
「俺の方から2点いいだろうか?1点目はトイレの事なんだが、トイレ行くときもチーム全員揃わないとダメだろうか?例えばみんな寝ている時に行きたくなったとして、他二人を起こさないといけないとかだと凄い不便な気がするんだが……」
「確かにそれは不便かもしれませんね。みなさんの意見を伺いたいのですが、どうでしょうか?」
俺の意見を聞いて、コスターさんは周りの人間に意見を聞いてくれる。
それを受けてまず最初に反応したのがセヴァンズ姉妹の姉、レイトルネだった。トルネはさっきの一悶着からは少し機嫌を直してくれたようで、落ち着いた様子で意見を口にする。
「私は……個人で行けた方がいいかな……。後、トイレ見たんだけど、男女はさすがに分かれていたようだったけれども個室ではなかったんだよね……。使用中の札を作るなりしてちょっと考えてみないかな……?」
俺はあまり気にしないが、女性にとってしてみれば個室になっていないというのは結構重要な問題なのかもしれないな。いや、大きい方をしている時は男の俺も、踏ん張っている間にトイレに来た人とは挨拶を交わすことになるのか。
「使用中の札とかは置いといて、、個人で行けるようにしたらちょっと危険じゃねぇか?犯人に狙う機会を与えてしまうようなもんじゃね?」
と、トルネの意見に待ったをかけたのはジェイ。
その意見にカップル男の方のルトヴェンドさんも続いた。
「俺もそう思う。徹底しないとチームを作った意味がない。しばらくは面倒でも三人行動を徹底すべきなのではないか?」
場の流れがトイレも三人で行くことにした方がいいんじゃないかとなった所で、クルフから逆の意見も出た。
「でもさ、犯人が一人なのは確定しているんだし、別にそれくらいは単独行動してもよくない?襲われても一対一、犯人の力量にもよるけど返り討ちにできてみんながハッピーエンドとかもあり得るじゃん」
「戦闘が出来ない人間もいるんだぞ?」
「それはウェリちゃんとニーナちゃんだけでしょ?その二人に関しては責任持って相方が面倒見てくれればいいじゃん。同じチームにいるんだし、そこは二人でいった方が互いに安心じゃん?」
「それは……そうだが……」
そのクルフの意見にルトヴェンドさんは押されてしまう。
意見が拮抗して場も流れも微妙になってしまった。
俺としても微妙だ。常に三人行動を強いられるのは面倒だし、別にトイレくらい構わないんじゃないと思う気持ちはわかる。でもそれを許してしまうとルトヴェンドさんの言うとおり、チームにした意味が無い。トイレで殺人が起きて、誰もその現場を目撃してませんでしたではチームを組んで防ごうとした事が防げてない。
犯人としても、狙ってくるのはそういった犯行が出来るチームシステムの『穴』しかないんだろうし、そこは防いでおいた方がいいような気もするが……。
場がしばらく硬直した所で、ジェイがまた意見を挙げる。
「じゃあ、原則チームで行くという事にしておいて、後は自己責任というのはどうだ?チームの方針に任せるとかでも良いと思うけど」
「それでいいかもしれませんね。正直な事を言ってしまえば、何か事件が起きれば犯人の手がかりも見つけやすいとは思ってました。そうしない限りこの状況は延々続いて、最悪全員餓死という事もあるでしょう。但し、腕に自信のない人は必ず誰かと一緒に行くようにして下さい。後は自己責任ですから」
と、ジェイの意見にコスターさんが少し危険な事を匂わしつつ同調する。言ってる事は最もなんだけれども、それで少し気がついた。さっきシドルツさんとの会話の中であった事だ。
これは人が死んだらダメな流れで、人が一人死んだら後は雪崩のように崩れていくんじゃないかという予想の事。膠着してしまえば犯人でない奴も焦って変な気を起こすかもしれない。コスターさんが言うように、トイレを餌にして犯人にアクションを起こさせれば、場は進展するかもしれない。でも、もしそれで誰かが死んで、犯人の手がかりが一切見つからなかったら互いの信頼関係に傷が入ってしまう。
理想なのは、そういった事件が起きる前にこの状況を打破する事なんだが……。
「原則チームで行く事にするけれども、単独でのトイレも自己責任ということで許容する。そういう事にしますけれども、反論はないですか?」
