28.うごめく存在
―― 7日目 1回目食事前 ――
オルロゼオを除く生存者全員は、ニーナの死を確認すると一旦リビングに戻り、全員でフェンスの状況を確認しに向かった。
だが残念なことに、入り口を塞いでいるフェンスはそれでも消えることはなく、依然としてこのシェルターを覆っている状態から変わっていなかった。
これでルトヴェンドさんとニーナが犯人だったという線は完全に消え失せた。
残るメンバーは俺、リエル、シドルツさん、コスターさん、ジェイ、クルフ、コーラスさん、サバトさん、そしてオルロゼオの9人。
最初は17人もの人数がいたというのに、既に半分近くまで減ってしまった。
最初の頃シドルツさんと話をしていたことを思い出す。
このままいけばみんな犯人に殺されて全滅ということも十分に考えられる流れだ。
8人も人が死んだというのに、犯人はまだ断定できない。
コーラスさんとサバトさんのいずれかで確定かと思われたのだが、コーラスさんがルトヴェンドさんを殺すのは不可能だ。
ここに来てまた余計に混乱するような事実が増えてしまい、犯人探しは振り出しに戻ってしまった。
フェンスを確認してからリビングへ戻ると、クルフが急かすようにコスターさんに説明を求めはじめたので、それを受けてコスターさんは話を始める。
「状況は把握できました。何だか私のことを疑っている人もいるようですが、それは違います。私達は昨日彼……ロクさんを処刑場に入れた後シドルツさんの提案を受けて手紙についた指紋の検証を試みようと画策しました。そしてご存知の通り、みなさんの部屋を回ってその説明をしました。その時、ルトヴェンドさんもニーナさんも生きていたことを、私を含むシドルツさん、リエルさんと三人で確認しています。最後に処刑場にいる三人に説明した後、シドルツさんは書斎に向かい、私とリエルさんは自室に戻った……はずでした。ところが、私達はその足でそのままシドルツさんのいる書斎に向かっています。理由は簡単です。シドルツさんが古代魔法で手紙についた指紋を浮き上がらせることができるという話は嘘だったからです」
コスターさんは以前の調子に戻ったように、冷静に淡々と話をする。
ここでもうそれをバラしてしまうのか。
まぁ、こういう状況になってしまえば仕方ないかもしれないけれども……。
コスターさんの話を受けて周りの人間がざわつき始める。
「指紋を検証する古代魔法が存在するなんていうのはでたらめなんです。すみません。みなさんに嘘をついたことは謝ります。しかし、どうかシドルツさんを責めないで頂きたい。これはみんなで……いや、私が提案してシドルツさんに嘘をつかせたこと。責めるならどうぞ私を責めて下さい。しかし、問題はそこではない」
……この人、俺の案を「私が提案した」と言ったぞ。
でも、この場合シドルツさんだけでなく、俺を庇ってくれたということになるのか?
