01.ユークリンド遺跡
「!!」
ドンという衝撃音とともに、背中に強い衝撃が走った。
何やら思い切り体を壁に打ち付けられたようだ。
「ごはっ……いてぇ……何事だ……?」
とりえあず体を起こそうにも意識がまだ朦朧としており、うまく体を起こせない。
どうやら俺は眠っていたようだ。
それにしてもうまく体が動かせないのはどういうことだ?
とりあえず今の状況を確認しようと、朦朧とする意識の中辺りを見渡す。
俺が目を覚ました場所は妙に暗かった。妙にというか、真っ暗だ。
そんな中で視界に入る一つの光。倒れる俺の目の前で、男が一人立っていた。
その男は右手に炎の魔法で明かりを灯し、心配そうな顔して俺の傍に寄ってきた。
「だ、ダメですよそんな乱暴な!! 大丈夫ですか……?」
「え……?」
俺のそばに駆け寄る見たことのない人間。俺と同い年くらいの男だ。
その男は火を灯していた手と反対側の手で回復魔法を作り、俺の全身を撫でるようにサッと触っていった。その回復魔法のお陰で背中に走った痛みは和らいだのだが、朦朧としている俺の意識まで回復する事はなかった。
「いて……何だここ……? 俺は何でこんなところにいるんだっけ……?」
体が思うように動かないし、頭の中がもやもやしていて何でこんな所で寝転がっていたのか全く分からない。
その男が俺に肩を貸して引き上げてくれたお陰で、とりあえずの所立ち上がることはできた。
「ども。もう大丈夫っす」
「歩けますか?」
「ちょっと足元がふらつく感じが……」
「じゃあ、このまま肩を貸しますので、ゆっくり行きましょう」
「え、ちょっと?」
その男は俺を抱えてこの暗闇の中をゆっくりと歩き始める。
すると直ぐにもう一人別の男と合流した。
その別の男はこの暗闇の中で俺と俺を助けた人を、ただ突っ立って見ていたようだ。
「ここにはこの人だけだったみたいですね」
「ちっ……何でこんな所で寝てやがった……」
「ちょ、ちょっと待って、あんたら誰っすか? そして、ここどこでしたっけか?」
寝起きだからか、それともいつもの寝起きとは全然違う状況に動揺しているのか、直前の記憶がうまく引き起こせない。
とりあえず少し意識もはっきりしてきたので、周りを確認してみるが、相変わらず真っ暗。
この人の付けている明かりを手がかりに見渡しても、ほぼ暗闇。
壁や地面はすっごいボロっちい装飾がなされており、近くにテーブルやら何やらがかろうじて見えるので、どこかの部屋の中なのは間違いなさそうだ。
俺に肩を貸してくれている男は、俺と同年代くらいの男で糸目の優しそうな面持ちをしている。
職業柄色んな人と出会ったことがあるが、多分この人は初めて会う人だと思う。
そしてこの男の他にもう一人、近くに知らない顔が確認できる。
暗すぎてよく確認できないけど、身長も高くガタイが良くて粗暴な雰囲気がなんとなく伝わってきた。同じように、初めて会う奴だと思う。
その粗暴そうな男を前に、俺と肩を貸している男の三人は俺のペースでゆっくりと暗闇の中を歩いて行く。
「あ、初めましてですよね。初めまして、僕はコーラスと言います。そして、あの方はサバトさん。僕もサバトさんもハンターとしてここに来ているんですよ」
「ハンター……?」
「オイ、どっちだ?」
前を走るサバトさんとやらが、丁度部屋の出口……入り口かな? を出た所で、こっちに振り返ってそう聞いてくる。
俺の意識も段々とはっきりしてきて自力で歩けそうな感じになってきたので、軽くお礼を言って一旦貸してもらった肩を離す。
するとコーラスと名乗った男はにっこり笑い、サバトさんの前に出て行くべき方向を指さした。
「多分こっちだと思います」
「……多分?」
サバトさんとやらは自信のなさそうなコーラスさんの回答に対し、睨みを効かせて返す。せっかく道を教えてもらったのにあんまりな態度である。
そしてそのままサバトさんは俺とコーラスさんを置いて一人で歩き始めてしまった。
コーラスさんは振り返って俺の傍に寄り「僕達も行きましょう」と言って彼の後を追うように歩き出した。訳も分からず俺もその二人について行く。
「すみません、ちょっと人見知りな所があるみたいで……」
一人ですたすた前を歩くサバトさんのことを言ったのだろう。
「なんかおっかなそうな人っすね」
「ああ見えても、良い人なんですよ」
そう言ってコーラスさんは苦笑いする。
良い人なのかどうかは分からないけど、俺はあまりうまく付き合えなさそうなタイプだ。
とか話していたら、前を一人で歩いていたサバトさんが足を急に止めた。
「早く来い!」
「す、すみません!!」
「…………」
あいつ、前が暗くなってよく見えなくなったんだな。
明かりとしてあるのは、コーラルさんの右手にある炎しかなく、それがないと前1メートルも確認できない程の暗闇だ。
カッコつけて一人で歩いてたけど、足元が不安になったんだろう。だっせ。
「すみません、追いつけそうですか?」
「あ、すんません。平気っす」
サバトさんに追いつくように少しペースを上げて、コーラスさんと一緒に進む。
部屋を出ると前にも左右にも道が広がっていたが、二人に連れられて前の道をすたすたと一緒に歩いて行った。
歩く道は暗くて嫌に細い道だ。
道と言っても地面がガタガタしており、暗い雰囲気も相まってまるで洞窟の中を歩いているような感覚だった。
部屋の外は洞窟みたいという、この何か変な感じがどうもしっくりとこない。