コスターさんがそう聞いても、誰も反論をしようとしない。
自分が一人で自由にトイレへ行ける時間というのは、この窮屈なシェルター内で唯一プライベートを守れる時間だ。それをわざわざ壊しに行く事もないという思いから、反対しにくいのかもしれない。俺だってトイレくらい自分一人で自由に行きたい。
でも、ここはあえて反対しようと思う。事件が起こってからでは遅い。さっきも言ったが、事件が起こる前に事を片付ける事ができれば理想だ。もうちょっとその理想に賭けてみたいと俺は思った。
「ちょっと待ってくれ!後少し……少しの間だけでいいから、三人トイレをルールにしないか?事件が起こってからでは遅い。もしかしたら事件が起こる前に解決するかもしれない。もうちょっと待ってみて、それでも何も進展しなかったらそのルールに切り替えても遅くないと思う。だから、もうちょっと……せめて全員が食事当番を一回済ませるくらいまではチーム全員を徹底したい!」
「何かこの状況の解決の緒でも見つかりましたか?」
「それは……まだだけど……」
「なら話になりませんね」
と、コスターさんに一蹴されてしまったが、グレハードさんが俺を助けてくれた。
「俺はロクの意見に賛成だ。せっかく三人でチームを組んだのだから、それをわざわざ急いで壊す事もあるまい。特別理由がないのであれば、全員が食事当番を経験するまでとりあえずは三人行動を徹底してみるのはどうだろうか?」
そのグレハードさんの意見にコスターさんは全く反論しなかった。全員平等な立場でいこうとグレハードさんは言ってたけれども、あの様子だとコスターさんには王宮騎士様という事がよぎったに違いない。
そのグレハードさんの意見にルトヴェンドさんものっかり、次第に賛成者は増えていく。
結果的に俺の案は通って、『全員が食事当番を経験するまではトイレだろうが三人行動を厳守する』というルールが新しく出来あがった。
なんか、この場は意見に流されやすく他人任せな人が多いなと感じた。もう少し自分の意見を持って、それは嫌だなと感じたら自分の意志を意見として表明して欲しいものだが、意見を前に出して喋っている人は多くない。17人も人がいるのだから、なかなか意見を出しにくいし空気を読むことに徹底したほうが楽だというのも分からなくはないんだけれども……。
「じゃあ、それまではこのルールでいきましょう。あなた、他に言いたいことがあったのでは?」
コスターさんに指されて気がついた。後、例のゴミ捨て場の事を言おうとしていたんだが、自分の案が通って満足してしまってた。
気を取り直して、みんなにゴミ捨て場の調査について話をしてみようと思う。
「そう。2つ目の話はゴミ捨て場の事についてだ。シドルツさんが書いた地図の中で、処刑場と書かれた場所の少し上にゴミ捨て場というのが書かれているのが分かると思う。確認した人はわかるとは思うんだが、それはゴミ捨て場というよりも井戸のようになっていて、底が全く見えなかった。もしかしたらここから脱出できるかもしれないなんて考えてはいるんだが、きっと抜け先にもフェンスが張られているんだろうと思う。でも、俺は実際この目で脱出不可能な事を確かめてみたいと思っているんだが、誰か底に降りれるいい案なんてないだろうか?」
それがそう話すと、各々のテーブルでそれぞれ会話を始める。
グレハードさんには諦めていなかったのかと呆れられてしまった。同じテーブルに座っているコーラスさんとソイチさんは、まだあまりゴミ捨て場を気にしていなかったようで、二人にどんなものだったのかを説明してやった。
そうしているうちに他のテーブルのジェイからも質問を投げられた。
「それ、どんくらいの深さなんだ?」
「物を落としても音が聞こえない程度には深い。安易に降りたら出られなくなるだろうな」
「命綱……?」
「そう。命綱なんだが、そんな長いものを持っている人とかもしいたら……」
周りに向けて、少し大き目の声で言ってみるも反応は芳しくない。そりゃそうだ。何を想定してそんな長い命綱をこんな所まで持ち歩くのか分からない。
「絶対安全とはいえないし、あまり長くないロープなら持ってるんだが、他に持ってる人いるかな?持ってる人の全部つなぎ合わせればそれなりの長さにはなるんじゃないのか?」
