17.運命と直感と
―― 6日目 1回目食事前 ――
「逃すか!」
リエルが無言でこのリビングから逃げるように東側通路の方へと逃げていった。
それを追うような形でオルロゼオが立ち上がって走りだす。
今オルロゼオにリエルを追わせたら危険だ。オルロゼオの奴、リエルを殺す勢いで追おうとしているし、リエルも殺されまいと反撃に出るだろう。
リエルとオルロゼオの実力差から考えると、リエルの方が上だと思うし、そうだったらリエルはまた無駄な罪を重ねることになってしまう。
どう転んだとしてもここはオルロゼオを放っておいていい場面ではない。
そう思った俺はオルロゼオを捕まえようと、一気にかけ出す。
足の遅いオルロゼオは意外と簡単に捉えることが出来た。
その手をがっちり掴んでオルロゼオの動きを止める。
「待て!! 待ってくれ!! 取り敢えず落ち着くんだ!!」
「離せ!! あいつは俺が殺してやる!! これはエドリックさんの仇討ちなんだ!!」
「やめろ!! 一旦冷静になるんだ!!」
「ふざけるな!! 離せ!!」
オルロゼオは俺の手を振りほどこうと必死だが、これまた力が弱くて負傷している俺でも引き止めるには十分だった。
そうしているうちにコスターさんから声がかかる。
「みなさん、一旦落ち着きましょう。彼女に逃げ場なんてありませんから。それにあなた、今一人で追っていったら返り討ちにあって殺されますよ?」
「そんなの関係ない!! あいつは俺の手で殺してやるんだ!!」
興奮するオルロゼオを押さえつけようと、次から次へと援軍が来てくれる。
それでオルロゼオも諦めてくれたらしく、一旦全員で落ち着いて会議に戻った。
全員が一旦落ち着いてこの場に留まると、コスターさんが引き続いてこの場を取り仕切るように話し始めた。
「これで誰が犯人ははっきりしましたね。彼女が犯人で間違いはないでしょう。問題はここからです。 彼女がエドリックさんを殺した犯人であれば、魔核結晶に触れてフェンスを発動させた犯人であることもほぼ間違いないでしょう。今彼女がとった行動は全てがバレる覚悟で取った行動であると見て間違いないです。バレてしまった以上、これから彼女が取る行動は一つしかありません。即ち、私達を一人残らず全員殺して、このシェルターから出ることです。私達はそれを阻止すべく、対抗策を練っていかなければなりません。幸い彼女には逃げ場がありませんので、十分に時間は取れます。無駄な被害を出さないようにこれからじっくりと作戦を練りましょう」
コスターさんはそうつらつらと話す。
周りのみんなも今のコスターさんの意見に同調しているようだ。
コスターさんが『リエルに殺される前に殺してしまおう』という雰囲気を作り出している。
でもそれはおかしい!
そもそも、エドリックさんを殺したことがフェンスを発動させた犯人であるという結びつきが明確でない!
リエルの口から自分が魔核結晶に触れたと出るまでは、そんなことをさせちゃいけないんだ!!
「待ってくれ!! コスターさんも落ち着いてくれ!」
何をどう弁護しようか、全然頭のなかにまとまっていないまま声を出して話を止めてしまった。
俺ですらリエルを疑っているというのに、これからどう弁護すればいいか全く分からないが、このまま話を進めてしまうのはまずい。
そう思って、咄嗟に声が出てしまった。
「私は十分に落ち着いていますが? 落ち着いていないのはあなたなんじゃないですか?」
「みんなもよく考えてくれ! 確かに今リエルはこの場から逃げた! もしかしたらリエルがエドリックさんを殺したのかもしれない!」
「ははっ。何言ってるんですか。もしかしたらではなく、これはもう間違いないでしょう。みんなもそう思っているはずですが?」
「あぁ、そうかもしれないな。でも、それが確かな証拠だということにはなってない! もしかしたらシドルツさんが嘘をついているのかもしれない! また、ナイフの扱いについてだけれども、リエルの他にもそれが出来る人がいるかもしれないじゃないか!!」
「……あなた、またですか? 何を根拠にそんな世迷い言を言っているのか全くをもって理解不能ですね。確かあなた、グレハードさんの件の時も訳の分からないことを言っていましたよね?」
「訳のわからないこと? コーラスさんを弁護したことについてか? じゃあ聞くが、そのコーラスさんは結局犯人だったのか? あんたはグレハードさんを殺したのは誰だと思っているのか言ってみてくれ。リエルなのか、コーラスさんなのかを!」
「……それは」
「答えられませんよね? だったら俺が弁護しなかったらコーラスさんがどうなっていたのか、よく考えてみてくれ! 今回の件も同じだ! 曖昧な根拠で話を進めていくと、結論と真実がどんどん乖離していく! 一旦冷静になってくれ!」
「……ははっ。あなた、調子に乗るのもいい加減にしてくださいよ? 前回のことをたまたま当てたからって、今回のことまでそううまく当たるとは思わないで下さいね。前々から思っていたんですけれども、あなた頭悪すぎるんですよ」
「っ……」
いちいちムカつく物言いする野郎だが、そんなことで冷静さを欠いてはダメだ。
ここでこっちも暴言吐いたらみんなの心象が悪くなって、俺の意見が通りにくくなってしまう。
ここでは正しい意見が通るんじゃない。
みんなを味方につけた意見が通るんだ!
