15.『なぁなぁ』な空気
―― 6日目 外出禁止時間後~1回目食事前 ――
アングリシェイドの襲撃によりシェルターは滅茶苦茶に荒れ果てた。
俺はその事件で昏睡状態になり、およそ1日近く眠り続けていたようだ。
その間にシェルター内の修復作業は進み、立て直しが終わったらアングリシェイドが出現した箇所の調査を行いにいこうという流れになっている。
みんなが立て直し作業をしている間、俺はルトヴェンドさんとウェリアさんに相談を持ちかけられた。
何でも、ウェリアさんは未来を予測する力をもつ超能力者なんだとか。その能力を使って事件解決の突破口を開いていこうということで、具体的な案を考えたのだが、その場ではあまり良い案が思いつかなかった。
二人との話し合いが終わった後も、ウェリアさんの能力をうまく使えないか色々考えていたのだが、俺はそもそもウェリアさんの能力について正確に把握できていない。
未来を予測する力と、手を触れることで他人の嘘を見破ることができるという能力があるというのは理解できたんだが、それ以外にも何か有り気な感じだったよな。
占い師を元としたカウンセリングをしているとか言ってたっけか。
他にも出来ることがありそうなものだが、それを使って犯人を当てることは難しいんだろう。
できれば根堀り葉堀り聞いてみたい所なんだけれども、うまくウェリアさんと二人で話せるタイミングが掴めないままみんなと合流してしまった。
そうしているうちにシェルターの立て直し作業は終わり、全員揃ってアングリシェイドが出現した箇所を調査しに行こうと、今でリビングからアングリシェイドが発生した最南西の空き部屋へと移動し始めたところだ。
立て直しの際はチーム行動なんて言っている場合ではなく、全員がバラバラになって各自適当に作業を進めていたようで、今移動している集団の中にはいない人もいた。
スレバラさんとエドリックだ。
スレバラさんはソイチさんの死を受けてひどく沈んでおり、今は部屋の中で一人篭っているとのこと。
調査に向かう途中で部屋を通るので、声を掛けておこうということにはなった。
エドリックの方は誰も関心がいかず、俺が「エドリックさんはどうすんだ?」って声をかけてみはしたんだが、アングリシェイド襲来時に彼は逃げ出したということもあってか、他の人は「いーよいーよ放っておけ」みたいな感じでほとんど無視だった。
まぁ、一人いなくなった所で、他の全員はここにいる訳なんだし、エドリックに殺されるようなこともないだろうということで、俺も空気に逆らわずに余計なことは言わなかった。
これからまたアングリシェイドが出現した場所へ行くことになるのだが、もしかするとアングリシェイドがまた出てくるかもしれないので、みんなしっかりと武装はしていこうと、各自部屋の中に入って装備を持ってきていた。
丸腰のロクはジェイが作ってくれたアングリシェイドのスコップから作った剣をこさえているので、残念ながらもう丸腰のロクではない。
ジェイは刀鍛冶にも心得が少しあるらしく、トルネに炎の魔法で協力してもらいながら一つ適当に作ったと言っていた。
その出来もこの短期間で作ったと言うのは十分過ぎる程立派な仕上がりとなっている。
普通の剣のような刃もなく鈍器としか使えなさそうなのだが、強度もあるし武器としては十分だ。普通に店で武器として売られていても手に取る人はいるんじゃないかと思う。
ジェイは趣味だし片手間だから全然構わないと言ってはいたが、しっかりお礼を言っておいた。
途中でスレバラさんのいる部屋に入り、彼女の様子を見た。
しかし、スレバラさんはやはりひどく沈んでおり、ニーナが用意したであろう食事にも手を付けていなかった。
このまま一人にしておくのも難なのでどうしようかとなったのだが、オルロゼオがスレバラさんの傍に付いてやりたいと言い出したので、それを採用して、俺達はスレバラさんの部屋にオルロゼオを残して部屋を後にした。
これでエドリックがスレバラさんを殺しに来ても安心という訳だ。
さて、スレバラさん、オルロゼオ、エドリックの三人を除いた一行は、いよいよアングリシェイドの発生源である場所へ行くんだが、やっぱりみんなの顔色を見てみるとかなり緊張の色が伺える。
