13.怒れる影
―― 4日目 2回目食事後~外出禁止時間前 ――
グレハードさんの死を受けて、シェルター内の空気は明らかに落ち込んでいた。
以前までは食事を取る時には談笑なんかも聞こえてきたのだが、今ではそういった声は聞こえてこない。リビングにいる時だって他の人と笑い合って談笑するなんていう事はほとんどなくなってしまった。空気を壊してくれるエアブレイカークルフが完全に落ち込んでしまっているという事もあるだろう。
それはそうだ。
あれ以降、クルフもコーラスさんも明らかに周りから敬遠されているように見受けられる。
俺は同じチームであるコーラスさんとは普通に話してはいるのだが、サバトさんもスレバラさんもコーラスさんに話しかけようとしていない。サバトさんに限って言えば、前々からそんな人だったような気もするんだけれども。
クルフにも早く証拠を見つけてきてくれと頼まれ、あれから自分でも色々と現場検証をしたりコーラスさんの証言を聞いたりしているのだが、全く手がかりは見つからなかった。
もちろん他の人にもあの時間に足音が聞こえたかとか人影を見なかったかとか、色々聞きこみをしてみたのだが、同じように手がかりは全くなし。クルフがトイレに行った時の足音くらい聞こえているのかなぁと思ったが、誰からもその証言を取ることができなかった。
もう、クルフかコーラスさんでなければ神の仕業としか思えない段階まできてしまった。
個人的にはコーラスさんよりもクルフの方が怪しいとは思っているが、もちろん口外はしていない。
コーラスさんはマントの血痕の件と、喉をぶった切る必要がないという二点があるので、どうも違う気がしてくる。
クルフが犯人だとすれば一応全て辻褄は合うんだが、コーラスさんを手にかけなかった点が若干不自然な感じがする。手に掛けようと思えばいくらでもできたはずなんだけれども、それをやったら自分が犯人だとより明らかになってしまうからやめた……と考えればそれも一応飲み込めるのだが。
それにしたって、自分が怪しまれる事は確かなのだからわざわざこんな手段を選ぶ事はないと思うんだよな……。
同室でない人の犯行という線も考えて、どうにかして外から部屋の中の人間が寝ているかどうか分かる方法を色々探ってみもした。
クルフでもコーラスさんでもない誰かが中に忍び込む方法として、部屋の中にいる人間が寝ているかどうかを外から知る方法を考えてみた結果、ちょっとした思いつきでドアを閉めた状態で部屋の外から拍手をし、中にいる人はそれが聞こえるかどうかを試してみた。
外で物音がしたら、中にいる人はどうするか?
寝ていたら何もアクションを起こさないが、起きているのであれば様子を見に行くことになるだろう。実際にクルフが事件の事を知らせに来た時に足音を聞いたんだが、あそこで部屋の前を通り過ぎて行ったら俺はドアを開けて誰が通ったのか確認していたと思う。
つまり、この実験で外から拍手をして中から何も応答がなかったら、部屋の中にいる人間は寝ているという事に一応なるわけだ。
実験には同じチームのコーラスさんとサバトさん、スレバラさんにも手伝ってもらったのだが、結果は聞こるという事に。
そうやって犯人は中の人が寝ているかを確認し、応答がなかったからそれでまんまと侵入してグレハードさんを殺し、コーラスさんも殺そうと思ったが何かアクシデントがあって逃走した……という線も考えられるということになった。
それにしても、拍手をして中から応答があったら「何やってんの?」って話になって怪しまれるし、それ以前に物音を立てることによって中にいる人を起こしたんじゃ、元も子もない。それに、外から中にいる人間が起きているか寝ているかわかった所で、誰がそれを行ったか分かるわけでもないしな。