そう思い直して、俺は出そうとした言葉を飲み込み、冷静さを保った。
そうしている間にも、コスターさんはつらつらと話を続けていく。
「その悪い頭でよく考えてみてくださいね? 彼女がエドリックさん殺しの犯人なのは間違いないんですよ。今ここで犯人を放っておくようなことがあったら、また次の犠牲者がでるんですよ? 犯人の尻尾を掴んだいいチャンスなんです。適当なこと言って被害を増やしたいんですか? それとも、あなたそうやって内部撹乱を狙っている真犯人ですか?」
この野郎……言わせておけばぺらぺらぺらぺら適当なことばっか喋りやがって……。
さすがの俺も頭にきたが、ここでブチ切れて手を出すような事があったら余計に状況が不利になる。
どうにかして穏便にみんなで話し合う方向に持っていかないとダメなんだ!
「みなさんもこんな人の戯れ言に惑わされずに、よく考えて下さいね。さすがにエドリックさんを殺した犯人が彼女ではないと思っている人は、この人以外にはいないでしょうけれども、彼女は人殺しなんですよ? 例え魔核結晶に触れた犯人でなくても、そんな危険な人物を放っておくなんてことできますか? 彼女を放置することに何のメリットもない。正直に言ってしまえば、ここで彼女を殺してしまうことがベストです。恐らくフェンス発動者なのも間違いないでしょうから、それでみなさんもようやくここから開放されますよ! 万が一そうでなかったとしても、彼女は殺人犯。妥当な判断だと思いますが?」
「ふざけるな!! そんなことは絶対にさせない!! 彼女の話も聞かずに、一方的に自分の正義を振りかざして殺すようなことが許されてたまるか!!」
「私は彼女に弁明の余地を十分に与えましたが。その上で彼女は逃げたんですよ。みなさんも見ていましたよね?」
「……あいつは……リエルは口がうまくない! どうしていいか分からなくなって逃げてしまったということも考えられるんじゃないのか? 大体、エドリックがリエルに手を掛けようとしてが、リエルが返り討ちにしたっていう可能性だって十分に考えられるじゃないか!!」
「はっはっは! 頭が悪い人はこれだから本当に困るんですよ。エドリックさんが亡くなった後、フェンスを確認しても開いていない今の状況を理解しているんですか? 彼は犯人ではなかったんですよ? そんな彼がなんで彼女を殺そうとするんですか。恥を晒すだけなのであなた、もう喋らないほうがいいですよ」
コスターさんは落ち着いた様子で、俺を挑発しながらそう話してくる。
ダメだ……ここでキレたらダメだ……。
「いいですかみなさん! ここで人の物を奪ったり人を傷つけたりしてはいけないということは一番最初に決めたここでのルールです。それを破った人間は魔核結晶に触れた犯人だと思われても仕方なしということも確認しているはずです! 喧嘩で相手を傷つけたというならまだしも、相手を殺すなんていうのは言語道断です。フェンスを発動させた犯人以外にそんなことをする理由がない! もう犯人は分かったことなので、是非話を次の段階に進めていきましょう!」
「あんたはグレハードさんを殺したのもリエルだっていうのか!? 彼女は立派なアリバイがあったはずだ! 俺は彼女とグレハードさんと最初同じチームだったが、そんなことをするような仲じゃなかった! 彼女が犯人だと決め付けるのは強引過ぎる!!」
「いい加減にしてくださいね。今更そんな感情論は遅いんですよ。犯人なら例え相方でも殺さなくてはいけないので、当然のことです。もう、頭悪すぎるので相手にしたくないんですが?」
「リエルのアリバイは、皮肉なことにエドリックさんが証明していたな? あれはどう説明するんだ?」
「ははっ。自分をかばってくれた人も殺せる冷徹な人としか言いようがありませんね。エドリックさんが嘘をついている可能性だって十分にある。もう、話はそこじゃないんです。これから彼女を被害なくどう捉えるかが今の問題なんですよ!」
ダメだ! もう完全に思考停止してしまっている!!