シェルター内を立て直している時に十分確認しているので、部屋の中に魔物が居ないことは分かっているのだが、あの悲劇を思い返せばそうなるのも仕方のないことだろう。
みんなで武器を構え、少し慎重になりながらドアを開ける。
部屋の中には誰もおらず、中心にはでっかい穴がぽっかり開いていた。
あの巨体がこの地面の中に潜っていたのだから当然と言えば当然か、二人か三人くらい入れる程度には大きく、丁度例のゴミ捨て場程度の大きさの穴が部屋の中央辺りに空いていた。
ひとまずアングリシェイドがいなかったことに安心し、みんな武器をしまって調査に入る。
「ん~……かなり奥がありそうだな……」
クルフ、シドルツさんに続いて俺も穴の中を確認してみるも中は真っ暗。
炎の魔法で明かりを灯して見てみるが、ゴミ捨て場とは違って下方向にずっと伸びている穴ではなく、途中で曲がっているのが分かる。
普通に考えてみればアングリシェイドが辿ってきた穴なのだから、下にずっと伸びているという形状はおかしい。
道中でシドルツさんが少し話してくれたが、アングリシェイドは地下で生活しており、自前のスコップで穴を掘って住処を作る習性があるのだとか。
大きさや戦闘能力が違うのは言うまでもないが、言ってみれば蟻のような物だとシドルツさんは説明してくれた。
詰まるところ、この先にはアングリシェイドの巣に繋がる可能性が高いという所から、もしかしたらまたアングリシェイドが沸いて出てくる可能性もあるということだ。
こんな狭っ苦しくて自由に動けない場所でアングリシェイドに遭遇したら命を落とすのが目に見えているので、誰も中へは入ろうとしない。
もしかしたら出口に繋がっているという可能性もあるんだけれどもな……。
「で、誰が調査に行くよ?」
と、ジェイの一言。
誰もが自分はやりたくないと思っているので、そのことは忘れたい……というか、それは言わない空気だったのに、ジェイが無理やり事を前に進めようとしてくれた。
言い訳ではないが、俺も完全な状態だったら行ってもいいとは思うんだけれども、この状態だからな……。
「はい、言い出しっぺ! ジェイ君行ってこようか!」
「待て待て待て! みんなそれ待ちだったのかよ!? だからあえて言わなかったの!?」
「ジェイさん頑張って!!」
「ニーナちゃんも何言ってくれちゃってんの!? じゃんけんか何かで公平に決めようぜ公平に!!」
「公平に言い出しっぺでいいんじゃね?」
と、俺もトルネニーナに混じってからかってみる。
なんかこの集団の中でのジェイの立ち位置が確立されてきたな。
ジェイは俺より2つ年上なのだが、良い人過ぎてこういう立ち位置になっちゃったんだよね。
ジェイとは良い友人でありたいので、どうか犯人ではないことを願うばかりだ。
「じゃあ、何かゲームして決めようぜ!! せっかくだから楽しもうよ!」
と、いつもも調子でふざけたことを言い始めるクルフ。
ちなみに俺が目を覚ました時からクルフもコーラスさんも手をロープで縛られているということはない。
その辺りどうなっているのか分からないのだが、今は危険と隣り合わせな状態なのだから致し方無いだろう。
一段落ついたらコスターさん辺りがその辺突いてくれそうなので、放っておいてはいるが。
まぁ、犯人は一人でまず間違いないのだから、どちらかが犯人だとしてもどちらかは犯人ではなく完全に濡れ衣なんだよな。濡れ衣で手の自由を奪われている状態というのも、想像するに可哀想だ。
一部ではゲームだじゃんけんだお前が行けとかそんな感じで盛り上がっているが、シドルツさんやコスターさんは冷静に穴の中の様子を見ている。
それでも二人共中に入る様子がない所をみると、やはり相当な勇気がいるということだろう。
まぁ、そりゃそうだよな。ここからアングリシェイドが出てきた=まだここにアングリシェイドがいる可能性は非常に高い。で、なおかつこの中でアングリシェイドにばったり遭遇するようなことがあれば、間違いなく死ぬ……だもんな。そりゃ、誰だって行きたくないわ。
仕方ない。
ここはこの中でも人気が高そうだという占い師のお墨付きである俺が行って、さらに株を上げにいくとでもしようじゃないか!
