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06.探索と交流 その3

 リビングでの会話も一段落つき、部屋に戻って掃除しようかと事になったのだが、地図を見ていると一箇所だけ探索していない部屋がある事に気がついた。

 リビングから南側の通路を辿って王室の前に出る道、俺がコーラスさんに連れられて最初に通った道なのだが、そこの途中に空き部屋があると地図には記されていた。

 そこはまだ調査を行っていないので、部屋に戻る足を止めて二人に説明し、リビングに戻ってそこの調査へ向かった。

 実際にその空き部屋を見てみると、他の空き部屋と違って人が生活するようなベッドはなく、部屋も狭かった。空っぽの樽や壺が置かれているだけで何の為にあるか良くわからないような殺風景な部屋で、調べることもほとんどなかったので、調査は直ぐに終わってしまった。

 俺が最初にこのシェルターに入った時もこの部屋は確認した記憶がある。その時も何にもないとガッカリしてすぐ他の部屋に向かったんだよな。

 結構歩いた割に収穫は全くなかったが、これでシェルター内の探索もひと通り終えた事になった。この探索の過程でおおよその人たちとも接触が出来たので、そっちの方が収穫は大きかったと思う。


 これで俺が提案した探索は終え、付き合ってくれた二人にはお礼を言った。今度はグレハードさんとリエルの二人に他に行きたい場所とかしたい事はないかと聞くと、グレハードさんが『部屋の掃除をしたい』と言ったので、飯当番の手伝いに呼ばれるまで部屋に篭って掃除をする事にする。

 グレハードさんとリエルと手分けして各々適当に掃除を進めていたんだが、用具がないとどうにも埒があかず、途中三人で掃除用具を探しに行ったりもした。

 丁度調理場の近くにバケツやらモップやらが入った用具入れがあったので、そこから用具を持ち出し、食料庫から水も拝借して掃除を進めていく。

 部屋の中にはベッドが2つあり、本来二人用の部屋を想定しているのかもしれないのだが、三人で使うには少し広かったので掃除をするのも結構大変だ。

 リエルは話しかけてもなかなか返事をしてくれなかったので、グレハードさんと談笑しながら掃除を進めていると、途中俺達の部屋に来客があった。話し合いの場の先頭に立って仕切って青髪オールバックさんと、コーラスさんの相方であるサバトさん、それにグレハードさん達三人組の側にずっといた挙動不審な体の小さい男の三人組だった。

 そう言えばこのチームだけは探索中に会わなかったので、挨拶もしていなかったし丁度いいと思って三人を出迎える。

「ちょっといいですか?グレハードさんの組ですよね?」

「そうだが、何かあったか?」

 入り口近くに居たグレハードさんが入ってきた三人を出迎える。

 サバトさんはサバトさんのいつものあの調子でうざったそうに入り口で立ち止まって俺達と交流しようという雰囲気は感じられないし、挙動不審の男はオールバックの影に隠れておろおろしているだけ。

 俺達に用があるのはオールバックさんであって、他の二人は仕方なくついてきたというような雰囲気だ。

「グレハードというのはあなたで、ロクというのはあなた、リエルというのはあなたで間違いありませんね?」

 オールバックさんは手にメモのようなものを持ちながら、ゆっくりと俺たちひとりひとりを確認していく。

 俺達はその問にそれぞれ頷いて答えた。

「私はコスター=リーゲルと言います。後ろにいるオルロゼオさん、サバトさんと同じ組のリーダーをやっている者です。少々お時間を取らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 オールバックさんの名前が判明した。コスター=リーゲルさんね。

 第一印象は最悪だったけれども、場を引っ張ってくれたことには感謝しているし、そういう人が必要だと思っているので、やっぱり仲良くやっていきたい人だ。

 名前が分からなかったのでオールバックさんと心のなかで勝手に呼ばせてもらっていたが、それでは失礼なのでちゃんと名前が知れてよかった。これからはちゃんとコスターさんと呼ばせて頂こう。

「手間を掛けさせてしまって申し訳ないんですが、それぞれフルネームと年、出身地と職業、例の魔核結晶があった部屋への立ち入りがあったかどうかを話してもらってよろしいでしょうか?」

 そんなコスターさんの不躾な問いかけにグレハードさんも困惑気味だ。

 こういう事ってある程度その場の空気とか相手との間柄とかが縮まったら初めて聞いて良い事な気がする。俺もそう思ってそれ関係の事はまだ誰にも聞いていなかったんだけれども、コスターさんはやる気を全面に出して普通に突っ込んできたな。

 まぁ、状況が状況だし、コスターさんも自分なりに他の人の情報を吟味して犯人を探したいという事なんだろう。

 俺も「何だ急に」と思ったが、そのコスターさんの気持ちも理解できるのでとりあえずそれに答えてあげようと思った。

「ロク=セイウェル。21歳。出身はヒンデ北部のファルファスで、職業は傭兵だ。えっと、後なんでしたっけ……?」

 と、彼の問いかけに答えていた途中でグレハードさんに抑止された。

「ロク、ちょっと待ってくれ。コスターとやら、我々は同じ立場にいるという事を忘れてはいかん。相手の事を知りたければ、同じ立場としてまずは自分の事から明かすのが道理というものではないだろうか?」

「それもそうですね……」

 さすが王宮騎士といったところか。グレハードさんはそう言ってコスターさんの不躾な態度をたしなめた。

 コスターさんは仕方なくといった感じで自分の自己紹介を始める。

「コスター=リーゲル、29歳です。出身はクエストランゼ、ジェスティア南のイルバーから来ています。職業はハンターで、ここへは同業のハンターと二人で来ましたがその人は途中で恐れをなして引き返しました。倉庫への立ち入りの有無ですが、正直に言えば、集合前に例の倉庫に立ち入っています。もちろん魔核結晶というものには触れていません。立ち入った時は例の魔核結晶をはめ込む台座の存在に気づいていませんでした。みなさんも同じかとは思いますが、道具を持ち帰れる程の余裕はなかったので、この場所に偶然たどり着いて、魔物がうろついていないと分かってからはほとんど休憩と見学に来たようなものです。このシェルターに足を踏み入れ、例の倉庫に入り、私達が閉じ込められていると気がつくまでは単独行動していたので、誰も私の行動を実証してくれる人はいませんが。こんな所でよろしいでしょうか?」

