18.孤独な戦い
―― 6日目 1回目食事前 ――
リエルを連れてリビングへ戻ろうとするのだが、いきなりここでリエルをリビングへ出したらオルロゼオを筆頭に何をしでかすかわからないので、とりあえずは一人でリビングへと戻ってみんなへリエルと話し合えたことを伝え、リエルもここに来ているから手を出さないで欲しいとお願いした。
みんなはコスターさんに何を吹きこまれたのか、武器を構えて俺を待っていた。
俺はここに来る途中でジェイから借りた剣を持ってきたので、みんなと武器を持って対峙するかのような形に一瞬なってしまったが、すぐに手放して敵意はないと伝えると、みんなも分かってくれたようでひとまずは落ち着いてくれた。
リエルが帰ってきても話し合いが終わるまでは一切手を出さないことを条件に、リエルもリビングの中へと通す。
みんなの雰囲気はかなり俺とリエルを警戒しているようで、完全にアウェーな状態だ。ジェイやトルネもどことなく俺を警戒しているんじゃないかという雰囲気が感じ取れる。
俺とリエルの話し合いの間が長かったのが痛かったのか、コスターさんに色々と吹きこまれているような気がした。
いわば、今この状態は俺とリエル以外は全員敵という感じだ。
位置関係も、完全に俺とリエルVSその他全員みたいな感じで俺はみんなと向き合う形の位置に立っている。リエルは俺の横……というか少し後ろに位置取り、そこで黙って聞いているように俺は指示した。
俺は今からこの状態をひっくり返して一人残らず全員を納得させなくてはならない。
簡単な事じゃない気はするけど、リエルと約束をしたんだ。必ず成功させなくてはいけないんだ!
「事情は全部リエルから聞いた。リエルは自分でうまく話せないということもあるが、彼女が話したらいらない先入観でややこしくなることもあるだろう。今ここではリエルに代わって俺が全てを話したいと思う。みんなも落ち着いて聞いてくれ。俺は武器を持ってない。みんなを襲うようなことは一切ない」
「分かりました。こちらも大体の話はまとまっています。どうぞ、事情を話してみてください」
「反論や意見は俺の説明が終わってから全部聞く。それまではしっかり最後まで聞いて欲しい」
そう前置きして説明を始めた。
最初にリエルがエドリックを殺した犯人であることを告げ、それから順を追ってリエルの口から聞いたことをなるべく俺やリエルの主観が混じらないように事実だけを淡々と話していった。
アリバイを見落としていると言った掃除の終わりの方の時間に、リエルがエドリックから声を掛けられたこと。着いていった先が大広間で、強姦されそうになったこと。あちらの方が先に武器を手にして斬りかかってきたこと。リエルはそれに応戦するような形で武器を取り、圧勝したこと。殺すつもりはなかったが、こっちが背を向けてその場から去ろうとしたら相手が隙をついて襲ってきたので危険を感じて、殺意を持って殺したということ。
こっちに有利な情報も不利な情報も、全部包み隠さず話したつもりだ。
みんなは俺の方を向いてしっかりと俺の話を聞いてくれているようだった。
俺の話が終わると、さっそくコスターさんがツッコミを入れてくる。
「なるほど。事情は理解出来ました。それで、あなたはそれを全て信じるのですか?」
「あぁ。何か問題でもあるのか?」
「相手は殺人犯ですよ? 殺した相手はもう喋ることはできない。いくらでも言い訳が捏造出来るということです」
「だから何だ? 所々に嘘が混じっているに決まっているから今のは聞かなかったことにして、自分たちの考えた処遇をそのまま適用しようとでも言うのか?」
「そういうことです。はっきり言ってしまえば、エドリックさんを殺したという自白が取れれば他はどうでもいいんです。いくらでも嘘がつけますからね。そんなの信用出来ないんですよ。言ってしまえば、あなたが入れ知恵して話を作った可能性だってある。エドリックさんは殺したが、グレハードさんは殺していないし魔核結晶も触っていない? その証拠がどこにあるっていうんですか。その証拠を出してくれるものと期待した私が愚かでしたよ。言いたいことはそれだけなんですね?」
