14.激戦の後
―― 6日目 外出禁止時間後~1回目食事前 ――
俺が目を覚ましたのはどこだかも分からない部屋の中。
視界にはどこか安心したような顔したニーナの顔が映り込んでいた。
「ロクさん! ロクさん!! 良かった……本当に良かった……」
ニーナが涙を目に浮かべながら、俺の手を握ってくれる。
俺は体を起こそうとしたが、全身に痛みが走り、思うように体は起き上がらなかった。
自分の体を見ると出血していた箇所は包帯が巻かれており、出血も綺麗に止まっていた。
「アングリシェイドは……?」
「全て倒しきりました……」
「そうか……良かった……」
それを聞いて安心し、全身から全ての力を抜く。
アングリシェイドは1体だけじゃなかったよな。
確か、スレバラさんとクルフとルトヴェンドさんが戦っていた相手の更に後方から敵が出てきていた。
あれだけの強敵が他に1体暴れていたと思うとぞっとする。
でも、俺とリエルとシドルツさんが戦った南側通路の逆側、西通路には人員もいただろうし、何とかなったのかもしれない。
少し聞くのが怖かったが、被害状況についても聞いてみることにする。
「被害状況はどう? まさか誰か死んだりしてはないよな……?」
「…………」
そう聞くニーナの表情は暗い。
暫く無言の間が続いた後、静かにニーナは口を開いた。
「ソイチさんが亡くなりました……」
「…………そっか」
ある程度の覚悟はしていたが、やはり死人が出てしまったか。
いくら屈強な戦士が揃っていたとしても、さすがに死者0というのは難しかったようだ。
あの状況で他人を守るのは難しいというのは俺もよく理解できたが、戦闘力を持たないソイチさんが犠牲になってしまったんだな。
確かニーナは戦う力がないとされていたけれども、実は普通に攻撃魔法も使えると姉のトルネが俺には明かしてくれていたっけか。
ウェリアさんや他の人はどうなったんだろうか。
「……他には? リエルやシドルツさんはどうした!?」
「……君のお陰で助かった」
「!!」
部屋の中からリエルの声が聞こえてきた。
痛む体を起こして周囲を確認してみると、リエルが部屋の隅っこで俺の方を見つめていた。
そのリエルも体には包帯が巻かれており、見るからにかなり痛々しい。
それでもそんなのは関係ありませんとばかりの無表情な様子で、普通に歩いて俺の方に近寄ってくる。
「何で逃げなかったの? 君がぼろぼろになったのは君の責任」
まじか。思ったよりも手厳しいな。
別に恩を着せるつもりはないけれども、全く役に立てなかったあの状況で唯一俺が誇れるのはリエルを庇えたことだったのに。
有難うございますあなたは命の恩人です一生ついていきますという展開まではいかなくとも、少しくらい信頼してくれるようになったかと思ったのに。
まぁ、俺の方もリエルのこと信用しないで言ってることを無視したりもしたから仕方ないか。
「別にリエルのことを責めるつもりなんて全くねぇよ。むしろ、俺を助けてくれた恩人だと思ってるさ。リエルがいなかったらシドルツさんだって危なかっただろうに。結果的に助かったんだから、俺の選択も間違ってなかったってことだ」
「……君、よく分からない。私を置いて逃げればこんなことにならなかったのに……」
「そりゃ俺のセリフでもあるな。リエルだって一人で逃げられる状況はいくらでもあったのに、並走してくれたろ? つまり、そういう事なんじゃねぇの?」
「…………」
俺がそう返すと、リエルは少し考える間を置いてから両手で俺をドンと突き飛ばして、部屋から出て行ってしまった。
「あぁ、ちょっとリエルちゃん!!」
「いてぇ!! おいこらちょっと待て! 今のはおかしいだろ!!」
本当に何を考えているのか良くわからない子だ。
でも、なんだか元気そうで良かった。俺も守ったかいがあったということだな。
「ロクさんも随分と長い間目を覚まさなかったんですけれども、その間ずっとリエルちゃんはロクさんの傍にいたんですよ。きっと本当に心配だったんだと思います。今のもきっと照れ隠しだと思います」
「おぉ……それは何だか嬉しい知らせだな」
あのリエルが俺を心配してずっと見守っててくれた……か。
ああは言ってたけれども、リエルも俺がズタボロにやられたことに少し責任を感じていたってことかな。
「ソイチさんは残念だったけれども、他の人は大丈夫なのか……?」
「負傷した人も多くいらっしゃいますが、他の方はなんとか……。でもスレバラさんが……」
「スレバラさんがどうかしたのか!? 俺みたいに昏睡してるとか!?」
「……ソイチさんが亡くなってかなりショックを受けてしまったようで、一時暴れていました。今は落ち着いてはいるのですがご飯もお召にならずにずっと部屋に引きこもってしまって……」
「…………」
グレハードさんに続いてソイチさんもだもんな。
一緒にここに来た人が次々と殺されていってしまったんじゃ、ショックを受けて当たり前だ。
確かソイチさんは非戦闘員ということで途中でリビングへ引き返したはずだ。
それなのにこんな結果になってしまったということは、それだけ大きな戦闘になったということなんだろう。
他の人は本当に良く無事でいてくれたと思う。
ニーナとそんな話をしていると、部屋の中へトルネが入ってきた。
「あ、ロク君! 無事だったんだねー! 良かった!!」
割りと元気そうなトルネはそんなことを言いながら駆け足で寄ってくるが、何故だか途中でその足をピタっと止める。
「あ、お邪魔だったかな……?」
「何のだよ!」
「お、お姉ちゃん!!」
隣にいるニーナが顔を真っ赤にして慌てている。
あれ、これもしかしていい感じの流れが俺にも来てるんじゃね?
なんて思ってしまうと、急に変に意識し始めてしまった。
平常心平常心。
「あ、あの、すみません! 私、その、そんなんじゃないですので!! あ、そう、私……えっと、私、お食事持ってきます! 皆さんにロクさんが目を覚ましたことを伝えに行かないと!」
心を落ち着かせていたら、ニーナが逃げるように部屋の外へと出て行ってしまった。
「しまった。余計なこと言ったかな……」
「……余計なこと言ったな。俺の一瞬のときめきとオアシスを返せ」
「あれ!? ロク君、割りとまんざらでもない感じ!?」
「あれれ!? もしかして、本当にそういうことなの!? まじで!?」
冗談だろうと半分ふざけていたのだが、もしかするともしかするかもしれない。
こんな極限の状態の中男女混合で何日も閉じ込められれば、それは黒い事件も桃色の事件もあっていいよな!?