 コスターさんはつらつらとそう話した。

 倉庫に入った事も何の躊躇もなく喋ってくれたのは、自分は正直に全てを話しても、犯人ではないので問題がないという事のアピールなんだろう。

 コスターさんが話し終えると、今度は自分がそれに答える番だと言わんばかりにグレハードさんが自己紹介を始める。

「痛み入る。俺はグレハード=サイラス。ジェスティア王宮遊撃隊赤の隊の隊長を務めている」

 と、グレハードさんがそこまで言った所でコスターさんの表情が一変したのを俺は見逃さなかった。はっとなったというか、しまった!といった感じというか、ツンケンした態度だったコスターさんとしては珍しい表情だ。この人もさすがの王宮騎士様には頭が上がらないらしい。

 コスターさんはそのまま頭を深く下げる。

そうか。コスターさんはジェスティア出身だと言っていたな。自国の王宮騎士様が眼前におられたら、そらああなるか。

 隣に居た挙動不審の男も表情を変えて、おろおろグレハードさんに頭を下げる。サバトさんはそんなの知った事かっていう態度だ。

「そういうのはここではやめようではないか。さっきも言った通り、ここでは全員が公平な立場でいないといかん。基本的な対人関係の無礼を看過することは出来ぬが、立場が絡んでの礼節はここでは必要あるまい」

「そう言って頂けると大変助かります。今までの非礼、どうかお許し下さい。そしてこれからの非礼もどうかここだけの事としてお許し願います」

「承知している。一緒に来たスレバラという女剣士も、ソイチというやかましい男も俺と同じ王宮の関係者で、二人もそれを承知しているはずだ。理解したなら頭を上げ、今後同じような事はしないと言ってくれ」

「お心遣い感謝致します」

 そう言ってコスターさんは居直った。

 多分王宮騎士が隣にいると聞いて、普通の人の対応はこうなんだろうなと思う。俺もリエルもリビングで話したみんなも、驚いてはいたものの今のコスターさんのような態度までは取らなかった。まぁ、コスターさんに関して言えば特別自分の国の偉い人だってのもあるんだろうけれども。俺だってヒンデ王宮の人間がここにいたらコスターさんのようになっていたかもしれない。

「後は何を話せばいいのだったか?年か。年は41になる。後は……倉庫への立ち入りがあったかどうかだったな。倉庫へは俺もスレバラもソイチも、そこにいるオルロゼオも立ち入っていない……と思うのだが、正直な話確証はない。どうだ?オルロゼオ」

「は、はい!入っていません!!」

 あの挙動不審なオルロゼオさんという人も、確かグレハードさん達と途中で合流したんだったよな。オルロゼオさんはグレハードさんが王宮騎士だったというの受けてか、妙に固くなった感じの返答をしていた。

 この人、なんかやましい事あるのか元々こういう人なのかよく分からないけれども、なんか落ち着かないな。ちょっとマークしておいた方がいいかもしれない。

 グレハードさんの答えも、最初個人的に聞いた時は『正直確証がない』という言葉はなかったし、今は今でオルロゼオも『え、入ってましたよ?』なんて言える空気じゃないから、あまり信用ならないな……。いや、だから犯人だと思っている訳ではないんだが、やっぱり人の証言はあまり当てにならないんじゃないかと思った。

「ソイチに引きづられるがままにこの内部を探索して回ったのだが、どの部屋も暗く、俺は内部を詳細に確認した訳ではないのでどの部屋に入ったか分からないのだ。覚えてない故に確証がないという事なのだが、ソイチもオルロゼオも入っていないと言っていた。また、全員が集まる前にまだ中に人が残ってないか確認する際、例の倉庫に確かに立ち入ったが、その時は既に出られなくなっていたのだから、犯人という事にはなるまい」

 グレハードさんは時折考えたり思い出したりするような間をとりつつ、そう話してくれた。

 俺の感覚だけれども、多分グレハードさんは嘘をついていないと思う。俺達が探索した時にソイチさんが例の倉庫の中身を根こそぎパクっていったという事実がある。事前に巡回済みであったなら、既に部屋の中の物はなくなっていてもおかしくない。つまり、本当にグレハードさん達一行はあの部屋に入っていなかったという事になる。多分。

「いや、ちょっと待ってもらっていいすか?グレハードさん、中に誰か残ってないか確認した時、誰と一緒に確認しました?」

「スレバラと二人だったな」

「ソイチさんは?」

「ソイチは行ってない。あのシドルツという男から見回りを依頼された時にソイチにも同行を頼んだのだが、ソイチは疲たので任せたと言ってきおった。オルロゼオもいた事だし、仕方なくスレバラと二人で行ったのだが……」

「なるほど……」

 ソイチさんも一緒に見回っていたならば、さっきの俺の説は崩れたかもしれないが、これで一応成立した。

 ソイチさんもグレハードさんと一緒に見回りをしていて、あの倉庫を既に確認していたというのであれば、『早い者勝ちというルールが決まったのでソイチさんはあの時根こそぎアイテムを持っていったが、そのルールが決まる前は倉庫を確認してもそこにあるアイテムを残していく可能性がある』という事になり、事前に倉庫に侵入して高価そうな魔核結晶だけに目をつけてパクっていった……という事も一応考えられたのだが、一緒に見回りをして事前に倉庫を確認していないのであれば、単純に以前に倉庫に入ってないからあの時アイテムは残っていたと考えた方が自然だろう。

 ソイチさんもグレハードさんもスレバラさんも、オルロゼオさんも白確定ではないが、俺の中では白に近づいた。こうやって人には悟られないように、自分の中で絞って行こうと思う。人に悟られてしまったら人間関係に思わぬ亀裂が入るかもしれないし、それくらい慎重でいいだろう。