俺が行くと言えば、この状態の俺を心配してくれる声もかかるだろうし、一人で行かせるようなこともないだろう……という計算が働いたのも事実だが、このまま誰も行かないんじゃ話が進まないし、俺も実際自分の目でこの先がどうなっているのか見てみたいというのもある。
「分かった分かった。俺が行く」
「えぇーー!? ロクちゃん空気読まないね……」
「何でだよ!?」
「ここは誰が行くかでわいわい盛り上がる所でしょ!」
「調査はどうすんだよ!」
「ひとしきり盛り上がったら引き上げようぜ!」
「馬鹿じゃないのあんた! いいよ。俺が行くから。でも、一人はちょっと怖いんで、他に帯同してくれる人がいると非常に有り難いんだが……」
クルフと下らないやりとりをしつつも、ちらちらとメンバーを見ながら志願者を募ってみる。
「無茶です! ロクさんはそんな状態なのに……」
ニーナの気遣いをゲットすることができました。
これだけでも立候補した価値があるってもんだ。
「いいよ。俺もこの先がどうなってるのか見てみたかったし。脱出口を見つけたら、クルフ以外のみんなにはちゃんと教えてやるから安心してくれ。でも、一人で行くのは勇気がいるから、俺が先頭を潜るにしても後ろ付いてきてくれる人がいると凄く心強いんだけど……」
「どけ」
「え?」
すると急にサバトさんが前に出てきて、俺を横にどかして一人で勝手に穴の中に入ろうとしていく。
「ちょっとちょっと! サバトさん危険っすよ?」
「俺が行く。他はここで待ってろ」
「サバトさん!! 僕も行きます!!」
と、更にコーラスさんが駆けつけて一緒に穴の中へ入ろうとするが、穴に入りかけのサバトさんに足を掴まれて投げ飛ばされていた。
その勢いでコーラスさんは壁に体を強打する。かなり痛そうだ。
本当に色々容赦無いなこの人……。
「来るな。邪魔だ」
「ぐっ……サバトさん!!」
そんなやりとりを周りの人間はぽかんと見ていた。
そうしているうちにサバトさんはするすると穴の中へ入っていき、俺達の目の前から消えてしまった。
「……変な人だな」
「……で、でも、あの人一人じゃ危険なんじゃ……」
危険なのは最初から分かっていたし、ここまできたら潜っていく覚悟を決めた人も中にはいるんだろう。
けれども、先にサバトさんが来るなと言っていたので下手に追っていってコーラスさんみたいに投げ飛ばされたら嫌だと、みんな思ったと思う。
俺の状態がまさにそれだ。下手に追って行って暴力振るわれたら嫌だもん。
みんな『このままじゃサバトさんが危険なんじゃ』という思いがありながらも、どうすることもできない状態でいると、穴の中から声が聞こえてきた。
「松明をよこせ!!」
「…………」
「…………」
「あ、はい!!」
その声にコーラスさんが反応したんだが、他の人は意表を突かれたようで、互いに目を合わせてしまった。