「お、その手があったか!」
ジェイの閃きに助けられた。これでうまく行けば底にたどり着けるかもしれない。いくら繋ぎあわせても強度の方は不安だが、試してみる価値はあるだろう。
「そいじゃ、協力できそうな人いたら、このテーブルの上にロープを置いておいてくれると助かる。後で繋ぎあわせて長さを作って、何とかゴミ捨て場の底にまで調査してみたいと思う。俺の話は以上だ」
部屋においてある自分の荷物の中にあるという人もいるだろうし、とりあえずこの場はそう言って材料集めの協力を要請するに留めておく。
こんな所でぐだぐだしているよりも、ダメ元でいいから色々挑戦してみたい。きっとみんなも協力してくれる事だろう。
俺の話が終わると、またコスターさんが立ち上がりって話を始める。
「他に言っておきたいことがある人はいますか?なければ私の方からみなさんに相談を持ちかけたいと思っていますが……」
コスターさんの問いかけに応える人は誰もいなかった。それを確認すると、コスターさんは話を続ける。
「ないようですので、私から一つ相談事を。疲れて眠りたいという人もいるでしょうし、睡眠はどういう規則で取るのがベストだと思いますか?全員一致で、部屋から絶対に出てはいけない時間を5,6刻程設けて、その時間で各チーム睡眠を取るという方法を考えましたが、どうでしょうか?」
睡眠の件か。眠っていたせいもあってか眠さは全く感じなかったので睡眠の事まで全然気が回らなかった。
個人でばらばらに睡眠を取ってしまったら、チームの人間がその間一切動けなくなる。チーム内でまとまった時間を作って寝る時間に当てるとなると、今度は他のチームの部屋への侵入とか、飯の時間との兼ね合わせとかでうまく行かない事も出てきそうだ。
なら、コスターさんの言うとおりこの時間は自室から出てはいけないという時間を作ってしまうのが一番手っ取り早いかもしれない。
俺が賛成の旨を伝えると、ぼちぼちと賛成意見も出てくる。トルネが全員一緒に寝るのはなんか怖くないかとか、一人くらい見張りを付けておいた方がいいんじゃないかという事を言ってはいたが、それはチームの裁量に任せるという事ですぐに決着がついた。
疲れているので休息や睡眠を取りたいという人も多く、今日が昇っているのか落ちているのかも分からない状態だが、食事を終えたら直ぐに睡眠の時間を取ろうということで話はまとまる。
「では、食事が終わり、後片付けも終わった時が開始の合図として、そこからは速やかにチームの部屋に戻り、6刻は部屋から出てはいけないというルールとします。時間の計り方はみなさん平気ですか?計れないという事であれば、計刻線の余りがあるので私に言いに来てください」
コスターさんがそう説明していたが、その計刻線という単語を初めて聞いたのでグレハードさんに聞いてみる。
「グレハードさん、計刻線って何か知ってます?」
すると、俺の問いかけにソイチさんが答えてくれた。
「何だ貴様。計刻線も知らんとは、どこの田舎出身だ?ほれ」
そう言ってソイチさんは懐から小指程度の長さの青い導線のようなものを取り出した。
「これに火を付ければ、導線が端から赤色に変化していく。1刻で丁度全部赤色に染まるように出来てあるから、時間を計るのに使われておる。6刻であれば6本こうやって繋げれば丁度6刻後に全ての計刻線が赤に変わるという具合だな」
やれやれといった感じで俺に説明してくるソイチさん。そのソイチさんが説明してくれた計刻線なんていうアイテムを、俺は初めて見た。
俺の拠点じゃ日が登ったら朝で沈んだら夜。時計なんていう大層な物は街の中央にある時計塔しかないし、それもあまり見ない。クエストランゼではそういうのが常識になっているんだなぁと感心させられた。
ソイチさんは計刻線の束をグレハードさんに渡す。これで俺たちのチームも時間の心配はなさそうだ。
―― 初日(起点日) 食事後、外出禁止時間前 ――
こんな状況だというのにも関わらず、割りと和気あいあいと楽しく過ごせた食事の時間も終え、一行は片付けが終わるまでの間わずかな自由時間となった。