「どうかしたか?」

「いえ、なんでもないっす。ソイチさんもオルロゼオさんも、見回りの時にあの部屋に入ったのかなぁと」

「見回りの時に入ったとしても、その時は既にここから出られなくなっていたんだぞ?犯人かどうかの判断材料にはなるまい」

「あ、そっかー!すんません失礼しました」

 とか、適当な事言ってごまかしておいた。

 コスターさんは今グレハードさんが言っていた事を、手に持っていたメモに書き留めている様子だった。

 それを大体書き終えると、次お願いしますと俺に同じように状況を話すように促してきた。

「さっき若干フライングしましたけど、俺はロク=セイウェル。23歳で、出身はヒンデのファルファス。傭兵をやっていて、普段は酒場から依頼とその達成報酬を貰って生活している」

 傭兵という言葉をあまり他の人から聞かないから、若干齟齬が出るかもしれない。確かコスターさんはハンターと言っていたな。

 傭兵とかハンターとか、その地域で定義が違っているので正確に通じるかは分からないが、結局戦いを専門にして何かを得ているという点では同じだから、おおよそは通じるだろう。

 ちなみに、俺の地域の傭兵という言葉は広義で、戦わなくとも酒場から探索採集なんかの依頼を貰って生活している奴はみんな傭兵と呼んでいる。戦う力がない人は傭兵とは呼ばないが、そういう奴は酒場で依頼を貰う事なんてできないから、戦闘が嫌いで専ら採集だけしている奴がいても傭兵とひとくくりに呼ばれている。

 たまに違う地方から来ている奴と話したりすると若干ブレたりするが、話が通じなくなる事なんてほとんどない。

 ハンターと聞くと、どっかから依頼を貰ってその報酬で~というよりも、自らアイテムを採集していってそれを売りさばいて生活しているという印象を受ける。俺の地域ではほとんど使われない単語で、ハンターと言えば戦いよりもアイテムの知識の方に秀でていると俺は感じてしまう。

 そうでなくともハンターと呼ばれる事はあるので、実際コスターさんがどういう生活様式をしているのかは不明だ。

「例の部屋には入ってない。このシェルターに入って集合までの間は、シドルツさんの書いた地図で言う王室と、リビングと王室を繋ぐ南通路にある空き部屋にしか入っていない。みんなが集まるまで王室の方で疲れて寝ていたんだが、そこにいるサバトさんと連れのコーラスさんに起こされて集合場所に集まった」

 色々記憶を探ってはいるんだが、やっぱりどうしても王室に入ってから眠りに落ちるまでの記憶がすっぽり抜け落ちている。王室に入った記憶はあるのだが、その次の記憶はサバトさんに蹴飛ばされて起こされた……という所に繋がってしまうんだ。

 何度も思っているけれども、その抜け落ちた記憶の部分で魔核結晶をピンポイントに取りに行ったとはどうしても思えない。なので、以降は俺は犯人ではないと確信をしっかりもって、記憶が抜け落ちている事は無駄に不利に働くので伏せておこうと思っている。

「途中で誰かに遭遇したりしましたか?」

「途中って、シェルターに入ってからっすかね?」

「そうです」

「いや、誰も。物音が聞こえたりはしたので、もしかしたら誰かに見られているかもしれないっすけど、自分の方から誰かと接触したとか人影を見たというのはないっす。シェルターに入る前なら何度か人影は見ましたけど」

「そうですか……」

 コスターさんはさっきのグレハードさんの時と同じように、俺の発言を拾ってメモを取っている。

 今こうして色々と事情を聞かれているけれども、想像していたよりも全然悪い気はしないな。まぁ、こんな状況なんだし当たり前と言えば当たり前なんだが。少し俺も慎重になりすぎたかもしれない。俺もコスターさんと同じようにみんなに事情を聞いてまわれば良かったかな……?

「疲れたから寝ていたと言ってましたが、無防備じゃないですか?魔物がいるかもしれないとか、誰か他の野盗に襲われるとかは考えなかったのですか?」

「……」

 前言撤回する。

 あまり突っ込まれた事聞かれるとさすがにちょっといらっと来るかもしれない。この部分は若干嘘を混ぜた部分だからあまり触れてほしくないというのもあるんだけれども。

「ここん所全然寝られてなかった所だったんすよ。さっきも言った通り、物音は聞こえた気がしましたけど、魔物の雰囲気も人のいる気配もない丁度いい感じの個室だったんで部屋を借りただけっす」

「……よくそんな危険意識でここまで来られましたね。まぁ、いいでしょう。最後はあなた、聞かせて下さい」

「……」

 やっぱり俺にはトゲのある言い方を俺にはしてくるんだよなこの人……。舐められてるのか?

 まぁいいや。最後はリエルを指してコスターさんが尋問を行う。リエルの素性は俺も興味があるので聞いてみたいところではあるが、ちゃんと話してくれるかかなり怪しい気がする。

「……」

「どうしました?聞かせて下さい」

 案の定リエルは下を向いて喋ろうとしない。

 時折ちらちら俺の方に視線をよこしているんだが、これは助けを求められているんだろうか。

 仕方ないのでちょっとだけフォローを入れてやることにする。

「すんません。この子、シャイな子なんで……。ほらリエル、お前の番だ。名前と年齢と出身。それとあの部屋に入ったかどうかだ」

「……リエル=クルーシー」

 俺がフォローしてやると、俯いたままぼそぼそとリエルは話し始める。

 コスターさんには聞こえづらいような小さな声だったけれども、コスターさんはやれやれといった様子で若干リエルに近づき、リエルの言葉に耳を傾けた。

「年はいくつだったっけか?ハタチくらいって言ってたっけ?」

 年の話なんて一切していないけれども、話を引き出しやすくする為に無理やり対話形式にしてフォローしてやる。

「17」

「おぉ、17か!後、出身地は……?」

「モーロスター」

 俺がフォローしてやると、リエルはちゃんと答えてくれた。なんかリエルの保護者みたいになってしまったな。

 でも、ちゃんとこうして喋ってくれることにちょっと安心した。世話のかかる子だけれども、悪い子じゃないだろうと思うので、一人で孤立してしまっては可哀想だ。

 そんな思いがフォローしてやる行動に出た理由だと思うんだが、こんな調子で今までどうやって生きてきたのかも興味があるので、それもリエルの自己紹介を引き出したいという理由になった。