勇敢に戦った後のご褒美的なものがあってもいいんじゃないでしょうか!?
「ごめんごめん嘘。そんなことあるわけないじゃない。だいたい、不謹慎よこんな時に」
「今度こそ俺のときめきとオアシスを返せ」
がっくり肩を落としてふてくされながらそう言ってやった。
そのままふて寝するようにベッドに横たわると、トルネはベッドに腰を掛けて座る。
「でも、ホント良かったわ。ここであんたに死なれたらいよいよ脱出する空気もなくなってくると思ってた」
「……俺がいても脱出する空気なんて見えてこないけどな」
「あんたがいないと、あのコスターってのに引っ張られちゃうでしょ? 他にも好戦的な輩がいるし、今何とか繋ぎ止めている平和な空気はロク君が作っているようなものだと思ってるよ」
「…………」
「って、ニーナが言ってた」
「あんたの言葉じゃないのかい。でも、評価して頂けているようで嬉しいよ。好戦的……か。まぁ、自分以外の人が犯人な訳なんだから、自分以外の人を殺せば脱出できるかもしれないって方向に気持ちが働くのは分かるんだけどな。そんなことしてたらあっという間に全滅だ」
「本当に許せない! 自分のことしか考えてないんだから!!」
そう言ってトルネは憤慨する。
そういった最悪の展開にはならないように、みんなで協力していかなければいけないよな。
「そういえば、ソイチさんが亡くなったんだってな……」
「うん……。アングリシェイド、結局三匹いてね……。一匹はロク君達の方へ、一匹は私達の西通路の方へ、もう一匹はスレバラさん達が食い止めてたんだけれども……」
「三体もいたのか!? よく被害がそれだけで済んだな!!」
「それだけで済んだなんてとんでもない! 私達の方、西通路の方は魔法使える人しかほとんどいなくて、結局私とコスターって人と二人でじわじわ後退しながらリビングへ誘導することになったのよ」
「二人!? そんな馬鹿な! 西側通路にはぞろぞろ人が逃げていったのを俺は見たはずだぞ!?」
「……誰もいないよねここ?」
そう言うと、急にトルネは周りの確認を始めた。
何か言いにくいことがあるとか、他人の悪口でも始めるつもりなのか。
俺とトルネ以外に誰もいないことを確認すると、トルネは小声で話し始める。
「終わった後に分かったことなんだけれども、あの黒装束の男とチビいるじゃない? 名前なんだったけ……?」
「エドリックと……誰だ? クルフかオルロゼロ?」
「そう! そのオルなんとかっての! あの二人、私達が敵をひきつけているのを良いことに部屋に隠れて敵前逃亡していたのよ!? 信じられる!?」
「あぁ……。なんか信じられるよ。何だか知らないけど、凄い説得力だ」
「コーラスさんは前で戦っている人……スレバラさんとクルフとサバトさんの助けに行った。魔法使いが足りてないとか言ってたけれども、まだそれは分かるのよ。こっちだって人が足りてないんだから、何勝手に行っちゃってるのとは思ったけれども、まだ分かる。でも、ルトさんなんて一直線にリビングへ戻ってウェリアさんの身の安全の確保を始めていたのよ? 本人は伝令だと言っていたけれども、あれは明らかにウェリアさんを守りに行った。事実、リビングに戻ったらウェリアさんの姿だけなかったもん!」
「あぁ……」
こういう土壇場になって本性を表す人がいるというのは分かるのだが、それがまさに出てしまったって感じなのね。
この状況で戦えない相方を最優先に守りに行くというのは……どうなんだろう。
人間らしくて、人としてはセーフな気がするけれども。
「トルネ的にはアウト?」
「アウトに決まってるじゃない!! 私達を置いて逃げるようにいなくなっちゃったせいで、私達死にかけたのよ!?」
まぁ、間接的にとは言え被害をもらったトルネと俺とじゃ確かに心象は違うかもな。
俺達の場面に置き換えて、俺とリエルとシドルツさん、三人で戦っている所で急にシドルツさんが何の相談もなく勝手に部屋に隠れたら確かに「そりゃねぇだろ」とは思うかもしれない。
「その点、ロク君は本当に凄いよ。その傷は勇敢に戦った証だもんね。ロク君もこっちに逃げてくれば良かったのに……」
「勇敢に戦うも何も、戦わなかったら逃げ場なんてないし死亡確定だからな。こっちにはそういう人はいなくて助かった。三人でぎりぎりだったもんな」
「そっか~……。三人って凄いよね。シドルツさんと……リエルちゃん……だっけ? そっちに向かったの。シドルツさんは分かるんだけど、リエルちゃん、あの子、戦えるの?」
「戦えるなんてもんじゃないぞ。火力的な意味では高くないかもしれないけれども、間違いなく強い。一対一で戦ったら普通に負けるかもな。ちょっと情けなく感じちゃったよ」
「そんなに!? そうは全く見えないけれども……」
「戦いは剣と魔法だけじゃないってことを思い知らされたよ。彼女はとにかく身軽だ。トルネも一度彼女が戦っている所を見てみるといい。色々参考になる」
「はえ~……。世の中広いのね~……」
「世の中広いんだな……」
この、トルネと一緒に「世の中広い」という言葉を被せるのはもはや定番になってしまった。
俺もここに来てからは驚かされることばかりだったが、トルネも同じ思いをしていることだろう。
「トルネの方もとんでもない力を持っている人がいたんじゃないのか? 結局あのアングリシェイドを倒したってんなら、その人も相当凄腕だろ」
「……あんまり思い出したくないんだよね……。前に出て戦える人はジェイ君とルトさんしかいなくて、防戦一方。結局ソイチさんが食べられている所をルトさんが止めを刺すって感じで倒したけれども、全然勝った気がしないし、倒しても雰囲気最悪だった……」
「死人が出たんじゃあな……。でも、ソイチさんには悪いけれども、本当によくそれだけで済んだと思うよ。だって、実質二人で戦ったんだろ?信じられんわ」
「ルトさんが凄かったかな。もちろんジェイ君も頑張ってたけれども、最初から最後までほとんど一対一で戦ってたのはルトさんだったし」