今までここにずっと閉じ込められていたという鬱憤が溜まっていて、リエルを殺せばもしかしたら出られるかもしれないという誘惑に負けているんだ!
実際、ここでリエルが死んでフェンスが消えなかったとしても、彼女は殺人犯だからという大義で誰も責任は問わないだろう。
みんなも『いい加減ここから出られるなら』という期待に負けて、コスターさんの論調に心の中では同意しているかもしれない。
この局面をひっくり返すのは難しいか……?
絶対にそんなことはさせてはいけないのに……くそっ……。
「さっきも言ったように、彼女はバレてしまった以上私達全員を一人残らず殺してくるしかないんです。こうなったらこっちも向こうも形振り構っている場合ではないでしょう。彼女を捉えて全て吐かせるのが理想ですが、口の硬い彼女のことなら話してくれるかどうかも分かりません。どっちにしろ彼女がエドリックさんを殺すという重罪を犯しているのは間違いないですし、フェンス発動者はどのうち死ぬ運命にあるんです。こっちも殺される前に殺す気になって彼女の捕獲に当たりましょう。その前に、ちゃんと彼女の取ってくる戦術を理解しておく必要があります。彼女の戦いを見ているのはシドルツさんとそこのおバカさん。おバカさんはどうしても彼女を庇いたいみたいなので放っておくとして、シドルツさん、彼女の戦い方について分かっていることを全て話してもらっていいでしょうか?」
「待ってくれ! 頼む!! 彼女は確かに簡単に口を開かない! でも、俺達がそんな敵意をむき出しにしたら余計に喋らなくなってしまう!! そんな勝手な想像で真相を闇に葬って無責任な後始末なんて絶対しちゃダメだ!!」
「あなたなら彼女から真相が聞けるとでも? ははっ。そうなる前に殺されないといいですね」
「俺が聞き出してみせる!! みんなもちゃんと彼女の言い分を聞かないとすっきりしないだろ!? ただの言いがかりかもしれないことを根拠に、今まで一緒に生活してきた仲間を殺すなんてことができるのか!?」
「言いがかり言いがかりってあなた……。威勢がいいのはいいんですけれども、後で吠え面かきますよ?」
「覚悟の上だ! あんたも彼女から全てを聞き出すことができればそれが理想だと言ったな? それを俺に任せてくれないか!? 俺が彼女をここに連れ戻して、全てを吐かせてみせる! それまでは何もしないでここで待っていて欲しい! 頼む!! この通りだ!!」
これ以上は頭を下ろせないという所まで頭を下げた俺の懇願。
コスターさんの言ってることも最もだし、みんながそれに納得してしまうのも無理はない。
でも、エドリックさん殺しは彼女だとしてもグレハードさん殺しもフェンス発動者も彼女だというのは、俺にしてみれば無理矢理過ぎる。
「みなさんどうします? 私としてはこの人が死ぬのは勝手なんですけれども、あの時に何故止めなかったなんて後から言われても困ります。みなさんの意見も聞いてみたいと思うんですがどうでしょうか?」
コスターさんはみんなに向かって俺の提案を流してくれる。
俺のことを信じてくれる人もいるはずだ!
頼む!! そのまま信じて提案に同意して欲しい!!