一応場を前に出て仕切っている人間として責任を取っているというつもりなのだろうか。
どちらにしても、このコスターさんの志は敬意に値する。
他の人に責任を任せて俺は知りませんという態度の人間が多かったから、より一層コスターさんのその責任感に頼りがいを感じた。
ざわつきが起こる中、コスターさんは続けてサバトさんとコーラスさんが犯人だと推定して、嘘をついて二人をおびき寄せる作戦を包み隠さずにみんなに説明する。
それもみんなで意見を出し合って、私も納得して賛成したことだと強調して話してくれていた。
結果、それは空振りに終わった事もしかっかりと付け加えてコスターさんは説明する。
途中でサバトさんが武器を持ってその場に離れたことを俺は話題に出し、サバトさんに何をしに行ったのか聞いたが、返ってきた答えはトイレだった。
シドルツさん達三人組はサバトさんの姿を見ていないというし、あの短い時間ならトイレに行っていたと納得できた。
一連の説明の途中、その間に俺はサバトさんにギロリと睨まれてしまった。
まぁ、仕方ないことだろう。
コーラスさんは昨日よりさらに暗い表情になっていて俯いているだけだった。
クルフやジェイなんかは、シドルツさんの効果に期待していただけ裏切られたという気持ちが強いのか、憤慨している様子ではあったが、コスターさんの丁寧な説明でそれもなんとか飲み込んでくれたようだった。
「その為、私やリエルさん、もちろんシドルツさんがルトヴェンドさんを殺しに行くなんていうのは不可能なんですよ。作戦を成功させる為にも、あそこは三人書斎から離れる訳にはいかなかった訳ですから。私達は交代で見張りをしながら寝ていました。三人がそれぞれを証明できるはずです」
「待った。見張りをしていたというのはどういう状況か説明してもらっていいですか?」
俺はそこで待ったをかけて、コスターさんに説明を求めた。
一人が部屋の外にでて、二人が寝ているなんていう状況だったら簡単にルトヴェンドさんを殺しに行ける隙が作れる。
シドルツさんとコスターさんを疑っている訳では全くないのだが、形式的にでもそこは正しておこうと思った。
「寝ている人間は一人でしたね。二人は部屋の外にでて、一緒にこちらに向かってくる人影がないか確認を行っていました」
「……なるほど。分かりました。有難うございます」
部屋の中は一人で、外に出て二人で見張りだとすればルトヴェンドさんを殺しに行くというのは不可能か。
リエルが見張りに混じっていればそんなことするはずないと信じられる。
いや、コスターさんとシドルツさんで見張りを行っていた場合に、二人が共犯で殺しに行ったという可能性も考えられるか……?
「これで私達には犯行が行えないことが証明できたと思います。問題はこれからです。処刑場にいたロクさん、コーラスさん、サバトさんに犯行は無理です。作戦通りならロクさんが二人を見張っていた訳ですから。オルロゼオさんの犯行と考えるのも難しいでしょうね。彼一人ではトルネさんを殺害することは難しいですから。そうしたら自動的に犯人は確定してしまいますね。クルフさん、ジェイさん、あなた達しかいないんですよ」
コスターさんはビシッと視線をクルフに移してそう言う。
まぁ、予想通りな展開ではあるんだけれども、あまり強引に二人を責めるようなことはして欲しくない。
俺も二人が犯人なんじゃないかと思いはするけれども、二人が犯人だとしても納得できないことは多い。
これはもっと深い事情があるような気がする。
ここは慎重に真相を解明していく方向にどうにか進んでくれないものか……。
「は!? ふざけんじゃねぇよ!! 俺もジェイもそんなことはやってない!!」
「勘弁して下さい。まじでやってないっすから」
と、もちろん二人からの反発があった。
そんなのもお構いなしにコスターさんは話を続ける。
「二人の目的は恐らく強姦でしょうね。トルネさんは強姦された痕跡がありました。トルネさんは強姦なんて言う低俗な理由で殺されたんですよ。これはフェンス発動者でなくても、その目的が二人で一致すれば犯行の動機として十分になるでしょう。ニーナさんは遺書も有り自殺と見なされていますが、またしても強姦された可能性を残しています。恐らく二人の仕業でしょうね。ルトヴェンドさんを殺したのはニーナさんの強姦を目撃された口封じですか?」
と、調子よくつらつら話すコスターさんにクルフが怒りを爆発させる。
