30.最悪の戦い
―― 7日目 1回目食事後 ――
このシェルターの入り口であるドアが開き、ここにいる全員はそこから出てくる人間を固唾を呑んで見守った。
俺がルトヴェンドさんの名前を挙げると、クルフがドアを思い切り開け、ドアを開けた犯人の姿を確認しようとする。
「ル……ルトさん……何で……?」
それに続いてみんな犯人の姿を確認し始めた。
俺もこの目で確認したが、そこには間違いなくルトヴェンドさんの姿があった。
ルトヴェンドさんは驚きを隠せない様子で、どうしたらいいか分からない表情を見せてくる。
コスターさんは力のありそうなサバトさんとクルフにルトヴェンドさんが逃げないようしっかり捕まえることを指示し、俺達は一旦全員で荷物を持ってリビングへと戻っていった。
その間、ルトヴェンドさんは何を喋るということもなく、ただ俺達の言われるがままになってリビングへと連れて行かれていた。
リビングに戻ると、全員が落ち着いてそれぞれ適当な椅子に座る。
リエルはこの事件の終わりをしっかりと見届けてくれるよう、俺の傍に寝かせてあげた。
ルトヴェンドさんはサバトさんやクルフに抑えられ、抵抗する様子もなくガクガクとうろたえながら下を向いていた。
「ルトヴェンドさん、自供してくれますか? 自分がトルネやリエルを殺した犯人だと」
「……違う……。俺はそんなことはしていない……」
この状態ではもう逃げ場がないのだが、ルトヴェンドさんは絞りだすようにそう言ってきた。
一度死んだと思われていたルトヴェンドさんがこうして生きていること自体が不自然な状況だ。
もう、みんながルトヴェンドさんを犯人だと思うのに事実はそれだけで十分だと思ったが、ルトヴェンドさんは簡単にはそれを受け入れてこなかった。
「おい、どういうことか説明してくれよ……俺には何がなんだか……」
ジェイがそう言って俺に説明を求めてくる。
まぁ、俺もこの発想に辿り着くまでは自分でも信じられないとは思っていたのだから無理は無いだろう。
俺は一呼吸置いて、みんなに説明を始めた。
「ルトヴェンドさんはご覧のとおり生きている。リエルを殺した人物こそ、ここにいるルトヴェンドさんなんだ。リエルが殺された状況があまりにあり得ない状況だった。それが俺にとって大きなヒントになった。みんなには俺が……『ロクが殺したんだ』という状況の補完ができたかもしれないが、俺にはそれが出来ない。俺からすれば、みんなのアリバイがあるとすればリエルが殺されたこの状況は、この中以外の人間が殺したとしか説明がつかない。リエルが命を犠牲にして俺にヒントをくれたんだ。リエルが……」
また涙がこみ上げてきた。
見ててくれリエル、お前の信じた俺の姿を。
この俺がしっかりとここでお前に事の真実を見せてやる!
湧き上がる涙を拭い、説明を続ける。
「その俺達以外の誰かということを考えている間に、もう一つ変な違和感について考えていた。オルロゼオの言葉だ。ルトヴェンドさんが空き部屋で倒れていた時、オルロゼオはこう説明したな? 『ルトヴェンドさんが犯人だ。話したいことがあるから空き部屋へこい。とシドルツから手紙があった』と。それを受けてオルロゼオはシドルツさんが犯人だと思い込み、シドルツさんを責めていた。最初は興奮のあまり錯乱しているのかと思ったが、それも少し落ち着いてきた後、再びオルロゼオと話す機会があったのだが、オルロゼオはまた同じことを言っていた。シドルツさんは何で何の処罰も受けていないのか? というような会話だった。この時俺は変な違和感を感じたんだ。そのオルロゼオの話を聞いた時、最初から『シドルツさんに指紋を検証する力がない』ということを知っていた俺やリエル、コスターさんやシドルツさんは一発でその手紙がデタラメだと気付き、ルトヴェンドさんを殺した真犯人が適当に書いたものだと思ったはずだ」
俺がそう言うと、シドルツさんもコスターさんも頷いてくれた。