「ロク……。悪いけど、俺はコスターさんの意見に半分同意かな」
そう切り出したのはジェイだった。
さっそく頼みの綱の一本が切れてしまった。
「今お前一人で行くのは危ないって。お前が万全の状態ならまだしも、襲われたらひとたまりもないだろ。リエルちゃんを殺してでもなんていうのは同意しかねるけれども、そう焦ってお前一人が危険な目に合うことはないだろ。ゆっくり作戦を練っていこうや。それからでも遅くないって」
「いや……。みんなが思っている通り、リエルはなかなか口を割らない人なんだ。ただでさえこういう状況なんだ。複数人で行こうとしたら絶対リエルも警戒する。彼女が信頼していて、仲良く話が出来る人が居るならその人に是非お願いしたいんだが、それもお前の言うとおり危険だ。俺が自分の責任で行くと言っているんだが、ダメか……?」
「……どうしてあなたは彼女を庇おうとするんですか? グレハードさんの時もそうだった。あなた、もしかして真犯人なんじゃないですか? そうやってみんなが疑っている人をかばって、自分は善良で優しい人間だというのをアピールしてませんか?」
うるせぇ雑魚。無視だ無視。
いい加減我慢ならないと思ったんだが、ここで悪い態度に出て周りの人間の心象を悪くしたら打開は絶望的だ。
何度目か分からないぶっ飛ばしてやりたい衝動を何とか我慢して、お願いする姿勢を貫いた。
「誰かリエルと雑談で盛り上がったような人はいませんか? 居ないとすれば俺が一番彼女のことをよく分かっているということになる。その俺からすれば彼女がこんなことするような人には思えないんだ! 中々喋ってはくれないけど、素直な子だったという印象を持っている! グレハードさんに怒られた時もあったが、素直に謝罪の言葉を発していた! グレハードさんとの仲だって至って良好だったはずだ! みんなはグレハードさん殺しも彼女の仕業だと思ってるかもしれないけれども、二人と同じチームだった俺からすればそんなの納得がいかないんだ! 頼む! 俺に任せてくれないだろうか!?」
「また『彼女はそんなことする人ではない』ですか。感情論なんて失笑ものですよ。もう分かったのでいいですよ。あなたが痛い目みたいと分からない程馬鹿だということは分かりましたので、勝手して下さい。ただし、絶対に私達に責任をなすりつけるようなことはしないで下さいね」
「……もちろんだ」
言い方が相変わらずムカつく言い方だったし、一発ぶちかましてやろうかと思ったけれども、何とかそれを抑えてみんなにお礼を言った。
俺は早速事情を聞き出すために逃げたリエルに会いに行こうと、一人丸腰でリエルが逃げていったリビングの西出口の方へ向かって行くのだが、途中でジェイに声を掛けられた。
「これ、持っていけ」
ジェイは俺に剣を手渡してくれる。
「……大丈夫だ。さっきも言った通り、多分リエルは襲ってこないと思う。襲ってきたら襲ってきたで、何とか魔法で対処しながらここまで逃げてくるさ」
「いいから持っていけって。あって困るもんじゃねぇだろ」
「…………」
俺が遠慮してもジェイは俺に無理やり剣を押し付けてくる。
ジェイが心配してくれるのは有り難いんだけれども、こんな剣なんて構えていたら絶対リエルも警戒するだろう。
あの子は人一倍警戒心が強いんだから、下手にそれを増長させるような事はしない方がいいと思う。
思うんだが、何を言ってもジェイは分かってくれなさそうなので、一旦それを受け取ってリビングを後にする。
ジェイには悪いけれども、やっぱりこの剣はリエルの警戒心を煽るだけだと思ったので適当な場所に置いてリエルを探しに入った。
「リエル~? 俺だ~。ロクだー!」
なるべくリエルの警戒を解こうと、気の抜けたようなふざけた声をかけながらゆっくりとリエルの逃げた方を追う。
リビングを出て西側通路を下っていく感じで、俺達の使っている部屋を一部屋一部屋隅々まで確認いくがリエルの姿は見当たらない。
この通路や部屋に人がいる場合、普通松明やら炎やらの明かりが灯っているので、すぐに発見することはできる。
リエルに限って言えばそれがなくても普通にこの暗闇を走り抜けることができるので、その『普通』には当てはまらない。リエルがトイレに猛然と向かって走っていた時は、本当に感心させられた。