「あ、すんません。俺の自己紹介がまだだったっすよね……。俺はロクって言います。ロク=セイウェルっす」
「よろしくお願いしますね」
コーラスさんは俺の顔を確認し、にっこり笑ってそう返してくれた。
サバトさんの粗暴さに比べて、このコーラスさんは随分と腰が低くて良さそうな人だ。
なんつーか、でこぼこコンビだなぁと思う。そういう方がうまくいくんだろうか。
「それで、いきなりで申し訳ないんですけれども、ここどこなんでしょうか……? 何で俺、あんな所で寝てたっすかね?」
「それは僕の方が聞きたいですよ。何で寝ていたんですか?」
「いや、ちょっと体もだるくて、記憶があいまいで……」
「まぁ、目覚めが『あれ』でしたからね……。本当にすみません」
「『あれ』?」
「いくら声を掛けてもなかなか起きないので、サバトさんがその……蹴飛ばしたんです。申し訳ないです」
「…………」
なるほど。
背中か壁にぶつかった衝撃は、そのせいか。ひでぇ扱いだなそりゃ。
「ここはユークリンド遺跡第三層ですよ」
「ユークリンド遺跡……」
その単語を聞いて自分で発音してみると、眠気が吹っ飛んだような勢いで直ぐに色々と思い出した。
そして、さっきの部屋に忘れ物をして来たことに直ぐに気がつく。
「ちょ、ちょっと待っててもらっていいすか? すんません!!」
俺はコーラスさんにそう告げて、来た道を走って引き返す。
が、やはり体のだるさがあるのか、少しよろめいてしまった。
暗闇ではあるが、部屋の前までは一本道だったので迷うことはないだろう。
とりあえず急いで来た道を引き返した。
夢だったのかなんだったのか、ここに来る決意をしたレオとジャニールの会話を思い出していたせいか、今の状態を把握するのに凄い時間がかかってしまった。
そう、俺はあの日から3日もしないうちに、船のチケットを買って『宝島』に乗り込んだんだ。
仕事終わりに酒場でレオとジャニールからユークリンド遺跡の話を聞いて、刺激のない日常に退屈していた俺はその話に興味をそそられ、次の日にソッコーで出発の準備に取り掛かった。
装備を新調して、アイテムも色々買って、船のチケットを取って、酒場で色んな情報収集をして……。
で、いざ出発してから船内でも色んな人の話を聞いて、ユークリンド遺跡の現状についても結構学んだんだ。
魔物の対策なんかも少しだけだが聞けたので、セディアールに着いてから買い物するためにまた船に乗ってクエストランゼにも行ったっけ。
で、万全の準備を整えたと思って遺跡に入ったものの、予想以上に魔物が強くて、一回外に出たりもした。外に出て再び情報収集をして買い物をして、再び潜ったのが今回。
ユークリンド遺跡は1層2層と分かれていたんだが、最初の1層からして既に魔物が俺が拠点としてた街近辺のレベルを超えていた。
俺の街付近の魔物だって対策なしだと相当苦労するレベルなんだけど、それを上回っている魔物の強さだと感じた。
集めた情報も完全ではなかったが、そこからかなり予測する事もできたし、2回目ということもあって今回は割りと余裕で潜れたんだ。
1層を抜けると、無駄に長い下り坂みたいなのがあって、そこを出ると2層と言われている場所へたどり着く。
そう。ここからなんかやけに気温が下がって寒かったんだった。
もう、初っ端から白骨が転がっているわ、腐乱死体も新しそうな死体も転がっているわでかなりびびらされた。
でも、本当に見たことのない植物や鉱石がたくさん転がっていた。
これを剣の素材にしたら凄いの出来そうだなぁとか、これどんな感じの魔力が詰まってるのかなぁなんて思いながら、初めて見る物を次々に袋の中に詰め込んでいった。
途中でアングリシェイドと呼ばれる、この遺跡に入ったらトラウマになること請け合いみたいな噂の魔物に遭遇して、1つ道具袋を失ったアクシデントとかもあって、もうこれ以上潜っても得るもの以上に失うものの方が良さそうだなと思ったんだよな。
だから一旦帰還しようと思ったんだけど、帰り道が全くわからなくなって、色々彷徨っているうちに何か凄いところに辿り着いたんだ。
1層にはちょこちょこあったが、2層ではほとんど見られなかった、明らかに人為的に整備したと思われるドア付きの入り口。
傍には明かりか魔物避けだと思われる炎の点いた松明が飾られていた。
興味持って入ってみると、中は人が住めるような部屋だった。
真っ暗な上に埃まみれだったが、人が通ったような形跡もあって余計に興味をそそられたんだ。
部屋の中には椅子やテーブル等の家具も有り、ボロボロで朽ち果てているような物からまだまだ使えそうなものまであって、頑張れば今でも人が住めるような部屋だった。
というか、今でも人が住んでいるんじゃないかと思えたくらいだ。
その部屋から適当に探索を進めていくと洞窟内の狭い道みたいな所に出たのだが、そこを辿って行くと途中にまた部屋があった。
ここは普通の民家な感じではなく、部屋の一つ一つがやたら長い道で作られていて、まるで部屋は少ないが通路は長いスッカスカなお城みたいだと感じた。
まぁ、俺も城の内部なんて見た事はないので知らないけれども。
とにかく部屋と部屋の間を繋ぐ通路が妙に長かったんだ。
適当な部屋の中に入ってみると、そこがやたら豪勢な家具やら棚やらが並んだ部屋だったんで、妙にテンションが上ってたんだよな。
アイテムもパクり放題だし、ここは魔物の気配がなかったので、しばらくここで休んでいこうとか考えていたんだ。
だからその部屋で寝たんだったっけか?