そうなんだよな……。
このコスターさんって人、歯に衣を着せない言い方があったり、何か強引な思い込みがあったりで、結構敵を作るようなことするんだよ。
俺も正にその対象だったからよく分かる。
それにはさすがのクルフも大激怒って感じでコスターさんに飛びかかって胸ぐらを掴みあげていた。
頼みの綱のジェイも犯人扱いされて憤慨しており、クルフを止めようとはしていなかったので、ここは俺が仕方なく二人の間に割って入って止めてやった。
「ふざけんじゃねぇぞお前!! お前こそ犯人なんじゃねぇのかよ!? 人に罪をなすりつけやがって!!」
「ははっ。ついに本性が現れましたか。もうこれは犯人決定ですね。みなさん、捕まえましょう!」
「クルフ落ち着け。コスターさんも落ち着いて。想像だけで犯人扱いしたらそりゃ誰だって怒りますって! 一度冷静になって話し合いしましょう。ね?」
今までは俺が止められる当事者だったのだが、今はこうして止める側に入っているのが何だか新鮮だ。
ふざけている場合じゃないんだけれども、この俺は二人と違って落ち着いているんだという変な優越感がそこにはあった。
荒ぶる二人を何とか制して、一旦元の位置に落ち着いて二人を座らせる。
「クルフとジェイが犯人だとしたら、ルトヴェンドさんを殺す動機がない。口封じとコスターさんは言ってたけれども、ルトヴェンドさんは手紙を受け取って空き部屋におびき寄せられたはずなんだ。強姦の現場を見られた故の口封じであるならば、その場で殺すのが一番自然なやり方であって、口封じの為に手紙を使って呼び出して殺すなんてのは状況が不自然すぎる」
「じゃああなたは誰が犯人だって言うんですか!? 私ですか!? 私を疑ってます??」
「分かりません。とにかく、確たる証拠が出るまでは決めつけは良くないです。さっきも言った通り、こんな状況じゃ誰が犯人でもおかしくない。落ち着いてじっくり考えましょう」
そう言って二人を一旦は落ち着かせるも、暫くするとまた二人で罵り合いが始まってしまう。
コスターさんはさっき言っていた通り、俺を含む処刑場三人組と作戦実行の三人組を除けばクルフとジェイしか犯人はいないという論調で、クルフの方はコスターさんとリエルが書斎に向かう前、シドルツさんと合流する前に殺したんだという論調だった。
それにはシドルツさんも「時間的にオルロゼオの証言と咬み合わない」と反論していたが、クルフは「だったら見張りの最中に殺した」と応戦していた。
俺としては嘘作戦の決行組の立場なので、コスターさんの言ってることの方が正しいとは思うのだが、もしクルフが犯人でないとするならば、今クルフが考えるような結論が出て当然と言えるような内容だった。
俺も俺で落ち着いて考えてみるのだが、本当に何が何だか分からない。
これはフェンス発動者の犯行と見ていいのだろうか?
そうでないと、ルトヴェンドさんを殺す理由がないんだよな。
となると、グレハードさん、ウェリアさん、スレバラさん、トルネ、ルトヴェンドさんを殺した人間が全て同一ということになる。
その中でも一番分からないのがトルネ殺害だ。
俺とニーナ以外の全員に確固たるアリバイがある状況の中で、どうやってトルネを殺したんだろうか。
犯人がクルフだとして、ジェイがそれに加担するようなことが万が一あったと仮定すればどうか。
グレハードさん、トルネ、ルトヴェンドさんは殺せても、ウェリアさんとスレバラさん殺しの方法が分からない。
あの時この二人はルトヴェンドさんも交えて雑談をしており、それはしっかりとルトヴェンドさんもアリバイとして保証していた。
二人がウェリアさんとスレバラさんを殺すのは不可能だ。
まぁ、それ以前に犯人でもないジェイがクルフの殺しに加担するとは思えないんだけれども。
犯人に加担した所で、自分が有利になるかと言っても殺される順番が後回しになるだけで、逆に不利にしかならない訳だからな。
それとも、ルトヴェンドさんがフェンス発動者の犯人というでっち上げ話を持ちかけられて、一緒に殺そうという流れにでもなったとかか……?
いや、そんなことはあり得ない。
今フェンスが解除されていなかったのはみんなで確認したが、ジェイも「当然だよな」みたいな空気を出していたんだ。
オルロゼオが実はとんでもない実力者で、ルトヴェンドさんを服従させていたというのはどうだろうか?