「一対一! そりゃ凄いわ……。はぁ~何か嫌になるな……。これでも俺、自分では相当強いつもりだったんだけど、こうも凄い人をたくさん見せつけられると自信なくなってくるわ」
「まぁまぁ、そう落ち込みなさんな。個人の強さよりも、目的を完遂させる強さの方が凄いってもんじゃない。ロク君は誰も死人を出さずに二人を守り切った。そっちの方が評価高いよ?」
「実際は守られた方なんだけどな」
「でも、リエルちゃんを体張って庇ったんでしょ~? 中々見上げたものじゃない」
そう言ってトルネは俺の体に回復魔法を無駄に掛けながら話す。
何かたまにいるな。こういう魔法使い。
癖なのか何なのか知らんが、手持ち無沙汰になると会話している時でも適当な魔法を作って遊びはじめる奴。
トルネのそんな仕草を見ていたら、馬鹿な魔法使いが火の魔法で遊んで火傷していたのを思い出した。
なんかその手つきが妙にいやらしく感じてしまった俺は汚れているんだろうか。
「ねぇロク君さ、あんた彼女とかいるの?」
「…………」
トルネが視線も合わせず急にそんなことを聞いてくるもんだから、俺は白けた視線をトルネに送り返してやる。
中々俺から返答が返ってこないことに痺れを切らしたトルネが俺と顔を合わせると、俺のその冷たい白けた視線に気がついて、凄い恥ずかしそうにして取り繕った。
いやらしい手つきで遊んでいた回復魔法も中断する。
「ち、違うの!! 何勘違いしてくれちゃってんの君! 私じゃないのよ!! 君21なんだよね? 年下でしょ!? 私、年下には興味ないの! はい、残念でしたー!」
「…………」
俺は冷たい視線から一切表情を変えずにトルネを凝視。
「……な、何よその視線!! 私こう見えても、ドリアースじゃ可憐なる魔法少女って呼ばれているんだからね!!」
「…………」
一切表情を変えずにトルネを凝視。
「……可憐なる魔法使い……」
「そこじゃねぇよ!!」
トルネは確か23だったかな?
『少女』は無理があると感じたのか、そこだけ言い直しやがった。
「あのなぁ、今の状況考えてみてくれよ。彼女がどうとか言ってる場合じゃないだろ? そりゃ……本音を言えば俺だって彼女欲しいけどさ……」
「あれあれ~? ロク君、もしかして年齢=彼女いない歴な感じ?」
「そんなことねぇよ! ちょっと前に逃げられ……別れて、もう彼女はいいやと思った矢先に彼女募集中戦争に巻き込まれて、やっぱり彼女欲しいってなっただけだ!」
「え、何その彼女募集中戦争って! すっごい興味あるんだけど!! 詳しく聞かせてくれない!?」
「嫌だよ。可憐なる魔法おばさんなら彼氏の一人や二人いるんじゃないてっ!」
そう喋っている時にトルネから笑顔でバシンと背中を叩かれた。
まぁ、今のは俺が悪かった。
「私のことはどうでもいいの! それよりも、ロク君の話が聞きたいな~?」
「あのなぁ。そういうのはここから脱出したらいくらでも話してやるから、それまでは脱出することだけに集中しないか?」
「えぇ~……?」
「えぇ~……? じゃねぇよ!!」
俺だけ必死で脱出策を考えているみたいじゃねぇか!!
エドリックじゃねぇけど、俺達はここにわいわい遠足しに来た訳じゃねぇんだぞ!!
でも、何かニーナとフラグが立っているっぽいことが匂ってきたので、そこだけはしっかりと確認しておこうと思う。
「で、ニーナってどうなのよ? 何か俺に気があるみたいな話ないの?」
「ほほほ~ん。知りたい? 知りたい!?」
凄い嬉しそうにトルネはそう俺に言ってくる。
が、そこでこの部屋のドアが開いてこの空気は一気にぶっ壊れてしまった。
「お、本当に復活してる!」
ジェイだ。タイミングが悪いところで乱入してくれちゃってまぁ。
まぁ、俺もこんなくだらない会話は今割りとどうでもいいから問題ない。
俺は体のあちこちに包帯が巻かれているジェイに手を振って部屋に入って来いとジェスチャーする。
「おぉ、ジェイ! お前も結構な包帯具合だな」
「あ、お邪魔だったかな……?」
「どこぞの魔法使いと同じ反応してんじゃねぇよ」
「おぉ!! マジでロクちゃん生き返ったん!? すげぇー!!」
ジェイの後ろから続いてクルフも入ってきた。
「生き返ってはいねぇよ。死んでねぇんだから」
「そしてロクちゃんごめん!! ロクちゃんの剣、折っちゃった!!」
「てめぇ!! てめぇはそれ以前の剣を取り上げた所からまず詫びろ!! っつーか折るなよ!!」
楽しそうなメンツがわいわいと入ってきて、場は一気に賑やかになっていった。
時期にニーナが料理を運んできてくれて、その場はみんなのくだらない話で盛り上がっていくのだった。
ソイチさんが亡くなったという悲劇はあったが、アングリシェイド三体を撃退したという偉業も達成している。
その時ばかりはソイチさんの話題はタブーのような感じで、その勝利をお祝いするかのようにみんなで騒いだ。クルフ辺りはわざとふざけたこと言ったりして盛り上げようとしている感じではあったな。
楽しく笑い合ったりもしたんだが、みんなどこか心のなかでは素直に笑えていないような感じを受けた。もちろん俺はそうだ。そんな中でも心の奥では素直に喜べていない。
ソイチさんが亡くなってフェンスが解除されることなんて全く期待してもいなかったが、結果はやはり解除はないそうで。
結局根本的な問題が解決されるまで、心から笑い合えることはないんだろうなぁと思う。
仲間同士の殺し合いではないが、今回の件でまた一人仲間を失ってしまった。
どうして地下にアングリシェイドが潜んでいたのか、もしかしたら誰かの差金なんじゃないのかと勘ぐったりもしている。
一つの危機は取り敢えず脱することができたが、これは横道であって本戦ではない。
犯人からすれば今回の件は想定通りなのかイレギュラーなことなのかは分からないが、結果として一人敵がいなくなり、今頃心のなかでは笑っていることだろう。
俺達はその犯人を突き止め、この魔のシェルターから脱出しないといけないんだ。
全てが終わるまで気を抜いてはいけない。心の底からこの人達と笑い合える日をいつか勝ち取ろうと、そう心の中で強く思った。
