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05.探索と交流 その2

 『リエルトイレ事件』の起こった後、俺とリエルはグレハードさんと合流し、探索を一時中断してトイレへ向かった。


 トイレは入り口から男性用と女性用の二手に別れており、それぞれに石を彫って文字を描いたようなプレートが掛けられていた。恐らく男性用とか女性用って書いてあるんだろうけれども、古代語で書かれている為本当にそう書いてあるのかは分からない。


 どっちが男性用か分からないのでさっきリエルが入った方と逆方向のトイレに入ってみるんだが、選んだ方が男性用で合ってたっぽかった。

 というのも、さっき見た女性用と同じ便器のような物の他に、立って出来る便器(というか、壁と『それ』を受ける溝)も壁添に用意されていたからだ。

 それ以外は女性用と同じ作りになっており、座って大きい方をする便器4つが個別に仕切る壁なんてのもなく大っぴらに置かれていた。

 その他には掃除用具でも入っているのか、ロッカーらしきものと樽が数個奥に並べられていた。

 少し気になったのでロッカーを開けてみたのだが、中には何も入っていなかった。

 樽の方は水が入っているっぽいけれども、何年このまま放置されているのかも分からないので中に入っている液体には触れないでおいた。


 用を済ませた後、一応女性用の方も見に行ったのだが男性用とまるっきり同じで、ロッカーと樽があった。

 ロッカーの中は空だというのも、樽の中には液体が入っているというのも、便器が仕切られておらず開けて置いてあるというのも同じ。

 このせいで先ほど悲惨な目に合った。

 昔の人はこんな所で用を足していたんだなぁと思いながら女性用のトイレを後にした。



 三人共スッキリした所で来た道を戻ってシェルター内探索を再開する。

 探索を中断した魔核結晶のあった『倉庫?』から随分と離れた所にきてしまったが、そこまで戻らないとその先の『書斎?』にたどり着く事ができないので、三人は一旦そこまで引き返した。

 『書斎?』と書かれた部屋は、地図でいう南側通路の一番東にあった。

 シェルター全体を長方形とするならば、一番右下の頂点に当たる場所に位置する。


 部屋の中は埃をかぶったデスクの他に、本棚がいくつもあって、かなりの量の本が並べられていた。

 ソイチさんがパクる前なのか、それとも本はシドルツさん行き確定なので諦めたのか、ところどころ空きはあるものの、ここにはまだ結構な数の本が残っていた。

 手にとって本の中身を見てみるも、古代語が全く分からない俺には何が書いてあるのかは全く分からなかった。


「グレハードさんかリエルか、古代語分かったりしませんよね……?」

「知らんな……。そういうのはソイチが得意分野のはずなんだが、あいつも読めないと言っていた。あのシドルツという男に任せる他ないだろう」

「…………」


 グレハードさんに続き、リエルも首を横に振る。

 シドルツさんがいれば翻訳してくれるだろうし、読める人が二人も三人もいる必要はないんだけれどもね。

 ともかく、シドルツさんが古代語読めるようで本当に良かった。

 なんとか別の解法がないか調べつくして欲しい所だ。

 書斎にある本は全部読めないし、本以外に目につくようなものもないので、さらっと見てから直ぐに次へ向かう。


 それにしても本当に広い。

 通路はほとんど一本道ではあるが、これじゃあ中に人がいてもそうそうはすれ違うなんて事はないだろう。どこかに隠れて人が暮らしているなんて事も考えてしまう。


 次は地図全体の東側にある通路を南から北へ向かって歩いて行く。

 さっきトイレへ行く時に通った道だ。

 この通りにもトイレに着く前に俺達の部屋と同じ作りになっている空き部屋が3つ程あったのだが、俺達17人は全員西側通路沿いの部屋に割り当てられている為、誰も使用していない。

 使用していないはずなのだが、埃具合を見るとどうも誰かが物色したような跡があった。

 グレハードさんも呆れた感じでボソッと「ソイチの奴か……」なんてこぼしていたし、多分ソイチさんがパクっていったんだろう。

 俺達三人は別にアイテムを物色する気もなかったし、アイテムを物色するためにここを回っている訳ではないのでサッと確認して次へ向かった。



 南側から歩いて空き部屋を通り過ぎると、今度は『処刑場?』と書かれた場所についた。

 扉が他の部屋と違って牢屋のそれのようにスライド式で、非常に重たい。

 また、扉は格子状になっていたので外から中の様子が伺えた。

 更に扉の横に少し大きめのボタンのようなでっぱりがあった。


「このでっぱり、何すかね……?」

「さあ……?」


 グレハードさんも心当たりがないようなので、とりあえず押してみることにする。


「お、おい。不用意ではないか?爆破スイッチのようなものだったら・・?」

「そん時はそん時っす。むしろここから出られるようになっていいんじゃないすか?」


 良くわからない事があると、とりあえず試してみたくなるのは俺の悪い癖かもしれない。

 でもそこに押せと言わんばかりのボタンがあったら押さなければ失礼だ!

 そういう事にして自分を正当化する。


 ボタンを押し切るには結構な力が必要で、かなりの力を込めて押し切るとゴォォという重苦しい音がした。

 そして押し切ったボタンは元に戻ることはなく、ONになったままの状態となる。


「びっくりした……。これ、扉に鍵がかかったとかっすかね……? そんな音に聞こえましたけど……」

「どうなんだろうな。扉を開けてみるか?」


 そう言ってグレハードさんは重そうな扉を横に引っ張って開けようとする。

 が、グレハードさんがかなりの力を込めて開けようとしても、扉は1ミリ足りとも動かなかった。


「硬いな……。本当に鍵だったのかもしれない。ボタンをもう一度押してみるか」


 そうグレハードさんが言ったので、俺は再びボタンを力を込めて押した。

 すると再びゴォォという音重い音と共に、ボタンは最初と同じOFFのポジションに戻る。

 グレハードさんはそれを確認すると、再び扉を横に引っ張るように動かす。

 すると今度はなめらかにとはいかなかったが、簡単に横にスライドした。

 思った以上に力を入れなくても開いたらしく、グレハードさんは少し横に突っかかっていた。


「開きましたね」

「やはり鍵だったようだな」


 このシェルター内には珍しく、鍵のついた扉だった。というか、初めて鍵付きの扉を見た。

 『処刑場?』という地図の言葉からも少し嫌な予感を覚えてはいたが、実際に中を見るとまさに処刑場だった。

 結構な広さのある部屋の中には拷問器具やら処刑用のギロチンだと思われる器具が並んでいる。

 あまり見た事のないものだったので珍しいと思いつつまじまじ見てみるが、どれもあまりに古すぎて使えるようなものではなさそうだ。

 これがずっと使われないことを祈りつつも、適当に確認した後次へ行くことにした。



 『処刑場?』から少し北に向かって歩いて行くと程なく通路の脇に台のようなものが確認できた。地図には小さく『ゴミ捨て場』と書かれている。

 1メートル四方の小さなテーブルのような形で、高さは俺の腰より少し低いくらいの高さ。

 表面はこれまた重そうなスライド式の扉のような物で蓋してあり、中身は何があるのか全くわからない。

 その台の近くの壁にはトイレにあった物と同じような石を彫って作られたプレートが飾られており、そのプレートには訳の分からない記号が羅列してあった。

 恐らく古代語なんだろうが、俺には何が書いてあるのか全く読めない。

 シドルツさんが既に解析して『ゴミ捨て場』とでも書いてあったんだろうから、この地図にゴミ捨て場と書かれているのだろうけど、ゴミ捨て場とだけ書かれているにしても、少し文字が多すぎる気がする。