それでまんまとルトヴェンドさんと共謀してトルネを強姦したが、ルトヴェンドさんに「こんなのはやはり良くない」と裏切られそうになったから殺したとか……。
あいつはグレハードさん殺しの時はどうだったんだっけか……?
影が薄いので印象にないな。
確か……そうだ。
エドリックに寝ていたとアリバイを保証されていたんだったな。
その時リエルは確か起きていたとエドリックが言っていたような気がする。
念のため確かめてみようと思い、リエルにその時のことを思い出してもらったのだが、やはりグレハードさんの件の時オルロゼオは寝ていたという事で間違いないようだ。
オルロゼオが犯人というのもやはり無理か……?
誰が犯人でも辻褄の合わないことばかりだ。
もっととんでもない所に真実は隠されているかもしれない。
みんなで意見を巡らせ、あーでもないこーでもないを繰り返しているうちにリビングの西口に大きな袋を重そうに抱えたオルロゼオがやってきた。
以前何度か見たことがあるような大きな袋。
その袋は所々血糊が着いているので、中にルトヴェンドさんの遺体が入っているのは間違いないだろう。
その袋の上に乗っかるように、ルトヴェンドさんの遺品と思われる道具が置かれていた。
俺もお世話になったルトヴェンドさんのお別れを一緒にしようと、オルロゼオの方に近づくが、あいつは相変わらずの剣幕でそれを止めてきた。
「お、お前にルトヴェンドさんにお別れをする資格なんてない!」
「そんなこと言うな。俺だってルトヴェンドさんには色々とお世話になったんだ……」
ルトヴェンドさんとウェリアさんは、俺がリエルと一緒に処刑場に入った時にした会話が印象に残っている。
二人共、どうにかして犯人を追い詰めようと赤の他人である俺を頼って相談しに来てくれたんだ。
死んだみんな誰だってそうかもしれないけれども、ルトヴェンドさんだって誰かを……ウェリアさんを何とか助けたいと思ってみんなと協力してきた仲間なんだ。
でも、俺は結局そのルトヴェンドさんを助けることも出来なかった。
自分の無力さが本当に悔しくてたまらない。
「お前がルトヴェンドさんに何をしたっていうんだ!? 結局みすみす殺しただけじゃないか!! 無能なくせに、ルトヴェンドさんに気安く出来ると思ってんじゃねぇ!!」
「…………」
そう言ってオルロゼオは一人ですたすたとリビングを抜け、ゴミ捨て場の方へと向かっていく。
周りのみんなを見るが、今はそれどころじゃないといった感じでルトヴェンドさんのことはこの場で見送るような仕草を見せていた。
俺は追いかけようとしたのだが、ジェイに引き止められるような感じでリビングに留まってしまった。
「……あいつの好きにさせてやれ。きっとルトさんはあいつの新しい依存先だったんだろうよ。不幸なことだがあいつに依存する人間が次々と亡くなっていくのは、あいつにとって不幸なことだ。そっとしておいてやれ」
「…………」
ジェイが言った言葉が俺の同情を誘った。
オルロゼオという存在が疫病神か何なのか、彼が頼りにしていた人間は確かに次々と亡くなっていっている。
グレハードさん、ソイチさん、スレバラさん、エドリック、そしてルトヴェンドさん。
みんな亡くなってしまった。
オルロゼオの様子を見る限り、この短い間でもルトヴェンドさんとはかなり仲を深めていたのだろう。
エドリックの時もかなり短い時間だったもんな。
頼る存在を見つけて、それから仲良く慣れることに関しては天才的なのかもしれない。
ただ、あいつと仲良くなってしまうと死ぬ……か。
最早あいつが殺しているんじゃないかと思えるくらいなんだが、少なくともエドリックに関してはリエルが殺しているんだよな。