俺のチームは食事当番だったので食事の片付けをしなければならなかったのだが、料理の感想とか全然関係のない雑談とかで一緒に居たセヴァンズ姉妹達と楽しく時間を過ごすことが出来た。他のみんなはリビングで待機したり片付けを手伝ってくれたり俺が話したゴミ捨て場を見に行ったり、用便を済ませたりと様々だ。
片付けが終わるとみんな一同にリビングに集合し、一斉に6連になった計刻線に火を付け、それぞれ自分のチームの部屋に戻る。
俺達も決められたルールに則って、おとなしく自分たちの部屋に戻って睡眠を取ろうという事になった。
「それでは、早速で申し訳ないんだが、俺はしばし休息を取らせて貰うぞ」
食事をしている時に少し話をしたんだが、グレハードさんもソイチさんもしばらく睡眠は取っていなかったようで、グレハードさんは部屋に着くなりすぐに装備を全てはずし、2つあるベッドのうちの片方に横になり、マントを被せて睡眠体制に入った。
ベッドは2つしかなかったので、俺は別に床で寝られるので自由にどうぞと二人に譲ったのだが、グレハードさんは頑なに平等を訴えたので、今日は俺が床として以降は順番にベッドを使用する事に決めた。
ベッドって言ったってここにあるのは石出てきているただの台だ。床ではないというだけでふかふかで最高の寝心地が約束されている訳でも、布団が用意されている訳でもないので、本当にその辺りはどうでも良かったんだが、グレハードさんも立場上、平等にこだわりたかったんだと感じたし、そこは飲み込むことにした。
「リエルも疲れてんだろ?ゆっくり休んでいいんだぞ?」
一方リエルの方はベッドの上で膝を抱えて座っているだけで、横になって眠ろうという感じではなかった。
リエルは自分からなかなかコミュニケーションを取ってくれないので本当に何を考えているのかわからない。食事の時も一切言葉を発しなかったし、チームでの行動もほとんどグレハードさんと二人で動いていると錯覚する程だ。
「眠たくないのか?」
「……」
そう聞くも、リエルはこっちに視線をよこすだけで何も話そうとしない。もしかしたら俺の事を警戒しているのかもしれないな。リエルも立派な女の子で、俺は男。寝込みを襲われるとか考えているのかもしれない。
「何を思っているのか知らないけど、安心して寝て平気だぞ?難なら俺が見張っててやろうか?」
「……」
リエルは座ったまま俺の方に視線を投げるだけで、一向に寝ようとはしない。
っつーか逆か。俺が寝てた方が安心するかもしれないな。あまり眠たくはないが、ここは無理してでも寝ておいた方がいい気はするけど、寝ようとしないリエルの事が気になって仕方ない。
放っておけばいいんだろうけれども、なんか手のかかる子供のような感情を、リエルに対して俺は抱いているのかもしれない。
初めて会った時からほとんど表情は変えない。他の人と交流を持とうとしないどころか、話をふってもなかなか口を開いてくれない。この状況で孤立するのが不利なことは誰でも理解できるはずで、味方がいないといざ自分が不利になったら誰も助けてくれない。
例の盗賊野郎のエドリック……だったかな?彼はこんな状況でも自分を貫き通して、自立して行動しているのがわかるが、リエルの場合はそうじゃない気がするんだよな。まるで、仲間外れにされて友達の輪に入れなくなってしまった子供を見ているようだ。人が嫌いで交流したくないというのであれば、リビングでジェイ達と輪になって話した時に、拒絶しているはずだ。例えばエドリックに会話の輪に入るように言ったら「嫌だ」と拒絶されるんだと思うし、実際そうだからあいつは輪の中に入ってなかったんだと思う。
リエルの場合はどうしていいか分からないから、取り敢えず言われるがままについていくといった感じになっているんじゃないかなって思うんだ。だから、俺が手を差し伸べればそれに乗っかってきてくれるんじゃないかな?って感じがする。
しばらく無言の間が続き、グレハードさんの寝息も聞こえてきた頃、俺はリエルの位置から最も遠いドアの目の前を陣取って、そこで自分のつけていたマントにくるまって寝る準備に入る。これはここから手を出すことは出来ませんよというアピールのつもりで、眠りにつく気はない。
少し距離はあるが、このままここでリエルと少し会話をしてみようと思った。してくれるかは分からないが。
さて、どんな話なら食いついてくれるか?