アングリシェイド襲来事件は俺達に大きなショックを与えることとなった。
何せ、犯人さえいなければ安全だと思われていたこのシェルター内に魔物が侵入していたのだから。
でも、アングリシェイドが侵入してきたということは、もしかしたら侵入してきた所から抜け出すことができるかもしれないという発想はみんな持っているそうで、是非ともアングリシェイドが出現した所を調査してみたいという流れにはなっているそうなのだが、まだ調査には着手していないようだ。
また奴が襲ってくるかもしれないと思うと調査にも準備と勇気が必要ということで、全員回復して元気に動けるようになるまで保留としているらしい。
その話は一旦置くとして、今は人員の復活とシェルター内の立て直しを図っている。
今件の人的被害については、ソイチさんが亡くなったこと以外はなんとかなっているようで、その中でも俺が一番の重傷者だったようだ。
他のやつは無傷ということではないのだが、俺だけ一人ずっと昏睡していたというんだから恥ずかしい。
ソイチさんの遺体は俺が目を覚ました時には既にゴミ捨て場に葬られたようで、今はグレハードさんと共にゴミ捨て場の奥で眠っている。
アングリシェイドの遺体も牙やらスコップ状の武器やらを剥ぎ取った後にゴミ捨て場に捨てられたのだとか。
グレハードさんもソイチさんも迷惑しているに違いないのだが、その辺りはどうにか許して欲しい。
ソイチさんも亡くなって残りは15人となってしまった。
それにも関わらずフェンスが解除される気配はない。
また、アングリシェイド襲来事件を受けてから仲間同士の関係に微妙に変化が生じたように感じる。協力して敵を撃退したということに一体感を感じたというのもあるだろうか。
前よりも互いの仲は深まり、信頼関係が生まれてきたように感じる。
一部では面白おかしく、互いに二つ名を付け始めたりもした。
『☓乳魔導師○神魔導師トルネ』『癒しのニーナ』『赤髪のクルフ』『勇者ルト』『怪力のサバト』『役立たずのジェイ』等など。
ジェイは豊富な自前のアイテムでアングリシェイドに色々立ち向かっていたが、それも全く効いてなかったそうで、そんな不憫なあだ名になっていた。
俺の方からは『冷氷のシドルツ』と『神速のリエル』と、全く面白味のない二つ名を推してやって、それが採用された。
どれもこれも、その場で戦っていた人が見た各人物の特徴を話し合った結果の二つ名だ。
ちなみに俺は『丸腰のロク』になった。クルフの野郎が自分で俺から武器をぶん盗ったくせにあいつ自身が面白おかしくそんなアダ名を付けて広めやがった。
そんな感じで一部では信頼関係が生まれ、仲が深まったなと感じられた。
ただ、それも一部での話であって、そうでない部分にも今回の戦いは影響を与えているようだ。
協力をせずに逃げたと思われるエドリックとオルロゼオは以前にも増して更に孤立していた。
エドリックは元々仲間の輪に入るような人ではなかったので、周りも本人も何も問題を感じていないだろう。
オルロゼオは元々グレハードさんとソイチさん、そしてスレバラさんとよくリビングで話しかけていたような印象であったが、グレハードさんとソイチさんは亡くなり、スレバラさんは部屋に閉じこもってしまっているので、誰に頼るということも出来ずに余計孤立してしまっている。
リビングにみんなで居る時も一人だ。誰も声を掛けることなく、本人もどうしていいか分からずオロオロしていた。
個人の関係もそうだが、チームというまとまりについても認識が薄れてきている。
スレバラさんは俺とサバトさんと同じチームなのだが、今は完全に一人で部屋の中にいる。
本人が一人にさせて欲しいとお願いして、周りもそれを察した形になってそうなっているそうだ。
また、めちゃくちゃになったシェルター内を色んな場所に赴いて立て直しているという関係もあって、それぞれがばらばらに動いている。
使用頻度も高く、被害状況もひどかったリビングを主に立て直しているが、俺達が戦った南通路もスレバラさん達が戦った最南西の空き部屋付近も、色んな所に血がこびりついていたり、天井が崩落して通行止めみたいになっていたりしていた。
それを各自自由に動いて直しているそうなのでチームもへったくりもない。
犯人からしたら絶好の殺人の機会となりそうなものなのだが、その辺りはコスターさんが一人にならないように担当を配慮していたみたいだ。
それもチームという枠ではなく、適当に人員を割り振ったという感じらしいが。
復活した俺も、適当にリビングに出て手伝おうとしてはいるのだが、他の人の優しさからゆっくり休んでいろと言われた。
体の方は痛みは残るものの、回復魔法が効いたのか普通に雑巾がけやテーブルの移動くらいはできるんだけれどもな。
みんながせっせと働いている所に一人ぐでっとしているのも申し訳ないと思い、おとなしく自室に戻るかスレバラさんの様子でも見に行こうとリビングを後にすると、部屋に入る前の通路で後ろからルトヴェンドさんに声を掛けられた。
「ロク君、ちょっといいか?」
「どうかしました?」
振り向くとウェリアさんも一緒に居る事が確認できた。
「ロク君を信用して、君だけにちょっと相談したいことがあるんだが……」
「別に構わないっすけど……」
あまり他の人に聞かれたくないことらしく、ルトヴェンドさんは適当な部屋に入って誰にも聞かれない所で話をしたいと言い始める。
最初は何のことか分からなかったのだが、ちょっと考えるとこれはまさか俺を殺そうと企んでいるんじゃないかという勘ぐりを始めてしまった。
今の俺は勇者ルトとお色気ウェリア二人を相手に戦える状態にない。こっちは文字通り丸腰のロクだし。
少し警戒をしながらもどういうことかと聞いてみる。
「ここでは話せないことなんですか? ほら……ルトヴェンドさんとウェリアさんを疑っている訳ではないんですけれども、一応こういう状況ですし、俺としては万が一の時は何も抵抗ができないというか何というか……」
すこし遠回しかつ申し訳無さそうにそう言うと、ルトヴェンドさんは直ぐに察してくれた。