もしかしたら、リエルならあいつがどういう過程を経てエドリックと仲良くなっていったのか知っているかもしれないと思ったので、その辺りを隣にいるリエルに聞いてみた。
「……知らない。興味ない」
「ですよね~……」
だ、そうだ。
「こう、あいつが下手に出て取り入ろうとしていたとか、エドリックの方が積極的に話しかけていたとか、そういうのも分からないのか?」
「……あまり、あいつのことの話はしたくない。でも、あいつの方から話しているのは見た」
「おっと、ごめんな……」
そうだったな。
リエルはエドリックに強姦されかけたんだ。
強姦強姦って、ここにいる人間は変態しかいないのか全く。
リエルの話はあまり参考にはならなかったが、あいつも俺達の知らない所では結構普通に喋れたりしているのだろうか。
俺達の前ではあんなに訳の分からない感じだけれども、実は二人になると結構普通に喋れるとか。
なんかどっかで聞いたような性格だななんて思いながらリエルを見てしまった。
さて、これでオルロゼオはまた頼る人を失ってしまった訳だが、次は誰に依存してくるのだろうか。
奴をこのまま一人にする訳にもいかないから、誰かしらと一緒に行動させた方がいいと思うんだが、受け入れ先なんてのはあるのか?
俺とリエル、ジェイとクルフ、コスターさんとシドルツさん、コーラスさんとサバトさん。
どの組もうまい具合に互いを信用している者同士だ。
この状況で信用ならない奴と一緒に行動するもの抵抗ありそうなものだ。
仕方ないから俺の組で受け入れてやるか……?
俺もあいつのことをよく知らないし、丁度いいかもしれないんだが、リエルがどう言うか。
「なぁ、あのオルロゼオってもう一人になっちまったんだよな? この先一人で行動させる訳にもいかないと思うんだが、俺とリエルと一緒に行動させてやるって言ったらどうだ?」
「絶対嫌」
だ、そうだ。
もう、ほとんどが信頼できる二人組で行動している訳だし、その辺気にしている奴もいなさそうなんだけれどもあいつ自身はどう出るのだろうか。
まぁ、とりあえずはこのまま静観して成り行きに任せておくかな。
あいつも犯人じゃないのなら、一緒に犯人と戦う味方なんだ。
一人放置してみすみす殺されてしまうというのも良くないだろう。
そんなことを思っていると、さっきまで喧嘩していたコスターさんとクルフを含むその場に居る全員がリビングの西側出口付近にいる俺達の方へと集団で歩いてきた。
「私達も、トルネさんとニーナさんの処理をしましょう。放置していたら可哀想ですから」
コスターさんがそう言って俺達も一緒に行くように促してくる。
とりあえずの所話し合いは置いておき、俺達は一旦リビングを離れてトルネとニーナの部屋に向かった。
二人の遺体がある部屋につくと、シドルツさんとコスターさんが軽く二人を調べた後、二人はルトヴェンドさんと同じように大きな布で包まれた。
この二人とこんな形で永遠の別れをすることになるとは思ってもいなかったので、本当にショックだ。
二人との会話を思い出してくると本当に泣けてくる。
彼女達が最後、袋に包まれて顔が見えなくなる直前に俺は「ごめん」と小さく謝った。
そしてみんなで二人の遺体を持ち、例のゴミ捨て場へと向かっていく途中に、何度も何度も口に出して謝った。
二人が無残な形でゴミ捨て場に放り込まれても、俺は彼女達に謝ることしかできなかった。
みんなは終始暗い表情をして無言。
ジェイもクルフも本当に悔しそうな表情をしていた。
この中にいるであろう犯人は、今心の中で笑っているのだろうか。
その犯人をどうやったら見分けることが出来るのだろうか。