「あんたのやろうとしているリエルに対する処遇によるな。俺だってエドリックさんを殺したことを無罪放免してくれと言っている訳じゃない。正当防衛とは言え、これだけ混乱を起こした訳だし、ルールを破ったことに対しては何らかの罰を受けても仕方ないと思う。ただ、リエルを殺そうというのであれば、俺は絶対にそれを許さない」
「あなたには残念な話なんですが、彼女は罪を償ってもらう意味でも、ここで死んで頂くことになりました。あなたがいない間におおよそみんなの意見はまとまってしまっているんですよ」
「冗談じゃない!! みんながそれを許容したっていうのか!? みんなどうなんだ!? 今のリエルの……俺の話を聞いても、それでもリエルが悪いと言うのか!?」
俺がみんなにそう言うも、周りのみんなは気まずそうにしているだけで返答はよこさなかった。
あの穏健派ジェイやトルネ、ニーナやウェリアさんまでもがどうしたらいいのか分からないと言った様子でおろおろしている。
これは完全にしてやられている。
俺がいない間に何を吹きこまれたのか知らないが、さっきまでジェイは『リエルを殺すようなことには同意しかねる』と言っていたはずなのにこの有り様だ。
思ったより悪化しているこの状況に、俺は戸惑いを隠せないでいた。
「ロクちゃんさ……。ここから出たくないの……?」
「なんだと……?」
そんな中、クルフが落ち着いた様子で話し始めた。
「みんなはいい加減こんな所から出たいと思っているんだよ。もちろん俺だってそうだ。ロクちゃんだってそうだろ? それで今まで散々犯人を探しても出られなかったわけだ。最初はフェンスを発動した犯人の手がかりがどこかで見つかったり、シドが違う脱出方法を見つけてくれるかもしれないと期待してたけどさ、それももう無理そうだよね。そしたらいつになったら俺達は出られるのさ? ロクちゃんはこの状態から犯人を特定できる自信がある?」
「…………」
そう言われてしまうと反論が出来ない。
魔核結晶を触れたことに関して、手がかりがこれ以上出ると期待するのは諦めた方がいいだろう。正直いってしまえばお手上げ状態だ。
犯人は他の人を全員殺すしかないんだから、その行動を起こした所でそれを捕まえるしかないかなぁくらい俺も心のどこかでは思っていた。犯人の殺人を待っていたと言われてしまっても仕方がない。
でも、それしか出来ることがないんだ。魔核結晶を触れたという手がかりを見つけるのは、それだけ難しい状態なんだ……。
「ないよね。あったらロクちゃんならとっくに発案してくれるはずだもんよ。こんなこと言うと絶対反感買うけれどもさ、俺、エドリックの奴が言ってた『片っ端から殺していけ』っていうの、理解できる気がしてきてたんだよ。だってそうしないと俺、ここから出られないんだもん。でも、今は状況が違う。その子が魔核結晶に触れたかどうかなんてのは分からないけれどもさ、今一番その疑いが強いのはその子だよね? だったら片っ端から殺していく前に、多くの人間が助かる確率が高い手段を選ぶのって普通なんじゃないかな? もう、それしかない所まで来ていると思うんだよ。ロクちゃんが魔核結晶に触れた犯人の証拠をバシッと出してくれるなら話は別だけどね」
そのクルフの話の途中、リエルが俺の服を震えた手で掴んできた。
これからどうなるのかを想像すると、いてもたってもいられないんだろう。
さっきは死ぬのなんか怖くないなんて言ってたが、強がっていただけなんだなと思う。
俺はリエルを安心させようと、その手を上からかぶせるように優しく握ってやった。
「クルフ……一旦冷静になって落ち着いてくれ。確かにリエルはエドリックさんに手をかけた犯人だが、魔核結晶に触れた犯人でもなければグレハードさん殺しを行った犯人でもないと言っているんだぞ。もちろん真偽は分からないが、分からないという意味では俺だってお前だって条件は同じだ。確率が高いということにはならない。それ以前に、その方法は絶対に俺は賛成しない。お前が言ってるのは考えるのを諦めた逃げだ」
俺はクルフの目を見て、冷静にそう言ってやる。