いや、あの部屋には石でできた硬いベッドのようなものがひとつあった。寝るんだったらそこで寝るだろう。
何で床に寝転がっていたのかは良くわからないが、とにかく俺はその部屋の中でコーラスさん達と出会うまで眠っていたのだ。
そこまで詳細に思い出すことができた。
ともかく、今俺は手ぶらだ。装備品である剣と、重くても頑張ってここまで持ち歩いてきた道具袋を持っていない。
あの部屋に置いてきたんだ。そう思ってさっき自分が寝ていた部屋へと引き返した。
「っつか、ここだったよな……?」
戻ったはいいけど、さっきの部屋がここなのか確信が持てない。
何せ、真っ暗闇の中をただひたすら走ってきただけなのだから。
「っつか、俺は何やってんだ。とりあえず明かりをつけないと……」
考え事に夢中ですっかり忘れていた。
俺もコーラスさんと同じように右手に火の魔法を作って、それを明かりの代わりとする。
そのお陰で、さっきは余裕もなくて見れなかった部屋の内部がよく見える。
っつか、ここ、立派に部屋だ。
テーブルがあり、椅子がある。タンスと思われるようなものも、本棚と思われるような物もある。ラックにも、見たことないような物が陳列されている。
「なんだこれ……?」
自分の荷物を見つけるために部屋の中を見渡していると、四角い手のひらサイズの箱があった。
その箱は銅のようなもので作られている。更にその箱にはボタン……というか、引き金のような物があったので、とりあえず押してみる。
「…………」
何も起こらなかった。
「って、今人待たせてんだった。剣と道具袋……」
とりあえず箱をラックに戻して、自分の炎の魔法を手がかりに目的の物を探す。
目新しい物はすぐに触ってみたくなってしまうのが俺の悪い癖だ。もしかしたら、変なモノ触って、そのせいで眠ってしまったのかもしれない。
「あった!」
俺がさっき寝転がっていたと思われる所に、ちゃんと俺の剣と道具袋があった。
それを手にしてさっさと二人のいる所に戻ろうとする。
「…………」
これ、さっきの箱とかパクっても、別に問題ないよね……?
鉱石や植物と違って、明らかに誰かの所有物っぽい置き方がされていたので気が引けるが、今所有者がここに住んでいる訳ではないんだろうから問題ないとは思う。
ここは古代セディアールの遺跡だっていうし、古代の人の所有物なんだろうということにして、さっきの箱を道具袋の中に放り投げ、その場を後にした。
「すんません!俺の荷物置いてきちゃったんで……」
「忘れ物ですか?」
今度は自分の炎の魔法の明かりのお陰で、変な不安に煽られることなく戻ることができた。
途中で暗闇の中で光るコーラスさんの明かりも見つけたし迷うこともなかった。
サバトさんとやらは先に行ったかなと思ったが、かったるそうな感じでその場に留まっててくれた。
が、俺を見る顔がすごく怖い。さっきまではあまり顔がよく見えなかったけど、改めて見てみると、凄く怖い。
短髪、ヒゲ、顔が傷だらけ、目が鋭すぎる。多分俺より年上なんだろうと思う。
二人と合流すると、すかさずサバトさんが俺に歩み寄ってきて胸ぐらを掴みあげ、顔を近づけて睨んできた。
「次やったら置いてく」
「す、すんません……」
彼は凄い怖い顔と声で静かにそう言い放ち、俺が怯えながらも謝ると、掴んでいた手を離す。
そして彼はそのままゆっくりと前の方へと進んでいった。
「こえぇ~……」
「す、すみません……。いつもこんな調子なんで……」
またコーラスさんが謝ってくれた。
別にコーラスさんは悪くないし、サバトさんだって手をあげた訳ではないんだから謝らなくてもいいところなんだけど、コーラスさんもこういうシチュエーションに慣れているのかもしれない。
あのサバトさんが人を無駄に威嚇しては、コーラスさんが後々にその人に謝ってフォローする……みたいな流れがもう出来上がっているのかもしれないな。
ともかく、俺とコーラスさんは前を行く粗暴な物体の後をつけるように並んで歩き始めた。
「荷物……だったんですね。気が付かなくて申し訳ないです」
「あ、いえ、俺の方こそすんません」
そういえば、人と話すのも久しい感じがする。
ソロで行動していた俺は、もちろん遺跡内でもずっと一人だ。
稀に人とすれ違ったり、他人が戦っている音がしたりする場に遭遇したけれども、基本的に俺の方から避けて通った。
俺の今までの経験上、信頼出来ない人間とは余裕がない場では行動を共にするものじゃないと思っているからだ。