俺はこの謎の迷宮から抜け出すことなんて出来ないんじゃないかという不安を、この件をきっかけに増幅させていった。
セヴァンズ姉妹とお別れを済ませた後、一行はリビングへと戻った。
遺体を抱えている時にリビングは一度通っているのだが、その時には既にオルロゼオが戻ってきており、リビングの隅で一人暗い顔して座っていた。
一応俺がオルロゼオにトルネとニーナのお別れだと言って帯同を促したのだが、彼は完全に無視してきたのであいつは抜きでセヴァンズ姉妹とお別れをしてきた所だったのだが、お別れを済ませて戻ってきても、オルロゼオは行くときと同じ位置同じ格好同じ表情で座っていた。
これから何が起こるという訳でもなく、みんなはオルロゼオのいるリビングで腰を下ろす。
多分、トルネ、ニーナ、ルトヴェンドさんとのお別れで更に精神的に疲れてきているのであろう。
さっきはコスターさんとクルフもかなり激しく言い合いをしていたのだが、今となっては二人共暗そうな顔して無言で椅子に座っている。
俺もみんなと同じように、ルトヴェンドさんとセヴァンズ姉妹との別れを通して疲労は更に溜まってきた。
昨日はコーラスさんとサバトさんの監視で録に休めなかったということもあるのだろうか。
でも、今ここで考えをやめてしまったらダメだ。
せっかく今はこうしてみんなこの場にいるんだ。
犯人を追い詰めるために何か生産的な話し合いが出来ればいいと思い、無言で色々と考えを巡らせていた。
少し状況を整理してみよう。
まずはトルネ殺害の件についてだ。犯人は俺の名前を騙ってトルネの部屋に手紙を投げ入れ、トルネをまんまと空き部屋へ呼び出して殺害。
俺の部屋に手紙を投げ入れたのは時間的に恐らくその後のことだろう。
そして俺も手紙で空き部屋へと呼び出され、トルネ殺しの罪を着せられた。
その間俺とニーナを除く全員が二人組で行動していることを、それぞれが証言している。
つまり、犯人が俺かニーナでない以上犯行は共犯だということになる。
その後、俺とリエルとシドルツさんとコスターさんは、サバトさんとコーラスさんに狙いを絞って罠をかけた。
睡眠時間とされている時間を経たが、二人に怪しい行動は見られず、結局罠にはかからなかった。
サバトさんは途中で処刑場の前を離れたが、本人はトイレだと言っており、時間的にみてもトイレだと見て間違いないだろう。
シドルツさん達もサバトさんを見なかったと言っている。
一方シドルツさんとコスターさんとリエルは、交代で2人見張りをしつつ1人は睡眠を取り、罠にかかるのをずっと待ち構えていた。
ジェイとクルフは部屋から一歩も外へ出ていないと互いに証言していたな。
オルロゼオは途中で犯人から手紙を受け取り、ルトヴェンドさんだけが空き部屋へと言った。
結果、ルトヴェンドさんは殺され、ニーナもそのまま部屋の中で自殺してしまった。
ニーナは強姦の線もあるとは言うものの、毒物を飲まされたというのは考えにくい為、自殺であることは濃厚だというのがシドルツさんとコスターさんの見解だった。
強姦されたとしても、順番的には自殺後であろうとシドルツさんは言っていた。
俺はニーナの遺体を詳しく調べることができなかったので、その二人の見解を信じるしかない。
それを真に受ければニーナの死因に第三者が絡んでいることはないのだが、ルトヴェンドさん殺しは明らかに第三者が絡んでいる。
シドルツさん達が手紙から指紋を検出させる魔法があると嘘の説明をしに部屋に行った時は、ルトヴェンドさんは生きていたと言っていた。
その後から俺達が発見するまでの間に、手紙を部屋に投げ入れてルトヴェンドさんを呼び出し、空き部屋でルトヴェンドさんを殺害した犯人がこの中のどこかにいるはずなんだ。
犯人は誰だ!?