 っつーか17って凄いな。俺の4つも下か。俺が17の時にこの遺跡に潜る事ができたかと聞かれれば、答えはノーだろうな。本当にどうやってここにいる魔物とやりあってここに来たんだろうか。この子は本当に謎が多い。

「モーロスター??聞いたことないな……」

「ジェスティア東南部の街だな。リエルもジェスティアの人間であったか」

 グレハードさんがそうフォローしてくれた。

 これでジェスティア勢が、グレハードさん達とコスターさんと、リエルで5人目か。

 このユークリンド遺跡は地理的に一番ジェスティアが近いから自然と言えば自然な話だ。ちなみに俺も最初にここへ来た時はジェスティアを経由してここへ来た。予想以上に厳しかったので、補給と情報を貰いに一旦引き返した時はジェスティアの北に位置する隣国のドリアースから来たけれども。

 それにしても、リエルもジェスティアの人間だったというのに、グレハードさんのカミングアウトには動じている様子はなかったな。いつも無表情だったので全然分からなかったけれども、内心凄く動揺していたりしたんだろうか。

「モーロスターですか。あなたもジェスティアの人間だったのですね。以後よろしくお願いします。職業は?普段何をやってる方なんですか?」

「……ハンター」

「ハンターですか。それで、集合前に例の部屋への立ち入ったかどうかをお聞きしたいんですが?」

「……入ってない」

「……分かりました。一つ聞いてもいいですか?あなたはとてもこの深層に辿り着けるような風には見えない。戦いは出来るんですよね?どうやってここまで来たんですか?」

 コスターさんが更にリエルに質問を飛ばす。

 それだ。俺も聞きたかった事をコスターさんが聞いてくれた。これはリエルの答えに期待したい。期待したい所なんだが、リエルは例によってまた黙ってしまった。

 長い沈黙が続いた後、リエルは一瞬の動作で懐からナイフを取り出し、あろうことか俺の目の前をかすめるように飛ばしてきた。

「うぉああ!」

 思わず俺は変な悲鳴を上げてしまう。

 リエルから放たれたナイフは俺の眼前をかすめ、壁に突き刺さる。

 後数センチ違っていたら俺の顔は横から串刺しになっていたところだ。

「ちょっと待て!!今のはおかしいだろ!!なんで俺に向かって投げるんだよ!!」

「……君がうっとおしいから」

「この野郎……」

 リエルは平然とそう言ってのける。

 ここまでフォローしてやったのにこの仕打ちはおかしいだろ!!頼まれてフォローした訳じゃななくて、良かれと思って俺が勝手にした訳だけれども、余計なお世話になっちまったのか?それにしたってこの仕打ちはあんまりだ。

「リエル!仲間割れはよくない!ロクに何か恨みでもあるのか?何か不満があるのなら、行動じゃなくてまずは言葉で表すべきなのではないのか?」

「……」

 グレハードさんはそう論するも、リエルは聞いているのか聞いていないのか、知らん顔だ。

 くそう。そんなにトイレ見られたのが気に食わなかったのか!?あれは俺の体を突き飛ばした謎の抵抗で精算したんじゃなかったのかよ。っていうか、あれも事故みたいなもんだし、俺に非はない事をあんたも認めたんじゃなかったのか!

 俺はちょっと起こり気味に壁に刺さったナイフを抜き、そのナイフをリエルに返してやる。

「ほら!」

「……」

 リエルはそれを無言で受け取った。

 別に俺は本気で怒った訳ではなく、今後も気軽にこんな事されては困るという意味を込めて、牽制する意味で怒った感じを見せてやった。

 当のリエルは相変わらず何を考えているのかわからない無表情、無言でそれを受け取るだけだったが。

「なるほど。投げナイフを武器としてここまでやって来られたという事ですか?」

「なるほど。じゃねーよ!!今の見てあんた何も思わなかったんすか??俺、死にかけたんすけど!?」

「それくらいで死なれたらそれまでだった。ここに来る資格なんてそもそもなかったという事です」

「なんじゃそりゃ……」

 なんかこの人、俺に対して無駄に厳しくないか?

 俺、この人になんか悪いことしたかな……不安になってくるじゃねぇか。

「投げナイフの技術だけでここまで来られたとはあまり思えませんが、まぁいいでしょう。三人組を組んでいるとは言え、非常時は犯人との一対一も想定されます。自分の身は自分で守れるようでなくては困りますので。とにかくご協力有難うございました。今後の参考にさせて頂きます。それでは」

 と、それだけ言ってコスターさんは(主にグレハードさんに向けて)頭を下げ、その場を去っていってしまった。

 続いてオルロゼオさんも(主にグレハードさんに向けて)頭を下げ部屋から出ていき、サバトさんはついに一言も言葉を発しないままうざったそうにこの部屋を出て行った。

 聞くだけ聞いてハイさようならですか。それを全員に対してやっているのか?なんか反感買いそうな感じだけれども、それと引き換えにみんなの情報をしっかり揃えることができるというのは大きいな。

 でも、これでもコスターさんはコスターさんなりに自分の力で問題を解決しようとしている事の現れなんだよな。このまま頑張って事件解決まで導いて欲しい所だけれども、他人に任せっきりというのも申し訳ないし、一応俺もみんなの情報は把握しておきたい。