なので、明かりが灯っていなくともリエルがいる可能性は十分にある。
だから俺は声をかけつつも、物陰までしっかりと見て各部屋を回っていった。
声を掛けているので、リエルは俺の姿よりも先に俺の声に気がつくはずだ。
俺だと分かって不意打ちを仕掛けてきて殺そうというのであれば、それはそれでもう仕方がないと思う。
ただ、コスターさんはリエルが犯人で俺達を殺そうと企んでいると言っていたが、どうしても俺にはそうは思えなかった。
多分、俺しかそう思わないんだろうなとも思う。
何故なら、俺以外の人間と彼女が話しているのをほとんど見たことがないから。
言ってみれば、エドリックの孤立具合もリエルの孤立具合も、他の人から見れば全く同じなんだ。
今の状況で逆にエドリックがリエルを殺し、エドリックがこっちに逃げ込んだという話だったら、俺だって絶対に警戒する。
それと同じような感じの印象を他の人は持っているんだろうなぁと思った。
グレハードさんがいたらどう感じてくれたくれただろうか。俺の味方をしてくれただろうか。
あの人だって、意外とリエルは素直な子だというのが分かっているんだ。グレハードさんが止めろと言えばやめる。
本当にグレハードさんが殺されてしまったことは残念でならない。
どうにかしてリエルから事情を聞き出したいのだが、それはもう俺にしか出来ない。俺がやらなくてはいけないんだ。
そんなことを思いながら、俺は完全に無防備な状態で声をかけながらスタスタと通路を歩いて行った。
西通路を行き止まりまで歩いたが、ついにリエルを見つけることはできなかった。
ここから左へ行けば西側大広間、右へ行けばアングリシェイド発生源である空き部屋だ。
この辺りは壁があちこち崩れ落ちていて、前に見た時よりも随分と印象が変わっていた。
結構な量の瓦礫が通路の脇に置いてあるので、よくこれだけ掃除してくれたなと感心する。
「リエル~? 俺だ~ロクだー! みんな心配してるぞ~?」
実際はその真逆なんだが、とにかくリエルの警戒心を解かなくてはいけない。
とりあえず空き部屋の方から順番にしらみ潰しに探していこうと思って空き部屋へと入った。
空き部屋の中に入ると、隅っこにリエルがちょこんと座っているのが確認できた。
リエルはさっきまでリビングで俯き加減で座っている様子と全く変わらない状態で、何をしているということもなく静かに膝を抱えて座っていた。
「こんな所にいたのかよ……。どうしたんだよ急に走り出したりなんかして……トイレか?」
俺はゆっくりと無警戒な感じで近づき、リエルの横に腰を下ろす。
リエルは少し気まずそうに、俺から離れるようにすすっと横にずれようとしていた。
が、本当に部屋の隅の隅に座っていたリエルには動くスペースが残されていなかったので位置が変わっていなかった。
「リビングへ戻ろう。ちゃんとリエルの口から言葉に出して説明すれば、みんな分かってくれるさ」
「…………」
「大丈夫だ。分からなくなったら俺がフォローしてやるから」
「…………」
リエルからの返答は一切ない。まるで俺が独り言を話しているような感じだ。
これは長期戦も覚悟しないといけないかなと思って覚悟を決める。
かなり長い無言の間があった後、初めてリエルは口を開いてくれた。
「……何で殺さないの?」
「何でって、俺がリエルを殺す理由なんてないだろ」
「……分かってる癖に……」
「何がだ?」
「……君は、私があいつを殺したって分かってるはず。どうして私を殺さないの?」
「リエルがエドリックさんを殺したのか? 俺はその事実関係がまだ分からないからな。リエルが殺したってんなら、理由を聞いてみたい訳よ。別に殺してやろうなんて思ってないさ」
「…………」
リエルは一度も俺と顔を合わせることもなく、ずっとぼそぼそと消え入りそうな声で地面に向かって話している。
「……いいよ。私はどうせ殺される。君が殺さなくたって誰かが私を殺しに来る。私は怖くない。何でここで生きているのかも分からない。死んだって構わない」
「そういうこと言うな! リエルの帰りを待っている人だっているんだろ? リエルが死んだら悲しむ人だっているはずだぞ?」
「そんなのいない!」
そう言うリエルの言葉には少しだけ力が入っていた。
リエルがここに来る前はどういう生活をしていたのかは分からないが、そんなことはないはずだ。