サバトさん、あんなに格好つけて一人で潜っていったんだけれども、真っ暗で何も見えなかったんだな。
で、今何も見えないから一人で暗闇のなかオロオロしている……と。
それを想像するとなんだか可笑しくなってしまった。
トルネも同じことを思ったようで、トルネと目を合わせると俺もトルネも一緒にクスっと笑ってしまった。
このまま誰も松明を渡さないで放置していたら面白そうだななんて思っていたのだが、コーラスさんが付き人のように迅速に用意をしてしまった。
「あの、僕も行ってきますので、みなさんはここで待っていて下さい。危険を感じましたらすぐ知らせますので!」
それだけ言ってコーラスさんはサバトさんの後を追って中へ入っていってしまった。
しばらくすると中から「邪魔だっつってんだろうが!!」という怒鳴り声と、痛そうな打撃音が中から聞こえてくる。
「俺、あの二人のことよく知らないんだけれども、元々二人でここに来たんだったよな……? 主人とその召使い?」
ジェイが呆気にとられたような感じで俺に聞いてくる。
「どうなんだろ……。あの二人もお前と同じドリアース出だって聞いたぞ。良家で心当たりないのか……?」
「貴族は全く知らんな……。コーラスさんは召使いっぽいけど、あのサバトさんっつーのは貴族って柄じゃない気はするんだが……」
「古くからの友人だそうですよ。幼なじみだと言ってましたね」
コスターさんが俺達に説明してくれる。
幼なじみにしては力関係に差がありすぎる気がするんだけれども……。
「サバっち怖ぇよマジで。話しかけても怖い顔して睨んでくるし、話しかけられねぇよ。すっげータフで強えってのは分かったんだけど」
クルフはそう言っているが同感だ。
俺もサバトさんと同じチームになって少しの間共に過ごしたけれども、会話という会話はほとんどしていない。大抵は無視だ。
それ以前に俺はサバトさんと一悶着あったから、サバトさん側から俺に対しての印象が悪いというのもあるかもしれないけれども。
「あら、あの結構良い人っぽいよ? 食事当番も文句の一つも言わないで、言われたことをしっかりこなしていたし。途中で投げ出すようなことも、私に暴力振るってくるようなこともなかったけど?」
トルネはそう言う。
そういえば、何かトルネに色々命令されて舌打ちしながらもちゃんと働いている場面を俺も見た。
コーラスさんに水をぶっぱなして、トルネにも怒られていたな。
怒られている間は全然違う方を向きながら舌打ちしているだけだったけれども、トルネに対して「うざってぇ」と暴力を振るうようなことはしていなかった。
トルネじゃなくて俺がサバトさんに同じ内容で説教したら、まず間違いなくぶん殴られそうだったけれども……。
サバトさんも女には絶対に手を上げないとか、そういう男魂的なものがあるのかもしれない。
ああ見えてもおっぱい大好きとかな!