 俺にはそれ以上の事は踏み込めないのが残念だ。


「ゴミ捨て場……にしては、随分小さいですね。これじゃあ少しゴミを入れたらすぐ満杯になっちまいませんか? もしかしてこれ、中は井戸のように穴になっているんすかね?」

「どうだろうなぁ……。それにしても、こんな所にゴミ捨て場とは、おかしな所に作ったものだ」

「まぁ、とりあえず開けてみるっすね」

「おいロク! また不用心な……」


 少しグレハードさんは呆れていたようだが、それも少し遅かった。

 俺が思い切り力を込めて蓋を横へずらすと、処刑場の扉に負けず劣らずの重い音を立てて蓋は開く。

 中を覗いてみるも、真っ暗闇で何も見えない。

 これで水を汲み取る道具一式があれば完全に井戸だ。


「深そうっすね……」

「井戸ではないのか?こんな所にゴミを捨ててもいいものなのか……」


 ここが本当にゴミ捨て場だったら、本当に大雑把なゴミ捨て場だ。

 とりあえず誰も見えない所にゴミを隠しましたみたいで、捨てた気があまりしない。

 底がどうなっているのかは凄い興味はあるけれども、行ったら行ったで臭いとかが凄そうだ。

 また、捨て口が広いので、間違って人間が落ちてしまうこともあり得そうである。


「何か深さが測れるもの……。これでいいかな」


 深さが測りたかったので腰に巻きつけた道具袋を手で探ると、丁度親指サイズのガラスの小瓶を探り当てた。

 これは割ると中に入っていたキツイ臭いが充満する魔物避けの道具なんだが、この遺跡の魔物にはあまり効果がなかったのでまだ道具袋の中に何個かストックが残っていた。

 これを井戸……じゃないな。ゴミ捨て場に落としてみる。


「…………」

「…………」


 測れる程度の深さなら小瓶が割れる音が聞こえてきていいはずなんだが、いくら待ってもそんな音は聞こえてこなかった。


「……深いな」

「深いっすね……」


 もし深さがそんなにないのであればちょっと中へ入って様子を見てこようと思ったが、無理っぽい。

 今思えば、回った部屋の全部が埃まみれではあたけれども、ゴミは一切なかったもんな。

 人間が生活していれば必ずゴミは出てくるはずなんだけど、それが一切なかったという事は全部ここに放り込んでいたという事になるのか。


「あれ……もしかしてこの中、出口に繋がっていたりしません?」

「おぉ確かに。ここが抜け道となって、全員脱出できるという事もありそうだな……」

「グレハードさん、試してみません?」

「いや、ここは思いついたロクが行ってみるべきでは……」

「…………」

「…………」


 当たり前だけど、まず這い上がって来れそうにない奈落の底に飛び込む勇気はない。

 でも、ここが地下シェルターであるというなら、緊急用の出口みたいなのがあっていいと思うんだよな……。ここがそれに当たったりしないのかな……。

 何とかして中を探れないか方法を考えてみると、グレハードさんから提案があった。


「命綱つけて行ってみるか?」

「命綱……か」


 グレハードさんはジョークっぽく言ってたが、それも有りのような気がしてきた。

 このゴミ捨て場の入り口の広さは結構な幅があるので、人間一人は十分入ることはできるだろう。

 でも、入るにしても信頼できる命綱と信頼できる人の元でやらないと、とてもじゃないけど怖い。

 勇気がいる。

 魔核結晶に触れてフェンスを発動した人間に命綱を持ってもらった日には、そのまま命綱を切断されるなんて事もあり得そうだ。

 それに、相当長い命綱でないと下を見ることもできそうにないぞ。


「グレハードさん、やるかどうかはともかく、相当長い命綱になりそうなものってどこかにありました?」

「ほ、本当にやる気なのか?」

「今の段階では怖いっすけど、やれるだけの事は全部試してみたい気はするんで……」

「あったかなぁ……」


 リエルにも聞いてみるが、リエルは首を横にふるだけだった。

 そんなに長くもなくあまり丈夫とは言いがたいロープのようなものなら俺も持ってはいたんだが、この中を調査するに適切な強度と長さのものはなかった。

 でも、確かにこのゴミ捨て場は気になる。

 今は探索する方法は思いつかないけれども、いつかは探索してみたいと思う。


「今度他の人にもあたってみます。もしかしたらという事もあり得そうなので……」


 正直期待は薄いと思う。というのも、ラストフェンスの形状を少し思い出してみたんだが、あの薄くて赤い壁は確か天井や壁も突き破っていた。

 あれは恐らくこのシェルター全体を覆うように囲っているものなんじゃないかと思う。

 だとすれば、このゴミ捨て場の地下を潜っていったとしても、いずれはその赤い壁に阻まれるんじゃないかと思えてくるわけだ。

 でも、実際に行ってみなければ分からない。

 可能性が0でないなら0と分かるまで試してみる価値はある。

 今度その可能性を試してみようという事にして、この場から去ることにした。



 ゴミ捨て場から更に北に向かって進んでいくと、途中でトイレを通り過ぎ、その後『食料庫』とかかれている所に辿り着いた。

 この部屋の入口の扉は鍵こそついていなかったものの、処刑場のそれと同じように結構重たかった。

 また、処刑場の格子状の扉とちがって、この食料庫の扉は外から中の様子を見ることができない形になっていた。

 食料が保存されているのであれば、その鮮度を保つために空気が漏れないようにしたといった所だろうか。


 少し重たいスライド式の鉄の扉をゴゴゴと開けて中に入ってみると、目の前にでっかい貯水槽のようなものと、無数に並ぶ怪しい箱が確認できた。

 貯水槽の方にはバルブとメーターが付いており、メーターを見るとまだ7割くらい中身が入っているような感じだ。この大きさで残り7割なら、17人分の行水、飲用、食事等を考慮しても一ヶ月くらいは持ちそうだ。