コスターさんの聴取の時は割りと普通に口を開いていたし、答えやすい質問形式から話を広げていくのが無難かな。そうしたら、趣味……よりは家族とか身の上の話なら乗っかってくれるかもしれないと思って、切り出してみる。
「そういえば、リエルはちゃんと帰る場所はあるのか?」
「……」
俺がそう聞くと、視線を俺から逸らす。
「あ、ほら。帰る場所っつーか、家族とか仲間とかいる場所っつーか。リエルの帰りが遅かったら、そういう人たちが心配してるんじゃないかなと思ってさ」
「……そんなのない」
ようやく口を開いてくれたと思ったら、イエスと答えて当然な質問にノーという返事が返ってきたので驚いた。帰る場所がないってどういう事だ?普段何しているんだこの人。
「ないって事はないだろ?ハンターだったよな?住んでる……借りてる部屋とか、拠点としている酒場とか、そういうのないの?」
「……ない」
「ないの!?え、じゃあ旅人?世界を旅して歩いてるとか、そういう方向?」
「……」
黙ってしまった。
ハンターと言ってた気がするんだが聞き間違えか?ハンターって拠点持ってこそのハンターな気がするんだが、クエストランゼの方では拠点を持ってなくてもハンターなのか?
なんだか良くわからない。この人は本当に謎が多い。リエルがここまでこれたのだって、コスターさんは巧みな投げナイフの技術で~と納得していたけれども、どうもそれだけでやって来られるような所じゃない気がするんだよな。申し訳ないけど、投げナイフなんて威力はたかがしれているし、それ一本ではどうしよもない状況なんていくらでも考えられる。コミュニケーションもなかなか取れないし、今までどうやって生きてきたのか本当に謎だ。
とりあえずリエルが返答に困っている事を深く突っ込んでも何もならないので、謎は残るけれども一旦置いといて、他の話題を振ってみることにする。
「じゃあ、最近どんな依頼をこなしたとかどんな場所に行ったのかとか教えてくれよ!リエルさんが活躍した話とか凄い興味あるから聞いてみたいんだけど!」
「……」
と、少しおべっか使いながら話しやすそうな事を振ってみるも、全然会話が膨らまない。
こんなに俺、会話のセンスなかったかな……。リエルと話をしていると段々と自信喪失してくる。
その後も色々話題を振ってみるも、2,3回のキャッチボールで終了する程度にしか会話が膨らまなかった。さすがの俺もこれで段々と参ってきて、正直リエルに申し訳ないとか思い始めてしまった。本当は眠いのかもしれないし、会話なんて全然したくないのかもしれない。うっとおしいと思ったらそれを伝えることくらいは出来る人だったはずなんだが、それもなかった。
だからと言って会話を楽しんでいる様子も全くない。表情がないので全然分からない。
もうこれは時間を変えたほうがいいかなと思ってしばらく無言の間を作るんだが、リエルは時折俺の方に視線を寄せてくるなどするだけで、一向に寝ようとしない。
もう諦めて寝ようと思う。
「俺も少し仮眠取るな。すまんな、俺を警戒してリエルも眠れなかったのかな?」
「……違う」
「え?」
リエルが俺の言葉を否定してくれた。別に俺を警戒していた訳じゃなかったらしい。
「じゃあ眠くないのか……?」
「……」
「眠いんだろ?安心して寝ていいぞ?俺も寝ようとした所だ。リエルとの会話も楽しかったしな」
「……自分の身は自分で守る」
「は?」
「……」
「いやだから襲わないって。グレハードさんもこの通り熟睡している。安心しろって」