 後でコスターさんにそのメモ見せて下さいなんて言っても見せてくれそうにはないので、俺も俺のやり方で他の人の情報を入れておくとしよう。

 コスターさん達との会話も終え、掃除の続きでもしようかと思ったら

「リエル!今後あのような事はしないと言ってくれるな?」

「……」

グレハードさんがリエルにがみがみしてた。


 このシェルター内にいると外の景色が見えないので時間の感覚が全くわからない。

 それはこの遺跡の中に入ってからも同じ事なんだが、俺は一度記憶が飛ぶくらい眠っているので尚更だ。シェルターに入るまでは丸一日近く仮眠を取ることもなく遺跡内を彷徨っていたと思う。丸一日と言ってもあまり当てにはならないが。

 なので、相当な時間日を見ていないので時間の感覚が全くわからない。 近年ヒンデにも導入された1日を24分割した世界標準と言われている24時間制の時刻も現在時間は不明。

 どういう基準で飯を用意しようとしているのか分からないが、掃除を終えて3人……いや、二人で談笑していた所に最初の飯当番のお呼びがかかった。

 三角巾を付けて髪を結わっている可愛らしい姿の姉の方に呼ばれ、実際にどういう事を手伝えばいいか聞いたのだが、水や食料を食料庫から持ってくるとか、食器を洗ったりだとか、料理をリビングに運んだりだとか、それくらいのものだった。

 実を言うと俺は料理なんてものがほとんど出来ないので不安だったんだが、それなら俺にでもできるだろう。

 例のレイトルネとレイニーナ姉妹が調理をしている間は特別する事もなく、二人から指示を受けるまではボケっと調理場で料理をしている二人を眺めているだけだ。

 せっかくなので親交を深めるという意味で、姉妹や姉妹と同じチームでこの調理場で本を読んでいるシドルツさんに話を振ってみることにする。

 俺もコスターさんに少し触発されて、雑談の中にも普段何をしている人なのかとか、そういう質問も時折交えてみた。

「つまる所、トルネとニーナも傭兵とかハンターとか、そういう物の仲間になるんだ」

「あら、ハンター以外の人がこんな所に来るのかしら?」

 姉のレイトルネの方が手慣れた様子で包丁を扱いながらそう返してくる。

 トルネとニーナはそれぞれ23歳と20歳の姉妹で、ドリアース城下町で『何でも屋さん』を営んでいるらしい。二人の姓を取って『セヴァンズ姉妹の何でも屋』というのはドリアース城下町の一部では有名なようで、『自分で言うのも難だけど老若男女に愛されてる仕事人』だそうだ。

 姉も妹も魔法使いで、姉は攻撃系妹は回復系に秀でているらしく、両者で互いに補い合っていると言っていた。

 基本的に仕事は俺と同じように、魔物退治や賊退治、採集なんかの依頼を受けつつ、医療や小さい子供や見習い魔法使いの先生なんかもやっているんだとか。

 お陰様で大盛況、自宅兼事務所も構えられるくらい稼げていると自慢して下さいました。

「ここに」

「グレハードさん?ハンターじゃないとしたら、グレハードさんは何?建築とか土木関係の人……じゃないわよね……鎧着ているし」

「俺は王宮騎士だ。お前さんの所とは関係が悪い国の」

「え!?」

 さすがのトルネも驚いて流暢に流していた手を止めてこっちを振り返る。

 妹の方、さらにはシドルツさんも驚いたようで、両者もグレハードさんの方に視線をよこしている。

「ジェスティアの王宮騎士……様!?そりゃまた何で王宮騎士様がこんな所に?」

「スレバラやソイチからは聞かされていなかったか。上からの命令だ。この遺跡の深層の調査が目的だよ」

「はえ~……。騎士様がこんな所にもいらっしゃるものなんですね~。じゃあ、握手握手!」

 感心していたトルネは、一度手を洗ってグレハードさんに近づき、握手を求める。

「おいおい、一応俺はジェスティア王宮の人間なんだが」

「何も問題ないでしょー!こういうのはコネ商売!何かあったらぜひドリアースのセヴァンズ姉妹の何でも屋にお申し付け下さい!戦争探索調査、何でも請け負ってますよ!」

「ドリアースと戦争すると言っても来てくれるのか?」

「あ、それは困るかも……。恨み買っちゃう。戦争するんですか?」

「さあなぁ。俺には全然分からないが、最近の動きを見ればどうなるか分からんな。俺もこんな所でドリアースの知人が出来てしまっては、戦争という方向には動いてほしくはないんだがな」

「何でなんでしょうね~。でもこれで私もジェスティアと戦争となっても、傭兵として参加しにくくなっちゃいましたね……。その分、グレハードさんからの依頼に期待してますからね!」

 と、トルネの方は全く深刻に考えていないどころか、お国柄の話は自分には関係ありませんといった態度だ。

 ジェイと同じで民間の人間にはあまり関係がないからな。

 傭兵にとってしてみれば金が全てという奴も少なくないんで、敵からより多くの金を積まれれば簡単に祖国を裏切るという奴もいる。実際に俺の知人にもいた。下手すれば戦地で交戦中に交渉を受けて相手側に寝返ったなんていう事もあるみたいだ。

 俺としては傭兵の価値は信用だと思ってるから、どんな依頼でも受けたら確実にそれをこなす故に、最初に依頼を受けた側を裏切ったりするような事は本当に滅多な事がない限りしないと思う。現に今まで裏切り行為なんてしたことないしな。

「ロク君も何か困ったことがあったら、何でも相談しに来てね!お金は取るけど!」

「……」

「あ、今やらしい事考えた?困るよ~?」

「考えてねぇよ!傭兵が傭兵にする依頼なんてねぇだろと思っただけだ!」

「え~?結構いるよ?依頼持ってきて代わりに私達に投げてくる人!まぁ、そういう人は傭兵よりも商人とかの方が多いけれども」

「依頼流しか。しないしない。俺は受けた依頼は自分でこなすのがモットーなの。でもまぁ、色んな所の傭兵の拠点は興味あるから、帰りがけにでも紹介してくれよ。帰れたら……だけど」