そこで一息入れると、今度は周りのみんなにも訴えるように視線をやった。
「魔核結晶に触れた犯人は分からないからどうしよもない。だが、みんな今は自分ではない人間を消し去ることで外に出られる可能性が出てくるチャンスだから、それに乗っかってやろうとしてるだけじゃないか! 犯人は必ず尻尾を出す。今はまだ14の人が残っている。犯人はそれを全員始末しなくちゃいけないんだ。ここで根拠もなく人を無駄に殺すようなことがあったら犯人が楽になるだけじゃないか! きっと勝機は見えてくるはずだ! それまでどうか辛抱強く待ってみないか?」
「……さっきロクちゃんいなかったからもう一度言うけどさ、実は俺、グレハードさんの件の時、部屋に戻る前に物音を聞いたんだよね……。それと、闇へ去っていく緑色のマント。少し寝ぼけていたから見間違えだったかもしれないけれどもさ、よく考えてみたらその子のマント、緑色じゃない? それを思い出した時、間違いないって思っちゃったんだよ……」
クルフは残念そうな感じでそんな衝撃の事実を後出ししてくる。
その言葉に、リエルは手にしている俺の服を左右に揺らして答えていた。
口でも確認を取ってみることにする。
「リエル、クルフはああ言ってるけれども、グレハードさんの件には関与していないんだよな?」
「うん」
リエルは力強く頷きながらそう答えた。返事の言葉にも力強さを感じる。
「クルフ。リエルは関与していないと言っている上に、リエルのアリバイはエドリックさんも確認していることだぞ? 何で今さらそんなことを言い出したんだ? 思い出すにはタイミングが良すぎないか?」
この場合、どっちかが確実に嘘をついているということになる。
俺も一瞬かなり動揺したが、出発前のリエルとのやりとりを思い出した。
あの時リエルは「私は君を信じる。だから、君は私を信じて」と、そう真剣な眼差しで俺に言った。
あの時のリエルの表情が凄く印象的だ。
ここでリエルを信じてやれないなら、俺は最初からこんなことすべきじゃなかったんだ。
クルフには悪いが、俺はリエルの方を信じる。
そうなると段々とクルフが犯人なんじゃないかと思えてきた。
クルフはグレハードさん殺しの容疑を掛けられたままなので、それを回避したいというのも働いたのかもしれない。
この状況でクルフとリエル、どっちが嘘を言っているかと天秤にかけられたら、周りはみんなリエルが嘘を付いていると思うだろう。
それも計算した上での発言なのかは分からないが、それをうまく利用された形となってしまった。
俺がいない間にこの発言をしたような感じだったな。
そのせいで一気にみんなはリエルへの不信感を重ねたのだろう。
ここはみんなも納得できるようにちゃんとクルフの方が嘘をついているっぽいという説明を返していかないと一気に崩れる。
「確かなことじゃなかったから、あの時にそんなことを言って混乱を招きたくなかったんだよ……。後出しみたいで卑怯と思われるかもしれないけれどもさ、今思い返せばそうだったかなって……」
「確かなことじゃないんだったらそれに惑わされないことだな。それともなんだ? 俺が『確かなことじゃないけど例の倉庫で魔核結晶に触れようとしている赤頭を見た気がする』と言えば、クルフが犯人か? この状況だったらみんなリエルが嘘をついているに決まっていると思うかもしれないけれども、みんなもよく考えてみてくれ。リエルはエドリックさんがアリバイを保証しているという点、グレハードさんの件で話し合っている時ならまだしも、今になってしかも都合よくリエルに合致した証言が出てきたという点、そして、その証言をしているのがグレハードさん殺しの疑いを掛けられているクルフだという点。また、それでもリエルが殺したというのであれば、リエルがエドリックさんをだまくらかしてアリバイを作ってもらって、起きているかも分からないグレハードさんの部屋に侵入して、グレハードさんだけを殺して逃げたという事実から、どうぞそのやり口と納得の行く説明をしてもらいたい。それでみんなが納得すればリエルが犯人ということでも俺は構わないが? 出来る奴はいるのか?」
