24.誘い
―― 6日目 2回目食事後 ――
料理には毒が入っていたので、あの場所で一緒に飯を食わなかった人はまだ今日2回目の飯は食っていない。
俺とリエルとジェイは、そんな人達の為に料理を運んでいた。
西通路に入って最初の部屋がトルネとニーナ、そして今はチームの関係上ジェイの部屋にもなっている場所の前へとついた。
ジェイがドアをノックして中にいるであろうトルネとニーナに料理を作った旨を伝えるも、返事は返ってこなかった。
諦めて部屋の外に料理を置いておくので、もし気が向いたら食べてくれと伝えてこの場を去ろうとすると、不意にドアが開いてそこからトルネが顔を覗かせた。
「……ごめんね、取り乱しちゃって」
そうぼそっと呟くトルネは、さっきよりも大分落ち着いた様子だ。
表情こそ暗いものの、さっきまでのような恐怖に絶望したような様子はなさそうだったのでひとまず安心した。
「入って……。ニーナ寝ちゃってるから起こせないんだけど……」
そしてトルネは俺達を部屋の中へと通してくれる。
ニーナはトルネの言っていた通り、ベッドで横になって眠っていた。
ショックが大きくて疲れてしまったのかもしれない。
俺達は料理を持って部屋の中へと入り、トルネと一緒に4人で輪になるように地べたに座った。
トルネに料理を差し出すと、食欲がなさそうなトルネではあったが、躊躇なくそれをゆっくりと口へ運んでくれた。
きっとコーラスさんと同じで、ここで食べなかったら毒を疑ってしまうことになるということに気を利かせてくれたんだと思う。
その間ジェイが俺のザ・男料理のことを面白おかしく話していたんだが、トルネの表情は晴れず、完全に滑った格好になっていた。
少しトルネが食べ進めると、やはり食欲がないのか食器を置いてしまう。
「……みんなに謝りたいと思って……。ごめんね……本当にかっこ悪い所……」
なんかいつもの調子と違ってしおらしくなったトルネがぼそりとそう呟く。
「いーっていーって。それよりもトルネもニーナも無事で良かったっしょ」
「ジェイの言う通りだ。一歩間違えれば、ジェイやニーナ、トルネも危なかったかもしれない。今は無事に助かり、犯人らしきコーラスさんも処刑場に入ったということで、ひとまず安心しようぜ」
「そうそう。こんなしおらしくなったトルネよりも、いつもの元気そうなトルネの方が可愛いぜ? 何だっけ? フェリクスさん? フェリクスさんに嫌われちまうぞ?」
おっと、ここで面白そうな名前をジェイの口から聞けた。
もしかしてそのフェリクスさんという人は、トルネの想い人だったりするのだろうか。
「ははっ……。あんた、この状況でよくその名前が出たわね……」
「ん? 誰だ? フェリクスさんって。トルネの想い人か?」
「いや、俺もニーナちゃんからポロッと出た名前を拾っただけで全然知らないんだけど……」
「……うん」
俺がそう突っ込むと、トルネが顔を少し顔を赤くして頷いた。
何か俺の知らないところで桃色トークとかで結構盛り上がっていたりするんだな。
まぁ、ジェイはこの二人と同室だった訳だし、そういうことを話す機会も自然とあったんだろう。
「……もう、多分死んじゃってると思うんだ」
「え」
「え」
俺とジェイの声が被った。
ここにきてジェイが地雷踏みやがった。
それに巻き込まれた俺も結構辛いぞこれ。
今のはジェイのせいということで隣に座るジェイを肘でゴツンと小突いてやった。
「同じ街に住むハンターなんだけど、もうどれくらい前かな……。この遺跡を潜ってくるって言ったっきり、帰ってこないんだよね……。その人恋人がいてね、その人が私に泣すがってきたんだ。彼が帰ってこないって。私、その人のこと大っ嫌いだし、その人も私のこと大嫌いなはずなんだけど、私達しか頼れる人がいないってさ。だから、私達ここに来たんだ……」
トルネが少し顔を赤くしながらぼそぼそと話している。
ここに来た理由は大方は採集や採掘だと思っていたし、確かトルネ達もそんなようなことを以前話していた気がするんだが、そんな事情があったんだな。
っていうか、トルネが恋人いる人相手に片思いか……。
その人の為にわざわざこんな危険な所まで来たんだな。
「私ね、ずっと前にその人にご飯をご馳走したことがあったの。その人に恋人が出来る前に。彼は美味しい美味しいって残さず食べてくれたんだけれどもさ、彼、途中で顔色悪くして吐き出しちゃって……。後からその今の恋人に聞いたんだけれども、本当はまずかったんだって。その料理。後でトイレで吐いたってそいつが嬉しそうに私に言ってくる訳よ。私ね、それがショックで仕方なくてさ……。それから料理は頑張ろうって、誰にも認められるくらい美味しい料理を作れるようになろうって思って……。そんなことが過去にあったの。スレバラさんとウェリアさんが料理を吐き出した時にそのことがなんか頭に浮かんじゃって、そのまま二人は亡くなっちゃって……。もう、頭の中真っ白になっちゃって……。ごめんね、本当にこんなに情けなくて……ごめんね……ウェリアさん……スレバラさん……」