「トルっち、それは違うぜ? 食事当番に文句言わないのも、途中で投げ出さないのも、暴力を振るわないのも普通なの! 悪そうな人が普通なら、良い人ではなく普通な人でしょ~。むしろ、今までの悪行がある分、悪い人の評価を簡単に覆しちゃ普通の人に申し訳ないでしょうに」
「何分けわかんない事いってんのよ……」
「まぁ、何にしろ、彼はあの件以降は真面目に過ごしているようですし、アングリシェイド襲来の時にも大きな戦力として活躍してくれたと聞いています。心を入れ替えたのでしょう。今潜っているのも、そんな過去への彼なりの贖罪なのかもしれませんね」
コスターさんはそう言うが、心を入れ替えた人はコーラスさんにあんな暴力振るわないぞ……。
そんな感じでサバトさん人物評なんかをしながら二人の帰還を待った。
相当な時間が過ぎても二人は戻ってこなかったので、途中で俺も追いかけてみようかと思ったんだがやめとけとか二人に任せようとかでみんなに止められてしまった。
さらに時間が経過して二人の安否を心配する声も上がり始めた頃、ようやく二人は無事に戻ってきた。
二人共泥だらけではあったが、無事に戻ってきて何よりだ。
みんなはお疲れ様の労いをかけ、二人の報告を聞いた。
全部コーラスさんが説明してくれた事なんだが、中は普通に入ってみても何の危険もなかったそうで、かなり奥の方まで調査できたらしい。
結構入り組んだ形の穴になっており、あっちにいったりこっちに行ったり迷路みたいになっていて、もしかして戻れなくなってしまうかもとヒヤヒヤしたそうだ。そのせいで時間がかかってしまったと言っていた。
何処を辿っても必ず行き止まりに辿り着いてしまって、行き止まりは例の薄い赤色のフェンスで止まっていたらしく、外に出るのは難しそうだということと、複数あった行き止まりの中の1つに、フェンスの外側に通じている道があった……ということを報告してくれた。
もちろん、外側に通じている道は見えただけで、フェンスのせいでその道に入ることはできなかったそうだが。
それから察するに、恐らくアングリシェイドがフェンスの範囲内を掘り進めていたところに、突如フェンスが出現して出られなくなったのかな……と、何となく想像できた。
結局、全ての道を調べきれているとは言えないが、おおよその行き止まりにはぶち当たったけれども全てフェンスに阻まれていたという報告でまとまった。
恐らくもう穴の中にアングリシェイドはいないだろうし、調べてみたい人は行ってみても大丈夫そうとコーラスさんは付け加えてくれた。
これだけ長期間潜っても遭遇しなかった所をみると、コーラスさんの言っていることに間違いはないだろうと思う。
俺も体が動くようになったらこの目で見てみたい。
もしかしたらここから出られるかもしれないという淡い期待は見事に空振りしてしまったが、アングリシェイドの脅威はひとまずなくなったという安心感を得られた。
そういう意味では成果のあった調査だったんじゃないかと思う。
帰り際に見栄えが悪いので穴を適当に塞いで、一行はリビングへと戻っていった。
―― 6日目 1回目食事前 ―――
リビングへ戻ると計刻線は食事の時間を過ぎており、トルネ達はすぐに食事の準備にとりかかった。
もうチームの体をなしていないので、食事当番というのも何となくみんなで行う流れとなる。
ソイチさんも亡くなってしまったし、コーラスさんやクルフの件もグダグダになってしまっているし、一度この辺りはこの食事会の時に整理していきたいと思う。
この中にまだグレハードさんに手を掛けた凶悪な殺人犯がいるのは間違いないんだ。
みんなアングリシェイドを無事に撃退しきったことで『なぁなぁ』になってしまっていて、今そういうことをきっちりやろうっていう空気ではないんだが、ここは空気が読めないと思われてもいいからしっかり提案すべきだと思った。
食事の準備も進み、そろそろみんなをリビングへ集めようという所で、スレバラさんとオルロゼオを呼びに行こうと提案が出てくる。
「んじゃ、俺行ってくるわ。スレバラさん来てくれるといいんだけどねぇ」
「んじゃ、俺も! スレ様のご機嫌はこの俺がしっかり取ってくるぜ!」
ジェイとクルフが立候補して二人を呼びに行く。
そういえばもう一人エドリックの存在をすっかり忘れていた。誰も気にしてないのか気づいてないのか、エドリックの名前が上がらないことが悲しい。
仕方ないので俺がエドリックを探しに行くことにする。
「エドリックさんってどこいるんだ? 俺ちょっと声かけてくるわ」
そう聞いても誰も行方は知らないらしく、これだけの人数がいても答えは返ってこない。
アングリシェイドの穴を調査しに行くときもそれぞれの部屋は確認したんだが、どこにもいなかった。
これだから一匹狼気取っている奴はめんどくさくて嫌いだ。
それに近いサバトさんだってリエルだって、ちゃんとこうしてみんなと一緒に行動を共にしてくれているというのに。
仕方なく、一人で調理場を下り、東通路へと歩いて行く。
こっち側はトイレだとかゴミ捨て場だとか処刑場だとか食料庫だとか、部屋が多いので面倒くさい。
「エドリックさーん……。飯の時間すけど~?」
適当に声を出しながらエドリックを探すが返事は返ってこなかった。
何も考えなしにここまで来て、何か俺一人で不用意に出かけていることに段々不安を感じ始めてきた。
もしかしたらエドリックの糞野郎は今隠れて俺の命を狙っているかもしれない。
っつーかあいつ今もそうだけど、普段何してんだ?