その問いかけに答える人は暫く待ってみても出てこなかった。
少し思ったんだが、ここのメンバーは割りと人の意見に流されやすい人が多い気がする。
自分の意見と考えをはっきりと持って、相手と意見をぶつけあって行くようなスタイルの人はコスターさんくらいしかいなくて、そういう人たちの意見を聞いて自分がどう思うかという、割りと受け身な考え方を持っている人間が多いという印象だ。
その良し悪しは今はおいておくとして、だからこそこれで少しは流れが変わってくれたんじゃないかなと期待した。
「そうは言いますが、クルフさんがそんな嘘をあえてここで言う理由がありません。何より、彼女がグレハードさんを殺しに行ってないという証拠がありませんからね。クルフさんの意見は十分に参考に出来ると思いますが」
コスターさんがみんなを代表するように俺に対して反撃をしてくる。
この人は無駄に人を貶すような言葉をちょいちょい混ぜてくるから本当に苦手だ。
出来ればコスターさん以外の人と冷静に話し合いたいんだが、そうも言ってられないだろう。
ここはしっかりと反撃しておかないと周りの心象が悪いままで終わってしまう。
「クルフには悪いが、クルフがグレハードさんを殺しに行った真犯人だという可能性もある。事実、現状ではその疑いが強い訳だしな。ここでリエルに罪を被せることができればクルフに取って大きな利益となる。故意に嘘をついたにしろ、ただの記憶違いだったにしろ、ここでその発言をするのはクルフにとって意味のあることだ。リエルがグレハードさん殺しに関与していないというのは、エドリックさんの証言で明らかになっていると思っているのは俺だけか? エドリックさんがリエルの嘘のアリバイを保証する行為の方がよっぽど理由がない!」
「エドリックさんは彼女を強姦しようとしていたと言いましたね? それほエドリックさんは彼女を気に入っていたのではありませんか? それだったら庇う理由に十分になりますね」
「よく考えてみろ! あの状況を打開しないと自分がここから出られなくなるんだぞ? 犯人かもしれない人間をわざわざ匿って自分の脱出のチャンスを棒に振る奴がどこにいる!? あの局面でわざわざ嘘を付いて他人のアリバイを保証するなんて言うのは全く無意味なことだ! リエルとエドリックさんが元々ルトヴェンドさんとウェリアさんのような深い仲だったというなら少しは理解できなくもないが、二人はここで初めて会った者同士、それどころかリエルはこうしてエドリックさんを手に掛けている。自分の脱出のチャンスを棒に振ってまでして執着するような仲だったらとっくに誰かがそれに気づいているはずだ!」
「元々二人は恋仲だったという線も考えられますから!! それをずっと隠し続けていた可能性だって十分考えられる!! 今回殺したのも痴情のもつれかもしれませんねぇ!」
また無茶苦茶なことを。
他の人間はこの無茶苦茶具合でコスターさんの心象を悪くしたと思う。
こうなれば少しずつ風向きが変わってきてもいい。
「リエル、エドリックさんとは元々そういう仲だったのか?」
期待通りリエルは首を横に振った。
そして静かに俺にしか聞こえない程度の声量で「そんな訳ない」と付け加えてくる。
「リエルは違うと言っているが?」
「まぁ、そう言うしかないでしょうね。ところであなた、出身はどこでしたっけ? ジェスティアの下町、モーロスターだったと記憶していますが? あそこは治安が悪いことで有名ですねぇ。街を歩けば強盗、強姦、殺人は当たり前だと聞いています。あれ? エドリックさんも確かモーロスター出身だと聞いていましたが、これは偶然なんでしょうか?」
「…………」
まじか。こんな所で最悪の偶然が……。
言われてみればリエルとエドリック、双方とも雰囲気が似ているような気が……。
出身地と雰囲気なんて何の関係もないと思うけれども、二人共盗賊っぽいと言えば盗賊っぽいんだよな。
そのモーロスターっていう街が本当にこいつの言ってる通りの街なら、なんだか頷けてしまうんだが……。
え、まさか二人は本当に元々顔見知りだったのか?