トルネは静かに泣きだしてしまった。
自分が作った料理ってことに、凄い責任を感じているんだろうな。
あんなに美味い料理を毎回無償で俺達に出してくれたのに、本当に気の毒だ。
トルネの気持ちを察すれば泣きたくなる気持ちも分かる。
次第にトルネの泣く様子はひどくなっていき、俺達もどうしたらいいか分からなくなってしまった。
トルネは声を上げて泣きじゃくり、しきりに「ごめんなさい」と謝っていた。
俺とジェイはそんなトルネの背中をポンポン叩いたり、お前の責任じゃないと慰めてやる。
一時はニーナが起きてしまうんじゃないかと思うくらいの声をあげていたのだが、それも時間が経つと収まってくる。
ひとしきり泣いた後は少しスッキリしたようでだいぶ落ち着きを取り戻し、以前のトルネの調子を取り戻してきた。
「……もう嫌」
トルネは泣きじゃくった恥ずかしさなのか、俺達に背を向けていじけるように座っている。
「ロク君もリエルちゃんもごめんね……。私、ひどいこと言っちゃったよね。今、ひどい顔しているから顔を合わせることができないけど、本当は顔を合わせて謝りたい。ごめんなさい」
「気にするな。あの時はもう、トルネは再起不能になるんじゃないかと思って心配したけれども、取り戻してくれたようで良かった」
「…………」
「ジェイ君には謝らないけど」
「……俺も一応心配してたんだけどなぁ」
「……ありがとうね。三人共。料理、リエルちゃんが作ったんだよね?」
「……うん」
「美味しかった。ニーナも起きたら、一緒に残さず食べるね」
「俺も一応作ったんだけど……? このフルーツとか、うまくない?」
「……そのフルーツだけ美味しくなかった」
「後出しすんなよ感想を!! ま、これだけ減らず口が叩けりゃ大丈夫そうかな」
「嘘嘘。ありがとう、ジェイ君も。もう少ししたら元気取り戻せそうだから、もうちょっと一人にさせて欲しい」
「分かった」
トルネの声と言葉にいつもの調子が戻ってきた。
本当にあの時はトルネはもうダメになっちゃうのかなと思ったけれども、思う存分泣きまくったのが効いたのか、何とか立ち直ってくれそうだ。
俺達は後ろを向いたままのトルネのその言葉を聞いて、部屋から出て行くことにする。
トルネがあんな風に泣きじゃくるなんて意外だったが、料理のこともあるだろうし、かなり長い間ここに閉じ込められているストレスもあるんだろう。
俺だって犯人が分かるまでは気を落ち着かせることができないし、ずっと気を張りっぱなしだ。
唯一休めたのがリエルと一緒に処刑場にいた時かな。
あの時は割りとぐっすり眠れたような気がする。
他のみんなも、いつ犯人に襲われるか分からない状態で緊張しっぱなしなんだからストレスも溜まっているんだろうなぁと思う。
当分はコーラスさんを処刑場に閉じ込めてしばらく放置なんだろうけれども、その間にでも犯人の証拠となる物を見つけられればいいなと思った。
最後にルトヴェンドさんの部屋に行って料理を渡してやろうと思ったんだが、ルトヴェンドさんは暫くウェリアさんと二人きりにさせて欲しいと言って、俺達を部屋の中へ入れてはくれなかった。
最愛の人を亡くしたんだから、トルネ以上にショックを受けているんだろうと思う。
俺達はその空気を読んで、料理は部屋の外へ置いて早々とルトヴェンドさんの部屋から離れた。
リビングへ戻ると、コスターさん、クルフ、シドルツさんが今回の件の検証をしていたので、俺達も何となくそれに加わった。
使われた毒物なんかも、医者みたいな人がいないと分からない。
ウェリアさんが確かそれっぽいこと言ってた気がするんだが、亡くなってしまった以上は意見を聞くこともできない。
研究者であるシドルツさんに聞いてみても調べようがないと言われてしまった。
あのお吸い物以外の料理にも毒が入っていたのかも知りたかったんだが、ここには実験できる俺達以外の生物もいないし、だからと言って誰かが口にしてみる訳にもいかないしで、それも無理と断念。
ただ、みんなであれこれ意見を出しつつ事件を再現した時に一つだけ思ったことがあったのでみんなに意見を聞いてみた。
それはウェリアさんを狙って殺す方法だ。
事件のあった時、クルフに誘われてジェイとクルフとルトヴェンドさんは三人でシモネタトークからフェンスの犯人探しまで色んな話をして盛り上がっていたそうだ。