 ただし、飲用水として使えるかどうかは怪しい。


「沸騰させても、飲水として飲むのは勇気がいそうだな……」

「ロク、飲んでみるか?」

「しばらくトイレを占領させてくれるのなら……」


 そのままの流れでリエルに「飲んでみる?」と話をふろうとしたら、何か睨まれた。

 トイレという言葉に反応したのかもしれない。

 しばらくトイレはNGワードという事にしておこう。


「そう言えば話変わるけどリエル、水飲んでみない? トイレは占領していいぞ」


 何を間違ったか、意識とは真逆の事を言ってしまった。

 するとリエルは少しむくれた顔して俺に無言で近づき、結構な勢いでドンと両手で俺の胸辺りを勢い良く叩いて突き飛ばしてきた。

 トイレを見ちゃった時も同じことをされたな。

 これが彼女なりの抵抗らしい。

 なんかそれが彼女の雰囲気と釣り合わなくて面白い。

 ナイフを投げてきて威嚇する時と、両手でドンと突き飛ばしてくる時と、違うんだよな。

 今は後者で、少し自分の触れてほしくない恥ずかしいような事があるときの行動だと俺は見た。

 対してナイフを取り出して威嚇してくる時は、本気で怒っている時……と。

 無口な彼女だけれども、こうしてみると段々と彼女の思っていることが行動で分かってくるような気がしてきた。


 水に関してはここに来ているみんなは携帯して持ってきているだろうけれども、どれくらいの期間閉じ込められるか分からない状態だ。

 自分の手持ちの水だけでは足りなくなってしまうだろうから、ここにこうして水がちゃんとあるというのは助かる。

 腹を壊すような事があってもないよりはマシだ。

 それに、昔の人もここをシェルターとして使っていたなら、全く飲むのに適していない水という事はないだろう。

 どれくらい時間が経っているのか分からないので、今でも飲めるものなのかは分からないが。


 食料の方も怪しげな箱型の入れ物に、かなりの量が保存されていた。

 肉や木の実等見たことのある物から見たことのないものまで種類に分けられて怪しげな箱に入っていたのだが、驚いた事にどれも腐っているような感じはしなかった。

 肉なんかは本当に一瞬で腐ってしまうようなもののはずなのに、変色したり変な臭いがしている肉が何一つなかった。


 それを見た俺は、もしかして最近誰かがここを使っていたのではないかと思った。

 これだけの量をこれだけの鮮度で保っているという事は、本当にごく最近、どこかの団体が目的を持ってここに来て大量の食料を詰めた……としか考える事ができない。

 このシェルターが発見されたのはごくごく最近の事のはずなので、そんな事はあり得ないと思うんだが……。

 グレハードさんも不思議がっていたが、それを確かめる術がない。

 何かと色々不思議な点を残したまま、食料庫を後にした。



 食料庫を後にし、次に訪れた所は調理場と書かれた場所。

 ここは丁度最初のリビングの東側に位置している場所で、ここまでくればシェルター内をほぼ一周した事になる。

 部屋の中はどこかのお屋敷の調理場みたいな雰囲気で結構広めのスペースに、見たことある調理器具から見たことのないものまで色々なものが置かれていた。


 調理場に着くと既に先客がいた。

 シドルツさんと若い姉妹の三人チームだ。姉妹は調理器具を色々見て回っており、シドルツさんは一人で壁にもたれかかって本を読んでいた。

 そういえば姉妹の妹の方が料理を担当してくれるということになっていたんだったな。

 これからお世話になる事だし、少し挨拶をしに行こうと思う。


「ども」

「あら、こんにちわ~」


 返事を返してくれたのは姉の方で、妹の方は俺達に気がつくと軽く会釈をしてくれた。

 姉妹ともに少し赤みのかかったロングヘアーで、姉の方はその髪を後ろで結いている。

 年は俺と同じくらいな感じだが、何か姉よりも妹のほうが落ち着きがあるためか、年上に見える。

 二人共結構なグラマーで女性らしい体つきをしており、可愛いと思う。

 思わず同じ女性であるリエルを見てしまった。


「…………」

「?」


 何? みたいな顔したリエルと目が合ってしまった。ごめんなさい。失礼でした。


「えっと君は……話し合いにも結構参加してくれた……」

「あ、ロクです。よろしく」


 向こうさんも俺の事は覚えていてくれたようだ。話し合いをしていたのは俺とあの青髪オールバックがほとんどメインだったからな。

 それとこの子も普通に意見出してくれていたっけか。

 俺を含むその三人と悪い意味で目立ってた黒装束の泥棒野郎はみんなの目に触れる機会が多かったし、覚えている事だろう。


「私はレイトルネ。で、この子がレイニーナ。あとあそこにいるシドルツさんと一緒の三人チーム。よろしくね」


 そういって姉の方と握手をする。

 続いて妹の方とも握手を交わす。

 グレハードさんとリエルも続いて自己紹介をして、互いに握手を交わす。


「あら、こんな可愛い子いたんだー。よろしくね、リエルちゃん」

「…………」


 楽し気な感じで姉の方はリエルに絡むけれども、残念だがそれは地雷だ。

 リエルはどんなテンションも一瞬で白けさせてしまう鉄壁の人見知りを持ち合わせているからな。

 現にそんな姉のテンションも一蹴、完璧に知らん顔だ。


「あ、三人はグレハードさんの組なんだね。最初の料理補助はグレハードさんのチームになっているから、よろしくね」

「え?」

「あ、すまなかった。俺もすっかり忘れていたが、俺達が最初の料理当番という事になった。時間になったら声を掛けてくれる事になっていたはずだったが……」

「あ、それならまだ時間じゃないから大丈夫。準備始める時になったら私が声を掛けに行くから! もしかして勘違いして来てくれちゃったのかな?」

「あ、いや、俺達は単にシェルター内を探索していただけす。俺まだここの中の事全然知らなかったので……」

「タメ語でいいよ。私はトルネでいいし、この子はニーナでいい。これからしばらく一緒に生活するんだから仲良くしよ!」

「あ、ども」


 タメ語で良いと言ってくれるのは有り難い。

 こっちも相手が年上か年下かなんて分からないし、とりあえず初対面なんだから敬意を払って~みたいな事をごちゃごちゃ考えてしまう。

 リエルみたいに明らかに年下っぽい人にはとりあえずタメ語の方がフランクでいいだろうとは思ったんだが、自分より明らかに年下だと分かる奴はリエルくらいしかいない。

 とりあえずトルネの言葉に甘えて、以降フランクにタメ語で話させていただくとしよう。


「そうか~探索か~。何か犯人の手がかりとか見つかった?私もこの子もそういう犯人探しみたいなのは専門外だから君……ロク君みたいな人に任せっきりになっちゃうんだけど……」

「正直何も……。まだ互いの事もよく知らないし、何とも言えないな……。気長に探っていくしかないような気がするんで、とりあえず犯人が動けないようにチームを作ったのは正解だと思うよ」

「だよね~……。犯人も自分から名乗りでてくれれば良いと思うんだけど、そういう訳にはいかないのかなぁ~」

「犯人だと名乗り出たら殺されるに決まってるから難しそうだなそれは。でも、犯人にしてみれば他の16人を誰にも悟られずに全員殺すなんて事は無理難題だと分かっていると思うんだ。本当は名乗りでたくても殺されてしまうから名乗り出られないのかもしれない」


「のうロク、お主が犯人だとしたらどう動く?」

「どうっすかね~……」


 グレハードさんから難しい話をふられたので、ちょっと考えこんでしまう。

 俺が犯人だったらどうだろうか。

 名乗りでて殺されるか?

 いや、何とか他の手段を探すだろう。

 他のあらゆる脱出する手段を考えて、他に方法がないと確定したら……16人を殺すか?

 ん~……相手は16人だろ……?

 どうやって殺そうか考えはするけど、そんなん無理だろってなって考えを放棄してしまいそうだな。


「分からないっす。グレハードさんだったらどうします?」

「どうだろうなぁ……。スレバラやソイチはもちろん、他の人全員も殺すなんて事は俺には気が重い。かと言って、自分が死ぬというのも選べる道ではないがな~……」


 そうか。

 俺みたいに一人でここに来ている人間はともかく、二人以上の友人同士の組のうちの一人が犯人だと、その友人を殺さないとここから出られないという事になるんだよな……。

 それを考えると、もしグレハードさんや目の前の姉妹が犯人だったとしたら、もっとへこんだり悲壮感漂う雰囲気になってもいい気はするけど、グレハードさんや姉の方からはそういった感じは今のところ見受けられない。


「私は自供するかもね。この子を殺す事なんて私には無理だわ」

「お姉ちゃん……」

「一応言っておくけど、私もこの子も犯人じゃない。だからそんな事考える必要はないんだけどね。私達は常に一緒だったけど、例の倉庫には入ってない。ほとんど入ってすぐこの騒動に巻き込まれちゃったんだもん。地図で確認したけれども、そのなんとか結晶ってあるのはかなり奥の方にある倉庫なのよね? そこに辿り着く前にあの赤い髪の人に声掛けられちゃったのよ」


 赤い髪の人……。

 あんたも妹も赤い髪だろうとツッコミそうだったが、多分クルフかカップル男の事だろう。

 声を掛けたって話だからそのノリ的にクルフの方かな。


「だから私達は絶対に犯人なんかじゃありません! それに、万が一この子が犯人だったら多分真っ先に私に教えてくれると思うしね」


 そう言って姉の方は妹の頭をぽんぽん叩く。

 仲の良さそうな姉妹だ。

 姉妹という事は本当に信頼し合える仲なんだろうし、姉の言うとおり万が一片方が犯人だとしたら相手に報告しても良さそうだ。


 この人達は犯人ではない……?