「でも、それを知らなかった人達はシドルツさんが手紙から指紋を検出できるという前提があるので、手紙の内容を鵜呑みにしてしまうかもしれない。もしかしてコスターさんがネタばらしをするまで、ジェイやクルフ、サバトさんやコーラスさんはそのオルロゼオの話を聞いてシドルツさんが犯人なのかと思ったかもしれないな。でも、その受け取った手紙の内容は『ルトヴェンドさんが犯人だ』と断定している。ルトヴェンドさんが犯人でないのなら、本人はでたらめだと一瞬で気づけるはずなんだ。ルトヴェンドさんと一緒に行動していたオルロゼオだってでたらめだと気づけるはずだ。それなのに何故オルロゼオはデタラメだと思わずに、その内容をそのまま信じきってシドルツさんが犯人だと言い始めたのか。それはデタラメではなく、本当にルトヴェンドさんが俺に手紙を出した犯人だと知っていたからなんだろ?」
俺はそう二人に問いただすも、オルロゼオはちらちらとルトヴェンドさんの方を向いているだけで、ルトヴェンドさんの方は俯き加減で力なく『違う』と否定することしかできていなかった。
俺は構わず話を続けていく。
「俺が手紙を受け取った後、二人は俺に話があるとかで俺の部屋に来ていたな? リエルの話では、俺が出て行った数秒後くらいに入れ違いになるように二人が入ってきたと言っていた。そして俺がトルネの遺体を発見して戻ってくるまで、リエルと一緒に部屋に居たな。二人が犯人だと気付き始めた後に、どうしてそんなことをしたのか考えてみたんだが、これも計算だったんだな? 俺が一人で現場へ行くのかを見張っていたんだ。俺とリエルの関係を見れば、リエルもトルネの遺体を俺と一緒に見ることになるかもしれない。リエルに一緒に行かれると、俺がトルネを殺した訳ではないと彼女には分かってしまう。それを防ごうとして、リエルを二人で見張ったんだ」
「……違う」
ルトヴェンドさんが小さくそう呟く。
「違う? じゃあ聞くが、二人は俺達の部屋に来るまで何処で何をしていた?」
「……彼と自分たちの部屋の中で話をしていた。それでこの事件に関するある考察を思いついたんだ!! それで君に相談しに行こうと思っただけだ!!」
「……その考察って何なんですか? 言ってみてくださいよ」
「今君に言っても無駄だ! 君は俺が犯人だと思っているのだろう!? そんな人に言える訳がない!!」
「でしょうね。元々、そんな考察なんてなかったんでしょう? だって、あのまま行けば自動的に俺はトルネを殺した犯人扱いだ。そうなれば今の言い分のように『トルネを殺した人間に言える訳ない』で通りますからね。でも、話はそこじゃない。みんな部屋の位置関係を思い出してくれ。リビングに近い北側からトルネが殺された南側の空き部屋までのそれぞれの部屋の並びは、トルネの部屋、俺の部屋、ルトヴェンドさんの部屋、シドルツさんの部屋、ジェイの部屋という順番で並んでいる。まず俺が部屋を出て南側の空き部屋へと進む。それから自分部屋で話していたと言っている二人は部屋を出て俺の部屋を目指して北へ進む。おかしくないか? 絶対に俺とルトヴェンドさん達は通路の途中で出会うはずなんだ。俺が出発した数秒後に彼らが俺達の部屋に来たのであればな。それでも出会わなかった。どういうことか考えればすぐに分かる。俺が一人で出るのをどこからか見張っていたのんだろ? 通路は狭い一本道と言えどもほぼ真っ暗だから、明かりを点けずにいればおおよそ隠れることができるからな。もしリエルと一緒に部屋を出ていたなら、何食わぬ顔して俺達と遭遇し、一人で向かわせるような方向に持っていくつもりだったんじゃないのか?」
そう聞いても二人は無言のまま。
みんなは俺の話をしっかりと聞いてくれているようだった。
俺は構わずに話を進めていく。
「俺に出した手紙も、部屋に行けば抹消できると考えたのかもしれないな。でも、実際は俺が手紙を持って行ってしまった。結果、シドルツさんが手紙から指紋を検証できるという話を聞いた二人は相当焦ったんだろうな。このままではシドルツさんに手紙を出した犯人がルトヴェンドさんだとバレてしまうと考えた。だからルトヴェンドさんは、あえてそれを逆手に取り、シドルツさんがルトヴェンドさんを犯人だと断定した手紙を作ったんだ。そして自分がシドルツさんに呼び出されて死んだという状況を作ることで、その手紙の指紋について有耶無耶にしようとしたんだ。死んだ人間が責任を問われることはないからな。フェンスが開いていなければ尚更のことだ。二人の想定では、このままシドルツさんがルトヴェンドさんの指紋がついていると判断し、俺達もその事実を知ることになったはずなんだ。