自分で考えて、人に手伝わせて実験まで行っておいて難なんだが、この方法も無理矢理感は否めない。コスターさんがこの俺の実験を見ていたら馬鹿にされていたかもしれない。
一人で考えたり周りの人に相談してみたりしたけれども、結局何の進展もないままただただ時間が過ぎていってしまった。
他の人の話も聞くんだが、他の人はほとんどコーラスさんかクルフが犯人だと思っているような感じで、
あまり積極的に考えたり動いたりはしていないようだった。
コスターさんも何度もコーラスさんに尋問しに来た所を見ると、やっぱりコーラスさんを疑っているんだと思う。
そんなことをしながら本日2回目の食事も終わった。
食事前会議の際にルトヴェンドさんから食事が終わったら少し話がしたいという提案があったので、食事を終えた後、食事当番が後片付けを終えるまで、他全員はリビングで待機することになった。
俺のチームのサバトさんが『毎回食事当番の刑』なので、サバトさんはセヴァンズ姉妹と一緒に後片付けをしに行っている。
俺も暇だったのでコーラスさんとスレバラさんと、サバトさんの代替で一時的に来ていたオルロゼオに「サバトさんの頑張っている姿を確認しがてら、後片付け手伝いにいかないか?」と提案すると、みんなその提案に乗ってくれたので、四人は一緒に後片付けの手伝いをしに調理場へと向かった。
「サバトさーん! 水もう一回お願いしますね~」
調理場につくなり、トルネのそんな声が聞こえてくる。その声を受けてサバトさんは凄い難しい顔して食料庫の方へと向かっていった。
俺達の前を通る時に睨まれたし舌打ちもされたんだが、一応サバトさんはサバトさんなりに頑張っているようだ。あの暴力的サバトさんがトルネの言いなりになっている姿が何とも可愛らしかった。
今調理場には俺達四人と、セヴァンズ姉妹、リエル、エドリック、ソイチさんの姿が確認できる。今日の当番はリエルのチームだったみたいだ。
リエルはニーナの隣に並んで一緒に食器を洗っているみたいだが、エドリックの奴は偉そうに腕組して調理場に突っ立っているだけだった。
とりあえず何か手伝えることはないかと、トルネの所へ行って聞いてみることにする。
「ようトルネ、何か手伝えることはないか?」
「あらロク君、何? 手伝いに来てくれたの? あ、ルトさんが何か話あるんだって言ってたっけ? ごめんね~もうちょっとで終わるからさ。終わるまでリビングで待っててもらっていい?」
「いや、特別早く終わらせろと言われて来た訳じゃないんだ。ただ、何となくサバトさん頑張ってるかな~って思って……」
「大丈夫よ~。サバトさんが来てくれて助かってる助かってる。リエルちゃんもしっかり働いてくれているしね~……全然口利いてくれないけど……」
「まぁ、あの子はあれがデフォルトみたいなところあるからな……。ちょっと脇腹を突いてやれば話してくれるぞ?」
ナイフも飛んでくるけど。
「そ、そんなことできる空気持ってないよあの子! 言うことはちゃんと聞いてくれるんだけれどもね……。それよりもあいつよあいつ……」
そう言ってトルネは偉そうに腕組みして突っ立っているエドリックを、こそこそ指差す。
「……それに関しては俺の方からは何も言えん」
「あいつが犯人なんじゃないの……? ロク君もそう思ってるんでしょ?」
「そうであると、フェンスを開ける作業に誰も躊躇わなくて済みそうなので助かるんだけどな……」
「何を言っても手伝おうとしないし、何か私達をいつ殺そうかって狙ってる感じ。あいつと同じチームでなくて本当に良かったわ……」
「前回同じチームだったジェイが同じようなこと言ってたな。出来ればみんなで協力して行きたいんだけれども、無理そうか……?」
「無理無理! ロク君、あいつ追っ払ってくれないかな……? 正直いない方が気が逸れない分だけ早く終わりそうなんだけど……」