 いや、仮に妹の方が犯人だとしたらどうだ?妹の方は非戦闘員だと言っていた。

 姉には報告するかもしれんが、姉は妹を助けるために妹の代わりに他15人を殺して、最後自分と妹だけになったら自殺する……そうすれば妹だけは無事に外へ出られる……とか、そんな事を考えたりしないだろうか。

 いや、妹の雰囲気からするに、そんな事許容するようなタイプではないな……。

 姉が死ぬのであれば、自分も死ぬーくらい思ってそうな姉への頼り具合だし、気の弱さを持っている感じだ。

 まぁ、どんな人なのか全然分からないし、勝手な俺の想像だけど。


「あの、全員無事に出られる方法は本当にないんでしょうか……?」


 初めて妹の方が声を掛けてくれた。

 姉とは対照的に随分とか細い声だ。


「う~ん……。閉じ込められているっつったって、所詮は怪しい魔法壁。何らかの解除方法とか抜け道とか、壁を破壊する方法とかある気はするんだけど……」

「あの、私……、私にはどうすればいいのか全然分かりませんが、もし他の方法が見つけられるのであれば、何でもします! ですので、何かお手伝いできる事があれば……」


 妹は真剣な表情で、真っ直ぐ俺を見つめてそう言ってくる。

 姉の方はこんな状況でも開き直っていのか割りとあっけらかんとしているけれども、妹の方は今でもひどく不安そうな顔をしている。

 その妹の言葉からは、本当にこの状況をどうにかしたいという気持ちが凄く伝わってきた。

 だが、俺に何を期待しているのかわからないけれども、俺には今のところそれを打破する力はない。


「是非シドルツさんの力になってあげて欲しいし、俺もシドルツさんの力になりたい。あの人しか他の方法を探る事ができないからな……。そういう意味では、食事を作ってくれる君の力は役に立っていると思うけど、俺はなぁ……」

「あはは。ごめんね~。君はほら、シドルツさんが犯人ではないと見事に分かりやすく証明してくれたし、色々案を出して場を引っ張ってくれたし、この子にあの人が何とかしてくれるから平気とか言っちゃったんだよね~」


 そう言って姉は苦笑いしながら、両手を合わせて謝る。

 無責任に俺に期待を寄せさせるような事を言ってしまってしてごめんなさいという事なんだろう。

 別に俺でなくても良かったんだろうし、妹を励ますつもりで言ったんだろうけど、確かに無責任だ。


 古代語が読めない俺にはできることが限られている。

 俺だってシドルツさんがパパッと他の方法を探り当てて何とかしてくれるんじゃないかという期待を抱いてるから気持ちは分からないでもないけど、変に期待を寄せられても俺には応える事ができなさそうだ。

 シドルツさんも同じことを思っているのかもしれない。


「でもまぁ、俺も問題が解決しなければここから出られないのは一緒なんだし、自分なりには頑張ってみるつもりではあるよ。もしかして調査の為に嫌なこと聞いてしまうかもしれないけど、その時はごめん。悪意はないという事は分かってほしい」

「あいあい。了解しましたよ!」


 では早速尋問したいんだけどと言いたかったが、それはもうちょっと仲を深めて互いを理解してからでも遅くないと考えなおした。

 三人チームで動いている限り、犯人だって動くことはなかなかできないはずだ。

 そう急いで犯人を特定しなければいけない事はない。

 焦って変な事を聞いてしまって心象悪くして、気づいたら孤立していたとかなってしまうのだけは避けたいからな。

 この状況で孤立は絶対に避けなくてはならない。

 みんな立場は同じなんだし、それを理解して互いに協力していける関係を作っていくのが理想だ。

 それができたら犯人はどうしよもなくなって、そのうち自白してくれるかもしれないしな。


「そういえば料理のことなんだが、食材は足りているのか? 水もあるにはあったのだが、あれは飲めるものなのか……?」

「それなら大丈夫みたい。ね?シドルツさん?」


 グレハードさんが料理の事を話題に出すと、姉の方が、少し離れた所で一人本を読んでいたシドルツさんにそう呼びかけた。

 ちなみにリエルは気づいたらこの調理場をふらふらと歩いていた。


「あぁ。水も食料も問題はなさそうだ。古代魔法にプリザーブという物質を自然劣化から保護する魔法があるらしい。食料庫には水も食料もあったが、どうもその入れ物にはプリザーブの魔法で保護された容器のようだ。俺は先ほど水を飲んでみたが、今のところ体に影響はない。信用できなければ自分で用意してあるものを食べるという選択を取るといい」


 遠くにいるシドルツさんはそう返してくれたのだが物理的な距離と声量があっていなくて少々聞き取りづらかった。


「だって。多分食料庫にあるものは全部口にできるものっぽいから、せっかくだからしばらくの間は使わせてもらいましょ!」


 なるほどね。

 これで一応食料庫にあった新鮮そうな食材の謎は解けた。

 別に俺達が入る前にどっかの誰かが新鮮な食材をあそこに詰め込んだ訳ではなかったんだな。

 あれは古代の技術で鮮度が保たれていたというだけの話だったんだ。

 シドルツさんが嘘を言う理由もないし、水や食料の事についてはこれで何も問題はなくなるだろう。



 その後、俺達のシェルター内探索もここを最後に一段落できた事だし、少しの間このシドルツさんチームの三人と談笑した。

 リエルにも呼びかけたが完全無視で会話の輪に入ってこようとはせず、一人で適当に調理場にあるものを見て回っているようだった。

 また、「トイレ行きたくなったらいつでも言って」と言ったら睨まれた。


 シドルツさんはずっと本を読みふけっていていたので、基本的に俺とグレハードさんと姉妹の二人での談笑だったのだが、少し例のゴミ捨て場の事が気にかかっていたのでその辺の事をシドルツさんに聞いてみることにする。

 グレハードさんと姉妹の三人が会話を弾ませている所で、俺はシドルツさんの方へ少し近づいて話しかけてみた。


「シドルツさん、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

「地図にゴミ捨て場というのがあって行ってみたんですが、あれ、ゴミ捨て場なんですか? 井戸にも見えましたけれども……」

「プレートにゴミ捨て場と書かれていたからな」

「見ました見ました古代語で。何て書かれていたのかは分からなかったんですが、やっぱりゴミ捨て場と書いてあったんですね。他に何か書かれていました? ゴミ捨て場という表現だけにしては、少し文章が長いようにも感じたんですけれども……」

「何と書いてあったか……。ゴミ捨て場。落ちないように注意、蓋は必ず締めること。そんな感じの事だった気がするな」

「う~ん……そうですか……・落ちないように注意……」


「どうかしたか?」

「いえ、実はあの蓋、開けてみたんですよ。中は真っ暗だったんですけれども、もしかしたらあそこから脱出できるかもしれないな~とか思ったんですが……」

「同じ事を考えていたか。実は俺もそう思って中を覗いてみてはいる。たが、色々考えてはみたが、恐らくあそこから脱出するのは難しいだろうと思う。ラストフェンスに関する記述を読めばわかるが、微生物すらの侵入も全方位から守る、それは鉄壁な壁だと記述されている。外に出られる道があった所で、結局ラストフェンスに阻まれていると考えられるが……」


 結局、あそこの中へ落ちた所でいずれは入り口にあったような赤い壁に阻まれ、外に出ることは出来ないようになっているという事か。

 俺もそう思ったがシドルツさんもそう思ったわけなんだな。

 確かに『完全な防御壁』と称されているのに、そこだけ無防備でぽっかり開いているというのも変な話だ。


 そもそも、そのラストフェンスってどういう形状になっているんだろうか?