この時ルトヴェンドさんはクルフをマークする意識があったのだから都合が良かったことだろう。
その時に使われていた椅子とルトヴェンドさんの位置を考えたら、高確率でルトヴェンドさんは右下のテーブルに座るんじゃないかと予測できそうだったのだ。
三人の中で一番右下のテーブルの近くに座っていたのはルトヴェンドさんで、ルトヴェンドさんが座っていた椅子もそこのテーブルの椅子だ。
ルトヴェンドさんとウェリアさんの間柄なので、ウェリアさんはルトヴェンドさんの座るテーブルと同じテーブルに座るのは間違いないと見ていいはずだ。
それで、実際に料理が配膳されるとそのテーブルにはルトヴェンドさんの座るであろう位置と、その向かい側に1セットずつ配膳される形となる。
つまり、今ルトヴェンドさんが近くに座っている位置と逆側の位置にウェリアさんが座る確率は高く、そこに毒を仕込めばウェリアさんを殺すことが出来るというわけだ。
確実な方法ではないが、現実的な方法ではあるとシドルツさんからもお墨付きを貰ったし、周りのみんなも納得していた。
従って、やはりこれはフェンスを発動させた犯人がウェリアさんの能力を恐れて殺した確率が濃厚ということにはなったのだが、肝心の犯人についての手がかりが掴めた訳ではない。
いくら話してみんなで考察しても、結局犯人についての手がかりは見つからず、話はこれからどうやって犯人を断定してここから脱出していくかという話題に移っていった。
確実にみんなを犯人の手から守るためにもう一度チームをしっかり作っていこうなんて案も出てきた頃、ルトヴェンドさんがウェリアさんとのお別れをする為にリビングへやってきた。
トルネ達にも声を掛けようと思ったのだが、ルトヴェンドさんは静かに自分だけでやらせて欲しいと言ったので、俺達はゴミ捨て場の手前までウェリアさんを見送った。
ウェリアさんとのお別れを済ませ、セヴァンズ姉妹とサバトさんコーラスさんを除く全員はリビングに集まり、引き続き犯人対策の話を始めた。
でも、ルトヴェンドさんとオルロゼオは完全に上の空という感じで議論に参加することはなくて、俺達の方も俺達の方で話は全然進まなかった。
話の内容は今後のコーラスさんの処遇についてやチーム再編成についてだったんだが、前者は、計刻線で72時間何も起こらなかったらコーラスさんは犯人と断定してしまおうとか、それだと万一犯人がコーラスさんじゃなかった場合は3日犯人は行動を起こさないだろうし、まんまとコーラスさんを失ってしまうことになるとか、そんな感じで平行線を辿り、結局結論は出なかった。
チームの再編成の話も二人組の方が動きやすくていいとか、三人しっかり居たほうがいいとか、いっそのこと全員リビングからずっと動かないでじっとしていようとか、結局こちらも結論は出なかった。
とりあえずの所、単独行動はしないようにという原則だけこの中で決めて、一旦自由行動としてその場は解散した。
シドルツさんとコスターさんは結構仲良くやっているみたいで、シドルツさんが書斎の方で本を取ってくると言った時にコスターはそれについていくようにいなくなり、クルフがトイレに行きたいから誰か来てくれと募った時にジェイが一緒に着いて行っていなくなり、ルトヴェンドさんは一人で部屋のある西側出口の方へとふらふら歩いて行っていなくなり、オルロゼオもそのすぐ後にルトヴェンドさんを追うようにふらふらと西側通路へと消えていってしまった。
その結果リビングには俺とリエルだけの二人となった。
俺達も特別やることはなかったので、二人でトルネ達の様子を見に行ったのだがニーナは起きたけどもうちょっとそっとしておいて欲しいと言われたので、食べ終わりの食器だけ回収してその場を去り、今度はサバトさんとコーラスさんの様子を見に行った。
でも、サバトさんとコーラスさんはお葬式でもやってるかのような状態で二人共無言。
そこにリエルが混じって無言スパイラルに巻き込まれたところで耐えられなくなり、俺はリエルから料理でも習ってみようかなと思い立った。
次の食事の時間までまだ時間はあるかもしれないけれども、ここで料理スキルを上げるのもいだろうし、また全員で盛り上がれるような食事会が出来ればいいと思った。
料理が目的というよりも、みんなで交流することが目的な感じだ。
毒の件もあるだろうし、食べたくない人は食べなければいいだけで作りすぎてもこれだけ食材が余っていれば問題ないと思う。
今いる人数分の料理を作ってやろうと思ってリエルに提案してみた所、すぐさまOKを貰えて、リエルと一緒に料理を作り始めた。