トルネはそんなことを言いながらリビングの方へ食器を回収しに行ってしまった。
エドリックが結晶に触れた犯人ねぇ……。
多分だけど、グレハードさん殺しの件についてリエルが彼のアリバイを保証している点から、可能性は低いと思う。
そもそも、非協力的だから犯人だというのは通用しないんだよ。気持ちは凄い分かるんだけれどもね……。
トルネも行ったことだし、この際だからエドリックとも話して少しでも協力関係が築けることができれば……と思ったのだが、その前に食器洗いに精を出しているニーナとリエルにも挨拶しに行こうと思って二人の傍へ行ってみることにした。
「よう、お疲れさん」
「あ、ロクさん! お疲れ様です。もう少しで終わりますので、すみませんがもう少しお待ちください」
「…………」
ニーナは顔を合わせて挨拶をしてくれたのだが、リエルは相変わらず一瞬顔を合わせるだけで無視だった。
「ようリエル、新天地でも元気にしているか? みんなと仲良くしていかなきゃダメだぞ。トイレ行きたくなったらちゃんとメンバーに断りを入れているか?」
「…………」
そう言ったら凄い怖い顔してリエルに睨まれた。
「リエルちゃんはちゃんとお手伝いしてくれていますよ! 本当に助かっています!」
そう言ってニーナはリエルのフォローをするが、当のリエルは素知らぬ顔だ。
そんなんじゃダメだろうとか思って、両手をシンクにあるボールの中に突っ込んで皿を洗っている隙だらけのリエルの脇腹をちょんと突いてやった。
すると次の瞬間。
バシャー!
「きゃっ!!」
「…………」
ガコン。
「終わった」
「…………」
リエルが皿を洗う水の入った桶をシンクから取り出し、中に入っている水を一気に俺にぶっかけてきた。更にその桶を、見事に俺の頭に被さるように投げつけてくる。そして何事もなかったかのように、すたすたとこの場から去ろうとし始めた。
俺は全身びしょ濡れになり、なおかつ兜のように桶を頭にかぶせるような間抜けな格好になってしまった。
水をぶちまけた際にニーナにも水が飛び散ってしまうくらい、水は派手にぶちまけられていた。
「リ、リエルちゃん!!」
「…………」
「……ちょっと待て」
リエルはびしょ濡れになった俺を圧倒的に無視してさっさと何処か行こうとするが、俺はそんなリエルの腕をガッチリ掴んでそれを止める。
が、リエルはそんな俺の抑止を振り切り、両手で俺を突き飛ばしてさっさとどっかに行ってしまった。
そんなリエルに対して俺は人差し指を向け、水の魔法で攻撃。
バシャー!!
俺が被った水の量とは比較にならないほど少ない量だが、俺の放った水の魔法はリエルの背中にヒット。せっかくなのでそのまま「バカ」という文字を背中に描くように魔法をコントロールしてやった。
「…………」
「…………」
見事に『バカ』と書き終えると、リエルが踵を返して無言で俺の方に向かってくる。
そして俺の前で立ち止まると、頭に被りっぱなしになった桶を背伸びして乱暴に外す。
それが結構乱暴で、桶に頭が引っかかって首がもげそうだった。
「…………」
「…………」
リエルは桶を手に取ると、シンクにあった樽から水をその桶に波々組み始め、またしても……。
バシャー!!
「ちょ、ちょっとリエルちゃん!!」
桶に入った水を俺にぶっかけてきた。そしてさっきと同じように空っぽになった桶を俺の頭に掛けるように被せ、さっさと何処かへ行ってしまう。
何今の無言の作業!! 仕返しか!? リエル流仕返しなのか!?
クソッ!! 仕返しにしてもあんまりじゃねぇかコレ!? 俺がかけた水の量と比べて、仕返しひどすぎないかこれ!?
目には目を、歯には歯を、水には水を。だ! 同量の水で仕返ししてやる!!