そうすることでルトヴェンドさんを犯人だと断定しているその手紙は、シドルツさんが本当に自分で手紙を出したということに大きな説得力が出る。ルトヴェンドさんを犯人だと断定できるのは、シドルツさんしかいない訳なのだから。そうなるとシドルツさんがルトヴェンドさんを殺したことも明白となるのだが、ルトヴェンドさんが死んでもフェンスが開いていないことを確認すると、今度はシドルツさんに疑惑の目が行くことになるかもしれない。そうやって仲違いを狙いつつ、ルトヴェンドさんは以降、闇の中から隠れて俺達を一人ずつ殺していくつもりだったんだろう? 実際にそれでリエルはまんまと殺されてしまった。そうやってみんなを徐々に殺していくのがあんた達の想定していたことだったんだろ!?」
俺の話を聞くに連れて、みんなの顔色が徐々に変化し始めてきている。
サバトさん、クルフ、他のみんなも明らかにルトヴェンドさんとオルロゼオの事を犯人だという目で見始めていた。
俺はこのまま一気に押し切ろうと話を続けた。
「見事に騙されたよ。ルトヴェンドさんが死んだ演技をする場所として空き部屋を選んだのは、トルネの血がまだあの部屋に残っていたことが理由だな? あの部屋なら、ちょっと細工するだけで誰が寝転がっても死んだように見えるもんな!? オルロゼオ、俺達がルトヴェンドさんを確認した時に、しきりに「近づくな」とお前が叫んでいたのも計算されていたんだな。最初俺はお前が取り乱していただけで何の不自然さも感じなかったが、あの場面でルトヴェンドさんを調べられたら困るもんな? これはどっちのアイデアだ? ルトヴェンドさんの演技指導でも入ったのか? オルロゼオが途中で運んできた袋も、てっきり中にルトヴェンドさんが入っているものだと思って騙された。 あの中には本当は何が入っていたんだ? 随分と重そうにしていたな? 大きな石でも入っていたのか?」
俺の説明を聞いて、状況が悪くなったと感じたのか、オルロゼオはこそこそとルトヴェンドさんの傍にすり寄ろうとしていたが、途中でガッとジェイに掴まれていた。
「じゃあ、ルトさんとこいつが共犯してトルネもリエルちゃんも殺したっていうことなのか?」
ジェイはまだぼんやりと考えをまとめている最中だったのか、不安そうに俺にそう聞いてきた。
「間違いないだろう。ルトヴェンドさんは知らないかもしれないけど、シドルツさんは手紙から指紋を検出するなんていうことはできないんだよ。あれは俺達がコーラスさんとサバトさんを罠にかけようとして作ったでっちあげの話だったんだ。それを信じておかしな手紙の証言をしたことが仇となったな。あの状況でオルロゼオがシドルツさんを犯人だと思い込めるの明らかに不自然。何か反論があればいくらでも聞きますけど、有りますか?」
そう言って二人を睨むが、二人は暫く沈黙を続けた。
暫く待っていると、ルトヴェンドさんは何か言葉を見つけたかのような感じで言葉を発し、それを否定してきた。
「……違う!! 俺に彼女を殺す動機なんてない!! これは他の誰かが俺を貶めようとして仕組んだ罠だ!! ロク君! 君が本当は犯人なんじゃないのか!? 強引なこじつけでも、そうやって言うことによって自分は罪を逃れようとしているんじゃないのか!?」
「動機……なくはないと思いますよ? ちゃんと見つけました。最初はトルネの強姦だと思っていましたが、リエルは強姦された跡がない。あの状況では、悠長に強姦している時間もなかったでしょうからね。トルネ、リエルを殺した理由は、ちょっと前に錯乱していた俺が言葉に出して言いましたよ。恥ずかしい話ですけれども」
「ちょっと前……? 何を言ってるんだ君は?」
「俺は、唯一俺を信じ続けてくれたリエルを殺されて、絶望しました。誰が犯人なのか分から見当もつかずにいて更に絶望し、でもこのまま犯人を野放しにしてしまうなんてことは絶対に出来ないと思いましたよ。いくら考えても分からない、自分の頭の悪さが嫌になりましたよ。でも、そんな難しい事考えなくても簡単に復讐できる方法があるんですよね。何だと思います? ルトヴェンドさんの口から言ってくださいよ」
「ふざけるな!! 俺はそんなことなんて全く考えてない!! それは君一人で考えた思い込みなんじゃないのか!? どうだみんな!! 今、こいつは危険なことを考えているぞ!! こいつが犯人に違いない!!」