途中でクルフとジェイが混じって散々俺の不手際をボロクソに言われたり、コスターさんとシドルツさんも戻ってきてコスターさんに嫌味を言われたりもしたが、なんだかんだでわいわい楽しく料理を作ることができた。
出来あがった料理は豪勢な料理というよりも、宴会用のおつまみみたいなものばかりだが。
料理を作り終えると、全員集めて処刑場内で食事会をしようとトルネとニーナ、それにルトヴェンドさんとオルロゼオにも声を掛けに行った。
トルネはかなり調子を取り戻した様子だったが、ニーナの表情はまだ暗いままだった。
でも、トルネが半ば強引にニーナを連れて行く形でそれに参加してくれることとなり、ルトヴェンドさんもオルロゼオも了解してくれた。
意外なことにルトヴェンドさんとオルロゼオは同じ部屋の中にいて、二人共少し打ち解けていたみたいだった。
面倒見の良さそうなルトヴェンドさんと、誰かにすがりたいオルロゼオというのは意外と合うコンビなのかもしれない。
スレバラさんが落ち込んでいた時もオルロゼオは傍にずっといてやっていたし、今は落ち込んでいるルトヴェンドさんの傍ということで、面倒見がいいのは実はオルロゼオの方だったということもありそうだ。
何にしても、そのお陰で二人共少し前向きな感じになっていたのは好材料だ。
サバトさんとコーラスさんも、この時だけはリビングに呼んで一緒に食事をしようと提案したんだが、サバトさんもコーラスさんも動いてくれる様子がなかった。
それなら無理矢理にでも処刑場で一緒にやろうという俺の提案で、出来上がった料理を処刑場に運んで全員で食事会を行った。
これでみんな前向きな雰囲気を取り戻してくれればいいと思ってのことだったんだが、喋るメンバーはジェイやらクルフやらコスターさんやら、結局ちょっと前に調理場で一緒に食べたメンバーばかりであまり盛り上がらなかった。
それでも、一応今後の方針を全員で決めることはできた。
暫くは基本的に二人組で行動しようという方針も決定された。
二人組というのも今までの流れに沿った感じの二人組で、俺とリエル、ジェイとクルフ、コスターさんとシドルツさん、トルネとニーナ、ルトヴェンドさんとオルロゼオ、サバトさんとコーラスさんといった組み合わせだ。
コーラスさんは当然この処刑場の中に、サバトさんはずっとここに張り付いているつもりらしいが、他の人達は出来た二人組で部屋を使っていくということに決めた。
俺の全員で盛り上がれたらという目論見は外れはしたが、勝手に俺たちだけでルールを決めてしまうよりは、やっぱり全員の了解を貰ってルールを決めた方がいい。
そういう意味では実のある食事会になったんじゃないかとは思った。
そんな食事会も終わり、後片付けを済ませた後は部屋の移動を行った。
そこからは外出禁止というルールも特別決めなかった自由時間となる。
リエルが荷物を俺の部屋へと持ってきて一息つくと、リエルが行水したいと言ったのでトイレの方へ一緒についていくことにした。
全然気にしてなかったんだけれども、途中でクルフとジェイのコンビに出くわして「今から行水」と言った瞬間めちゃくちゃからかわれてしまった。
行水は食料庫で水を汲んでトイレで行い、見張り役としてチームメンバーがトイレの前で終わるのを待ち、浴びたい人は順番にそれを繰り返す……といった具合に今までも行われてきた。
リエルともグレハードさんと同じチームの時に行ったことがあるし、スレバラさんとサバトさんと一緒のチームの時も行ったことがあり、別におかしいことも何もないんだが、今はリエルと二人チームなんだよな。
リエルも別に何も気にすることなく普通に行水したいだけだったと思うんだけれども、何ていうかその……『そういうことの前準備』みたいな感じになっていると、クルフに言われた時に俺も気がついた。
もう完全に俺とリエルは周りから恋人みたいに扱われているんだが、俺としてはそういう感情は今は抜きにしたいと思ってずっと意識しないようにしてきたし、これからもそうだ。
これからもここを脱出するまではそう思い続けていくつもりなんだが、リエルもリエルで俺の他にまともに喋れる人がいないもんだから俺にべったりだし、本当に無意識でふっとリエルを見ると揺らいでしまうんだよ、情けないことに。
多分恋心とかじゃなくて、単に俺のことは信頼を寄せられるパートナーとして見てくれているんだろうけれども、二人で居ると結構話しかけてくれるし、にこっと笑ったりするし、料理の時の姿なんかは本当に可愛かったし……。
俺だけは特別に見てくれているみたいな感じで、俺も意識してしまうと本当に危ない。