勝手に対抗心を燃やし始めた俺は、頭に掛かった桶を自ら外し、リエルと同じように桶に水を汲み始める。
すると、少し離れたところからまたバシャー!! という水がぶちまけられた音が聞こえてきた。
何事かと思って見てみると、そこには大きな樽を持ったサバトさんと、さっきの俺と同じようにびしょ濡れになっていたコーラスさんの姿が見えた。
「コラーー!! 何やってんだ!!?」
丁度調理場に戻ってきたトルネに、俺もサバトさんも散々怒られた。
俺とリエルとサバトさんのせいで余計に時間がかかることになったが、無事に後片付けも終わり、全員はリビングへと集まった。
リエルが厳しい目をしてこっちを睨んでくるが、俺は変顔してそれに対抗してやる。
脇腹ちょんでそんな怒ることないだろぅ。確かに、からかった俺も悪いけれども、やり過ぎたリエルもリエルだ!! ……グレハードさんがいたらなんて叱ってくれたんだろうな。
そんなことを思っていると、早速ルトヴェンドさんが前に出て話を始める。
「これで全員揃ったかな?」
そう言えば、ルトヴェンドさんからみんなに何かを告げるというのは珍しいな。
この人は割りと誰かの発言を受けてから言葉を返すような人で、自分から積極的に導いていくような感じの人ではない印象だ。
「慌てないで聞いて欲しいんだが、このシェルターの中に魔物がいる可能性が高い」
「え!?」
いきなり何を言い出すのかと思ったら、このシェルターの中に魔物が潜んでいると言い始めた。
それはあまりに馬鹿げている。
シェルター内は初日にくまなく探索したが、魔物どころか俺達以外の生命体すら存在していないことを何度も確認している。もし後から侵入してきたというのであれば、それは侵入口がどこかにあるという事になり、そこから脱出できるという事にもなる。
もしそれが本当なら逆に非常に助かるのだが……。
周りの反応もまさかという感じで、ルトヴェンドさんの話を鵜呑みにしているような人はいない。
「いや、いないならいないでそれでいいんだ。でも、念の為にみんなで調査に向かいたいと思っているんだが……」
「根拠は何なんです?」
まさか勘で適当に言ったとかじゃあるまいし、とりあえず根拠を聞いてみることにする。
すると、ルトヴェンドさんは少しためらったかのように一呼吸間を置いて話し始めた。
「実はウェリアには魔物を察知する能力があるんだが、そのウェリアが奥の空き部屋の方から魔物の気配があると言うんだ」
「ウェリアさんに魔物を察知する能力……?」
そのルトヴェンドの返答に周りの人間はざわめく。
そんな能力聞いたことないぞ。物音や人間の第六感的なもので、何らかの気配を察知する事はできても、奥の空き部屋なんて遠い所は到底無理だ。
あまり信じられたものではない話なんだが、とりあえずどういう事なのか説明してもらいたい。
「魔物ってどんな魔物なんですか? カルジオンとかバサラクみたいな、普通の魔物っすか?」
俺がそうルトヴェンドさんに聞いてみると、ルトヴェンドさんの隣にいたウェリアさんが口を開いてそれに答えてくれる。
「すみません……。そこまでは分からないのですが、何かあの部屋から嫌な空気が……。あの、私の言うことはあまり当てにしない方が……。驚かせてしまって本当に申し訳ないです」
ウェリアさんは自信なさげに俯き加減でそう言うが、相方のルトヴェンドさんの顔は真剣そのものだ。
「ウェリアの言うことを軽んじてはいけない。今まで何度もウェリアの予言には助けられてきた俺が言うんだ。外れる事はあっても、それは予めこっちがその予言で対策したからだとも考えられる。とにかく調査しても何も損はないんだ。南の空き部屋へ行ってみないか?」
あまりに突然過ぎてよく分からない。
今までルトヴェンドさんやウェリアさんとは色々雑談してきたけれども、ウェリアさんにそんな能力があったなんて初耳だ。別に隠すような事じゃないと思うし、何で今までそんな特殊な事を話さなかったのか少し気になるな。