ここん所グレハードさんの事件やアングリシェイドの事件で色々騒がしかったけれども、基本的に自由時間は結構暇だったぞ。
ほとんどの奴が武器の手入れをしていたり人と話していたりしたけれども、エドリックはムスっとした感じで壁にもたれかかっている姿しか今まで見たことない。
最初の方はちょいちょい話しかけてはみたけれども、ほぼ完全無視だったし、未だにエドリックのことについては何もわからない。
今まで過激な発言はしてきたけれども、同室の奴を襲うようなことはしていなかったし、危険な奴ではないようだけれども今は用心しておこう。
満身創痍の丸腰のロクではあるが、意表を突かれない限りは魔法で何とか時間稼ぎくらいはできる。
アングリシェイド襲撃時は逃げ隠れていたようだけれども、ここまで来た人間だ。油断はできない。
用心しながらも声を出してエドリックを探していると、後ろから足音が聞こえてきた。
少し構えつつも後ろを振り返ると、そこにはエドリックではなくニーナの姿があった。
意表をつかれまいと思っていたにも関わらず、簡単に意表を突かれてしまった。
「あれ? ニーナ。どうしたんだ?」
走ってきたニーナは俺の前で立ち止まって息を整える。
「はっはっはっ……。単独行動は危険です……」
「あぁ……。俺も出発した後で気がついたよ」
というか、正直な所守らなきゃいけない対象が増えたような気がするので若干困るような気もする。
一応注意だけは促しておこう。
「一応ニーナも注意してな。もしかして死角から襲われるなんてことも考えられるから……。見ての通り今の俺は丸腰なんでニーナを守りきれるか分からん」
「その時は私がロクさんをお守りします! こう見えても魔法は得意なんですよ!」
と、ニーナは腕にグッと力を入れて気合を見せてくれる。
どうもニーナは非戦闘員の印象が染み付いてしまったんだけれども、トルネがこっそりニーナも優秀な魔法使いだと教えてくれたな。
アングリシェイド襲撃時は回復に徹していたらしいし、実際攻撃魔法で戦っている所を見ていないのでどうもイメージが沸かない。
「分かった。その時は頼りにさせてもらうな」
「はい! 頑張ります!」
ニーナが屈託のない笑顔で笑う。その笑顔に不覚にもドキっとしてしまった。
どうもここのシェルターに来ている女性のメンツは可愛い子が多い気がする。
ウェリアさんを筆頭に、トルネもニーナもそんじょそこらの女性のレベルを遙か越しているレベルだ。
リエルだって顔も凄い整って美形な上に、変な可愛らしさがある。女性的な魅力といえばちょっと違うが、リエルは将来絶対美人になると思う。
戦う女性ってのはスレバラさんのような戦士!! って感じだったりする人が多いので、女性として意識することはほとんどないのだが、ウェリアさんもトルネもニーナもリエルも、女性として凄く魅力的だから困る。
いや、困ることよりも嬉しいことの方が大きいんだけれども、こう、戦いの場に変な邪念とかが出てくるのが自分的に少し嫌だ。
今は犯人探しの真っ最中という事もあるし、変に個人的な感情が入ってしまうのは絶対良くない。
全員が同じ立場というこの状況下で、ルトヴェンドさんのように周りを顧みずにウェリアさんだけは守りぬくなんていう行動を、俺はあまりやりたくない。ルトヴェンドさんの場合は元からウェリアさんと一緒だったんだから仕方ないとは思うんだけれどもね。
変に肩入れする人や嫌いな人を作ってしまったら、人間関係にヒビが入って、変な抗争が起きかねない。
すると犯人でもないのに殺人に繋がったりするだろう。それだけは絶対にやってはいけないんだ。
とりあえず変な邪念が染みこんでしまわないように、心のなかで必死に振り払っておく。
後、スレバラさんごめんなさい。
「あ、そこにゴキブリが!!」
「きゃっ!!」
なんかふざけてみたい衝動に駆られてしまって、適当な嘘をついたらニーナに抱きつかれた。
その感触が凄い柔らかいんだこれが。
さっき変な邪念がどうとか言ってたけれども、早速どうでもいいや。
ニーナは可愛い! それでいいじゃないか!