 このシェルター全体を囲うドームのような形状になっているとかか?

 なんか入り口を少し見た感じ、壁にもめりこんでいたような気がするが、仮に地下を掘っていったとしたら、どこかにフェンスが現れるのだろうか?

 全方位から守るなんて記述があるんじゃ、きっとそうなんだろうな……。


 この魔法壁の形状も気になることだし、どうにかしてあのゴミ捨て場の下に落ちて本当にここから抜けられないという事を確認してみたいな……。

 結局『はい、出られませんでした』で終わりそうだけれども、この目で確認するまでは納得がいかない。


「あれ、実際どのくらいの深さになるんですかね。この目で一応不可能だと確かめてみたいんですけれども……」

「石を落として深さを測ってみたが、石が落ちた音はしなかった。少なく見積もっても10メートルや20メートルなんていう深さではないだろう」


 シドルツさんも既に俺と同じことをしていたんだな。それで俺と同じ感想を持ったと。


「何とか調べられないですかね……。長い命綱なんてものがあればもしくは……」

「可能性は低いと思うが、俺も考えているところだ。もし何か思いついたらぜひ俺にも知らせて欲しい」

「分かりました。シドルツさんも何か新しいことが判明したら連絡してくれると助かります」


 そう言うと、シドルツさんはいつものクールな表情で頷いた。

 そしてまたすぐ本に視線を戻す。


 この状況を打破する方法をシドルツさん一人に任せっきりにして凄く悪い気がしたので、本を読みふけるシドルツさんに少しだけその旨を伝えたんだが、他の方法を探すのはもちろん最優先で行っているが、他の事も知識として入ってきて楽しいと返してくれた。

 シドルツさんは元ハンターの現考古学者だそうで、本に書かれている事は全て『宝』と表現していた。なのでその辺りはあまり気にしないでいいと言ってくれた。


 シドルツさんは考古学者だったのか。

 こんな状況でも感情的にならずに、冷静に色々と調べている様子はまさにそれっぽいな。

 もしシドルツさんがこのシェルターに閉じ込められていなかったらと考えると、本当にどうなっていたんだろうか。

 とりあえず今は心強い味方がいて助かったと思った。



 シドルツさんや例の姉妹との会話も終えて、シドルツさんチームは食料庫に行こうという流れになった所で、俺達もとりあえず自分たちの部屋に戻ろうかという事になった。


 調理場からリビングを経て自分たちの部屋に戻ろうとすると、今度はリビングに結構な人数が集まっていた。

 ジェイとクルフの姿が確認できる。後、グレハードさんの隣に居たガタイのいい女戦士の……名前はスレバラさんと言ったかな? その人と、カップルの男女と覆面した黒装束の盗賊野郎もリビングの中にいる。

 6人いるので2チームがここに存在しているという事になる。


 盗賊野郎以外の5人は地べたに円を作るように座って談笑しており、盗賊野郎はリエルの如く、壁を背に一人でつまらなさそうに突っ立っていた。

 せっかくなので自己紹介も兼ねて、俺達のチームも会話に参加してみないかとグレハードさんとリエルに提案すると、グレハードさんは快諾、リエルは何も言わずについてきてくれた。


「お、ロクちゃんじゃ~ん!」

「グレハードか!丁度いい、座れ」

「ども」


 クルフやスレバラさん達に迎え入れられ、俺たち三人チームは談笑の輪の中に入れてもらう。

 リエルは嫌そうな感じだったが、まぁまぁという感じで俺が背中をぽんぽん叩くと、輪から少し後ろに外れるような位置ではあったものの、腰を降ろしてくれた。


「みんなで互いに自己紹介とか犯人は誰か談義で盛り上がってた所だったのよ! 丁度いいからロクちゃん達も自己紹介してくれよ!」

「こいつがさっき言ったグレハードだ。こんななりと顔しているが、溺愛している可愛い娘がいる。娘と話している時のこいつの顔は傑作ものだぞ」

「や、やめんかスレバラ」


 俺達三人が輪の中に入って行くと、早速女戦士さんがグレハードさんを茶化し始めた。

 グレハードさんは既婚者だったんだな。

 結構年行ってそうな感じだし、子供がいると言われても何も不自然な事はない。

 グレハードさんも、こんな所さっさと出て早く娘の待つ家族のいる場所に帰りたい事だろう。


「ロクちゃん達も来たことだし、せっかくだからもう一回一人ずつ簡単に自己紹介していこうぜ!! じゃあまず俺から!」


 そう言って楽しそうに場を仕切っているのはクルフだ。

 この人は今の状況も全然苦にせず、むしろ楽しんでいるように見える。

 今まで結構な人と会話してきたけれども、おおよその人はこんな状況でもあまり悲観してはいなかった気がする。

 あの姉妹の妹さんの方……確かレイニーナと言ったかな。

 彼女は結構深刻そうな顔をしていたけれども、他のみんなは心の中できっとどうにかなるだろうと思っているんじゃないかなって感じだ。


 実際に俺も閉じ込められたなんていう実感は今あまりなくて、今は集団で共同生活を強いられている……という事しか実感がわかない。

 俺も心のどこかでは、そのうち勝手に出られるだろうくらいに思っているんだと思う。


「俺はクルフローゼ=カーチャス27歳の独身彼女募集中! 出身はクエストランゼのクレンスウェードで、世界を回って旅してる途中にここに辿り着いた。誰でも気軽にクルフって呼んでくれていいぜ! みんなよろしく!」


 クルフは笑顔で楽しそうに自己紹介した後、時計回りに自己紹介を進めていくように提案し、続けて右隣に座っている女戦士に自己紹介を促した。


「私はスレバラだ。そこにいるグレハードと一緒にここに辿り着いた。肉と酒があればいつまでだってここで居ていい覚悟だ。よろしくな」


 女性の割にガタイもいいし、鎧は着ているものの筋肉もそうとう付いているのが分かる。

 座り方もなんか豪快だし言ってることもおっさんだ。

 一緒に居た話の腰折り太郎さんことソイチさんを軽くたしなめていた事もあったし、良い姉御って印象だ。

 スレバラさんが簡潔に自己紹介を終えると、自動的に右に回ってジェイの番になった。


「俺はジェイ=クロニトス。普段はドリアースにあるクエルトっつー街で小物屋とハンターを兼業でやってる。こんな状況になっちまったんだ。みんな仲良く協力してやっていきたいと思ってるから、ぜひよろしく」

「片思いの彼女にプレゼントする鉱石を集めにここに来ました」


 ジェイが自己紹介を終えた瞬間に、クルフがそんな茶々を入れる。ジェイは「うるせ!」と照れながら返しつつっも「それはついでだから」と周りのみんなに必死で説明していた。