「そんなことって何ですか? 危険なことって何ですか? 答えてみろよこの野郎!!!」
そこで俺は思い切り机を蹴り飛ばして、ルトヴェンドを威嚇した。
「お前は俺達全員を殺そうと考えていたんだろ!? ウェリアさんを殺した犯人がこの中にいるが、それが分からない。だったら全員を殺せば自分もここから出られるし、ウェリアさんの敵討も取れる。難しいけど単純な手段だ! お前は自分の脳が足りないことを、最悪最低な形で補おうとしたんだろ!? オルロゼオ、貴様もそれに加担したな!? こいつに「全員を殺せばここから二人で出られる」とでもそそのかされたんじゃねぇのか!? 力もねぇ癖にいっちょ前に人の命を奪いやがって!! その上トルネを強姦か!? ニーナも強姦か!? 最初はトルネじゃなくてニーナを呼びだそうとしてたみたいだな!? どっちの発案だ!? ニーナなら大人しく殺せるとでも考えたのか!? ふざけんじゃねぇぞ!! 俺はてめぇら二人を絶対に許さねぇぞ!!!」
「人を侮辱するのも大概にしろ!! 全部君の想像じゃないか!! 何か証拠でもあって言ってるのか!? 勘違いでしたでは済まされないぞ!!」
と、ルトヴェンドさの方が叫び声を上げて俺に対抗してきた。
この期に及んでまだそんな事を言い始めるのかと思って反撃にでようとしたが、それよりも先にルトヴェンドの隣についていたサバトさんが動いた。
「じゃあ何でてめぇはここにいる?」
「…………」
サバトさんはルトヴェンドの首を締めるように掴み上げ、顔を近づけてそう言い放った。
サバトさんらしく短い言葉ながらも、単純明快な意見だった。
しばらくルトヴェンドさんが無言でいると、不意に俺達の目の前に大きな爆発が起こった。
俺はリエルを庇うように地面に伏せ、それを何とかやり過ごす。
「はっはっはっは! もう無理か。ならば仕方ない! こうなったら実力でやり合うしかないな!」
「サバトさん!!!」
次の瞬間俺が見たのは、ルトヴェンドの剣に体を貫かれているサバトさんだった。
この爆発の混乱に乗じて、ルトヴェンドは直ぐ様近くにあった剣を手に取り、誰よりも早く戦闘態勢に入っていた。
思わず俺はリエルを第一に安全な場所へと避難させ、みんなに次いでその辺に転がっていた剣を手にとった。
オルロゼオも剣を手に取り、ルトヴェンドの側に付いている。
この場は一気にルトヴェンド&オルロゼオVS他のみんなと言った感じの戦場になってしまった。
刺されたサバトさんは剣を抜かれ、床でぐったりとしている。
そこにコーラスさんが駆け寄り、絶叫しながら回復魔法を唱え続けていた。
その他のみんなは各自武器を手に取り、二人の出方を伺う。
「ロク君、さすがだよ。おおよそ君の言った通りだ。さすがとしか言いようがないな。俺としては早く君をこの場から離脱させたかったんだよ。彼女達よりも、真っ先にね。でも、君がレイトルネの死体を確認しに行き、彼女と一緒の部屋に入った時に閃いてしまったんだよ。もし君の前で彼女が死ねば……ってね。俺と同じ苦しみを味わうことになるんだろうなと考えた。この場所に絶望して、君が全員を殺してくれるんじゃないかなとすら思ったよ。残念ながらそういう展開にはならなかったけれども、君が生きている時に彼女を殺すことはできた。どうだい? 今の気持ちは? 動かない彼女を見て何か感想を言ってくれよ」
ルトヴェンドは吹っ切れたのか、さっきの様子とがらっと変わり、不敵な笑みを浮かべながら俺にそう言ってくる。
最低最悪なことを言い始めたルトヴェンドだが、俺はその言葉に理解できるところがあった。
この人も……いや、この人は俺以上に最愛の人を自分の目の前で殺されてしまったんだ。
さぞかし無念だっただろう。
さぞかし絶望したことだろう。
自分も死んでやろうと思ったかもしれない。
でも、何とかしてウェリアさんの無念を晴らしたいと、自分なりに考えたんだろうな。
俺もそういう方向に考えがいったからよく理解できる。
今相手は悪魔の表情をしている。
でもそれはその最悪のユークリンド遺跡の地下シェルターって魔物に悪魔の仮面を無理やり被せられただけの、ルトヴェンドという俺と変わらない普通の人間なんだと俺は思った。