ニーナは俺に抱きつきながらも、右手に灯していたファイアを地面に向かって投げつける。
更にまた追い打ちをかけるように炎の魔法を地面に発射。発射。連射。前も後ろも炎、炎。
俺が呆気にとられている間に、地面は焼け野原となった。
もし本当にゴキブリがいたら、凄い可哀想な程オーバーキルだ。
「……もう大丈夫でしょうか……?」
「うん……。地面が大丈夫じゃない気はするけど……」
いざという時は守ってくれるとニーナは言ってたけど大丈夫かこれ……。
冷静の『れ』の字もないような彼女だけれども、何か戦闘向けな性格している気が全くしないんだけど。
まぁ、慌てている姿が可愛かったしそれでいいや。
「あっ! す、すみません! みっともない所を見せてしまって!!」
ニーナは俺と密着していることに今気がついたらしく、はっとなって離れる。
その慌てて恥ずかしがっている様子も可愛いな畜生。
「大丈夫! なんかアングリシェイドが来ても勝てるような気がしてきた!」
「私、ゴキブリだけはダメなんです……。以前家に出た時にパニックになってしまって……。家の壁に穴を開けてしまってお姉ちゃんに怒られました……」
「パワフル過ぎるだろ!! 何だそのコメディ!!」
「私、あんなこと言ったんですけれども、実は戦いには向いてないって自分でも分かっているんです。お姉ちゃんには才能あるんだからとは言われているんですけれども、どうしても魔物や人と戦うのが怖くて……本当に臆病で迷惑ばかりかけてしまって……」
「ニーナは優しいんだよ。それでいいんだ。無理して戦うよりも、その優しさを生かして他の分野で頑張れればそれでいい。何かあってもトルネが守ってくれるんだし、問題ないんじゃないか?」
「……でも、いつもお姉ちゃんばかり迷惑かけちゃって……。そんなんじゃダメだと常々思っているんです。でもどう頑張っても実戦は全然ダメで……。私、戦いには向いてないんでしょうか?」
「…………」
ギクっとしてしまった。
つい今しがたそう思ってた所だった事じゃねぇか。
彼女は今真剣だぞ? 向いてないから諦めろなんて言ったら泣いちゃうだろこれ。
なんとかフォローしてあげよう。
「そんな事はない!! 才能があるんだから訓練すればそれを生かせるようになるさ! 難だったら訓練付き合ってあげようか?」
「本当ですか!!?」
慰めメインの適当な思いつきだったのに、凄い勢いで食いついてきちゃった。
完全に安請け合いだぞこれ。
まぁでも、本人は真剣なんだし、暇な時間はこれからもあるだろうし、その時間を使って手伝ってあげることくらいはできそうかな。
「おう! 俺と同等かそれ以上の魔力を持つニーナに対して出来ることなんてたかが知れているけどな。でも、才能があるんだからちょっとしたコツを掴めば一気に強くなるなんて事もあるだろうし、今のままだったらもったいないもんな! 俺もニーナから学びたいこともあるし、一緒に特訓だ!」
「わぁ……ありがとうございます!!」
ニーナは深々と頭を下げて俺にお礼を言ってくる。
安請け合いしちゃったけど、特訓っていってもここで出来るなんてたかが知れているのが問題なんだよな……。
実戦に弱いと本人は言っていたけれども、まさにその実戦がここでは出来ない。