言葉は悪いかもしれないけれども、知らない人と関わると報酬揉めとか裏切りとか足手まといとか、余計なことを気にかけなくてはならなくなる。
また、人と関わって楽しかったりすると情が入ってしまうんだけれども、そのせいで取れる選択肢が減ったというのはよくあることだ。
余裕のある場所でそう感じたことが何度かあるからよく分かる。
分かりやすい例で言えば、俺一人なら逃げられる敵でも、仲間には逃げられる体力が残ってないとか、そういう時だ。
「特に人と関わるのが好きなお前は気をつけた方がいい」と尊敬している先輩から教わったことがある。
当時の俺は仲間がいれば凌げる場面の方が多いとかなんとか、その人と意見を交わしたことがあったが、「仲間に頼っているようではそのうち死ぬ。自分独りで考えて自分独りで生き抜く術を極めてからそういう事は考えろ」という言葉を貰った。
その言葉が強く印象に残っていて、結局その後その人に命を助けてもらった後に俺もそうなりたいと思った経緯がある。
自分の身をしっかり自分で守れる状況でなければ、他の人を守れるはずがない。
自分より強い人に頼って、守ってもらおうと思うな……そういう事だと俺なりに解釈している。
自分が強くなって余裕が出来れば人助けなんていくらでも出来るわけなんで、人助けがしたいなら自分が強くなればいいと思い直したんだ。
そういうことがあって、この遺跡のレベルはまだ俺の中で余裕という状況ではないから、人と関わりをあえてもたなかった。
そういう訳で人と話すのは久しいのだが、この人は俺に話しかけて何をしようとしているのだろうか?
とりあえず言われるがままに歩いてはいるけれども、これからこの人達も俺も何をしようとしているのか全く謎だ。
騙し討ちを狙って荷物を根こそぎ奪われるなんてことも考えられるだろうし、少し用心しなくてはならない。
「それよりどうしたんすか? 何かありました?」
「すみません。説明していなかったですよね。そのうち理解できるとは思うんですが、ここから出られなくなったんです」
「え?」
「何故かここの入り口が塞がってしまって、ここから一切出られなくなってしまったんですよ」
「ど、どういう事だ……?」
入り口が塞がった?
なら掘り起こせばいい。
急に出られなくなったと言われてもピンとこなかった。
「入り口におかしな壁ができてしまって、どうやってもそれを破ることができないんです」
「おかしな壁?」
「実際に見て触ってみないと理解できないかもしれませんね……。赤みがかかっている、魔法で作られたバリアのような壁……としか説明できません。それのせいで、この中にいる人は全員監禁されているような状態になっている訳なんです」
「まじかよ……」
俺が寝ている間にそんなことになっていたのか……。
面倒な事にならなければいいけど……。
「それで、人を集めて突破しようと?」
「いえ、なんかその現象について知っているような人がいたんです。その人が言うには、今この中にいる人を全員集めて来い……と」
「はぁ……なるほど。それで、えっと……コーラスさんは中を探しまわって、俺を見つけた……と」
「そうです」
「で、そいつに言われた通り、今からその事情を知っている人の所へ行く……と」
「はい。結構な人数がいたんで、驚くかもしれませんね」
そう言ってコーラスさんは笑う。
結構な人数が集まっている……ということ事は、この恐ろしい遺跡内をかいくぐってここまで来た人が結構いるという事か?
ここに来るまでそんなに頻繁に人に会わなかったので、なんか不思議な感じがする。
それにしても、世の中広いんだな。
この中に入る前は一番乗りの気分で凄い気持ちが高揚していたんだけれども、その実そんなことは全くなかった訳だ。
別に俺が世の中で一番強いとか凄いと思っている訳ではないんだけれども、ここまで来るのに結構苦労したぞ。
世界中から腕に自信のある奴が集まってきているということなんだろうか。
俺もそういった人たちの中の一人ってだけなのかもしれない。
ってことは、このコーラスさんも前を歩くサバトって人も、結構な実力者ってことになるんだよな。
サバトさんは結構大振りな剣を持っていたな。コーラスさんは見た感じ小振りの剣を持っている。
この剣メインで戦う事は難しいだろうし、コーラスさんは魔法も剣も使えるマルチファイターってところか?