だからその邪念を振り払うように、トイレの前でヘドバンするかのように頭を上下左右に振りまくったり、自分で頬をビンタしたりしていると、
「何それ、行水前の儀式?」
「あっはっはっは! リエルちゃんの行水を覗こうとする悪魔ロクと、それはダメだと言う天使ロクが頭のなかで戦っている最中と見た!」
クルフとジェイに見られた。
「くっそ!! ちげぇよ!! どっちもちげぇ!!」
めちゃくちゃ恥ずかしいところを見られてしまった。
慌てて今取っていた行動を止めるが、クルフの野郎が面白がって今俺がやっていた行動を真似し始めやがった。
ジェイもそれを見て「違う違う。1・2・3のリズムで頬を叩く!」とか言い始めるし、最悪だ。
「何だ? お前らも行水か?」
「いやいや違う違う! リエルちゃんの行水覗きに来たのさ!」
「のさ! って! すげぇ爽やかストレートだな!! 全くためらわないんだ! 逆に清々し過ぎて応援したくなるわ!」
「俺はロクに激しく怒られるからやめとけっつったんだけどなぁ、クルフがどうしてもっつーから仕方なく……」
とか何とか言いながら、割りと楽し気にジェイはそう言ってくる。
激しく怒られるって何か悪意を感じる言い方なんだけれども、もういいわ。慣れた。
「挑戦してみるがいいけど、第三者として言いたいことがいくつかあるぞ。あくまで第三者としてな。その1、中は真っ暗だ。明かりを点けなきゃ中は見えんし、明かりを点けたら誰が覗きに来たのか即バレるぞ」
「大丈夫大丈夫! その辺は適当に『こんな顔してるけど、俺、ロクでーす』とか何とか言えば、リエルちゃんも許してくれるでしょ!」
「リエルはそんなに馬鹿じゃねぇよ!! 確かにちょっとズレてるような所あるけど! その2! あの子、ああ見えてかなり怖いぞ! 口癖は『殺すよ?』だ。そして強いからな! バレて何かあったとしても俺は責任取らないぞ!?」
そういえば最近はもうリエルの『殺すよ?』を聞かなくなったな。
あれは完全に対赤の他人用の牽制句だったのかな。
リエルと処刑場で話し合って打ち解けてからは本当に人が変わったようになったからな、彼女。
前のツンツンしてた鉄壁のガードを誇る彼女もまたそれはそれで魅力的だったんだがなぁ……って馬鹿。そんなのはどうだっていい。
「大丈夫大丈夫! 殺されたら殺されたで、その時は潔く諦めるから!」
「諦めるも何も、死んでるからねそれ!! そしてお前どんだけ覗きに命懸けてんだよ!! その志をもっと別の所で生かせよ!! そしてその3!! 見ての通り、彼女は色々小さいぞ……」
その3だけ声を極小に絞って言った。
本当にごめんなリエル。
俺もお前が万が一身長じゃないほうが大きかったら、覗いてみようかなんて邪な気持ちが混じったかもしれないんだが、そんな気持ちは残念ながら全く起こらなかったんだよ……。
「馬鹿野郎!!」
バチーンと大きな音を立ててクルフに頬をぶん殴られた。
「大きいか小さいかじゃねぇんだよ!! 覗くか覗かないかが問題なんだ!!」
「そんなくだらねぇことでキレたの!? 納得いかねぇー!! リエルに失礼とかそういうんじゃないんだ!殴られた分返せよ!!」
「大体、あんな美女の行水を目前にして、覗かないとか失礼じゃね?」
「何そのひどい正当化!? 覗いた方が圧倒的に失礼だと思うんだけど!! そんなに覗きたかったらもう、トルネに覗いていいかお伺いを立ててから覗けばいいだろうに」
「トルっちにはもう聞いた」
「聞いたの!? お前本当に凄いな!!」
「ぶっ飛ばされたわ」
「だろうね! ぶっ飛ばさない人いたらそれはそれでちょっとおかしいと思うわ!」
「だから仕方なくね、こう、貧相でもいいからリエルちゃんでいいや~って」
「失礼だわ……凄い失礼。もう、何のためらいもないからな今の!! 覗かないと失礼以前に、お前の今の余計な一言が無礼千万だから!!」
「はっはっはっは! クルフ~。やっぱリエルちゃんの裸は俺が守るってよ。ロクが」
「リエルがどうこうっていう問題か!? リエルとトルネが逆の立場でもきっと俺同じこと言ったと思うぞ!?」
「まぁまぁ、そうカッカしなさんな。ロクちゃんも覗きたいんだろ?」
「いいよ別に」
「見慣れてるから」
クルフが余計な一言付け足しやがった。
「変な言葉を付け足すな!! 一度たりとも見たことねぇよ!!」
「じゃあじゃあ、トルっちのだったらどうよ? 今度覗きに行かね??」
「…………」
ここで考えこんでしまうのが男の性だ。
トルネか……。
綺麗でボリュームのある女性の体に興味がないと言う男なんざこの世に存在しない。
それはどんな根拠を持ってしても否定出来ない宇宙の理なんだ。
それに逆らうなんてことが俺に出来るはずがない!!