「……確かに、あんたの言うとおり、俺は絶望したよ。ウェリアさんが亡くなった時のあんたも、俺と同じような気持ちを味わったんだろうなと思ったよ。俺もみんなを殺してリエルの無念を晴らしてやろうと思ったよ! でも、そんなことをやって彼女は喜ぶのか!? あんたはこんなことしてウェリアさんが喜んでくれるとでも思っているのかよ!! 正気に返れルトヴェンドさん!! ウェリアさんは今のあんたなんて見たくもないと思っているはずだ!!」
「黙れ!! お前にウェリアの何が分かる!! お前も彼女を殺された身なら分かるだろう!! いいだろう、お前には俺を殺す権利がある。彼女を殺したのは間違いなくこの俺だ。だが、その前にウェリアを殺した人間は今すぐここに出てこい。そいつを俺がこの手で殺せれば満足だ。後はお前が俺を殺す番だ」
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
俺が反論しようとするよりも先に、ジェイが口を挟んできた。
「ルトさんよ! あんた、人の命を何だと思ってやがるんだ!? 愛するものが殺されたから、自分は人を殺してもいいとでも思ってんのか!? 頭おかしいんじゃねぇのかあんた!? 愛されている人がいない人間は殺されてもいいってのか!? トルネは殺されてもいいのか!? ニーナちゃんに何の罪があったんだ!? 上等だ!! 俺はトルネもニーナちゃんも愛していたぞ!! 二人共世界で一番愛していた!! それなら俺はお前を殺してもいいのか!? 何が殺す権利だ!! 何がそれで満足だ!! 俺達はあんたの満足の為に生きている訳じゃねぇんだよ!! みんな大切な命なんだよ!! 理由もなく葬られていい命なんかどこにもねぇんだよ!!」
「お前に何が分かる!! 愛するものを殺された人間の何が分かってそんな事を言っている!?」
相手がジェイにそう反論していたので、俺は言うまいと思っていたことも口に出そうと腹を決めて反撃した。
「俺はリエルが好きだった。何よりも誰よりも守ってやりたいと思っていた。俺はリエルを愛していたんだ!! 短い間だったが、あんたがウェリアさんを思う以上に愛していた!! そんなリエルが殺されて絶望した!! あんたと同じように錯乱した!! でも、そんな俺を……彼女の言葉が俺を正気に返らせてくれたんだ! 俺はもう迷わない!! 今はリエルが信じた俺を信じる!! 俺はみんなとここから脱出する為に考えるんだ! 戦うんだ!! 考えることを放棄して、最低な手段を選ぶのは弱者のやることだ! 俺は強い!! あんたを相手にしても絶対に勝ってみせる!! 降参しろルトヴェンドさん!!」
「……いいだろう。一対一で殺し合いをしよう。君も自分の手で彼女の敵を討ちたいだろう?」
「俺はあんたと殺し合いをするつもりはない。言ったはずだ。俺はみんなとここから脱出する為に考えるのだと。俺からの要求はあんたが殺した人達への謝罪と、これからはみんなで協力していくことへの宣誓だ」
「その要求は飲めないと言ったら……?」
「飲んでもらうまで訴え続けるさ」
俺がそこまで言うと、ルトヴェンドは不敵に笑った。
ジェイやクルフからは甘すぎると言われたが、今の俺の本心だ。
ルトヴェンドがトルネ、ニーナ、リエルに謝った所で許すつもりはないが、この状況ではそんな個人的な理由でいがみ合っていられるほど楽な状況じゃない。
みんなで協力しないと脱出できないのは俺も良く分かっていることだ。
「君は弱虫なんだな。俺に勝てる自信がないのだろ? 俺は強いなんて言って強がってはいたが……俺に勝てる奴などおらんのだ!!」
「ロク!!」
そう言ってルトヴェンドは凄い速さで向かってきて一気に間合いを詰めてきた。
俺はそれを持っていた剣で牽制し、相手の攻撃を弾く。
もはや話の通じる状態ではなかったようだ。
ルトヴェンドは俺に向かって次々と斬撃を繰り返してきた。
「くっ!!」
相手を殺さないと言ったのはまずかったか。
相手の攻撃は完全に殺気の篭った攻撃だ。
適当に威嚇したり牽制したりするような生ぬるい攻撃ではない。
完全に俺を殺しに来ている斬撃。
それに対向するのに、相手を殺してはいけないなんていう気持ちを持っていたら確実にこのまま殺されてしまう!