 ここにいるほとんどの人間は金目の物を探しにここに来たんだろうけれども、片思いの彼女にプレゼントする為にこんな危険な所に潜り込んでいるというのは色んな意味で凄い。

 ぜひともここを脱出してプレゼントを彼女に届けてやって欲しい。

 まぁ、本人も言ってる通りついでなんだろうけれども。


 もう少し突っ込ん聞いてみたい所だったが、慌てたジェイが「次はお前さんだ」と俺に促してきたので、俺も自己紹介を始める。


「俺はロク=セイウェル。今はヒンデ北のファルファスっつー街を拠点に傭兵稼業を営んで生活している。傭兵稼業も安定していたんだが、最近この遺跡に奥が見つかったっつー話を聞いたから好奇心に任せてここに来た。俺もジェイと同じく、みんなで仲良くやっていきたいと思ってる」

「ヒンデ!! 随分遠い所から来たんだな!」


 自己紹介を終えると、早速クルフからツッコミが入った。

 確かに聞いてみるとみんなクエストランゼ出身が多い中、ヒンデ出身というのは異色かもしれない。


 クエストランゼというのは大陸の名前で、標準の世界地図で言えば西に位置する誰でも知っている場所だ。

 このユークリンド遺跡は、そのクエストランゼの東にちょこっと据える小さな島。

 世界地図で言えば中央に近い南西辺りか。


 対して俺の出身であるヒンデは世界地図でいう東に位置する巨大な大陸で、ファルファスはヒンデの北東辺り。

 丁度ここから世界の反対側くらいになるだろうか。

 ここにいる人達にはあまり馴染みのない国かもしれない。


 俺としてはもっと世界各地様々な所から集まってきているのかと思ったので、みんな隣の大陸のクエストランゼ出身だという事実に逆に驚いた。


「来るまでにも苦労したし、来てからも苦労したよ……。そういえば、グレハードさんもスレバラさんもクエストランゼ出身なんですか?」

「そうだ。私達……ソイチも含めて三人はジェスティアの同胞。ジェスティア城の遊撃隊から出ている」

「遊撃隊! っつー事はあれすか?王宮騎士様……」

「そうなるな」


 そのスレバラさんの返答で周りの人間はどよめいた。

 当たり前だ。

 王宮騎士なんていうのは、国を治める第一機関である王宮直属の、それはそれはお偉い戦士。

 クエストランゼの事情は知らないが、少なくともヒンデでの王宮騎士というのは通れば誰でも頭を下げる程の身分だ。

 俺と同業の傭兵の中には実力もないのに偉そうだから嫌いという奴もいるが、基本的に強くて偉くて敬われて然るべき位置にいる。

 そんなお方がこの場にいた事に、周りの人間は動揺しているように見える。

 俺だって今まで結構気安く「グレハードさん」とか言ってたので、かなり動揺してしまった。


「まじかよ!? グレ様もスレっち……スレ様も王宮騎士様でいらっしゃいましたでございまするか……!?」


 クルフは同様しすぎて変な言葉遣いになっていた。

 グレハードさんの事は予め様付けで呼んでいて助かったな。


「おい、スレバラそれは……」

「もうこんな状態だ。変に隠す事もないだろう。だが、変な気を使う必要はない。隠し事などせずに、互いに信頼し合って協力する為にこの事を話したまでだ。私の事は普通にスレバラと呼べばいいし、変な気を使って公平さを欠くような事はするな」

「そうではない。分からぬか?」

「もちろん分かっているが、それもこの状況で心配するような事ではないだろう。そこにいる二人はハンク、彼はヒンデ出身。ジェイにはもう伝えてあるしな。そこのお嬢さんは知らぬが、例えドリアース王宮の関係者であったとしても協力関係を築くべき状況だとは思うが」

「しかし……」


 スレバラさんとグレハードさんは何だか揉めているようだが、なんとなく状況は理解できる。

 ドリアースとジェスティアは隣国同士で、確か今戦争に入ろうかという程険悪な状態にあるという話だ。

 もしここにドリアースの人間がいたら、ジェスティアの騎士であるグレハードさんとスレバラさんは、犯人でなくても殺してやりたい敵という事になる。

 だからグレハードさんが懸念するくらい、そのカミングアウトは危険な事だというのは理解できる。

 ジェイは実際にドリアースの出身だと言っていたが、民間人なのであまりピンとこないのだろう。

 これがもしもドリアース王宮の関係者だとしたら、また話は違ったと思う。

 今は殺人が起きても不思議ではない状態だ。

 もしこの中にドリアース王宮の人間がいれば、この状況下に紛れて二人を狙うかもしれない。


 でも、一方でスレバラさんの言うことも最もだ。

 あまり隠し事はしたくないとか、正々堂々とやりたいとか、そういう事の表れなんだと思う。

 変に隠し事してボロが出てしまったら、無駄に犯人だと疑われてしまうというリスクもあるのだから。


「国のお偉いさん同士の話なんで、俺には全然ピンと来ないんで大丈夫す。むしろ、王宮関係者がいるという事で頼りにさせてもらいますよ。外から助けがきたりして!」


 と、ジェイはやはり気にしていない様子だった。

 まぁ、俺だってヒンデ王宮が攻撃されてる!! なんて言われても、傭兵募集してるか確認しに行くくらいで、仕事でなければ別に相手を殺してやろうとか思わないしな。

 ヒンデなんてあくまで拠点としている場所であって、自分の住んでいる家が攻撃されているとかでなければ割りとどうでもいい話だ。ジェイも同じ感覚なんだろう。


 というか、それよりも何か変な違和感を覚えたぞ?

 グレハードさん達王宮関係者はそもそもなんでこんな所に来ているんだ?


 王宮騎士が少数でこんな所に来ることなんて聞いたことがないし、俺の中ではあり得ない。

 王宮関係者主導で開拓ないし発掘したいとかであれば、関係者とその他は傭兵とかで構成されるチームで来るだろう。

 王宮関係者三人のみでここに来ているというのが何とも不自然だ。

 国の第一権力である王宮の人間が直接来るというのは、ここには相当な『何か』があるって事なんじゃ……。

 何も知らないフリして、ちょっと探りを入れてみようか。


「でも、王宮の人が直接探索ってのも珍しいですね。ヒンデだとこういう探索や作業は専ら俺たち傭兵に任されるんですよ。ヒンデ王宮の人たちもグレハードさん達を少しは見習って欲しいっすね。ははは」


 と、あんまりうまくないとぼけ方になってしまったが、これに対するリアクションは一応見ておこう。


「そんな事はない。国が一度も足を踏み入れた事がない場所には、国の人間が直接行って把握しておいた方が良い。我ら遊撃隊はそういう時の為の機関だからな。これを傭兵に任せてしまったら俺達の仕事がなくなってしまう」


 グレハードさんはごく自然にそう答えた。

 一応筋は通っているような気はする。

 俺の考え過ぎか?

 それにしても危険な場所と分かっている所に、フリーの傭兵でもない王宮の人間が三人だけというのはどうなんだろうか。

 組織で動いているんだからもっと人数多くていい気はするけど、途中で仲間がやられてしまったとかなのかな?