でも……でも!! 抗わなくてはいけないんだ!!
そんな本能をむき出しにして恥ずかしくないのか!?
俺は男ロク=セイウェルだ!
いつだって紳士で……いや、大体は紳士で……いや、まぁまぁ……いや、そこはかとなく紳士で今までいたつもりだ!
一時の欲望のために覗きなんてそんな品性の欠片もないようなことをなんたらかんたら……。
「行きます!」
考えるのをやめた。
「よっしゃー!! じゃあ、決まりな! とりあえずリビングでトルっちが出てくるの待って……」
と、クルフが言った所で凄い勢いで影から何かが飛んできて、俺の本当に文字通り目の前を飛んでいった。
角度的に凄い絶妙な位置に飛んできていて、俺を含めて誰にもヒットすることなく飛んできたものは壁にぶち当たって……刺さった。
ナイフだった。
飛んできた方向を恐る恐る見てみると……。
「……殺すよ?」
リエルさんが壁から顔を半分だけ覗かせてこっちを見ていらっしゃいました。
「やべ……も、もしかして、全部聞いて……た?」
そのクルフの問いにリエルはこくんと頷くと、凄い勢いでクルフとジェイがこの場から逃げ去っていってしまった。
俺も一緒に逃げて行きたかったけれども、チーム行動をしている身としてはこの場から去る訳にはいかない。
仕方なく、俺は投げられたナイフを抜き、土下座の格好のままリエルがトイレから出てくるのを待ち続けたのだった。
リエルは程なくして出てきたが、俺が謝っても一言も口を聞いてくれず、気まずくなった所で俺も逃げるように行水へと向かっていった。
行水が終わって彼女と合流し、帰り道は言い訳攻勢に終始するも、リエルはツンとした様子で一言も口を聞いてくれず、リビングを通って部屋に戻る時にジェイとクルフに「夫婦喧嘩!」とか茶化された。
全部てめーらのせいだくそう。
部屋に戻っても俺は言い訳攻勢を続けると、リエルは少しだけ言葉を返してくれるようになった。
やっぱりこの子、まだ俺以外の人間とはコミュニケーション取りにくいんだろうな。
俺と一緒でも、俺以外の人間が居ると途端に口を開かなくなるし、表情も硬くなる。
今は俺の前でもツンツンした雰囲気をかもしだしているけれども。
「違うんだリエル! あれは全部クルフが無茶苦茶なことを言い出したせいで……」
「言い訳」
「すみませんした」
リエルは布で頭をわしゃわしゃして髪を乾かしながら、俺に顔を合わせることもしないでそう冷たく俺をあしらう。
せっかくリエルと仲良く慣れたと思ったのに、これじゃあ以前の状態に逆戻りだ。
何とか……何とか取り繕わなくては!
「そ、そうだ!! リエル! これだよ!!」
俺はその辺にあった布をぎゅっとまとめて小さくしてリエルに渡す。
そしてそれを服の中に入れるように指示すると、リエルは言われるがままにごそごそとそれを服の中にいれ、俺の指示通りに胸の辺りに移動させた。
「よし、これでリエルも圧倒的なボリュームを誇る女の子!!」
と、リエルに似つかわしくない大きく胸のあたりが膨らんだ完成品のナイスバディーなリエルの姿を眺めて、満足そうにそう言ったら、
バチーン!!