俺の中ではジェイとクルフの共犯というのが一番現実的で可能性もあると思っているのだが、動機がない。
でも、トルネ殺しとルトヴェンドさん殺しの両方を実行できるのはジェイとクルフしかいないと思うんだよな。
いや、それを言うならコスターさんとシドルツさんのコンビも可能といえば可能か?
いずれの組が犯人であるにせよ納得の行く筋道が立てられない。
そこが分かるまではこちらからは何も手出しをすることができない。
確たる証拠がないにしても、何か切り口がないか考え込んでいると、突然オルロゼオが立ち上がり、ゆっくりと俺達の方に近づいてきた。
そのままオルロゼオは俺とリエルの傍で立ち止まり、そこに座る。
「お、お前達は何をしているんだ……?」
「何をって……? さぁな。俺は事件について考えてる。みんなは色々あって疲れちまったんだろ」
オルロゼオは周りにはあまり聞こえない程度の声の大きさで俺に突然そんなことを言ってきた。
オルロゼオから話しかけられることなんてのはこれが初めてだと思う。
何か要件があるのか、それとも今度は俺達を頼りにきたのか、彼の目的は何なんだろうなと思いながら言葉を交わす。
「ルトヴェンドさん殺しの犯人はどうした? シドルツじゃなかったのか?」
「は?」
こいつ、まだあの犯人からの手紙を鵜呑みにしてやがるのか。
そうか、そう言えばまだこいつには手紙から指紋を取れる魔法が嘘作戦だとネタばらししていなかったんだったな。
まだシドルツさんがずっと単独で書斎にいると思い込んでいるんだろう。
だから俺はあのシドルツさんの話が嘘だったと懇切丁寧に説明してやり、シドルツさんにはアリバイがあるから犯人ではないと伝えてやった。
それには彼もかなり驚いたようで、話が違うと散々文句を言われてしまった。
「変に期待を持たせるようなことをして悪かった。そして、何の成果も上げることができなくて、二重にすみませんだ。でも説明した通り、サバトさんとコーラスさんを犯人と睨んでやったことだったんだ。俺達全員の利益を目的としたちゃんとした理由がある。そこについては理解して欲しい所なんだが……」
「ふざけるな!! じゃ、じゃあ、どうすればいいんだよ!?」
「それについては俺の発案なんだ。俺を責めるなら好きなだけ責めてくれ。でも、それも成果を上げられずに万策尽きたどころか、状況が更に悪化したからみんなこうして困っている。オルロゼオさんも、手紙を受け取った時の状況とか、ルトヴェンドさんが空き部屋へ行った時の状況。そう、手紙の詳細な内容なんかも詳しく思い出して協力してくれると有り難いんだが……」
「それはさっき言った。シドルツからの手紙で、犯人がルトヴェンドさんと分かり、話がしたいから空き部屋へ一人で来いという手紙だ。俺も一緒に行こうと言ったんだけれども、ルトヴェンドさんは危険だから来るなって……」
「…………」
オルロゼオは俯き加減でそう答える。
改めて聞くと、何か引っかかるような気がするんだが……。
何に引っかかっているんだろう。
状況は別に不自然という訳ではないんだが、何か変な気持ち悪さを感じる。
その正体は一体何なんだろうなぁと考えていると、リエルに服をくいっと引っ張られた。
「どうした?」
「……トイレ」
少しもじもじしながら視線を俺から逸らして、リエルは小さくそう言う。
今の俺とオルロゼオの会話も他の人の会話とは違い、本当につまんなそうに違う所見ていたから、この場を崩しかかったのかもしれない。
さっきもオルロゼオを俺達が迎え入れようと提案したら「絶対」を付けて即拒否したくらいだからな。
リエルとオルロゼオの間に何があったのかは知らないが、リエルはあまりオルロゼオのことをよく思っていないのかもしれない。
仕方ないのでオルロゼオに詫びを入れて一旦会話を切り上げ、念の為にジェイにも「トイレ行ってくる」と告げてリビングを後にした。
リエルが女性側のトイレに入って行き、俺もついでにと思って男性側のトイレで用を済ませる。
二人で一緒に行動している以上、こういう具合に相方がトイレに行った時に自分も用を済ませておかないと、今度自分が用を足したくなった時に相方を道連れにしてしまうことになるので、一緒に済ませておくのが効率がいい。
用を済ませてトイレの前に戻るも、リエルの姿はまだなかったのでリエルが戻ってくるまでそこで待つことにする。
犯人は本当に一体誰なんだろうか?