しかも机やら椅子やら荷物やら障害物が多く、めちゃくちゃ戦いにくい。
このままでは――
避けようと思った場所に机があり、俺はそれに躓いて転んでしまった。
「まずは一人目ぇ!!」
直ぐ様相手の攻撃が飛んでくる。
なんとか急所は外れるように苦し紛れに体を捻って回避しようとした。
が、相手の攻撃は割って入ったジェイの見事な剣捌きによって弾かれていた。
「小賢しい!!」
「ぐぁ!!」
「ジェイ!!」
とんでもないスピードだ。
マルチファイターというのは、本来こういう人のことを言うんだろう。
ルトヴェンドは攻撃を弾かれたと感じたら間髪入れずに逆の手で魔法を放ち、ジェイをふっ飛ばしていた。
続けざまにクルフ、シドルツさん、コスターさんもルトヴェンドを止めようと三人がかりで攻撃を行っていたのだが、その攻撃も全部交わされていた。
それどころか、ルトヴェンドの攻撃は的確にターゲットを捉えて次々とみんなは倒されていく。
気づけばオルロゼオとコーラスさんも戦闘に入ったいるようだ。
ルトヴェンドの方は更に追い打ちをかけるように、その場に倒れている人に向けてそれぞれに炎の魔法を投げつけてきた。
みんなはそれぞれそれを間一髪で交わしたり氷の魔法で何とか相殺。
俺も急いで氷の魔法を作って相殺したが、あまりに相手との間合いが短くて十分に相殺できるほどの氷の魔法を作ることが出来ず、威力に押し負けて炎のダメージをいくらかくらってしまった。
すぐさま回復魔法をかけて回復を図るが、俺の魔法力が完全でないことに気づいた。
リエルを回復させようとした時に全ての魔法力を使いきってしまい、それからまだ完全に魔法力が回復していないんだ。
相手はこれだけの威力の魔法を連発できる上に、剣のほうでも相当な実力を持っている。
また、背後に回られないように壁に背を向けるように位置取りをしているし、複数人を相手に戦うのにも慣れている様子だ。
いくらこっちに人数がいて有利といえど、簡単に抑えられるほど状況は有利と言える状態ではないような気がしてきた。
相手の魔法を相殺して体勢を立て直し、相手の出方を伺うように構えるのだが、相手は既に次の行動を起こしていた。
状況の判断が早過ぎる。
今の魔法の処理に一番もたついていたジェイが狙われていた。
ジェイは魔法を跳躍するように回避していたのが災いし、体勢を立て直すのに時間がかかっていた所を狙われていた。
「うがぁーーー!!」
ルトヴェンドはジェイとの間合いを一気に詰めて攻撃。ジェイの右肩辺りに剣を突き刺した。
その剣はジェイの右肩を貫通する。
だがその攻撃の隙を俺は見逃すことなく、相手の背後に回りこむように位置を取って勢い良く斬りかかったのだが……。
「ごっ……」
相手の蹴りが丁度俺の腹に命中して、俺は悶絶した。
この人、自分がどういう体勢を取ったら何処に隙が出来てどういう風に狙われるのか全部考えて行動している。
全く隙がない! この人、本当に強い!!
「!!」
俺が少しよろめいている隙にも、すぐに次の攻撃が待ち構えていた。
相手は振り返って俺に斬りかかってくる。
相手の追撃が速すぎて今の状態ではそれを交わすことも弾くこともできない!