思い切り殴られた。
正直、今のは俺が悪かった。
もう、どうしたらいいか分からなくなって俺も何でそんなこと思いついたのか分からないもん。
今のが決定打となって状況は更に悪化し、それ以降リエルは口を聞いてくれるどころか、顔すらこっちに向けてくれなくなってしまった。
「そうそう。トルネが言ってたな。トルネが17歳の時は小さくて凄い悩んでたって。トルネは今23だっけ? 6年間で凄い成長したよな。だから、リエルもこれからだ。うん」
「……本当?」
あれから色んな謝罪と話題をリエルにふってみたが、どれも食いつきが悪かった。
で、唯一口を開いてくれたのがこの話題だった。
リエルがようやく口を開いてくれたことに少し安堵しながらも、仲を更に修復させようと頑張って話題を続けてみることにする。
「あぁ、本当だ。リエルよりもずっと小さかったってな。人によって成長する時期が全然違うんだよ。リエルもこれからぐんぐん大きくなってくるんじゃないのか?」
ごめん。今の話題、頭からケツまで全部ウソです。
「…………」
「ほら、今のリエルよりちっちゃかったトルネがあれだけ成長したんだから、リエルもトルネ以上に成長するに決まってる! リエルは将来絶対グラマー美人になると俺は思ってるからな!」
と、せっかくのチャンスなので調子良いことを言いまくってみる。
正直、こんなしょうもない戯言なんておちょくってると思われるのが普通だし、何を言っても機嫌を戻してくれないリエルに困ったから半分ふざけて言ったんだけれども、リエルは今の言葉を信じてしまっているんだよな。
これがリエルの少しずれているところなんだ。
世間知らずと言うかなんというか。
今までろくにコミュニティを持ってこなかった、言わば子供同然の常識しか持ち合わせていないんだ。
こんな調子いいこと言って言いくるめられてしまって、何だかリエルに申し訳ないなぁと思いつつも、機嫌を取り戻してくれるチャンスだということで正当化しておく。
「……でも、あんなに大きくなったら動く時に困る」
それに対するリエルの反応はそんな感じで、自分の胸を抑えながら言葉を発するも、後ろからでもリエルの口が少しにやけていたのが分かった。
口ではそう言ってるけれども、今の俺の言葉を信じてしまって、本当に将来トルネ級に大きくなることを想像して嬉しくなってしまったんだろう。
やっぱりリエルも女の子。
その辺は結構気にしていたのか。
何か、本当に色々すまん。
更に何か言葉をかけて機嫌をすっかり取り戻してもらおうと思って言葉を探していると、部屋の入口近くに一枚の紙が落ちている事に気がついた。
何だろうと思って拾い上げ、中身を見てみる。
『ロク君へ ロク君に事件の真相について話したいことがあります。誰にも聞かれたくないので一人でアングリシェイドが出現した空き部屋へ来て下さい。 レイトルネ』
教科書みたいな綺麗な文字でそう書いてあった。
事件の真相についてトルネが?
ウェリアさんとスレバラさんを殺した犯人についてだろうか。
それともフェンスを発動させた真犯人についてのことなんだろうか。
どちらにせよ、トルネがそんなことを話すとは意外にも意外だし、非常に興味深い。
「?」
手紙には誰にも聞かれたくないと書いてあったが、リエルが俺の様子を見て傍に来たので、一瞬見せようか迷ったがそのままリエルにも見せてしまった。
どこからこの手紙が沸いて出てきたのか周囲を確認してみると、部屋のドアの下に隙間があることに気がつく。
手紙は恐らく外からこの隙間を通して部屋の中に入れられたんだと思うが、何で直接言いにこなかったんだろうか。
よっぽど話しにくいことなのか、それとも俺とリエルの邪魔をしちゃ悪いとか、変な気を効かせたとか……。
「レイトルネ……」
「…………」
手紙の内容よりも先に発したリエルの言葉がそれ。
まだリエルはトルネのことを気にしている様子だ。
「行くの?」
「まぁ、とりあえず行ってみるけど……」
「レイトルネ」
「……偶然というか何というか……」
「私も行く」
「…………」
そう言ってリエルはリエルは装備を身につけ、更に俺にジェイお手製の剣を持ってきてくれた。
「おいおい、相手はトルネだぞ? それに、一人で来いって……」
「怪しい」
「う~ん……」
リエルの言う怪しいという言葉にどういう意味が込められているのかは分からないけれども、確かに何か違和感がある
何で空き部屋なんだ?
トルネの部屋だとニーナに聞かれてしまうとか、そういうことか?
何にしても気になるな。
ここは一人で行った方が良さそうな気はするけど……。
「…………」
リエルを見ると、一緒に行く気満々だ。
この子を連れて行ったらトルネも話してくれなくなってしまうだろうか。
でも、何だかニーナにも話せないようなことっぽいんだよな……。
ニーナにも話せないことを何故俺に?
ニーナが犯人とか、そういうことなのか?