「君は寝ていい。誰か来たら起こす」
「え?」
もしかして、リエルは他の人間が来るのを警戒しているのか?俺を警戒しているのかという問いを否定し、誰か来たら起こすと言ったという事は、俺の事は少しは信用してくれたという事になるのか。
なんかそれがちょっと嬉しくて、休もうとしていた脳が覚めてしまった。
「誰も来ないって。ルール決めただろ?計刻線が真っ赤になるまでは外出禁止だ。多分他の部屋のみんなも寝てると思うぞ?」
「それでも殺しに来るかもしれない」
「……」
今度は俺の方が黙ってしまった。
他の人間が殺しに来る可能性はほとんどないと思うんだよな。チーム三人が同室にいる訳だし、誰かが動いたら他の人間に直ぐにバレてしまう。例え他二人が寝ていたとしても、誰かを殺しに行っている間に起きてしまい、帰ってきた時に何処に行っていたのかと聞かれたら返答に困るし、怪しまれてしまう。
故にこの状況下では他の部屋へ行って人を殺しに行くというのは難しいと思うのだが、リエルも基本的に他の人は信用してはいないんだな。まぁ、こんな状況だもんな。犯人がどう出るかなんてわからないし、隙を見せないに越したことはないのは分かるんだが……。
「分かった!リエル、お前実はトイレ行きたいんだろ!?だから俺が寝るまで待っている……と!」
「……」
ちょっとここでふざけてみたんだが、完全に滑ってしまった。長い沈黙とリエルの冷たい視線が突き刺さる。
「……殺すよ?」
「はい、すいませんでした」
マントにくるまったまま無理やり土下座の体制を取って謝る。
リエルもジョークで誰かが殺しに来るかもしれないと言った訳ではなさそうだ。
「分かった。じゃあ、俺が見張ってるからリエルは休んでおけ。その代わり、誰か来たら叩き起こすからな!」
「……自分の身は自分で守る」
「……」
意外とリエルも頑固な子だ。俺がいくら言ってもリエルは頑なに体を横たえて睡眠を取ろうとしない。
俺が見張ってると言っても、俺が途中で寝ちゃう可能性とかを考えているのかもしれないな。俺なんて完全に信用できる訳でもなくて、リエルの言ってる通り、自分の身は自分で確実に守ろうという事なんだろう。
こうなったら意地だ。俺もリエルに信用してもらえるように、ずっと起きて見張ってようじゃないか。
実はリエルが犯人で、俺が寝るのを待っているという危険な可能性も0ではないからな。見張り任務なんてこの所全くやってなかったけど、幸い眠くないからなんとか完遂はできそうだ。
せっかくの機会だし、リエルも起きているならば暇つぶしも兼ねてとことん盛り上がらない会話もしてやろうじゃないかと思って、色々リエルに話しかけたりもしたが、さっきよりも更にリエルの返事が少なくなっていった。
リエルの様子を見るに、本当は凄い眠たかったんだと思う。時折、20秒くらい目を瞑っている時があった。それでも完全に眠ることはなく、すぐに目を開いて俺の方に視線をよこすんだからたいしたもんだ。
隙がないとは正にこの事。今どき中々お目にかかれないが、本当に良く訓練された傭兵はこんな睡眠のとり方が出来たりするんだよな。俺も出来ないことはないけれども、リエルのように隙がない状態をあれだけ維持できる自信はない。
リエルに何度か「寝ていい」と言われたが、そのリエルの様子に感心させられてしまったので、結局6時間丸々起きてしまった。リエルもリエルで、結局深い眠りに付くことは一切ないまま計刻線が全て赤になる時を迎えたのだった。