「あぁそうか。配慮が足らなくてすまなかった。どうしたらいいか……。一応俺も武器を持っていないし、大丈夫だということは言っておきたいのだが……」
「すみません気を使わせてしまって。俺、ちょっと他の人にルトヴェンドさんとウェリアさんと話してくると、さり気なく誰かに伝えてきます」
「なるほど。あまり他人に知られたくないことではあるが仕方あるまい。それなら俺が伝えてこよう。ウェリアと一緒に先に適当な部屋に入っていてくれ」
「いや、それではあまり……俺、すぐ行ってきますんで!」
ルトヴェンドさんが何かしでかそうとしているのであれば、他の人に伝えたふりをして実は何もしていないということも考えられるからな。
今のルトヴェンドさんの様子を見ると単にそこまで考えが回らなかっただけだとは思うけど。
俺はリビングに戻ってジェイにルトヴェンドさんと少し部屋で話してくる旨を伝え、すぐに引き返した。
これでもし俺が殺されれば、ジェイにはルトヴェンドさんが犯人だということがちゃんと分かる。
ルトヴェンドさんはあまり他人に知られたくないと言うことだと言ってたので、それもしっかり伝えておいた。そう言っておけばジェイなら無駄に他人に伝えたりはしないだろう。クルフ辺りなら少し怪しいけれども。
引き返してルトヴェンドさんとウェリアさんと再度合流し、適当なチームの部屋に入った。
部屋の中の椅子やテーブルはリビングへ持ちだされてしまっているので、三人は適当に地面に座って話を始める。
「面倒なことをさせてしまってすまない。でも、その慎重さが君を信頼している理由でもあるんだ。一応約束してくれるか? 今の段階では他言しないということを……」
ルトヴェンドさんは気を使ってくれたのか、少し俺と離れた位置に座って神妙な面持ちでそう俺に話しかけてくる。
何についての話なのか見当もつかないが、あまり重大な責任を追わせるような秘密を持たされるのは正直困る。
みんな平等でありたいし、俺とこの二人だけの秘密を作ってしまっては人間関係に影響が出そうだ。
「え……と。みんなに話すわけにはいかないんですよね? そんな中俺を信用して話を持ちかけてくれたのは正直嬉しいっすけど、あまり責任重大な感じの秘密とかを話されると少し怖いっすね……。もうここまで来たら聞くしかないような気がしますけれども……」
「……すまない。君のようにうまい配慮ができていなかった。責任を追わせるつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまうことを許して欲しい。でも、これは俺もウェリアも君を信用しているからなんだ。ただ、君の判断次第では今から話すことを直ぐにみんなに話して共有することになるかもしれない。でも、今の段階ではここだけの秘密ということにしてくれるか?」
「分かりました。他の人に話さないことを約束します」
「協力に感謝する。相談内容は難しいことではない。ウェリアが敵を察知する能力があると言うのは君も理解できたことだろう」
「十分に理解しました。正直疑ってました。すみません」
すっかり忘れていたけれども、アングリシェイドの一件は元はといえばウェリアさんが勘付いたことから始まったんだよな。
場所もぴったり当たっていた。これはもう偶然でも何でもなく、ウェリアさんの能力ということで間違いないのだろう。
アングリシェイドの出現がウェリアさんとルトヴェンドさんの差金でなければ。
ルトヴェンドさんも、トルネ達を置いてウェリアさんを守りに行ったというし、その必死さから考えればそれもないか。
予めアングリシェイドを仕込んでいたというのであれば、ボロボロの状態になるのは予測できたはずだし、ウェリアさんをもっと安全な所に避難させていたはずだ。
そもそも、アングリシェイド級の魔物を操るなんて出来るはずがない。当たり前だけれども相手はコミュニケーションが取れない相手なんだし、無理やり力で操ろうにも力量差的に無理だろう。
「実は厳密に言えばあれは嘘なんだ」
「嘘!? いやまさか。だって場所もピッタリでしたよ? 最初は疑ってましたけれども、今は嘘だと言われた方が嘘ですって」
「ウェリアに魔物を察知する能力なんてない。ウェリアには未来をわずかに予想する力があるだけだ。遠い未来は難しいが、予測できることが今から近ければ近いほどよく当たる。彼女は占い師なんだ」
「占い師!? マジすか!?」
と、ちょっと声を大きく上げてしまったので慌ててボリュームを絞った。
占い師か!
俺はあまり占いを信じる方ではないので、占いなんてやってもらったことがないんだが、本当に当たるものなんだな。
「占い師というと少し語弊があるが、彼女はその力を使ってカウンセラーを生業としている。もちろん、紹介している通り医者としての適性も持っているが。今回の件は強力な魔物にみんなが襲われて悲劇的な結末を迎える……そうウェリアは予感したんだ」
「なるほど……」
「…………」
ウェリアさんは話を自信なさげに俯きながら聞いているが、これは誇っていい所なんじゃないかと思う。
「そうだ。すっかりお礼を言うのを忘れていましたね! ウェリアさんのお陰で被害も最小限で済んだんです! ありがとうございました! 本当に助かりましたよ!!」
「いえ……ソイチさんが命を落としてしまいましたし、ロクさんもこんな目に合ってしまって……。本当に申し訳ないです」
「何でウェリアさんが謝るんですか! もっと自信持っていい所ですよ! 占い大当たりだったんじゃないですか!! ウェリアさんが事前に察知してくれなかったらもっと被害は大きかったですよ! こんなにバッチリ占いが当たるんだったら……っ」
と、自分で言った所で気がついた。
ウェリアさんの占いの力は本物だ。
どうやって未来を見ているのかは分からないが、この力があれば脱出するのも意外と簡単なんじゃないかと思った。
でもよく考えてみれば、ウェリアさんは最近急にその力に目覚めた訳ではないんだろうし、閉じ込められた当初から占えたはずだろう。
もしかして犯人も既に分かっていたりするのだろうか?