「あははは……。そうだね」

 そこまで会話すると、トルネは自分の持ち場に戻る。

 この世界は大きな5つの大陸で構成されていて、俺はヒンデともう一つ、ヒンデ南のノーティムシンダーっつー大陸しか行った事がない。その2つは標準の世界地図で言うと東側2つの大陸に当たるんだが、他の大陸……中央大陸であるデセリア、話題となっているジェスティア、ドリアースを含むクエストランゼ、南のハンクにはまだ行ったことがない。今回の旅の途中でクエストランゼには一応足を踏み入れている事にはなるが。

 他の人の話を聞いたりしていると、他の大陸の傭兵事情や相場なんてのも様々なんで、機会が会ったら行ってみたいとは思っていた。ちょっとの期間、違う拠点で活動してみるのも楽しいかもしれないし、この姉妹に紹介してもらえるならドリアースに行ってみるのも悪くないな。

 まぁ、それもここから無事に出られたらの話になるが。

「そういえばシドルツさんはどこから来ているんです?クルフと一緒に来ていたんでしたっけ?」

 トルネが戻った所で、今まであまり会話に参加していなかったシドルツさんに話しかけてみる。

 シドルツさんは少し離れた所でずっと静かに本を読んでおり、俺の問いかけにも本から目を話すことなく返してくる。

「あいつとはこの遺跡内で出会っただけで元々関わりがあった訳ではない。生まれはデセリアだが、世界を回っている途中なので定まった拠点のような場所はない。強いていうならばジェスティアか。たまたまジェスティアで調べ物をしていた所にここの情報が入ったので、そのついでだ」

「ほほ~。ジェスティア勢多いっすね~」

「他にジェスティア出身の者がいるのか?」

「グレハードさん、スレバラさん、ソイチさん。そこにいるリエルもそうですし、場を仕切ってくれた青髪オールバックのコスターさん。あの人もジェスティアから出ていると言ってましたよ。他にもいるかもしれないっすね」

「そうか。ジェスティアは地理的にここから近いから自然とジェスティア出身者が多くなるのかもしれんな」

 本を読みながらのシドルツさんの返事は凄くどうでも良さそうだ。

 いい機会なのでラストフェンスの他の解除方法について、何か新しい発見がないか聞いてみることにしようと思う。

 俺はあまりシドルツさんの邪魔にならないように気をつけながら、シドルツさんの傍に寄る。

「この本、いいですか?」

「構わない」

 一言シドルツさんに許可を貰って、シドルツさんの傍に積まれている本の中から適当に一冊取って中身を見てみた。

 ぱらぱらとページをめくってみるも一文字すら読むことができないので、内容はさっぱり分からなかった。時折挿絵や図解みたいなのがあるんだけれども、説明している文字が読めないので内容の雰囲気を掴む事すらままならない。

「ダメっすね。俺には何一つ理解できないっす」

「古代語は現代の文字と文法はもちろん、作りの根幹から違う。雰囲気で読もうと思っても無理だ」

「古代語なんてどこで習ったんですか?単なる俺の勉強不足かもしれないっすけど、生まれて初めてみましたよこんな文字」

「習ったというより、自ら解析したと言った方が近い。俺は古代を研究する過程において古代語解析に携わったこともあるので多少の知識はあるが、古代語の文献自体が非常に少なく、解析自体の意義も問われている為、古代語の解析は世界的に見ても進んではいない。ここにある物が公になったら評価はがらりと変わるだろうが。古代語とはそういう立ち位置にあるものだ。お前の勉強不足という事ではない」

「なるほど……。じゃあ、俺がシドルツさんに古代語を教えてもらって、一緒に他の脱出方法を探すというのは難しいか……」

「基礎的な言語学の知識があったとしてもある程度文章として解析できるようになるまで1年以上はかかるだろうな。残念だが他の人間に期待できる事ではない」

「そっか……。じゃあシドルツさんって凄い人なんすね~」

「世間的に見れば価値の無い事の研究をしている人間だ。ここに居る事で初めて価値が出たという事なのかもしれない」

 そう言うシドルツさんは本当にいつもと変わらないクールな表情のままだ。

 自分のやってきた事がこんなに役に立っているんだからもっと喜んでもいい所だとは思うんだが、これでも意気込んでいるのだろうか。

 見る限りずっと本を読んでいる様子だったから、シドルツさんも楽しむ……という言い方はおかしいかもしれないが、張り切っているのかもしれないな。

「でも、っつーことはそれってこの書物が世間に公になればシドルツさんの評価も一気に上がるって事なんですよね?」

「世間に公になればの話だな。だが、今より研究しやすくなるという意味では俺にとっても利益にはなるが、自分の評価を上げることが目的ではない。俺は純粋に大昔の人間がどんな生活をしてどんな事をしていたのかに興味があるだけだ」

「なるほど……。根っからの研究者気質という事なんですね……。じゃあ頑張って脱出しなければっつー事ですね……」

「そうだな」

「その脱出方法なんですけれども、何か新しい方法とか見つかりました?」

「残念だが、何も見つかっていない。そもそもラストフェンスに関する記述がある物が非常に少ない。今はダメ元で他の書籍もあたっているような状態だが、恐らくここから新しい脱出方法を見つけるのは難しいだろう」

「ないですか……。凄い失礼な話っすけど、誤読したとか解除方法に関する記述の中に解析できない文字が含まれていたとか、そういうのもないっすよね……?」

「そうだな。俺だって何度も解除方法に関する記述を何度も読み返しているので、誤読という事はないと考えてくれて構わない。解析できない文字や意味の分からない文章もほとんどない。細かいニュアンスなんていうのは分からないが、少なくともラストフェンスに関する記述のある箇所は正確に解析できているとは思っている。何度解析しても書かれている条件は2つだけだ。魔核結晶の使用者が死ぬか、ラストフェンス内に使用者だけがいる状態であるかの、いずれかしか書かれていない」

「書かれていないという事は、実は他にも方法があったりするんすかね……」

「あればいいがな……。あったとしても、それは探すのは困難を極めそうだな」

「進展はないか……。すいません、シドルツさんに任せっきりになってしまって」

「気にすることはない。正直な事を言ってしまえば、こうしていても俺も関係ない記述を読みふけっている事の方が多い。一応今ある書籍のタイトルや目次に目を通して、関連しそうなものは片っ端から読んでいるつもりではあるが、さっきも話した通り、ラストフェンスに関する記述があるものは非常に少ない。すまないが、他の方法に期待は持てないと思ってくれていたほうが俺も助かる」

「いや、本当に助かってます。ありがとうございます」

 シドルツさんだってこんな所から早く抜けだして、一刻も早くこの書籍を全世界に晒したい所なんだろうから、精一杯他の脱出できる方法を探しているに違いない。

 それでも成果は出そうにないと言う事なので、本人もこう言ってることだし、シドルツさんに頼って他の脱出方法を探すのはやめたほうが良さそうだ。

 それじゃあ自分に出来る事と言えばなんだ?