何とか直撃は免れようと体を捻って攻撃を待ち構えた所、その攻撃をクルフが間に割って入って止めてくれた。
「ぐぐっ……。おいルトさんよ!! あんた俺達を本気で殺そうとしているな!?」
「無論だ。ここで俺は全員を殺し、ウェリアの仇を取ってここから脱出する」
「聞いたかみんな! こいつは俺達を殺しに来ている!! もう何も遠慮はいらねぇ! この場を抑えるのはこいつを殺すしかねぇ!! 殺さずになんて悠長なこと言ってると殺される! みんないいな!?」
クルフがそう言うと、みんなは頷いてそれに答えていた。
理想は深手を負わせて捉えることだとは思うのだが、それももう難しいか。
そんなことを目指して力加減なんてしていられるような状況ではないのは、クルフの言うとおりだ。
俺は覚悟を決めて剣を手に取り、体勢を立て直した。
クルフが相手とやり合っている隙を見て攻撃に移ろうとする。
「俺を殺すだと!? やれるものならやってみろ!!」
「ぐっ……」
クルフが力負けしている。
そんな中でも相手はうまい位置取りをしつつ、こっちを視線で牽制してくるので隙がない。
相手は剣と魔法、それに加えて蹴りや当て身などの体術も絶妙に織り交ぜて巧みな戦い方をしてる為、普通の相手なら行けると思えるような場面でもなかなか踏み込むことができない。
この角度なら攻められるという隙はあるのだが、それですら相手がわざと作ったブラフだと思えてしまう程だった。
コスターさんやシドルツさんも魔法を構えて隙を伺っている様子だが、そのまま撃ってしまえばクルフを巻き添えにしてしまう。
なんでこっちの方が圧倒的に有利なのに、一対一で戦わざるをえないような状況になって圧されている。
ばらばらに好き勝手戦わず、うまい具合にみんなと連携が取れればと思って周りを確認した。
シドルツさんとコスターさんは少し位置が遠い。ジェイが近くで回復魔法を使って自分の傷を癒していたので、ジェイに近づいて話しかけた。
「動けるか?」
「何とか……な」
「二人で挟み込む。俺が囮役をやって、うまく挟み込めるように誘導するから、ジェイは背後から隙を見て攻撃してくれ」
「いやいや逆っしょ。俺、相手に致命傷を与えられるような力残ってねぇから。利き腕がやられちまってる」
「囮役できるか?」
「やるしかねぇな。ほれ」
そう言ってジェイは俺に白い玉と黒い玉、そして物凄い小さいナイフをそれぞれ1つずつ渡してくる。
「白は煙幕、炎で着火して使ってくれ。黒は目潰し。相手の目狙って投げろ。ナイフは毒塗り。出来れば利き腕に刺せば麻痺って動けなくなる」
「……俺はうまく使えそうにないぞ?」
「いいから持っとけって。俺の帰り道用だ。帰りはお前に任せたぞ!!」
そう言ってジェイは剣を持って相手に向かっていく。
今相手はクルフとシドルツさんと交戦中だった。
ただ、クルフの方は血を流して大きなダメージを負っており、まともに動けている状態ではない。
ジェイはその場に乱入し、シドルツさんにクルフの回復の指示をする。
するとシドルツさんは手負いのクルフを抱えて一旦後ろへと下がる。
ジェイはそのまま相手を動かすように動きまわったが、囮ということが読まれているのか、相手はそんなジェイを深追いする事もなくその場で留まった。
「こいよポンコツハゲ野郎!! お前なんて俺一人で十分だ!!」
そんなガキみたいな挑発をしながら動き回るジェイを白けた目で見るルトヴェンド。
ルトヴェンドは明らかにそれが囮だと気づいている。
ジェイに目もくれず、俺やコスターさんの方に視線を送って牽制してくる。
全く隙がない上に、本当に冷静でいやがる。
戦場で生き残れる人っていうのは、こういう人なんだろうなと、こんな場面でも感心してしまう程だった。
それでもジェイが訳の分からない挑発を続けて相手を誘導しようとしていると、その隙にコスターさんが溜めていた魔法を相手に向かって連発する。
「くらえ!! アトミックファイアー!!!」
だせぇ。
でもいいぞ!! 炎が連続で飛んでいって、相手動きを封じている!
このうまい広範囲を抑えた連続攻撃で相手は相殺するしか手がなくなる!
今なら相手はそれで手一杯で他の攻撃に対処することもできないだろう!
俺はすかさず相手を攻撃できる位置に移動するんだが、その動きを相手に横目で見られていた。
でも、見られた所で今はどうすることもできまい!!
「…………」
が、炎の範囲が広くて俺もどうすることもできなかった。
近づくことさえままならない。
え、ここは俺の動きをコスターさんも確認して、こっちの方に炎を撃たなくするんじゃないの!?
当然そうなると思ってたんだが、普通に俺のいる方にもアトミックファイアーが飛んできているんですけれども!!
ちょっと状況を確認して下さいよ!!