ダメだ。
考えても全然分からない。
よく分からないけれども、行ってみればはっきりすることだ。
「よし分かった。俺一人で行ってくる。悪いけど、リエルはここで留守番しててくれ」
「私も行く!」
「誰にも聞かれたくないってトルネが言ってる。リエルも連れて来ちゃったら本音が聞けなくなる気がするんだ。事件に関することだと言ってるし、そこはちゃんとしっかり本当のことを聞いておいたいんだ」
「でも!」
「大丈夫だ、心配するな。そこに行くまで一人になるわけだし、一応武器は持っていく。それとも何だ? 俺は弱っちいから一人で行かせるのは不安か?」
「そんなことない。でも……」
「心配してくれてありがとうな。リエルの方こそ、しばらく一人になっちまうけれども、油断はしないでおいてくれよ」
そう言ってもリエルの表情は晴れない。
大丈夫と言い聞かせるのに随分と時間を使ってしまったが、リエルの説得に無事成功し、武器を持って一人でこの部屋を行く。
よく考えてみたら俺やリエルだけじゃなくて、トルネも今一人で居ることになるんだよな。
いつあの手紙が部屋の中に入れられたのかも分からないし、随分と長いこと待たせてしまっているかもしれない。
少し駆け足でアングリシェイドが発生した南西の空き部屋へと向かっていった。
走っている途中に思ったんだが、これ、罠とかじゃないよな?
差出人が偽装されている可能性だってある訳なんだよな。
更によくよく考えてみると、差出人がトルネじゃないからこそ直接言いに来ないで手紙を使うようなことをしてきたんじゃないかと思えてきた。
そして、差出人がトルネじゃないんだとしたらあの手紙の内容も全部嘘ということになる。
じゃあ、何の為に俺を空き部屋へ?
そこで俺を殺そうってんなら、犯人はリエルにバレるのも覚悟だったということか?
二人組の組み合わせは全員いる場で決めたので、犯人はリエルと俺が同室だということは知っているはず。
何だかよく分からなくなってきた。
普通にトルネが俺を頼りにして呼んでくれているという可能性もあるし、告白イベントなんていう可能性も0じゃないよな……。
とりあえず行ってみれば分かると思って、用心しながらも空き部屋へ向かった。
何事も無く空き部屋の前に着き、ドアの前からトルネの名前を呼んでみる。
この静かな場でこの声量なら、中にいるはずのトルネには十分に聞こえているはずなんだが、中から返事は返ってこない。
ノックをしつつ、とりあえず部屋の中へ入ってみようと思った時に何かを踏んづけてしまった。
何かと思って足元を見て俺は驚愕する。
俺が踏んづけたのはナイフだ。
刃にはべっとりと血が付いた一本のナイフ。
これはただ事じゃないと思い、用心することも忘れて急いでドアを開けて中に入ってみる。
部屋の中は真っ暗だったので、右手に点いている炎の魔法を部屋の中が見えるように前に出す。
すると部屋の中に誰かが倒れているのがすぐに分かった。
「嘘だろ……?」
何でこんなことになってしまうのか!?
俺達は俺達なりにしっかりと対策を取ったはずだ。
みんなで確認して、みんなでこれからは誰も死人を出さずにやっていこうって。
さっきまでみんな一緒に食事をした仲じゃないのか。
一体誰がこんなことをと思って、床に倒れている人が誰なのかを確認する。
「トルネ……?」
トルネだった。
トルネは全身を血で真っ赤にして、無残な顔して動かなくなっていた。
さっきまで普通に話していたトルネのこの変わり様に驚き、今ある現実を受け入れることが出来ない。
「トルネ!! しっかりしろトルネ!!」
返事なんて返ってくる訳ないのは見れば分かることなんだが、俺も半分錯乱しながらトルネの体を揺らしてトルネの名前を叫ぶ。
もう、何が何だか分からない。
トルネは俺を呼んだんじゃないのか!?
事件の真相について話そうとしたんじゃなかったのか!?
何でこんな血だらけで、酷い格好で横たわっているんだよ!!
「トルネ!! トルネェーーー!!!」
何だ!?
何でトルネが殺されたんだ!?
事件の真相を知ったから口封じでもされたのか!?
次は誰だ!?
俺が殺されるのか!?
リエルは今部屋に一人だぞ!! リエルが殺されるんじゃないのか!?
みんなは無事なのか!? 俺はどうすればいいんだ!?
何も考えることができなくなってしまうほどショックを受けたが、とにかく今はみんなにこれを知らせにいかないとと思い、トルネの血でまみれた格好のままこの部屋を出ていく。
だが、ガクガクした足取りでこの部屋を出て、ちょっと歩いた所で最悪な人物と出くわしてしまった。
「きゃ!!」
その人物は俺の血まみれの格好を見て悲鳴を上げる。
「ニーナ……」
「ロ、ロク……さん……?血が……」
「ニーナ……」
「ど、どうしたんですか!?」
「トルネが……トルネが……返事をしない……」
「え……?」
うまく事をニーナに伝えられずに、曖昧なことを話していると、ニーナは駆け出して俺が今さっき出たばかりの空き部屋の中へと入っていった。
俺はどうすることもできず、ただただつんざくようなニーナの悲鳴と鳴き声を空っぽの頭の中に通しているだけだった。