 犯人を探すことか……。犯人探しも意識して自分なりにやっているつもりではあるんだが、良さそうな人が多いのでどうもブレーキがかかってしまう。これでもしグレハードさんが犯人である決定的な証拠なんて見つかったら俺が困惑してしまうだろう。もしそうなったら魔核結晶に触っただけで悪いこともしてないグレハードさん一人をみんなで寄ってたかって殺すのか?そんな事できる訳がない。

 何とか他に方法はないものか?と考えてみるんだが……。

「このラストフェンスってどういう形状になっているのか、分かりますか?」

「正確には分からないが、シェルターを覆うような形状で作られるという記述はあったな」

「覆うような形状……。それじゃあ、天井壊しても地下を掘り進めても、いずれはラストフェンスに阻まれるという事に……」

「なるだろうな」

「時間経過でラストフェンスが消えるという事は……?」

「自然消滅はないとはっきり記述されていたので、ないだろう」

「……詰みですか?」

「事の深刻さを伝えて、おかしな空気にならないようにここまで言うつもりはなかったが、少なくとも俺は犯人が死ぬ方法以外での脱出はないと思っている。今お前が俺にした質問のおおよそは俺も考えついて既に一人で可能性を模索していた。だが、全てにおいて空振りだ。藁をも掴む思いでこうして他の方法がないか探し続けてはいるが……」

「……」

 シドルツさんは、俺なんかよりもずっと先にこの事態に気がついていたんだよな。それで、俺が考えるような素人の浅知恵な脱出方法も当然考えついている訳だ。そのシドルツさんが半分白旗を振っている状態なんだ。もう例の方法以外では難しいという事なんだろう。

「失礼。嫌な気持ちにさせてしまったかもしれない。お前の話は、脱出したいという思いが伝わってきて凄く心強いと感じた。これからも何か疑問があったら遠慮なく俺にぶつけてくれていい。一人で考えるよりは思わぬ発見があるかもしれない」

「いえ、大丈夫っす。こっちこそシドルツさんに任せっきりで申し訳ないと思ってますんで、そんなそんなっす。でも、お言葉に甘えさせてさらに一つ聞いてもいいすか?」

「なんだ?」

「この状況、どんな結末を迎えると思いますか?」

「……」

「別に遠慮なんてしなくていいす。このままだとどうなっていくのか、どういう結末が迎えているのか、シドルツさんが想像する結末が正直に聞きたいです」

「……最悪、全滅かもな」

「!!」

 何だか言いにくそうだったシドルツさんをフォローしたら、とんでもない言葉が出てきた。

 そんな事はあり得ないだろうと高をくくっていた俺だったが、普段から冷静なシドルツさんのトーンのままだったので、それがジョークではないとすぐに分かる。

「ま、まじすか……?」

「すまんな。最悪の状況から想定して考えてしまうのは悪い癖だ。今の言葉は忘れてもらっていい」

「ちょ、ちょっと!不安を煽っておいて無責任な!根拠だけでも聞かせて貰えませんか?」

「……。今の三人組を組んだ状態はどこまで続くと思う?」

「どうでしょう……?犯人は手出しすることができないんで、しばらくは続く……というか、ずっとこのまま……?あ、いずれ食料がなくなって全員餓死とか……?」

「犯人は焦っているだろうな。だが、日が経つに連れて犯人でないものも焦りが出てくる。そうなると、早くここから出たいという思いが先行して、無茶な犯人認定を行う奴が出てくる。そういう疑心暗鬼な思いが仲間内に亀裂を生じさせるだろうな」

「なるほど……。それはあり得ますね……」

「それが加速すると、犯人だと思い込んだ人間を勝手に殺し始める奴が出てきてもおかしくはない。殺人が起こると一層疑心暗鬼は広がるだろう。その殺人を犯した人間が魔核結晶に触れた犯人でなかった場合どうなる?そいつは殺人犯として仲間から制裁を受けるだろう。そいつが魔核結晶に触れた犯人だったらラッキーだという思いも交錯するだろうな。すると、道連れのような形で、本来死ななくてもいい人間が次々と死んでいく。そうなるともう歯止めはかからない。犯人が何もしなくとも、次々に人が死んでいくという事も考えられる」

「……」

 シドルツさんは至極冷静に、本当に淡々と恐ろしいことを話す。が、その話が非常に論理的で説得力があった。

 現実味のある話を聞かされて、今まで犯人が圧倒的に不利だと感じていた状況が一転し、実は犯人が物凄い有利な状況なのではないだろうかと考えられるようになってきた。

「……詰まるところ、犯人側でない人間は、仲間を一人も殺されてはいけない状況という事……?」

「さすがに頭の回転が早いな。俺もそう思っている。事故でも故意の殺人でも、仲間が一人でも死ねば雪崩式に仲間が減っていくと思っていいだろう。そうなる前に犯人を確実に探し当てなくては負けだと、俺はそう考えている」

「犯人は殺されないように立ち振る舞うだけで何もしなくていいい。俺達は一人の犠牲者も出さずに犯人を確実に探し当てなくてはいけない。これは非常に厳しい状況ですね……」