と、思ってコスターさんを見たのだが、コスターさんは一生懸命魔法を連発していて俺なんか全く気にしていない様子だった。
しかも、相手の相殺が段々と攻撃に変わってきて、アトミックファイアーが相手の氷の魔法に押されはじめてくる。
このまま攻撃をやまてしまえばコスターさんが凍りづけになってしまうような感じになってきた。
余裕が出てきた相手は俺の方にもジェイの方にも時折氷の魔法を飛ばしてくる。
それを俺はうまく炎の魔法で相殺するのだが、自分の魔法力も残り僅かで危険域まで来ている。
ついにコスターさんは氷の魔法に圧されて凍りづけになってしまった。
でもそのすぐ後にコスターさんは炎の魔力を爆発させてその氷を一気に割る。
俺もああいう状態になったことがあるから分かるのだが、ああなったら相当な炎の魔力を使わないと脱出できない。
今のでコスターさんも相当な魔法力を使ってしまったのだと思う。
一方ジェイの方は足を氷でやられて動けない状態になっていた。
そこを直ぐ様相手が狙ってジェイに既に襲いかかっていた。
ジェイは氷をどうにかしようとあたふたしていたけれども、その対処に時間がかかってしまって相手の斬撃に対処できる状態ではないと思ったが……。
「かかったな!!くらえ!!」
ジェイは斬撃をもらう覚悟で握っていた黒い玉を相手の顔に向けて投げつけた。
黒い玉は相手の顔面に命中して破裂。そのまま黒い墨のようなもので相手の顔を汚した。
だが、相手は一瞬怯んだだけで直ぐ様振りかぶってジェイへの攻撃を行った。
そこを間一髪シドルツさんが剣でそれを受け止め、二人の剣が交わる形で相手の動きが止まった。
「今だ!!」
そう思った俺は咄嗟にジェイからもらった毒塗りのナイフを取り出して、それを相手の剣向けて投げつける。
ナイフ投げといえばリエルの専売特許だ。
この距離でのナイフ投げなんて俺は初めてやることだったのだが、投げる直前にリエルに力を貸してくれと叫び、夢中で投げつけた。
それが見事に相手の手首に突き刺さり、さらにコスターさんの氷の魔法も命中して相手の利き腕は凍りづけになった。
だが、相手も目が見えないながらも得意の蹴りでシドルツさんをふっ飛ばし、同時に利き手と逆の手の魔法で風の魔法を放ち、ジェイを切り刻んでいた。
俺も負けてはいない。
相手はジェイのお陰で目で俺を確認する事ができず、コスターさんのお陰で利き手側は隙だらけだ。
俺は剣を構えて相手の利き手側の方へと突進していった。
「うぉぉおおおーー!!!」
この状態なら相手は俺の突進にも対応が取れないはずだ!
間合いに入るとそのままの勢いで、相手の腹を貫通させるように剣を突き出した。
が。
「ぐっ……」
「サバトさん!!!!」
なんと、相手は動かない利き手から自由に動ける利き手にあの一瞬で剣を持ち替えて、咄嗟に俺の方に剣を突き出してきたのだ。
が、それを悟っていた手負いのサバトさんが俺の身代わりになるように前に出てきて、俺を相手の攻撃から庇ってくれた。
サバトさんが俺の視界に入ってきたので俺は咄嗟に攻撃の方向がずれてしまって攻撃は空振りに終わる。
相手の攻撃は見事にサバトさんの胸を貫通するような形で命中してしまった。
「ぐおっ……」
「サバトさん!!」
サバトさんは突き刺さった剣をしっかりと抑えて、引き抜かせまいとする。
「お前……は……俺の言ったことを……守った……な……。自分で……解決した……約束を……まも……た……ぐぉおお!!」
「サバトさん!!」
相手は力を込めてサバトさんに突き刺した剣をえぐる。
それでサバトさんの傷口は更に広がり、辺り一面にサバトさんの血が飛び散った。
それでもサバトさんは突き刺さった剣を抜かせまいと、両腕に力を込めている。
「あい……つを……コーラス……を……たの……」
「サバトさん!!!」
俺はすぐに回復魔法をかけようとするのだが、うまく回復魔法がかかってくれない。
そうしているうちに他の人間が隙だらけのルトヴェンドに攻撃を行い、見事に相手の手から剣を離すことに成功していた。
サバトさんはそれでも突き刺さった剣から手を離すこともなく、ゆっくりと目を閉じていく。
「サバトさん!! サバトさん!!!」
俺は残った魔法力を絞り出すように回復魔法を唱え、駆けつけたコーラスさんと一緒になってサバトさんの回復を図ったのだがそれ以降サバトさんが再び目を開けてくれることはなかった。
ルトヴェンドの方は見事に周りの人間に取り押さえられ、オルロゼオはぼろぼろになった雑巾のように床を這いずりまわっていた。
この狭い中での壮絶な戦いも何とか終わりを迎えたのだが、サバトさんは死に、ルトヴェンドもみんなの手で封じられた後にそのまま自分の首を跳ねるように風の魔法を放って自殺。
後味の非常に悪い結果となってしまった。