とにかく、ここまで来られたということはかなりの実力者である事は間違いないだろう。
「結構広いんですよねここ……。一体なんでこんな所にこんな作りのものが……」
「明らかに人工物っすもんね……。地下シェルターとか、そんな感じなんすかね……」
とにかく、この暗くて細長い一本道をただひたすら歩く。
それでも中々前が見えない。
俺も寝る前にここを通ったはずなんだけど、その時も無駄に長い通路だなぁなんて思ったんだよな。
「おかしな所ですね」なんてコーラスさんと話しながら、俺は二人に連れられてひたすら歩いて行った。
細長い通路を出ると、広めの薄暗い部屋に辿り着いた。
その部屋は所々に火を灯した明かりがついており、自前で作ったファイアの魔法がなくても中はそれとなく見渡せる。かなり広い部屋だ。富豪の家のリビングくらいにはある。
そこに7,8人?
いや、奥の方にもっといるかもしれない。確かに結構な数の人が立ったり座り込んだりしていた。
サバトさんもその中に混じって適当な所に一人で突っ立っているのが確認できた。
俺はそのたくさんの人の前を通り、コーラスさんにある人の所に連れられて行く。
コーラスさんはその人の前に出て、俺を紹介するように「一人、こっち側にもいました」と伝えていた。
「ども」
「一人か?」
コーラスさんは俺に人を紹介すると……逆なのかな? 紹介したい人の所に俺を連れて行くと、お役御免と言わんばかりに一礼して、サバトさんの座っている所に行ってしまった。
コーラスさんが紹介してくれた人は壁を背もたれにして本を読んでいる所だったみたいだが、コーラスさんが俺を連れてきたと報告すると、パタリと読んでいた本を閉じて俺の方を向く。
その人は細身で長身、深い藍色のマントで身を覆っている、かなり男前な感じの人だった。
年は俺より上だろうか。
声の調子からも、かなりクールな印象を受けた。
「あ、はい。一人っす」
「状況は聞かされているか?」
「はぁ……それとなくっすけど、実感沸かなくて……」
「すまないが、人を把握するために取り敢えず用に名前と特徴を一致させたい。名前と、それから外見でわかる特徴……何かないか? 言ってくれ」
「あ、ロクっす。ロク=セイウェル。特徴は……特徴って……」
「自分にしかない傷とか、それがあればお前がロク=セイウェルだって、他の人が見ても分かるものがいい。男……黒髪の短髪だけじゃちょっと弱い」
ですね。この人も黒髪……深い藍色の髪だけど、短髪で男だもんな。
でも、他の人と違う自分の外見的な特徴なんていきなり言われても、ピンと来ない。
服装じゃダメなんかな……? いつもっつか、魔物とやりあう事がわかっている時は服の下に必ず愛用の鋼の胸当てを仕込んでいるんだけど、それでなんとか分からねぇかな。
「いつも胸に鋼を仕込んでるんすけど、それじゃダメっすか? 俺の胸を叩けばロク=セイウェルだって分かりそうっすけど……」
「他の人間もつけている可能性がある。できればお前唯一の特徴が欲しい。簡単なもので構わない」
そんな事言われてもな……。
あ、傷か。一応腕に傷があったかな?
狼みたいな魔物に噛み付かれた時にできた、左肩辺りにできた傷が……。
でも、これ治ったら消えそうだけど平気かな?
「左肩に噛まれたような傷跡があるはずなんすけど……」
そう言って袖をまくって見せてやる。
俺もちゃんと確認したの初めてだけど、立派に傷跡になって残っていた。
回復魔法をかけ続ければそのうちこういった類の傷は消えてしまうんだけれども、魔法力が勿体ないから止血が済んだらとっとと回復魔法を切り上げたのが幸いしたかな。
「すまない、これでいい」
それを確認すると、その人は本に……いや、本の上に紙を敷いているっぽいな。
その紙に何やら書き込み始めた。
俺だけでなく、この場にいる人全員をその紙で管理しているのだろう。
「俺はシドルツだ。お前は古代語が読めるか?」
「は?」
急だな。
古代語……?
あ、そういえば、俺が寝る前の記憶だけれども、ここにあった本を読もうとして手にとったことがあったな。
でも、どれも文字が全く読めなかったから、凄い悔しい思いをした。
本は重くてかさばるから持ち帰るには大変そうだけれども、一冊だけなら持って帰ってもいいかと思って道具袋の中に突っ込んだ……と、そんな記憶がある。
今手元に道具袋はあるけど、多分その中に入っていると思う。
そんな記憶を呼び起こしていると、シドルツと名乗った男は手に持っていた本を俺に見せてきた。
中身を確認してみるけれども、やっぱり書いてある文字は全く読めなかった。
「全然読めないっす。初めてみた文字なんすけど、これ、古代語なんすか?」
「そうか……。残念だ」
そうため息をついたような感じで呟いて、シドルツさんは本を閉じた。
「この閉じ込められた現状は、今の時代では分からない技術や魔法から作られた現象だ。これを解き明かすにはそこらに散らばっている本から古代語を正確に読み解いて、解法を出す必要がある。俺は多少古代語が読めるし、解法に該当する記述も読んだ。だが、裏付けや他の解法も欲しいんだ。それを見つける為に他の本も読み漁らないといけないんだが、この量は俺一人では無理だ。もしお前が読めるというのであれば、非常に助かったんだが……」
「す、すいません……」
なるほど、そういう事ね。
っていうか、閉じ込められた原因も解法も、この人は分かっているという事なのか?