突っ込んでいいのかどうなのか分からなかったので、ちょっとだけ様子を見ておこうと思う。
「犯人を当てられる?」
と思ったら、直ぐ様ルトヴェンドさんに俺が言おうとしたことを言い当てられてしまった。
「……そう思いました。でも、それが出来るならとっくに犯人は分かっている……?」
「残念ながらウェリアの占いもそこまで万能じゃないんだ。ウェリア、自分の力についてロク君に説明してあげて欲しい」
「分かりました。ロクさん、少し手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞ」
ウェリアさんは俺の前までやってきてその場に座り、俺の手を取って目をつぶった。
「ロクさんもご自分の手に集中して、私に心を通わせるようなイメージをして頂いても宜しいでしょうか?」
「分かりました」
俺もウェリアさんと同じように目をつぶって、ウェリアさんに触れている左手に意識を集中させた。
「今から三つ質問をさせて頂きますので、その中で一つだけ嘘を答えて下さい。私がどれが嘘かを当てますので、なるべく分かりにくい嘘を混ぜて下さいね」
「分かりました」
「それでは一つ目の質問いきますね。……レイトルネちゃんのことは好きですか?」
「え~……と、あ、はい。あの、ちょっと、違う質問に変えてもらってもいいっすか? なんか凄い答えにくいんすけど……」
「うふふふ。分かりました。じゃあ、レイニーナちゃんのことはお好きでしょうか?」
「はい。あの、出来ればそっち関係の質問じゃないほうが有り難いんですけれども……」
「うふふふ。じゃあ、今気になる女性はいらっしゃいますか?」
「ちょっと!!」
そこで俺は目を開けた。
ウェリアさんが悪戯な笑顔で笑っていらっしゃる。
何この人。意外とこんな人なの!?
今までのイメージと全然違うんだけど!!
もっとおとなしくて、ルト様に一生着いていきますみたいな感じだと思ってたけれども、こんな人だったのか!
「すまんなロク君。ロク君は意外と思うかもしれないが、ウェリアは表に出ないところではこういう所あるんだ。ウェリア、真面目にやって欲しい。大事なことなんだ」
「すみません……」
ルトヴェンドさんに怒られて、しゅんとなるウェリアさんが子供っぽくて少し可愛い。
そう言えば確かにトルネやニーナのウェリアさん評価は俺のそれとちょっとズレていたような気がするな。
優しいお色気お姉さんというのが、俺、ジェイ、クルフの共通評価だったけれども、二人はお茶目な天然お姉さんと言ってた気がする。
その場はそんな人なの? って感じで人によって受ける印象も違うんだなとか思っていたけれども、その評価の意味がここでようやく理解できた。
表では大人しくおしとやかそうだけれども、このギャップか。畜生。可愛いじゃないか。
「前から少しロクさんには聞いてみたかったのですが、残念です……。ロクさん、結構人気ありそうだと思ったのに……」
「まじすか!?」
「ゴホン」
せっかくいい話が聞けそうだった所なのに、ルトヴェンドさんが咳払いをして邪魔をしてくれた。
今度機会があったらこっそり聞いてみよう。
俺とウェリアさんは再び目を閉じて、占いの準備に入る。
「ロクさんが今のご職業に就かれた時の年齢を教えて頂けますか?」
「……何歳だったかな……」
傭兵として金を貰い始めた時期。
いつくらいだったかな。多分13かそこいらの時には簡単な依頼は既にこなしていた気はする。
ここはあえて微妙に嘘を言ってみよう。
「17くらいの時からです」
「……一番得意な魔法は何系の魔法ですか?」
「……風かな? エアスラッシュ……こっちではウインドって呼び方の方が主流かもしれませんね」
魔法は一応全般使えるし、回復も得意っちゃ得意だけれども昔は風系の魔法ばかり使っていた。
ある魔法使いに「同じ魔法ばかり使うと他の魔法が鈍る」なんて言われてからは、意識して違う系統の魔法も使うようになっていったけれども。
今でも風系の魔法を作るのが一番得意だ。なので、もちろん嘘をついたつもりはない。
「……自分の一番のご友人の名前を教えて下さい」
「……誰だろ……」
一番の友人って言われてもな……。
幅広く人付き合いしているから、こいつとはずっと一緒で相棒だ! なんて奴はいないんだが……。
強いて言えばレオかな?
いいや、ここも嘘言っちゃえ。ウェリアさんの能力もより分かるだろ。
「……幅広く人付き合いしているんで、一番の友人なんていうのはなかなか決まってないんだけれども……。強いていうならガルジアっつー陽気な男かな……?」
「……分かりました」
と、架空の人物をでっちあげて答えてみた。
ウェリアさんの意に反して傭兵を始めた年と、一番の友人の質問に対して嘘をついた結果となったんだが、大丈夫だったかな?
ウェリアさんが手を離したので俺も目を開けてウェリアさんの反応を見てみる。
「……恐らくですがロクさん、二つ嘘をお付きになられましたね?」
「まじすか!?」
「最初と最後の質問、ロクさんが思っていることと違うことが言葉になって出てきたように感じます。どうでしょうか……?」
「ま、まじで当たってる……。すげぇ……」
「うーうー、一つって言ったのに……」
「……うーうー……」
思わず反復しちゃったけど、今ウェリアさん、うーうーって言ったぞ。
何この人!? こんな人なの!?
なんか凄い可愛いぞ!! 作ってるのか!? 天然なのか!?