ちょっとヤケになっているのかもしれない。
「……じゃあ俺やグレハードさんが悲しむっつーことで。グレハードさんだってみんな無事に外に出て欲しいと願っているぞ。リエルが魔核結晶に触れて、フェンスを発動させた犯人っつーなら考えちゃうけど……」
「私はそんなの触ってない……」
「だったら死ぬことなんてないだろ? 事情を話してくれ。リエルがフェンスを発動させた犯人じゃないなら、俺が救ってやるから!」
「…………」
そこでリエルは初めて俺に対して顔を向けてくれた。
なんだかリエルの様子が今までと違って明らかに元気がないのが無表情でもよく分かる。
リエルは無口で人とあまり関わりを持とうとしないけれども、実は素直な良い子。これが俺のリエルに対する印象だ。
魔核結晶に触れた犯人でないと彼女がいうのであれば、それは一旦信じていいと思う。
その犯人でなければわざわざ殺される道理なんていうのはどこにもない。
その道理を一つの武器にしてみんなを説得してやれば、何とかなりそうな気はするんだが……。
「よ~し、嘘はや隠し事は無しだ! 嘘偽りなく全部俺に事情を話してくれたら、後は俺に任せてくれ! 俺が必ずお前を救ってやる!! 必ずだ! だから俺を信じて話してくれ!」
リエルの小さな両肩を掴み、リエルの目を見てしっかりとそう告げた。
リエルは少しおろおろしながらも、少し俺の目を見た後頷くように首を落とす。
そしてそのまままた地面とにらめっこを始めてしまった。
今のでは了解してくれたのかどうなのか、微妙すぎてわかりづらいんだが……。
「お前は本当に魔核結晶に触れてはいないんだな?」
「……触れてない」
「信じていいんだな? 信じるぞ!?」
「…………」
リエルは再び俺の方を向き直り、何かを訴えるようにじっと無言で見つめてきた。
その瞳に濁りはない。
暫くその状態が続いた後、リエルは俺の目を見ながら口を開く。
「……私は君を信じる。だから、君は私を信じて」
「……いい返事だ」
いつも通り小さな声だったけれども、まっすぐ俺を見てそう返してくれた。
今までとは質も雰囲気も違うリエルの無表情だ。
口の下手な彼女が、その眼差しに全てを載せたように俺には感じられた。
それならばもう聞くまい。後は全力でリエルを支援できる材料を聞き出すだけだ。
リエルはそう言うと、恥ずかしそうに再び視線を落として元の感じに戻ってしまった。
彼女なりに今のが限界ギリギリ精一杯の言葉だったのかもしれないな。
「単刀直入に聞く。リエルはエドリックさんに手を掛けたのか?」
「……うん」
わずか何ミリかという感じの顔の振り具合だったけれども、確かにリエルは俺の問いに頷いた。
やはりリエルが犯人だったようだ。
これでまたコスターさんやオルロゼオが調子付くと思うと面倒くさい感じがしてしまうが、仕方ない。
俺はそれを覚悟でリエルを救うと約束したんだから。
「理由は何だ? どうしてエドリックさんを殺してしまったんだ?」
「……あいつが……襲ってきた」
「マジか!?」
「……うん」
「え、エドリックさんがリエルを殺そうとしてきたってこと?」
「違う。……襲ってきた。服を破かれた」
「えぇ!?」
リエルはそう言って、着ているマントをかき上げ、着ている服を俺に見せてくる。
リエルの着衣は右肩の辺りに大きく破かれた跡があり、今はそれをうまく縛って何とか着る物としての体をなしている感じだ。
そのせいでリエルの真っ白な肌が所々露出してしまっている。
マントの方も見てみると、裏側には結構な量の血糊がついていた。
これ、もしかして返り血を浴びたからひっくり返して使っているのか?
通りで何かスッキリしているというか、フードの部分がないわけだ。
「え、ちょっと待って。襲われたって何? 性的な感じ?」
「……多分」
こりゃ驚いた。かなり意外な出来事だ。
エドリックがどういう奴だか知らなかったけど、普通にスケベだったということなのかもな。
まぁ、リエルは胸こそないけど綺麗な顔をしているし、ちょっと脅せばどうにでもなると思ったんだろう。
明らかに強そうな感じはしないので、力でねじ伏せようとしたんだけれども、リエルの方が強くて返り討ち……と。
なんか段々話を聞きづらくなってきたぞ……。変な事されてないんだよな……?