なんでもったいぶってんだ??
「いや、謝ることではない。俺の他に読める奴はまだ誰一人として出てきていない。今、この中に閉じ込められた人が他にいないか探してもらっているが、それに賭けるしかない」
「えっと……シドルツさん……でしたよね? シドルツさんは、こうなった原因もその解き方も分かっているってことなんすか?」
「そうだ」
「え、どうしてこうなったんすか? っつか、解き方分かってるならじゃんじゃか解いちゃいません?」
「それを今の段階で言うことはできない。解ける方法は分かりはしたが、簡単に解けるということでもない。更に、厳密に言えば俺が解ける訳ではない。この中に閉じ込められた人間が全員ここに集まったら全て話そうと思う。そうでないと、後々取り返しのつかないことになる。その時がきたら全て話そう。すまないが、その時まで待っていてくれるか?」
「はぁ……」
シドルツさんは色々としゃべっているが、ぼそぼそしていて聞きづらい。
そして、どういう事なのかよく分からない。
というか、閉じ込められている実感も実はない。
そういうことなんで、実際に閉じ込められている現場を見てみようと思った。
「ちょっと、出口見に行っていいすか?」
「できれば、どこにも行かないでここで待機していて欲しい。お前がまたいなくなれば、その分ここにいる全ての人間がお前を待つことになる」
「出口ってここから遠いんでしたっけか?」
「お前がやってきたのが、そこ」
そう言って、シドルツさんはさっき俺とコーラスさんが一緒に歩いてきた方向を指さした。
「そして、その正反対に位置する向こう側がここの出口になっている。遠くはない」
「あ、じゃ、ちょっと行ってきていいすかね? すぐ戻ってくるんで!」
「分かった。俺が把握していれば問題ないだろう」
「すんません!」
一旦床に置いた自分の荷物を再び引き上げて出口……この部屋の入口になるのか? 入り口が今どうなっているのか、見に行ってみることにした。
「よっ、お疲れちゃん」
「?」
シドルツさんに言われた通り部屋の出口に向かっていると、一人の男に肩を叩かれ、声を掛けられた。
気さくな感じで声を掛けられたのだが、顔を確認してみても俺の知り合いなんてことはなかった。
「いや~……大変な事になっちゃったね~……。もう、みんなどんよりどんより。せっかく人が集まったんだから、ぱぁ~っと行きたいよね」
「はぁ……」
ウインクしての軽いノリでしゃべってくる。
何だこのテンション。
閉じ込められたという現実があってか、広場にいる連中はこぞって暗い面持ちだったけれども、この人だけはやたら場にそぐわないおかしいテンションだ。
バカな人なのか、あえてこの空気を明るくしようとしているのか、結構楽観的な状況なのか……。
「どこ行くの?」
「ちょっと入り口に。閉じ込められたとは聞いたけど、まだ俺閉じ込められた現場見てないんで……」
「そうかそうかー! じゃあ、せっかくだから帰り一緒に飲みに行かね?」
「行くとこあんの!? 凄い楽観的だな!! 悲観的な状況でもないの!?」
「そりゃあ、気分最悪っしょ。こんな辛気臭い所に閉じ込められてんだよ?だったら飲むしかないじゃない」
「はぁ……」
何だこの人。
やっぱちょっと頭おかしい人なのかな?