リエルを見ても、その首はやはり横に振られている。
「出身が同じということは知ってたのか?」
「……あいつが自分から話しかけてきた。私は言ってないので、あいつは知らない」
つまり、リエルはエドリックが同郷だと把握はしていたが、エドリックは把握していなかったということか。
くそっ。そういうことは早く言って欲しかった。
これじゃあせっかく傾きかけてた風向きがまた元に戻ってしまう。
「あのなぁ……たまたま出身が同じだったら恋人か? ジェスティアやドリアース出身は恋人多いんだなぁ。俺は独り身か。残念だ」
「あなた、ふざけてます? いいんですかそんな態度で? 自分の立場わかってるんでしょうね? あくまで可能性の話をしているだけなんですよ。あなたの話は穴があるっていうことが言いたかったんです」
「まぁ仮にあんたの言うとおり、リエルが徹底的に嘘をついていたとしても、リエルがグレハードさんを殺しに行ったという根拠にはならない。話を戻そう。クルフの証言には曖昧な点も多いし不審な点もある。それでリエルを犯人だと思ってしまった人はもう一度考えなおして欲しい!」
「考え直す必要はないですね!! どれもこれも、彼女が今ここで死んでみればはっきりすることです」
「何度も言わせんじゃねぇぞ! それは俺が絶対に許さない!! そんな自分勝手な方法は絶対に俺が認めないからな!!」
「あなたね……さっきからおかしいんですよ。異常ですよ、異常。何で彼女を庇うんですか? 彼女は凶悪な殺人犯であって、庇う理由なんてどこにもないんですよ。現にここにいるみんな、あなた以外のみんなは彼女を危険人物として認識している。そんな人間を庇うなんて、あなた同罪ですよ?」
「俺の話を聞いていなかったのか? 彼女はエドリックに襲われたんだ! 返り討ちにしてしまったことはやり過ぎにしても酌量の余地は十分にある! その彼女の話を一言も聞かずに殺そうとしているあんたの方が異常だ!」
「まだ殺人犯の言い分を信じているんですか……本当にどこまでも馬鹿なんですねあなた。やり過ぎたなんて通用する状況でないことくらいは理解して下さいよホント。結果が全てなんですよ。この状況での殺人なんていうのは、犯人ですと言ってるようなもの。よしんば彼女の言い分が本当だったとしても、殺人なんて言うのは重罪ですよ重罪。それ相応の償いをしてもらうべきなんですよ! さっきクルフさんが馬鹿にもわかりやすく説明してくれましたが、もう一度説明しましょうか?」
「…………」
「ここにいる誰もがここから出たいと思っているにも関わらず、手がかりは一切見つからない。犯人と思わしき人間を殺していく。それしかない方法がないと思った矢先に飛んできた、大きなチャンス……いえ、決定打なんですよ。これはみんなで決めたことですから。もはやあなたの言い分なんて聞いている余地なんていうのもありませんね」
「ふざけんじゃねぇぞ!! みんなで決めたこと!? だとしたらお前ら全員にはガッカリだな!! 失望した!!」
それだけは言うまいと思っていたが、ついにカッとなって言ってしまった。
極力対抗してきた人間だけを責め、他の人間を悪くような手段は取らないつもりだった。
もしそれをやってしまうと、俺に対する対抗心を煽ってしまい状況が悪化してしまうから。
それでも、この決定に協力した人間にはもう我慢できないくらいに腹が立ってしまった。
これで俺は完全に孤立したも同然だが、そんなのはどうだっていいくらい腹が立った。
「みんな分かってる通り、魔核結晶に触れた犯人を探しだすのはもう容易なことじゃない。だが、裏を返せば誰が犯人でもおかしくない状況なんだよ! 散々説明しているが、リエルはエドリックを殺したと言えど、理由ははっきりしているんだ! 魔核結晶に触れたこととはなんら関係ないって分かっただろ!? いわば、リエルも俺も、お前らも全員魔核結晶に触れたかどうかは同じ立場なんだよ! その上で、無理やりこじつけてリエルが犯人だから殺しましょうだ!? ふざけんのも大概にしろよ!! お前らはこそこそ人に責任をなすりつけて、安全地帯から人殺しに関与してるって事実が分かってねぇのかよ!? 自分は絶対安全で、人を殺せばもしかしたら自分が脱出できるかもしれないから賛成してんだろ!? そんなのは卑怯者だ!! お前らはただただ自分の身ばかりの安全を確保して、影から人を傷つけているだけの卑怯者なんだよ!! 卑怯者だと思われたくなかったら自分も死ぬ思いでリエルを非難してみろ!! リエルが犯人でなかったら自分が死んでやるという覚悟を持ってかかってこいや!!」