「と、いう具合に人が嘘を言っているかどうかもウェリアはある程度見破ることができるんだ。もちろんそれだけが彼女の能力という訳ではないのだが、この見破る能力について少し考えて欲しい。これを使えば犯人が分かるかもしれないんだ」
「うーうー……」
ルトヴェンドさんは何か説明してたけれども、俺はウェリアさんのキャラに衝撃を受けていてそれどころじゃない。
俺は、少し肩を落としてしゅんとしながらルトヴェンドさんの元へ帰っていくウェリアさんをずっと目で追っていた。
「あの、ウェリアさんってこんな人だったんですか……?」
「俺や女性の前では割りと素が出るのだが、ロク君には気を許しているのかもしれんな。妬ける話だがそんなことは今どうでもいいんだ。どうだろうか? ウェリアが一人ずつ今のようにここにいる全員を尋問していけば或いは……」
「……でも、今までやらなかった訳ですよね? それをやるとウェリアさんが犯人に狙われてしまうと考えたから……?」
「理解が早くて助かる。そういうことだ。それに加えると、ウェリアの能力も確実なものではないんだ。最初に君がシドルツさんに尋問をお願いした時、シドルツさんはこう答えていた。『もし間違った人間を犯人だと思ってしまったら、その人間はひどい目に合う』と。この作戦を取った場合、ウェリアにも同じことが言えるんだ。ウェリアが犯人だと考えたことが当人に伝わってしまえば、当人は犯人であろうとなかろうとウェリアに対していい感情は持たないだろう。ウェリアにそんな危険なことはさせられない。でも、今はもうそんなこと言ってる場合ではなくなってきたと俺は感じる。ここは危険だ。みんなが寝ている時にまた犯人や魔物が襲ってくるということだって十分考えられる。なので、このウェリアの能力をどうにか生かして犯人を探し当てたいと俺は思ったんだ。でも、なかなかいい考えがまとまらない。だから信頼が置けて、なおかつ慎重な考えを持っているロク君に相談をと思って今こうしている。ロク君の意見を伺えないだろうか?」
「……なるほど。確かに難しい問題ですね……」
ようやく話の意図が見えた。
確かに他の人……というか犯人に聞かれたら今まで慎重にこのことを隠してきた意味がなくなるな。
ウェリアさんにこの能力があると犯人が知れば、恐らくウェリアさんはどうしても始末したい対象になるだろう。
これから残り14人を全員殺さなくてはならないんだ。
一人殺すごとにウェリアさんから尋問されることを考えれば、何もできなくなってしまう。
俺が犯人だったら、これを聞いたその場で殺してしまってもいいくらい、危険な存在だと思うだろう。
故に、今こうして相談を受けている俺は、ルトヴェンドさんやウェリアさんなりに、俺は犯人ではないと思ってくれたということになる。嬉しい限りだ。
だが、それと同時に受けた相談内容が難しい問題だということも理解できてしまった。
仮に100パーセント嘘が見抜けるとすれば強引な方法もなくはないのだが、ウェリアさんは100パーセント見破れるという訳でもないようなのでそれは却下。
80パーセントの確率でもいいので取り敢えずやってみるというにはリスクが大きすぎる。
犯人を絞ることはできるかもしれないが、もたもたしているとウェリアさんが狙われる。
「あの、ウェリアさんって人の何気ない会話とかでも嘘が分かったりするんですか?」
「すみません……ほとんど分かりません。ちゃんと相手の手に触れて……どう説明したらいいか……、その、魂を感じた状態でないと探ることができないんです。あまり信用できるものではありませんが、逆に嘘は言っていないのかなというのは多少感じることはできるのですが……」
「……なるほど。ちなみに、グレハードさんの時の件を思い出してみて欲しいんですけれども、クルフとコーラスさん、その他の人で信用できそうな人とか信用できなさそうな人とかいました?」
「…………」
俺がそう聞くと、ウェリアさんは黙ってしまった。
いるにはいるが言いたくないのか、それとも全然分からなかったのか。
「あ、すみません。無理に答えてくれなくても大丈夫ですので……」
「私の能力のせいなのか、他の方も感じていることのか分からなくて申し訳ないのですが、コーラスさんは嘘をついているようには感じませんでした。あの方はとても誠実な方だと私には感じられましたので、どうも嘘をついているようには……」
「ん~……」
説得力はあるんだけれども、鵜呑みにはしない方がいいかもしれないな。
結局内面やウソホントを見破るにはちゃんと手を触れて占う姿勢に入らないとダメということか。
そんなことをひとりひとりやっていったら、間違いなく犯人は警戒するだろうしな……。
ウェリアさんは100パーセント嘘を見破れるということにして、みんなに尋問していこうと提案した時に反対した奴が犯人とか、そんなんじゃダメかな……。
ウェリアさんに占ってもらう提案に反対すると犯人扱いされてしまうことを恐れて、犯人が万が一それを受け入れたら逆にこっちがピンチになっちまうか……?