「っつか、君、誰?」
「あんたが誰だよ!! 俺はロク!」
「じゃあ俺ナナ!」
「なに人の名前使ってカウントアップしてんだよ! 失礼な人っすねあんた!!」
「あ、『ゴ』とかの方が良かった?」
「…………」
なんなのこの人。
やりたい事あるし、うっとおしいからどっか行って欲しいんだけど……。
もう、めんどくさいのである程度無視して出口へ行くことにする。
「ごめんごめん! 俺はクルフローゼ、みんなクルフって呼ぶからそう呼んでいいぜ!」
そう行ってクルフローゼと名乗った男は俺の前に出て手を差し出してくる。
まぁ、無意味に敵を作ることもないし、とりあえずはその手を握り返しておいた。
このクルフという男はぼっさぼさな赤い髪が特徴的で、年は俺より少し上くらいだろうか。
黒いマントで首から下を覆っており、背はあまり高くないが腕はがっちりしていた。
今は武器こそ持っていない様子だが、恐らくは魔法ではなく武器で戦う戦士なんだろう。
そうだ、この人もここにいるってことは、かなりの手練だということになる。あまりそうには見えないけれども……。
「同じ閉じ込められた者同士、いわば引きこもり同盟って奴だ! 仲良くやろうぜ!」
そう言ってこの愉快な男は俺の肩を引き、バンバンと叩きながら笑う。
俺は「はいはいよろしくよろしく」とか、適当に返しつつ、出口に向かった。
今絶望的な状態なのか、意外にすぐ出られたりするのか分からない状態だけれども、絶望的な状態でお通夜みたいな感じになるのも嫌だし、こういう奴が一人くらい居てもいいのかもしれない。
意外とこういう奴が強運を見せて、ラッキーで出口を見つけたりするのかもしれないしな。
「ん?」
愉快な男と一緒に出口……っつか入り口にあるドアを程なく見つけたわけだが、それを手にかけて開けようとすると普通に開いた。
別に何てこともない、普通に入り口だ。簡単に出られそうである。
「あれ? 閉じ込められているって聞いたけど……」
「問題はここ出た所なのよ……。んで、ロクちゃんさ、妹さんいるでしょ? ナナって名前の!」
「いねぇよ。ゴっていう名前の兄もいねぇ。っつか、人の名前で遊ばないでもらっていいすか?」
クルフという男に目も合わせず、入り口のドアの様子を確認する。
確か、コーラスさんの話だと、赤い壁がなんとかって話だったんだが……。
とりあえず、普通にドアは開けられそうだったので開けてみた。
扉を開け、外を見た瞬間に何となく理解した。
扉の先の景色は何となく見えるのだけれども、途中で半透明の赤い結界みたいなのがかけられており、先の景色もそれを通して赤く見えていた。
実際に扉から外に出ることが出来たので扉の外に足を踏み出してみたんだが、入り口から出て4,5メートルの所に半透明の薄い赤みがかかった、それはまるで壁のようなものが張られていた。
「……なるほど」
赤い壁は縦にも横にも延々と続いており、上は天井、下は地面、横は他の壁が当たる所まで目一杯張られていた。
実際にその赤い壁に触ってみると、感触は壁そのもの。硬くて簡単に壊せそうな感じではなかった。
その赤い壁のせいで入り口である扉から外に出て前に5~6歩、左右には7~8歩程度しか歩くスペースがなく、確かにここから外側には出られない状態となっていた。
「どうなってんだろうなぁ……これ」
「!?」
クルフのいる後ろからではなく、横から声を掛けられた。
不意をつかれたんで驚きながら振り返ると、そこにはまた別の男がいた。
「びっくりした……」
「お、すまん。驚かせるつもりはなかった」
男は赤い壁を押したりつついたり叩いたりしながら、そう謝ってきた。
「お、ジェイじゃーん!!ジェイじゃーん!!」
そして、後ろから愉快な声。
さっきのクルフという男の知り合いなのか、ジェイと呼ばれた男は名前を呼ばれると振り返ってクルフに軽く会釈をする。
「何でそんな楽しそうなんだよ……」
思わず俺は楽し気なクルフに対してそう漏らしてしまった。
それにはジェイと呼ばれた男も苦笑いして同調してくれる。
「ははっ。変な人奴だよなぁ」
「知り合いなんすか?」
「知り合いっつか、出られなくなる前にちょろっとこの中で出くわして話をしただけなはずなだけどね……」
あぁ、なんとなく想像はついたわ。
クルフって男とはそれだけの仲なはずなのに、妙に馴れ馴れしく話しかけられちゃってるって訳ね。
「あれ!? ジェイとロクちゃんは元々知り合い?」
「いや、今初めてここで会った。……知り合い?」
ジェイと呼ばれた男は、クルフと俺の仲を指して俺にそう聞いてくる。
「いや、たったさっき顔を合わせたばかりだ」
「もうそれは知り合いっつーか、立派に同盟関係を組んだ仲間でしょ!?」
「…………」
引きこもり同盟だっけか?