俺の叫ぶような声で、場は一気に静まり返った。
俺の言葉に反論してくる奴は出てきていない。
こうなったらもうヤケだ。我慢しないで思っていることを全部ぶちまけてやる。
「おいどうしたクルフ! お前、嘘をついてまでしてリエルを貶めようとしてたよな? 魔核結晶に触れた犯人なら、この場で一人でも多く死んだほうが助かるなぁ。ここでリエルが死んだらラッキーだろうなぁ。犯人なら、どうしてもリエルを殺す流れに持って行きたいのも分かるわ」
「…………」
「コスターさんよ、お前、どうしてもリエルを殺したがっているな? 魔核結晶に触れた犯人なんじゃねぇのか? おいこれでリエルを殺して、フェンスが開かなかったらどう責任取ってくれるんだ? お前も人殺しになっちまうなぁ。その後に責任取って死ぬか? 答えてみろよ!」
「ついに本性を出したか! 危険な男だ!! ならどうですか! あなたこそ、ここで彼女が犯人だったら、この場を乱した責任を取る覚悟は出来ているんでしょうね? 彼女が犯人だったらこの責任を取って死ねますか!? あなたこそが卑怯者だ!!」
何言ってんだこの馬鹿。
お前らと俺では主張していることが全く逆だ。
お前らは人を殺そうなんていう極めて危険な主張する割には自分は死にませんなんていう釣り合いの取れてない態度を取っているんだ。
それを俺は非難している。
この場を乱したというのは正解かもしれんが、その責任を取って死ぬというのが不釣合いなのは誰が見ても分かる。
でも、ここで引き下がってはいけない。
俺はもうリエルを信じると決めたんだ。彼女は確かに俺の目を見て自分は結晶には触れてないと言ってくれた。
いいだろう。物的な証拠も立派な根拠もないが、それだけを信じて言ってやるさ。
「上等だ! リエルが犯人だったら俺も大人しく責任取って死んでやるさ! 俺はお前らと違って、この場を守ることに命賭けてんだよ!! お前らみたいに自分だけ安全なんて卑怯なことはしねぇ!! リエルが犯人だったらこの首掻っ切って死んでやる!!」
「聞きましたかみなさん彼の命がけの誓い! もうこれで彼は彼女を犯人でないとすることしか出来なくなりましたよ!! こうなってしまったらもう、彼の言うことなんか聞いちゃいけない! 彼は私達の明確な敵なのですから!」
それを聞いて安い挑発に乗っかってしまったことを少しだけ後悔した。
まんまと相手の罠にはまってしまったような気がする。
俺は落ち着きを取り戻そうとしたが、言ってしまった事を取り消すこともできないし、その覚悟を取り消そうとも思っていない。
それなら、徹底的に全員を敵に回して彼女を守り切ってやろうと決めた。最初からそのつもりだったけれども。
俺も火が点いて、一気に捲し立ててやろうと思ったのだが、この状況を見てまずいと感じたのか、ジェイが俺とコスターさんの間に入ってきて落ち着かせようとしてくれた。
「どうどうどうどう。落ち着こう。な? ロク。お前の言った通り、そんな事したらまさに真犯人の思う壺だろうに」
「ジェイ! お前もリエルを殺すことに賛成したのか!? お前も安全地帯から人殺しをするような事に賛成したっていうのかよ!?」
「一旦落ち着こう。ほら、深呼吸だ深呼吸。確かにお前の言うとおり、俺もコスターさんに何となく賛成してたけど、無責任だったな。反省している。それはそれとして、一旦落ち着こうな。命なんて賭けなくていいんだ。無駄に死ぬことなんて全くないさ」
ジェイがそう言って俺をなだめてくれる。
その間に不意に横からスッとリエルが俺の前に出てきた。
何のつもりだと思って見ていると、リエルは急にその場で着けていたマントを外し、更には腰に巻いていた自分の武器が入った道具袋まで外し、地面に落とした。
武器を持たず、完全に無防備になった彼女は小さく、そして力強くみんなに向けてこう言う。
「私を殺せばいい。それで解決する」
何を言い出すかと思ったら、これだ。
俺はすかさずみんなからリエルを庇うように、更にリエルの前に出た。
「馬鹿野郎!! 何を言ってんだお前は!! 犯人じゃないんだろ!? 魔核結晶に触れた犯人ではないって言っただろ!?」
リエルの肩を持ってそう強く言うが、リエルはそれを振り払うように話を続けた。
「ただ、この人は殺さないこと。それを誓ってくれるなら私をここで殺していい」