まぁ、その辺りは実際にニーナの戦い方や戦い方の様子を詳しく聞いて、それのダメな所を指摘していく感じで指導していけばいいかな。
「あの、ロクさん、もしよろしかったら剣術も教えて頂けませんでしょうか!?」
「え!? 剣使いたいの!?」
「はい! 逆にお姉ちゃんを守ってあげられるようになるには、それもいいかもと思っていたんですよ!」
「まじか!? 剣も少し心得があるのか!?」
「全くありません!」
「まじか!!」
ニーナは凄い意気込みを見せてくるので、俺もその調子に合わせてみたけれども、ダメだ。
ニーナには悪いが、発想にセンスを感じないぞ。
現実的な話として一朝一夕で剣がうまく使えるようになって、姉のトルネの魔法を凌駕する程になるとはとても思えない。
俺だって10年程剣の腕を鍛えてこれだ。今の状態で俺の剣とトルネの魔法、どっちが通用するかと言ったら多分トルネの魔法だと思う。
非常に申し訳ないんだがニーナは戦闘向けの訓練をするよりも、本当に他の分野を伸ばしたほうがいい気がしてきた。
まぁ、自分で言っちゃったことだし、ニーナのテンションも上がっちゃってることだし、とりあえずは口約束だけでもしておこうか。
訓練とその成果に希望は感じないけれども、ニーナが納得するまで付き合ってあげたいと思う。
その後もテンションが上がったニーナと、今までの戦闘経験やら魔法の腕前やらの話で盛り上がりながらエドリックを探した。
それでも全然エドリックの姿を見つけることはできずに、とうとう南通路の大広間まで来てしまった。
「ん~……どうだろうなぁ……。依頼っつってもピンきりあるからなぁ……。剣だけでこなせるようになるには少し時間がかかるかもな……。っつか、ニーナも似たようなことやってんじゃないの?」
「依頼やお金の方は全部お姉ちゃんが管理しているので、私良くわからないんです。たまにお姉ちゃんから相談されたりはしますが、ほとんど指示を貰ってこなしているだけなので……。一度私もロクさんのように傭兵をやってみたいな……」
「おぉ~。傭兵のシステム的な物なら教授してやれるぞ? 教授って言っても、ただ酒場に行って出された依頼を選ぶってだけなんだけどな。ドリアースとヒンデで違いとかあるのかもしれないけど」
「本当ですか!? 是非お願いしたいです!! あ、でもこんなにロクさんにお願いばかり……」
「気にすんなって。俺もニーナから教えてもらいたいこと聞いてるし、お相子様だ」
エドリックのことなんて忘れかけ、そんな雑談をしながら南通路の東側にある大広間のドアを開けた。
すると直ぐに異変に気がついた。
中から立ち込める血の匂い。
そして少し奥には誰かが血を流して倒れているのがうっすらと分かる。
「ロ、ロクさん!!」
ニーナもこの異臭に気がついたのだろう。
恐る恐るそれに近づいて確認する。
「エドリック……さん……」
「きゃーーーー!!!!」
血みどろになったエドリックの無残な死体だった。
ニーナが大きな悲鳴を上げてパニックを起こす。
こんなもの見せられたらニーナじゃなくてもパニックになるだろう。
また起きてしまったんだ。
一体誰がどの隙にこんなことをしたのだろうか。
どうしてこうなってしまったのか全然理解が出来ない。
俺はその遺体を見てこみ上げる嫌な予感と戦いながら、冷静になろうと必死だった。