このシェルター内に魔物がいるというのもおかしな話だ。
南の空き部屋というのは、トルネが天井をぶち破ってフェンスがあるかどうかを確認した部屋のことだろう。その時ここにいるほとんどの人が確認したと思うが、魔物が潜んでいる様子なんてなかった。魔物が隠れる程の物陰なんてのもないし、部屋に入れば全体をひと目で見渡せる。一目瞭然だ。
そこにいつの間にか魔物が潜んでいましたなんて、無理がありすぎる気がする。
何か裏があるんじゃないかと思ったので、俺はルトヴェンドさんとウェリアさんを少しマークしながら状況を見守った。
周りのみんなも調査をするに越したことはないという感じで同意し、一行はウェリアさんが言う南の空き部屋へと移動していった。
南の空き部屋というのは地図でういう最南西に位置する部屋の事で、そこに行く途中に各チームの部屋を通る事になるのだが、本当に魔物が出るかもしれないのでそれぞれは部屋から武器を持ちだした。
ルトヴェンドさんが真剣な表情で「武器を持って戦う準備を」と繰り返したので、ウェリアさんの能力に疑問を持っている人でも持っていない人でも、一様に武装することになった。
まぁ、万が一魔物が出現してもこれだけのメンバーがいるならばどうにかなるだろう。
ただ、敵がアングリシェイドだったら話は別だ。
アングリシェイドという魔物はこの遺跡に生息する凶悪な魔物で、そいつのせいで俺は一度帰還を余儀なくされた。
個体差も結構あるのだが、おおよそは体長2m以上ある巨大な魔物。2つの足に4つの手を持ち、腹の辺りから生えている手には戦う為の剣のような物を忍ばせている。
全身真っ黒でガタイが非常によく、非常に腕力が強い。直立して二足歩行している時もあるが、獲物を見つけると6つの手足であり得ないスピードで追いかけてくる。
最初に出会った時はまともにやり合おうとして戦ったが、剣を折られたので死に物狂いで逃げたという格好になった。
この遺跡にしか見られない魔物ではあるものの、この遺跡を探索した事がある人間なら間違いなくトラウマを植え付けられる相手だろう。
一度地上に出て色々と情報を集めたんだが、素早い上に腕力も強く、口から炎系の魔法、腕から風系の魔法、おまけに魔法があまり効かないというまさにパーフェクトな魔物だという絶望的な情報しか得ることが出来ず、結局出会ったら逃げろという結果にしかなってない。
弱点という訳ではないが、爆発音に敏感でそれを聞くと怯むという情報を得たので、俺は爆発を起こすバンという魔法を駆使してここまで辿り着いた。
察知能力は高くないらしく、視界に入らなければ襲ってくるような事はないため、遭遇しても煙幕やら爆発魔法やらで隙を作れば割りと逃げられるのだが、困った事に相手は全身黒いので、この真っ暗な遺跡の中だと非常に見つけにくく、結局戦闘を余儀なくされた事が一度だけあった。
相手の個体もそれほど大きくなかったので一対一ならなんとかなるかなと思ったのだが、全くそんな事はなく、結局逃げたふりして不意を突いて致命傷を与え、相手が弱っている所を命からがら逃げたという経験がある。
魔法が効きにくいので肉弾戦でやりあうしかないんだが、一対一でも相手は4本の腕の素早いコンビネーションに魔法を織り交ぜて戦ってくるので全く隙がない。
このアングリシェイドを討伐できるのは、いくら凄腕が揃っているこのメンツの中にもいないんじゃないかと思う。
他にも要注意な魔物はいるんだが、こいつだけはやばい。
移動中もまさかアングリシェイドじゃないよななんて話をみんなとしていた。
そんな中、ふとルトヴェンドさんが立ち止まってみんなの動きを止める。
「念のため、非戦闘員の人間はリビングへ戻った方がいい。ウェリアもだ。あと、ニーナと……ソイチさんも戦えないんだったか?後、その三人の護衛の為に一人リビングへ残した方がいいだろう」
ルトヴェンドさんはそう言う。
そこまでの話になるのか? なんていう空気だったけれども、ウェリアさんは「万が一という事もあるので」と言ってそれを後押しする。