 この件の犯人とは無関係だとは思うが、少し気になるんで今度機会があればもう少し突っ込んでみよう。


 俺以外の人は別に疑問にも思ってなかったようだし、この話はここで流れて次へと行く。

 次は俺達の輪から少し外れるように後ろに座っているリエル。

 スレバラさんが「次はそこのお嬢さんだ」と促しても、リエルは下を向いて会話に加わってこない。

 仕方ないので俺は少し後ろへとずれて、無理やりリエルを輪に加えて話に加わるように促した。


「……リエル。リエル=クルーシー」


 リエルはしばらく無言の後、誰とも顔を合わせずにたったそれだけをぼそぼそと喋った。

 いくら待っても次の言葉が出てこないので、仕方なく俺がフォローしてやる。


「ちょ、ちょっとシャイな子なんだ。悪いやつではないと思うから、よろしくしてやって下さい。じゃ、じゃあ次グレハードさん」


 無理やりリエルの番を終わらせて、次のグレハードさんにパスを回した。

 なんつーか、本当にこの子はただシャイなだけで悪い人ではない気はするんだよな。

 この会話の輪から外れて一人壁を背にして突っ立っている黒ずくめの盗賊やってそうな男とは、同じ人嫌いな様子でも質が違うと思う。

 彼は能動的に人を嫌っているような邪悪さを感じがするが、リエルは何というか、ただ人付き合いの仕方が分からない未熟さがあるだけという印象を受けた。

 リエルは返答はなくとも話せば聞いてくれるし、悪いことしたと思ったら謝ってくれる。

 でも、あの盗賊野郎さんは悪いことした時に謝ってくれるような雰囲気ではない。

 まぁ、あの盗賊野郎さんも実はいい人かもしれないし、俺の勝手な想像なんだけどな。


 リエルの可愛らしい一面を知ってしまったので、他の人には変な誤解をして欲しくないという思いから、勝手にフォローしてしまったんだと思う。


「俺はグレハード。さっきスレバラからも紹介があったが、ジェスティアの遊撃隊に属している。だが、スレバラも言ったようにここはみんな公平であるべきだ。何も遠慮はいらん。少しの間互いに協力していこうではないか」


 王宮騎士なんていったら、いつも難しい顔して俺達傭兵に対して偉そうに指図してくるというイメージを持ってているのだが、グレハードさんの表情は柔らかく、傲慢な王宮関係者という感じは全くしてこない。

 王宮騎士と言ってもピンキリだ。

 傲慢なのもいれば凄く優しい人いる。

 グレハードさんとスレバラさんは後者なんだろう。

 あのソイチっつー人は何だか怪しいが。


 グレハードさんも無難に自己紹介を終えると、次は隣にいるカップルの男の人の番に回る。


「次は俺か。さっきも紹介したんだが、俺の名はルトヴェンドだ。ルトヴェンド=サーヴァス。ハンクのサラステールという街から出ている。俺もそこの彼……名前はロク君と言ったかな? と同じで、ここへは噂を聞いて好奇心で来たようなものだ。そろそろ帰ろうかという所でこんな事になり、ため息しか出ない。みんなも同じ気持だろうと思う。だが、この難所をくぐり抜けてきた力の持ち主が17人も揃っているんだ。みんなで協力すればきっとすぐに出られるはず。月並みな言葉だが、早くここから出られるように協力しあっていこう」


 そう爽やかに言ってのけるルトヴェンドさん。

 年は30前後くらいと俺より年上な感じで、癖がなく第一印象としては良さそうな人だ。

 この人の側に剣が立てかけられてあるので、恐らくは俺と同じ剣の使い手なんだろう。


「それでみんなにちょっと聞きたいんだが、今はみんなでここに落ち着いて犯人と一緒に過ごしていこうという雰囲気になっているんだが、本当にそれでいいんだろうか……? 犯人は今もなお俺たちを一人残らず殺していこうと考えているはずだ。できるだけ早く犯人を探し当てないといけないんじゃないか?犠牲者が出てしまってからでは遅いと思うんだが……」


 続けてルトヴェンドさんは、至極真っ当な事を述べる。


「でもさ、今の時点で犯人なんか分からないじゃない。ルトっちは何か手がかりとかあるのか?」


 それに対してクルフが突っ込みを入れる。

 そういえばクルフはここでみんなで過ごしていってゆっくり犯人を探そうと言い出した人で、ルトヴェンドさんはそれよりも早く犯人を探し当てて行きたいというような事を言っていた人だったな。

 結局場の雰囲気が勝って、クルフの言うとおりにここで過ごしてゆっくり犯人の手がかりを探し出す方向に進んではいるけれども。


「俺は全員があの部屋に入ったかどうか報告しあって詰めていくような感じでいいんじゃないかと思っている。もちろん一人で来ている人間もいるだろうから、証人のいない人も出てくるだろう。でも、俺とウェリアのように互いにそこに入っていない事を保証できる人間がいれば、その人達は犯人候補から消えるという形で、犯人を徐々に絞っていけるんじゃないだろうか?」

「それもそうだよな……」


 と、ジェイが呟いている。

 確かに、その方法でそれとなく犯人は絞れていけるのかもしれない。

 でも、結論から言えば俺は反対だ。

 二人で互いに嘘を言う事にメリットはあまりないが、例の部屋に入ってないという報告があるから白確定というのは安易な気がする。

 大雑把な人間の報告であれば『基本的にずっと一緒に行動をしていたが、時折離れ離れになって単独行動もしていた』という状態も『ずっと一緒に居たので、その部屋には入ってない』という事で白になり兼ねない。

 万が一そういう状況で犯人を白判定してしまった場合に、犯人を特定するのが非常に難しくなってしまう。

 消去法で犯人を絞るにしても、確たる証拠があった方がいい気はするんだが、俺も単独行動をずっとしてきた人間だ。

 客観的に見て、より犯人臭い立場の俺が反対するのはどうもよろしくない気がする。


 そもそも、犯人は自分が犯人である事は絶対にバレてはいけない立場なんだ。

 倉庫に入ったかと聞かれれば、証人がいない限りNOと答えるだろうし、簡単にバレないようにずっと警戒しているはず。

 そういう絞り方で犯人が見えてくるとはあまり思えない。


「一つ質問なんだけどさ、仮にウェリちゃんが事前に魔核結晶だっけ? それを触っていたとして、それが消えちゃったーっていう報告をルトっちが受けていたら、ルトっちはどうする?」


 そうクルフがルトヴェンドさんに聞く。

 ウェリちゃんというのは隣に座っている綺麗な女性の事だろうか。

 それを受けたルトヴェンドさんは一瞬間を置いてから、隣にいる同行者の女性……ウェリアさんと言ってたが、その人の顔を見た。

 ウェリアさんはどこか不安げな様子でルトヴェンドさんの顔を見つめている。

 ルトヴェンドさんはルトヴェンドさんで、しばらくウェリアさんの顔を見て固まってしまった。

 考えこんでいるんだろう。


 同じような質問が、さっきグレハードさんや例の姉妹の前で投げられた気がするな。

 確かグレハードさんは答えに困って、姉妹の姉の方は自供するかも~と言っていた。

 ルトヴェンドさんはしばらくウェリアさんを見つめた後、首を左右に振ってこう答える。


「最後まで守るだろうな……。君の言いたいことは分かった。犯人が二人組のうちの一人だった場合、二人がグルになって嘘をつく可能性もあるという事だな?」

「そこまでは言ってないけど、例の部屋に入ったとか入らなかったとか報告しあってもあんま意味がないと思うんだよ。監視してる人がいたとかなら別だけど、いくらでも嘘がつけるんだから報告だけじゃあんまり参考にならないんじゃないかなって。むしろ嘘つかれたら、それを覆せる証拠がないと余計混乱しちゃうでしょ。だからと言って他の方法で犯人を絞る事も現段階では難しい。そう思ってゆっくりやって行こうって流れになったと思うんだ。な? ロクちゃん」

「お、おう……」


 なんだこの人。

 何も考えてなさそうな変な奴とか勝手に失礼な事を思ってたけど、結構ちゃんと考えてたんだな。

 人は見かけによらずというか何というか、ふざけて変なテンションでいたのも、あれも計算だったのかな?