「もうちょっと状況を詳しく説明して欲しい。いや、どうして大広間なのかとか、いつ頃の出来事だったのかとかの話ね。変なこと言うなよ! 変なことはいらないぞ!?」
「?」
リエルが「は?」って顔してた。
まぁ、ごめん。
変に意識しちゃった俺が悪かった。
「君が目を覚ました後。みんながまだ掃除をしていた時の事……」
そこからリエルは自分の身に起こった事を全て洗いざらい話してくれた。
俺の質問にも全てしっかり答えてくれたので、何か隠そうとしているとかそういうのは感じなかった。
俺の約束を守ってくれているようで、辻褄の合わないようなことも一切なかった。
掃除をしていた時、リエルはふとエドリックに話があるからちょっと来てくれと声を掛けられたそうだ。
そのまま連れられて現場である大広間へ移動し、そこで急に襲われたんだと。
無言でビリビリ服を破いてくるからもちろんリエルも必死に抵抗して、大広間の中で一対一の戦いになったようだ。
逃げなかったのかと聞いたら、倒せると思ったとリエルは返してくれた。
相手が先に武器を持って攻撃してきたので、リエルは応戦するように自分も戦おうと決めたらしい。
相手はリエルと同じナイフ使いだったが、その攻撃はリエルにはかすりもしなかったみたいであっさり決着は着いたらしい。弱かったと言っていた。恐ろしい子だ。
相手は相当なダメージを負ったのでもう大丈夫だろうと思って現場を後にしようと思ったら、背後から襲いかかってきたのでそれを返り討ち。
それが致命傷となってエドリックは息絶えたようだ。
リエルはそのまま、血糊のついたマントとナイフをどうにかしようと考え、暗闇の中こそこそ食料庫へ行って水を拝借し、トイレで洗い流したと言っていた。
でも、マントは血糊が消えなかったので裏っ返しにしてごまかした……と。
それからは割りとすぐにみんなとリビングで合流して、そのまま一緒にアングリシェイド発生源の調査に向かった感じになった訳だ。
リエルは最初は殺すつもりなかったと言っていたが、最後に不意打ちをくらった後は殺そうと思ってトドメを刺したと言っていた。
殺意があったというこれだけは悪い材料だが、他は完全に正当な防衛だ。
今のリビングの状況はかなり悪いが、これだけの材料があればきっと逆転できると思う。
今のリエルの証言と、自分の力量を信じる他ない。
ひとしきり聞きたいことを聞き終えると、俺はリエルを安心させるように頭を撫でた。
「よく話してくれた。そのリエルの勇気に感謝する。後は俺が必ずなんとかしてやるから、リエルは俺を信じて付いてきてくれ。大丈夫。絶対に救ってやるからな!」
そう言って励ましてやるが、リエルを連れていざこの部屋を出てリビングへ行こうとすると、リエルの足はすくんでしまっている。
中々前へ動こうとしないリエルの背中をぽんぽん叩いてやって、大丈夫、大丈夫。と繰り返し唱えてやった。
すると、リエルは不意にぼそっと俺にこう聞いてきた。
「……何で君はこんなことをするの……?」
その問いに対する答えは、俺自身も正直良くわからない。
何かが違ったら俺もみんなと同じように、リエル討伐作戦に参加していただろうな。
一人犯人候補が消えれば、もしかしたらここから出られてみんなと全てを忘れて盛大に飲み会が出来ると思えば悪くない。
でも、その何かが違わなかったんだ。
俺は最初のチーム分けでリエルと一緒になってしまった。
そして他の人は見てないだろうリエルの一面を色々と見ることができた。
その結果、この子は本当はいい子なんだとか素直で話せば分かってくれるとか、俺の直感的なもので守ってやらなくちゃいけないって思うようになってしまったんだと思う。
俺、リエルのこと好きなのかな?
いやいや、今はそんなことはどうだっていい。
これからみんなを説得しなくちゃリエルが危ないんだ。
そんなことは考えずに、それだけを集中していればいい。
そう思ったので俺は適当に、
「トイレ見ちまった。その罪滅ぼしかな?」
と、答えた。
「……償いきれるの?」
「あぁ、絶対に償いきってやるさ。お釣りまで返してやる」
これから俺の大仕事が始まる。失敗は絶対に許されない。
俺の服を震える手で掴む小さな女の子を、絶対に守り切ってやらなければならないんだ。
一つのミスをすることなくあの場にいる全員を説得し、納得させることだけに集中し、気合を入れて俺はリエルと共にリビングへと向かっていった。