「リエル!!」
「……君は頑張ってくれた。私のために。嬉しかった。大丈夫。死ぬのは怖くない」
俺が彼女の名前を叫ぶと、彼女は俺の目を一瞬チラリと見てぼそぼそとそう言葉を発する。
でも、俺はそんな事は絶対に許さない。
「何でお前が先に諦めてるんだよ馬鹿野郎!! 俺が今まで何の為に頑張ったと思ってんだ!! 約束したはずだ!! お前を救ってみせると!! その約束を俺は絶対に守り切ってやる!! だからそんなこと言うな!!」
それがそうリエルに強く訴えかけるも、リエルはまるで俺の話を聞いている様子はない。
ジェイも落ち着け落ち着けを繰り返しているが、それも全く聞いていない様子だ。
リエルは俺の言葉をよそに、更にみんなに向けて呼びかける。
「この人を殺さないと誓ったら、いつ殺してもいい。まずはこの人を殺さないと誓って」
リエルがそういうも、その場にいる人間からの反応はない。
ジェイがみんなを落ち着かせようとしていることもあってか、場は次第に落ち着きを取り戻してきた。
俺は何度もリエルを呼びかけて説得するが、彼女はそれを一切無視。
俺は一旦落ち着いて、説得する相手をリエルからみんなの方へと切り替えた。
「なぁ、みんな犯人特定を急いでいるのか!? 確かにこの中にいて時間も随分立って、いい加減外の空気を吸いたいと思っている人もいるだろう。でも、犯人かどうかも分からない人を殺してまでして急ぐことなのか!? これで犯人じゃなかったら、みんなも人殺しと変わらないんだぞ? ここで犯人かどうかも分からない人を殺して何になる? この件は相応の罰を俺にもリエルにも与えて構わない。でも、真犯人でもないのに殺されそうになるのがどれほど理不尽なことか、クルフやコーラスさんなら分かるだろ? ここでリエルを殺してフェンスが開かなかったら、次はクルフかコーラスさんを殺そうって流れになるかもしれない。そんなのおかしいだろ。リエルが犯人でないのなら、真犯人はそうやって次々と殺しの連鎖を作って、他人を殺しては嘲笑っているだろうな。そんな真犯人の思惑に片棒を担ぐようなことをしちゃダメだ。確かな証拠を持って的確に犯人を探し当てて行くのが正しいやり方なんじゃないのか?」
少し場が落ち着いて、俺も落ち着きを取り戻したおかげもあってか、みんなしっかり俺の言葉を聞いてくれているようだった。
クルフもコーラスさんも今の言葉は効いたみたいで、少し申し訳無さそうにしている。
コスターさんだけは次の言葉を探して反論しようとしているようだったが、少し風向きが変わっているのかもしれない。
このまま一気に押し通してやろうとした所で、不意にサバトさんが立ち上がった。
今まで一言も口を開かず、つまらなさそうに場を見ていたサバトさんだっただけに、驚いた。
「こいつとそいつ、鍵のある部屋へぶちこんでおけ」
サバトさんは俺とリエルに近寄ってそう言う。
「後、武器を持たせろ」
「あなた何言ってるか分かってるんですか!? ここで犯人を野放しにしようとしているんですよ!! 更に被害が出たら責任取れますか!?」
コスターさんが意味の分からないことをサバトさんに向かって言い始めた。
こいつ本当に馬鹿だな。わざわざ地雷を踏みに行ってるとしか思えない圧巻の頭の悪さだ。
リエルが犯人だと思っているなら、鍵付きの部屋に入れておけば被害が出ることはないと思ってのサバトさんの提案なんだろう。
俺はこうやって周りを混乱させた事についての処遇としてといった所だろうな。さっき俺もリエルも相応の罰は受けると俺が言っちゃったし。
でも、それなら非常に有り難い。
この子だけを一人で鍵付きの部屋に置き去りにしたら、下手したら自殺してたなんてことも考えられそうだし。
そのコスターさんの発言を圧倒的に無視してサバトさんはドスの効いた声で話を続ける。
「文句のある奴はかかってこい。俺はこいつに貸しがある。こいつの代わりに相手になってやる」
「…………」
サバトさんが俺に対して貸しがある? なんだ?? 展開が意外すぎて言葉も出ないぞ??
サバトさんは俺に対して負の感情しか持っていなかったという認識だけど、そんなことなかったのか? この人、前にうざったいからというどうしよもなく理不尽な理由で俺を殴ったんだぞ?
それ以来も全然俺と口を聞いてくれなかったし、仲直りのような事なんて一切してない。
その殴った一発の償いを今更っていうことか??