 段々そう思えてきたので、クルフの評価が一気に俺の中で逆転した。

 今まで何だこいつとか思っててごめんなさい。


「しばらくここの中で暮らして、事態を静観するしかない……か。どうすれば犯人のしっぽを掴める事になるのか……」

「じゃあ、犯人が殺しを始めるまで待とうぜ!!」


 ルトヴェンドさんが気を落として呟いた事に対して、恐ろしげな事を変なテンションでクルフが言い放った。

 もちろん、その一言で場が凍ったのは言うまでもないが、ジェイがそれをフォローする形で言葉を繋いでくれる。


「いやいやいや。犯人だってこれじゃあ動けないっしょ。ここにいるみんな、一応ここまで辿り着いた実力者なんだぜ? 仮に一対一に持ち込めて戦って勝ったとしても、犯人も無傷じゃ済まないっしょ。一人死んだとして、全員集まった所で一人だけ傷を負ってたとかだったらそいつが犯人だって言ってるようなもんだ」

「回復魔法が使えたらどうだ? 傷は塞がって取り繕う事はできるぞ」


 そのジェイの答えにルトヴェンドさんが反論する。

 でも、それに更に反論する形で俺が言葉を発した。


「いや、回復魔法が使えても服や鎧の損傷は治せませんよ。ばれずに殺しを完遂させるには、服に傷を付けられない、返り血を浴びない、回復魔法が使えるの条件を揃えないと無理っす。現実的なのは寝込みを襲うくらいしかないとは思うっすけど、それも三人で寝ている限りは難しいかと……」


 寝ている間に同室の二人を殺してしまったら残った一人が犯人確定だし、もう一人に一切バレずに一人を殺すなんていうのもかなり難しい。

 犯人からしてみればいずれは全員殺さなくちゃいけないんだから、リスクを犯して一人だけ殺すなんて無意味な気もするし。

 この状況で人を殺すなんてのは魔核結晶を台座から外した犯人以外あり得ないので、殺人が起きれば足はつきやすくなり、犯人特定に近づく。

 故にクルフの言った『犯人が殺人を犯すまで待つ』というのは恐ろしい事ではあるが、現実的な打開手段としてなくはないと思う。

 もちろん、そうさせない為にもそれまでの間に何とか犯人の手がかりを見つけだすのが理想的だ。

 幸いこの状況なら犯人も簡単に動く事はできないだろうしな。


「俺は慎重に慎重を重ねて、決定的な証拠を出すまで安易な犯人予測とかはしない方が良いと思ってます。一番まずいのが仲間割れで、犯人でない者同士が殺し合いになんてなったりしたらそれこそ犯人の思う壺です。水と食料を考えてもそう焦る必要はないと思うので、ゆっくり協力しあって手がかりを見つけていこうとする今のやり方に、俺は賛成します」


 と、主にルトヴェンドさんに向かって言っておいた。

 無意味にここでまったりするよりも、一刻も早くここから出たいという気持ちも分かる。

 でもこうなってしまったんだから仕方ない。

 ある程度覚悟を決めて、腰を据えて事態の進行を待つしか俺たちにはないんだ。


 まぁ、俺としては別に急いで帰らなくちゃいけない理由も特にないし、シドルツさんをはじめとして、他の人の他国の話とかも色々聞いていくのもとりあえずの所は楽しそうだから、しばらくはこれでいいと思っている節はあるんだけどね。


「それしかないか……。分かった。でも、俺達の共通の目的はここから出るという事を忘れないで欲しい。犯人探しの為なら俺も協力は惜しまない。互いに情報は交換しあって、協力していこうじゃないか」


 ルトヴェンドさんも理解をしてくれたようで、そう言ってくれた。

 そんなやりとりがしばらくあった後、自己紹介は隣のルトヴェンドさんの相方の女性に移った。


「私はウェリアと言います。ハンクの小さな村のヘルネールという所から来ています。ここへはルト様に誘われてやってきました。普段は医療に従事していて、戦いは出来ませんが病気や傷に関しての知識なら多少有ります。みなさまも、何か体に不安がありましたら遠慮なく私にお申し付け下さいね」


 ウェリアさんは丁寧な口調でそう自己紹介を終えた。

 最後は綺麗な笑顔で俺達にそう伝えてくる。

 ルトヴェンドさんもカッコイイし、ウェリアさんも美しい。

 本当に美男美女でお似合いのカップルといった感じだ。


 この状況下で医療関係の人間がいるのは心強い。

 というか、ルトヴェンドさんは戦えない人を守りながらここまで来たという事になるんだよな。

 それってかなり凄い事だぞ。

 俺は単身ここまで来たけれども、とてもじゃないけれども戦えない人を守りながら進むのなんて無理だ。

 魔物が強く数も多かったので半分は逃げてここまできた。

 足が遅くて逃げ切れない人を守れるような状況は多くなかった。

 ルトヴェンドさんはそれを乗り切ってここまで来たという事になるんだよな。

 ルト様とかウェリアさんに言われていたし、もしかしてルトヴェンドさんも王宮騎士様かなんかなんじゃ……。


「あの……ルトヴェンドさんってもしかしてグレハードさん達と同じくして、偉い方なんですか……? 今、ウェリアさんがルト様って……」

「あ、いや、そういう訳ではない。この子が勝手にそう呼んでいるだけだ。あまり親しい感じがしないのでやめてくれとは言ったが、もう呼ばれ慣れてしまった」

「ルト様はハンクでも名の通った優秀な剣士様です。本来なら私なんかがおこがましくこうして同行させてもらえるような人ではないのですけれども……」

「そんな事を言うな。ウェリアの回復魔法にどれだけ助けられた事か。俺は隣にいるのがウェリアで本当に良かったと心から思っている!」

「ルト様……」

「…………」

「…………」


 ルト様はウェリアさんの肩をガッチリ寄せてそう強く説いた。

 あぁはい、そうですか。隣にいるのがウェリアさんで本当に良かったですね。


「もう俺が犯人でいいから、この二人その辺に埋めてきていいかな?」


 そんな二人の様子に同じチームのクルフも腹を立てたのか、俺とジェイの方を向いてそう言ってきた。

 ずっとこの二人と同室でこれを見せつけられるっつーのは精神的に辛いわな。

 俺だったら遠慮して部屋の隅で一日体育座りとかしてしまいそうだ。


 そんな所で自己紹介はひと通り終わり、後はたわいもない話で盛り上がった。

 ほとんど初対面であったというにも関わらず、互いに打ち解けるのも早かったし、この場に居たみんながみんな、いい意味で普通の人達だ。

 普段自分の拠点の酒場で仲間と盛り上がっている感じと同じで、楽しく時間を過ごすことが出来た。

 これなら互いに協力して犯人を追い詰めていく事もできそうな雰囲気だなと感じることができて良かった。


 話も一段落ついた所で、そろそろ俺たちも部屋に戻って掃除をしようという事になり、その場でみんなと別れ、グレハードさんとリエルと共に自分たちの埃まみれの部屋へと戻る事にする。

 帰りがけに部屋の隅に居た盗賊野郎さんにも軽く挨拶をしたが、鋭い目で睨まれたような言葉のない返事しか貰えなかった。

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