結局ウェリアさんとニーナとソイチさんはリビングへ引き返す事となり、その護衛の為にジェイがついていく事となった。
また、クルフとコーラスさんの手を縛っているロープも危険回避の為に外された。
ただし、武器を持つことは禁止されたので二人は万が一の時に素手で戦うことになるが、二人共魔法は使えるということだったのであまり気にしていなかった。
そんな事が道中でありつつも、残った12人のメンバーで最南西の空き部屋まで辿り着いた。
扉を前にして一行は立ち止まるが、場は静かでこれから何が起ころうという気配も感じられない。
「これで出てくるのが小動物とかだったら笑えるんだけどな」
「万が一という事もある。各自戦闘の準備を怠らないようにしてくれ」
冗談言える余裕のあるクルフとは対照的に、ルトヴェンドさんからは緊張が伝わってくる。
ルトヴェンドさんを先頭に、一同はゆっくりと扉を開けてみた。
「…………」
扉を開けるが、中から何かが飛び出してくるなんていう事は全くなかった。
みんなは肩透かしを食らったかのように、次々と部屋の中へ余裕を持ってい入っていく。
「何だ! やっぱり何もいなかったじゃねぇか! ウェリちゃんも脅かしてくれちゃってまぁ!」
「まぁ、何もなかったからそれはそれで良かったじゃない」
場の緊張が一気に解けてそれぞれはぶらぶらと部屋の中を歩きまわったり雑談を始めたりする。
でも俺は警戒を解かなかった。
ウェリアさんの能力が嘘だとしたら、こんな分かりやすい嘘を絡めてくるルトヴェンドさんとウェリアさんの意図が気になる。
何か裏があるんじゃないかと思ってルトヴェンドさんをさり気なく観察しているんだけれども、ルトヴェンドさんは騒がせてすまなかったみたいな様子で気まずそうにしていた。
どういう事なんだろうか。
ウェリアさんの能力は嘘偽りなくて、単に予想が外れただけという事か?
確かに、嘘をつくにしてもシェルター内に魔物が出るなんて嘘はあまり効果的ではない。
みんなに武器を取らせる事が目的?
何が何だか分からない。
俺が深読みしすぎているのかなんて色々その場で考えていると、トルネに声を掛けられた。
「何難しい顔してんの? そろそろ帰るってよ?」
「あ、悪い。まぁ、何もなくて良かったよな」
「大体魔物がこんな所から出るなんてねぇ~」
と、トルネが言った瞬間、地面が大きく揺れた。
「地震?」
「…………」
この部屋の床の方から音が聞こえてくる。
静かにその様子を見守っていると、今度は床が盛り上がるような感じでどんどん動き始めた。
「な、何よこれ……」
「まずい!! 何かいる!! 逃げろ!!」
次の瞬間信じられない事が起こった。
部屋の床が打ち抜かれ、地面の床から本当に魔物が飛び出してきたのだ!
最悪な事にその正体は話題に上がっていたアングリシェイド。しかもかなりの巨体だ。
「逃げろ!! 早く!!」
俺がそう叫ぶと、トルネは悲鳴を上げながらこの部屋の出口に向かって走って行く。
他のみんなはもう部屋を出ただろうか、トルネが逃げろと伝えてくれればみんな逃げ切れるかもしれない。
こんなでっかいアングリシェイドを見たのは初めてだ。まともにやりあったら100パーセント負ける。
トルネがこの部屋から出て、部屋の中に誰もいない事を確認しながら俺も出口の方へと急いで向かい、出口からとにかく爆発の魔法を連発した。
どうすんだこれ!?
逃げろとは言ったが、俺達に逃げ道なんてない。逃げ道があったらこんな所とうの昔におさらばしている所だ。
このシェルター内に出現してしまった以上、いずれは倒さないといけないんだ。
そんな事を考えていると目の前にアングリシェイドが現れ、覆いかぶさるように襲ってきた。
俺は不意を突かれて体を倒されてしまう。
それでも、何とかみんなが逃げ出す時間を作れればと思い、ドアの外には行かせまいと必死に抵抗をする。
相手は2つの腕で俺を押さえつけて俺の左肩辺りを噛み付いてきた!