クルフとジェイしか考えられないのだが、彼ら……いや、ジェイがトルネ殺しとルトヴェンドさん殺しに加担する理由なんてあるのか?
あったとしても、クルフからその提案を受けたらジェイならまず間違いなく他の人に相談してくれるだろう。
ジェイがクルフに弱みを握られているという線は考えられるだろうか?
二人の関係を見る限りではそうには見えないんだけれどもな……。
そもそも、弱みを握られたとしても味方である人間を殺すというのは自分の生存率を低くするだけの自殺行為なんだ。
俺がリエルに「ルトヴェンドさんを殺そう」と提案を受けても、それは絶対に受け入れない自信がある。
少し情が移ってしまったと認めざるをえないリエルだとしても、犯人はリエルですとみんなの前に突き出すだろうな。
そもそも、共犯なんてこと自体がおかしい気がしてきたんだが、トルネ殺しの時の全員のアリバイは本当に完璧だったのだろうか?
もう、考えれば考えるだけ深目にはまっていく気がしてならない。
「…………」
それにしてもリエルが遅い。
もう結構な時間が経つのだが、戻ってくる気配がない。
このトイレは中は大っぴらに他の人の用便を確認できるような内装しているくせに、外は割りとしっかり男女分けられているので、少し中に入ってみないとリエルの様子が伺えない。
もちろん音も聞こえてこない。
リエルがなかなか戻ってこないのでちょっと様子を伺いに行こうと思ったのだが、それだと初日の事件をまた繰り返すことになってしまう。
それから結構な時間を待ってみてもリエルは戻ってこない。
お腹でも下しているのだろうか。
少し大き目の声でリエルの名前を呼んで、返事がないと覗いてしまうぞと言っても返事は返ってこなかった。
これはおかしい。
何だか嫌な予感がしてきた。
もう覗くとか覗かないとか言ってる場合じゃない。
さすがに様子を見に行った方がいいだろうと思って、リエルに声を掛けながらゆっくりと女性側の方へと入っていく。
それでも一向に返事が返ってくることはなく、ついに中に入ってしまった。
中は真っ暗で明かりを点けないと様子が伺えなかったので、失礼しま~すと断りを入れ、明かりを点けた。
しかし次の瞬間、俺の視界に入ったものが信じられるような光景ではなく、俺はその場で固まってしまった。
「……う……そ……だ……ろ……?」
目の前には前のめりになって血を流している倒れているリエルの姿があった。
俺は慌ててリエルの元へ駆け寄り、その小さな体を抱き上げる。
リエルはズボンを半分脱いでいる状態で、胸にナイフが刺さっていた。
そこから未だにとめどなく血が流れ続けている。
俺はそのナイフを震える手でゆっくりと抜き、灯していた炎の魔法を切って回復魔法をかけ続けた。
「リエル!! しっかりしろリエル!!」
いくらリエルの名前を呼びつづけても、リエルからの返事はない。
体を揺らしても頬を叩いても全くの反応がなかった。
リエルは体中の力を抜き、だらんとした状態で俺のされるがままになっている。
「リエル!! リエルーーー!!!!」
死んだ者に回復魔法は効かない。
俺が回復魔法をかけ続けても一向に止まらない血を見ても、俺は回復魔法を止めなかった。
ありったけの魔力をつぎ込み、その流れる血を止めようとする。
認めたくなかったんだ。絶対に。
そんなことはあってはならないんだ。
リエルが殺されたなんてことが。