それでこいつが犯人だと言い切れるだけの材料が揃えば問題ないけど、そうでなかったらこっちの『100パーセント嘘が分かる』という嘘もバレる上に、犯人の特定もできないという、マイナスの要素だけを残す結果となってしまうもんな……。
それでいてウェリアさんが犯人を外したら、その後の展開を予想するのも嫌な程度に大惨事を招くこと間違いなしだ。
更には、他の人から見ればウェリアさんも犯人である可能性は0じゃない訳で、犯人側の巧妙な嘘だと思って警戒する人も出てくる可能性もある。
そうなると犯人でなくても警戒するだろうし、各々の間で変な疑心暗鬼が生まれてしまうかもしれない。
その疑心をウェリアさんが誤認して犯人だと思ってしまったり……う~ん……。
やるにしても相当慎重にやらなきゃならんぞこれ……。
「例えばここにいる全員に対して『あなたは魔核結晶に触れましたね?』と相手の手に触れて質問していった場合、ウェリアさんは確実に犯人だけを当てられる自信はありますか?」
「……自信ないです。嘘をついていないと自信を持って言える人なら出てきそうですが、はっきりと嘘を付いていると言い切れるかは……」
「そうですか……」
多分、ウェリアさんの中で嘘をついているかどうかは90パーセント以上は把握できるんじゃないかなと思う。
さっきのテストで俺の嘘をばっちり見破った訳なんだし。
今の答えは単純に自分の能力に自信がないのではなく、もし間違った人を犯人と言ってしまった時の事を考えてのことなんだろう。
結局俺がほしい『犯人である確たる証拠』をウェリアさんに期待してはいけないという事なんだよな。
普通に考えて、占い師が証拠ですなんて言えるわけがない。
犯人っぽい人間はウェリアさんの能力を使ってリスク付きで絞り込むことはできるかもしれないが、それではあまり意味がない。
だからと言って何もしないでここに留まっているのは危険だと感じてルトヴェンドさんが俺に提案してきた……と。
非常に困った。
「困りましたね……」
「そうなんだ……。俺も頭を悩ませているから、こうしてロク君にも聞いてもらおうと思ったのだが……」
「すみません、役に立てそうにないっす……。ちなみに、ルトヴェンドさんはどう考えているんですか? もうウェリアさんの能力をばらして犯人探ししてみようとか考えてます?」
「色々考えながらも、結局は何も閃かないまま今まで来てしまった。最初はそんな危険なことはできないと考えてはいたのだが、ある程度俺もウェリアもそれを行う覚悟が出来たから、こうしてロク君にも全てを打ち明けているのだが、やはりふんぎりがつかなくて……」
「ウェリアさんも、占いお願いしますと言ったらやる覚悟はできているんですか? 一方的にウェリアさんにだけリスクを負うことになりますけれども……」
「やります! みなさんの為に私が力になれるのであれば、出来ることは何でもやりたいと思ってます!これ以上……これ以上悲しい目に合うのは嫌です……」
ウェリアさんは力強く即答した。
この調子ならやろうと思えばいつでもやれるだろうけれども、いかんせんリスクを負うのがよりによって戦闘能力を持たいないか弱い女性なんだよな……うーうー。
俺がその能力を持っていれば、適当な嘘をつきながら犯人を探っていけそうだし、万が一失敗しても自己責任で納得できるんだが、これで俺が「じゃあやろう!」なんて言って失敗したら危険な目に合うのはウェリアさんだ。
俺が軽々しく決定していいような立場じゃないんだよね……くそ……やっぱり予想通り重い相談内容だったじゃねぇか。
シドルツさんに嘘を頼むという件もあったし、ウェリアさんに頼むという今回の件もあるし、全部他力本願だ。本当に俺は無力なんだな。
「俺に期待して相談してくれたのにすみません。俺にはいい案が思いつきません……」
「そうか……。いや、こちらこそすまない。本来なら人に責任を分担してもらうようなことはしないで、俺達だけで処理すべき所だった。でも、今の話は他言しないようにどうか願えるだろうか?」
「約束します。ウェリアさんの能力については誰にも話しません。何も成果なしというのもあれなので、全くいい案ではないですが一つだけ。ウェリアさんの能力は100パーセント当たると公言してみるのもいいかもしれません。現にアングリシェイドの件を言い当てていますし、さっき俺にテストしたみたいに誰かしらにテストをして当てれば、疑う人はいないでしょう。犯人でない人間からしてみれば、それで犯人が分かれば万々歳なので占いを行うことに反対する理由はないですが、100パーセント当たる犯人探しとなれば、犯人は相当焦るでしょう。犯人だけはどうにかしてこの提案に反対してくる可能性が高いので、うまく行けば占いをやる前にそれだけで犯人が分かるかもしれません」
「確かに! それは中々いい案なんじゃないのか!?」
「もちろんリスクはあります。この状態になってしまってから既にかなりの時間が経っているので、犯人にも『今まで何故やらなかったのか』という疑問が出てくるかもしれません。そうなると犯人も警戒して『100パーセント当たる』に疑問を抱き、素知らぬ顔で占いを受けに来るかもしれません。そうなったら今度はこっち側は自信がなくても公言通りに犯人を言い当てないと、ウェリアさんの嘘がバレて今後大きく不利に働きます。犯人を言い当ててみんなで葬った所で結果的にそれが正解で、フェンスが開けば何も問題はありませんが、それでフェンスが開かなかった場合、みんなのウェリアさんに対する印象がどうなるのか、想像できると思います。なので、この策を採用してもリスクは非常に高いです」
「なるほど……」
ルトヴェンドさんもウェリアさんも真剣な様子で俺の話を聞いてくれている。
俺はそのまま話を続けていった。
「何かの参考になればと思って言いましたが、俺はこの案を推すつもりは全くありません。個人的な意見としては、これは切り札として取っておいて、ウェリアさんとルトヴェンドさんで探っていって徐々に犯人を絞っていくという慎重なやり方のほうがいいと思います。結局責任を被りたくないだけの意見になってしまって本当に申し訳ないです……」
「……ロク君に相談して本当に良かった」
俺が話を終えると、ルトヴェンドさんは俺に近づいて来て握手を求めてくる。
本当に何の役に立ってもないのに、こうしてくれたことは俺にとっても有り難いことだ。
俺はその手を取り、ルトヴェンドさんと固く握手を交わした。
「この案を採用しても君に責任を問うようなことはしない。これからは自分たちだけでしっかりと案を練っていこうと思う。こうして一緒に真剣に考えてくれたことに深い感謝を」
「せっかく打ち明けてくれたのに、何も思いつかなくてすみません。俺も俺で何か思いついたらお知らせします」
「助かる。俺達の方からも何かあったら君にまた相談してもいいか?」
「是非! 力になれるかどうかはかなり怪しいですが……」
「ありがとう!」
ウェリアさんとも固い握手を交わして、ここでの会話は終了となった。
面白いことが知れた上に、ウェリアさんの変な一面も見られて実のある話し合いになったと思う。
なんか、ウェリアさんを見る目がちょっと変わったぞ。
普段は本当に大人しくて、人前ではほとんど喋らないような人だったのにあんな可愛いなんて卑怯だ。
なんかルトヴェンドさんが羨ましく思えてきた。
俺もあんな美人にうーうー言って甘えられてぇーー!!
なんて相談事と全然関係ないことを思いながらリビングへ戻ると、ジェイが出迎えてくれる。
「お、戻ってきた。片付けも目処が立ってきたし、そろそろアングリシェイドが出てきた所の調査にでも行こうかって流れになってんだけど……。ルトさんと何話してきたんだ?」
「…………」
「あ、内緒なんだったっけか。気になるなぁ……」
「……うーうー。ルトさんが羨ましいよぅ」
「は?」
それからリビングに集まった一行は調査の為に、アングリシェイドの発生源である最南西の空き部屋へと向かっていくのであった。