「お前が犯人だとしたら、有意義な情報になってしまったかもしれないな。お前のことだから、俺が何も言わなくてもそこまで簡単に辿り着きそうではあるが。どちらにせよ、下手なことはあまり他言はしない方がいい」

「その辺はわきまえているつもりっすけど、いいんすか?俺、犯人かもしれませんよ?」

「魔核結晶を手にしたからラストフェンスが出来上がったと俺が話した時、お前は「持ち物検査をしよう」と提案した。その時は魔核結晶を手に取れば消えてなくなるという事を話していなかったので、そう提案したんだろう。だが、犯人は魔核結晶が消えてなくなる事を犯行時に知っているので、犯人が咄嗟に出来る提案ではない。つまり、お前は犯人である可能性は低いと俺は考ているんだが……?」

「あ、そんな事もありましたっけか……。よく考えているんですね……」

 と、俺がリアルに感心した時、シドルツさんが非常に珍しくにやっと笑った。

「どうかしました……?」

「いや失礼。今ので更にお前が犯人である可能性が下がったと感じただけだ」

「どういう事です?」

「お前が犯人だったら持ち物検査をしようという提案は計算された提案という事になり、当然自覚していた事だろう。だが、今のお前の反応はそんな事は忘れていたという風だったと、俺には感じられた。ただそれだけの事だ」

「なるほど……」

 さすが研究者といったところか。みんなで話し合いをしている時はあまり前に出て話を引っ張っていくような事はしていなかったシドルツさんだが、色々と考えているんだなぁというのが分かった。

 というか、俺なんかよりもよっぽどこの件に関して深く考えているぞ。俺が色々考えたって既にシドルツさんが考えている事だと思うと、自分のしている事が無駄になっているような気すらしてきた。

 シドルツさんにはもっと色んな話を聞いてみたいな。今は俺に対しての会話だったが、シドルツさんが感じる他の人の印象とかも聞いてみたい。シドルツさんなら俺より的確に犯人を当てられそうな気がするし。

 これ、逆にシドルツさんが犯人だったら相当厄介だぞ。シドルツさんが犯人という確率はあるんだろうか?

 いや、多分ないだろうな。シドルツさんが犯人だったらさっき言ったような「犯人は何もしなくても俺たちは自滅する」というような可能性を示唆する事を言わないだろう。

 でも、シドルツさんならそれを俺に言うことで犯人だと思われにくくなるというメリットも引き出せるんだよな……。いや、最初に俺が言った通り『犯人が死ねば脱出できる』みたいな条件をわざわざ言う事はさすがにないだろう。

 というよりも、シドルツさんが犯人だったら、本に書いてある事が読めるのはシドルツさんだけなんだし、内容は捏造し放題だ。

 あれ?シドルツさんが犯人だとしたら、この脱出のルールすら嘘という可能性もあるのか?実は他にも簡単な解除方法があって、それを隠しているという可能性もなくはないのかな?

 いや、意味が分からんな。だったらそれを実行して自分も出ればいいだけだ。っていうか、魔核結晶を触れた事によってラストフェンスが出来上がったという事も嘘という可能性すら出てくるぞ。もう、そこまで来たら犯人すらそもそも存在しなかったとか、そんな感じになってしまう。

 冷静になって考えてみよう。シドルツさんが犯人だと仮定したら辻褄の合わないことは出てくるだろうか?

 ……。

 ちょっと考えたが、辻褄の合わない事だらけだ。強いて一つ辻褄の合わない事を挙げるとするならば、いくらでも嘘が付けるという立場にいるのに今シドルツさんが望んだ状態にないという事。

 ラストフェンスによってシドルツさんもここから出られないというのは揺るぎない事実で、シドルツさんの目的も俺たちと同じここから出ることなのは間違いないはずだ。今この状況は、誰が死んでもおかしくないというだけで、例え誰が死んでもシドルツさんにとって全くメリットはない。だったら『いくらでも嘘を付けて状況を操れる立場にいる』にも関わらず、こんなメリットのない無駄な状況になっているのはおかしい。故に、シドルツさんはほぼほぼの確率で白だろう。

 でも、一応シドルツさんが犯人でない確証はなんとか欲しい所だな。

それがないと、前提である『魔核結晶を触れたことでラストフェンスが出来た』という因果関係すら壊して考えないといけない。

という事で、少しだけ様子を探ってみようと思う。

「シドルツさんは今一番何がしたいっすか?」

「……俺でなくともここから出たいという答えが返ってきそうな質問だな」

「あ、すいません。ここから出られたら何がしたいです?」

「もちろん、ここで得られた資料の検証だ。研究室に戻れば参考文献が手の届く所にあるし、検証作業はどんどんと進むだろうな。俺よりも知識のある優秀な研究員もいる。量が多いので忙しくなりそうだが、楽しみだ」

「まさに研究者って感じですね……」

 明確にやりたい事、楽しみな事が待ち構えているという事は、やっぱり脱出したいと思っているのは間違いないだろう。

 やっぱりシドルツさんが犯人だというのは現状では無理やり過ぎる。他の犯人と思えそうな奴の様子を探って考えたほうが時間の無駄にはならなさそうだ。

 その後水汲みを言い渡されたので、シドルツさんとの会話もそれまでで一旦引き上げ、グレハードさんとリエルと3人一緒に食料庫へ水汲みに行った。

 その道中、シドルツさんとの会話を思い返す。あれ程頭の良いシドルツさんが『最悪全滅かもな』と言ったのが凄く印象に残っている。

 今この平和なシェルター内で殺人が起こるという気配は全く感じられない。それでも、いつか犯人は動いてくるんだよな。そして、俺達は今のところ何も有効な犯人の手がかりを掴めないでいる。もたもたしていると、仲間内で焦りが出てきて、仲間を殺し始める奴が出てくる……か。

 そうはならないように、なるべく全員がここにいて楽しいし、互いに信頼できるような関係を作ることができればいいんだが、サバトさんや黒装束の盗賊野郎なんかはかなり怪しい気がするよな。

 なんとかいい打開策がないか、それからも俺はずっと頭を悩ませるのだった。

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