そんな事はどうでもいい。このジェイって人の方がめんどくさくなく話せそうなんで、ジェイって人に話をふる。
「これ、どうなってんすかね……」
「わっかんねぇんだよな……。唯一シドルツさんっつー人が知ってるんだけど、なんでか教えてくれないんだよな」
この人もさっきのクールな男……シドルツさんに既に会っているようだ。ひとりひとり顔を確認していたから、当然と言えば当然なんだろうけれど。
「クルフは何か聞かされてないの? シドルツさんに」
「いんや、俺にも教えてくれね。結構まずいことになっているっぽいのは、雰囲気で伝わってくるんだけどな。まぁ、なんとかなるっしょ」
俺がそう聞くと、クルフはそう楽観的に答えてきた。
「クルフは元からシドルツさんの仲間なんだろ? それでも教えてくれないのか?」
更にジェイがそうクルフに聞いていた。
このクルフっていう男はシドルツさんと一緒にここに来ていたのか。
「仲間っつか、俺はシドと2層の途中で出会っただけだしなぁ……。そこまで信用されてないのかも。ロクちゃんは何かシドから聞かされた?」
「いや、全員揃ったら話さないとまずいことになるとかなんとかで……」
「どういうことなんだろうな……」
三人して頭を抱える。
このクルフという人は2層でシドルツさんと出会ってそれから一緒で、このジェイっていう人はこの部屋に入ってからクルフとシドルツさん一行に出会った……と。
俺以外の人は結構そうやって協力関係を築いてるんだなぁと、少し感心してしまった。
「あんた、ここに来てからずっとシドルツさんと一緒にいたんだろ? 何か気付かなかったのか? えと……あなたもここに来てからシドルツさんと一緒にいたんすよね? 何か気付かなかったっすか……?」
「いや、何で俺だけ妙な敬語だよ。いいよタメ語で。俺はジェイ、よろしくな」
「あ、ども。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって……。俺はロク、よろしく」
ジェイと軽く握手を交わす。
俺も何で変な言葉遣いになるのか良くわからない。
基本的に知り合いはタメ語、依頼主は敬語……という感じで使い分けていたんだが、初めて会う同業の人間と話すノリを忘れてしまったせいか、変な口ぶりになっていた。もう少し共同任務に精を出していれば違ったのかもしれん。
クルフの方はノリがもうそれだったんで、適当にタメ語でも問題ないかなと思ったからそうなった。例えノリがおかしくても、そういう方が実際助かるのかもな。
このジェイって男は、俺と同い年くらいの男で、栗色の短髪をしており、額に巻きつけている鉢金に特徴がある。さっきのシドルツさんのノートには、栗色短髪鉢金という風に書いてあるかもしれない。
気さくそうな人で、誰とでも仲良くなれそうな良い兄ちゃんっぽい爽やかな好青年という印象を受けた。
「俺もこの人とシドルツさんと多少一緒に居たりはしたけど、ほとんど独りで探索してたからなぁ。もっとも、話してたのは専らこの人とで、シドルツさんは本がたくさんある部屋でずっと本を読んでたよ」
と、ジェイはクルフを指しながら言う。
「まぁ、俺も同じようなもんだな。シドはずっと本。俺は適当に他の物を物色。壁が発覚する前も後も同じだ」
「……あの人の言うとおり、とりあえずは全員が揃うのを待つしかないのか……」
「でもよ、なんとかして抜けられないのかこれ?」
そう言ってジェイは目の前の赤い壁をかなり思い切り殴りつけていた。
が、びくともしない。拳が痛そうだ。
「ちょっといいか?」
俺も試してみたくなったので、一旦道具袋を置いて、持っていた剣を引き抜いた。
同時に二人を少し後ろに下げる。
「たぁ!!」
最初に2~3回軽く斬りつけてみたが、びくともしない。
かなり硬い金属でも斬りつけているような感触だった。
思い切りやったら、剣がぽっきりいきそうなのでこれ以上はやめておく。これがなくなったら帰りに絶対死ぬ。
斬撃がダメだとわかったので、一旦剣を鞘に収めて、次は魔法を試してみる。
こういった壁は炎や氷をぶつけてもどうにもならないので、爆発を起こしてみる。
今度こそ少し危険なので、二人を更に後ろに下げて、かなりの火力を込めて放ってみた。
それでも、ドーンという轟音が鳴り響いただけで壁が壊れた感触はまるでない。
「けったいな魔法使うなあんた」
「ダメだな。物理も魔法も行ける気がしない」
「なんでこんなのが急に出てきたんだろうな……全く意味が分からんわ」
「色んな人が試してもダメだったんだわ。だから困ってんだけど、案外どっかのボタンとか押したらあっさり解除されんじゃない?」
と、クルフはやはり楽観そうにそう言う。
俺もこんなんで出られなくなって、ここで死ぬまで暮らすなんてのは嫌だ。
でも、クルフが言うように俺もなんとかなるんじゃないかなと思う。
もしこれが古代の技術とやらで出来上がったものだとしたら、解除できないと古代の人だって困るはずだ。とりあえず技術を駆使して壁を作ってみましたが、出られなくなりましたとか間抜けにも程がある。
そもそも、消えないし壊れない壁だったら俺がここに来た時に既に壁があったはずだ。
多分クルフの言うとおり、どっかにスイッチがあるとか、この内部に抜け道があって終わりとか、そんなオチなんじゃないかと思う。
そんな話をしていると不意に入り口の扉が開き、中からシドルツさんが顔を覗かせた。
「凄い音がしたな……破壊も無理だっただろう。とりあえずそろそろ集まりそうなんで、一旦中に入ってくれるか?」
そろそろ人が集まりそうだというので、俺達三人はシドルツさんに連れられて中へと戻っていった。
とりあえず、状況はだいたい掴めた。
確かに今のままだと、外にでることは出来ないというのも理解できた。
これ以上のことは何も分からないので、とりあえずはこのシドルツさんの話を聞いてからにしたいと思う。
こんなびくともしない扉が突然出現するなんてことが予想外の出来事だっただけに、自分が一人の時にこんなことにならないで良かったと思う。
普段は独りで何でもやっているが、この時ばかりは他に同じことで困っている人間がいて助かったと思った。
古代語が分かって、解法も分かっているという人がいれば何も問題はない。
ただ、そのシドルツさんが何かまずそうな様子だったというのが、俺の中で引っかかっていた。