サバトさんが全員に対して睨むような感じでそう言うと、場が静まり返ってしまった。
そして続けてサバトさんは俺とリエルに向かって「10秒以内だ。武器を持ってこい」と言ってきた。
「え!? ちょっと待って欲しいんすけど……」
「いいから早く持ってこい。殺すぞ?」
「待ってください。そんなあなたの独断で決めていい所ではないでしょう。みんなで話し合って彼らの処遇を決めるべきです」
「あぁ?」
コスターさんがサバトさんの強引な決定に異を唱えると、サバトさんはコスターさんに近づいて威嚇を始める。
なんかサバトさんが頼もしくなってきたぞ!
これ、サバトさんは俺とリエルを助けてくれた……と思っていいんだよな?
鍵付きの部屋に閉じ込めて、逃げ場をなくした所で取って食ってやろうなんて……あ、だから武器か! この人、意外と考えてるんだな!
「ま、まぁまぁ。ロクもリエルちゃんも一旦閉じ込めておいて、それから話し合っても遅くはないからいいじゃない。俺もサバトさんの提案に賛成するっすよ!」
「しかし、武器を取らせるというのはおかしい。処遇をもう一度話し合うというのは構いませんが、抵抗する手段を与えるのはマイナスでしかないですよ」
「武器を持たせないとてめぇみたいなのが殺りかねない。自分の身くらい自分で守らせろ」
「彼女は犯人なんですよ!? そうでなくても人殺しだ! 何であなたまでも彼女を庇おうとしているんですか!?」
いいぞ!
何でかよく分からないけれども、サバトさんが登場してから風向きが明らかに変わっている!
口を開かないでその場の流れに任せる観客のような立ち位置のサバトさんが、こう言ってくれたのは大きい!
そういった観客のうちの一人が自分と反対の方向に向いているというのは、他にも何人も混ざっている可能性があるので、コスターさんにとっては脅威に感じることだろう。そうでなくても、サバトさん単体で脅威だけど。
明らかにコスターさんの勢いが、俺とやりあった時よりも落ちている。
「こいつが言ってたな。自分が死ぬ覚悟があって言ってるならそれでいい。そうでないなら黙ってろ」
「しかし……」
「てめぇは早く武器を取りに行け!! ぶっ殺すぞ!!」
「ひぃ!!」
急にサバトさんに怒鳴られたので、急いで部屋に戻ってジェイが作ってくれた武器を取りに行こうとする。
この場にリエルを残して置くのは不安だったので、リエルのマントと装備一式を拾い、リエルの手を引いてリビングを後にした。
「ラッキーだったな!! 俺達助かったっぽいぞ!?」
リエルにそう言ってみるも、リエルからの返答は返ってこない。
リエルはいつも以上に暗い顔をして、ただただ俺に引っ張られるままに付いてきているだけだった。
武器を取ってリビングへ帰ると、みんなもサバトさんの意見に同調したようで、俺達はそのままサバトさんに連れられて処刑場へと移動することになった。
何でか知らないが、途中でサバトさんはコーラスさんを殴っていた。本当に良くわからない人だ。
移動中、サバトさんにお礼を言ったり、『貸し』の事やどうして助けてくれたのかを訪ねてみたんだけれども、片っ端から無視されてしまった。
とにかく、俺とリエルはサバトさんに助けられた。
あの状況をひっくり返すことはできなかったが、どういう形であれリエルとの約束はなんとか守り切った。
やばいことも言っちゃったし、みんなからの印象もこれで悪くなっちゃったかもしれない。
でも、納得のいく形ではなかったけれども、それでもこうしてリエルを守り切れたことには満足だ。
処刑場につくと、乱暴に中へ放り込まれて鍵を掛けられる。
サバトさんがいなくなり二人だけになると、俺は体勢を崩して床に大の字になって寝転がった。
なんというか、疲れた。
精神的にかなり辛い戦いだったせいか、その体勢からしばらく動きたくないくらい疲労がある。
「ごめんな……。あれだけ大見栄きったのに、あんまいい結果出せなかったわ。お釣りどころか、追加料金取られそうだなこりゃ」
「…………」
ふざけた調子でそんなこと言っても、リエルからの返答はない。
リエルは相変わらずの暗い顔で、地面とにらめっこでもしているかのような様子で俺の真横に座っている。
そしてしばらく両者ともにその格好が続いた後、リエルはポツポツと目から涙を流し、静かな声上げて泣き始めたのだった。