「ぐぁあ!!」
鋭い牙で俺の左肩はえぐられるが、丁度相手の顔の辺りに爆発が起こった。
たまらず相手は俺から一旦離れる。
大きな肩へのダメージに加えて爆発のダメージを少しもらいながらも、その爆発のお陰で相手と少し距離を取ることが出来た。
「無茶をするな!! 後ろへ下がれ!!」
「ルトヴェンドさん!」
「相手は一体か!?」
「多分!!」
ルトヴェンドさんは追い打ちをかけるように敵に爆発の魔法を放ちながら、しきりに俺に下がれと言う。
ルトヴェンドさんに加えてトルネも加勢する形で爆発の魔法を放ち続け、相手を足止めしてくれた。
その隙に俺は剣を持っている右手で左肩の治療を行いながらもなんとか部屋の外へ逃げこむことができた。
「大丈夫ですか!?」
「まずい事になったかもしれませんね……」
コーラスさんが駆けつけ、俺の肩に回復魔法を掛けてくれる。
「一人誰かリビングへ伝令だ! 敵はアングリシェイド一体! 二、三人で壁を作りながら少人数で戦い、消耗したら後ろへ下がれ! 相手は魔法が効かない! 魔法使いは補助と回復に回れ!」
ルトヴェンドさんとトルネが相手を足止めしている間、スレバラさんが先頭に立って指揮をとってくれる。
なるほど、場所が場所なだけに戦いにくいが、これだけの人数がいるのだからローテーションしながら壁を作るようにして戦えば何とか削り切る事ができるかもしれない!
みんなはそのスレバラさんの掛け声に頷き、サバトさんと丸腰のクルフが前に出てきた。
「ロクちゃん、ちょいと剣、借りるぜ!」
「え、ちょっと!!」
クルフの奴、意気込んで俺から剣を奪うようにして取って行きやがった。
そのせいで俺は丸腰だ。
そしてそのままスレバラさんとサバトさん、クルフで壁を作って交戦するという形になっていく。
三人が前へ出るとルトヴェンドさんとトルネは撃つのをやめ、一旦後ろへ下がってくるのだが、なんと部屋の中からさらに一体、同時に二体のアングリシェイドが襲いかかってきた。
作戦は実行する前に崩壊。
一匹は三人で食い止めているものの、もう片方の一匹が俺達に向かって物凄い勢いで飛びかかってきた。
「逃げろーー!!」
体勢を整えていないどころか、丸腰の俺はそう叫びながらヤケクソ気味に一発相手に爆発の魔法を放つ。そして後ろに徐々に後退していきながら魔法を撃ち続けた。
もう周りの人間がどう動いているのかなんて分からない。
俺も丸腰なのでひたすら何処へ行くという訳でもなく後ろへ下がっていった。
途中で各チームの方へ繋がる西通路へ分かれる道があり、逃げているみんなはそこで二手に分かれる形となっていた。
結構な人が西通路の方に流れていったのが見えたので、俺は魔法を撃ちながらもあえて南通路の方を選択して後退していく。
アングリシェイドは俺を狙って南通路の方へと追ってきたみたいだ。
「早く逃げて!!」
「リエル!!」
逃げていると、途中でリエルに遭遇する。
リエルは俺の前に立ちふさがるように出て、俺を後ろへ逃がそうとする。
「何やってんだお前は!! あいつと戦おうってのか!? おい! リエル!!」
そしてリエルは何も言わずに俺を後ろの方へと突き飛ばし、アングリシェイドが向かってくる方へと走っていった。
俺も魔法を撃つのを一旦止めて、また来た道を引き返すようにリエルの後を追う。
リエルは身軽な体を駆使して敵と一対一で交戦していたが、すぐさま引き返すように俺の方へと戻ってくる。
「馬鹿!! 何で来た!?」
「一人で戦おうって方が無茶だ!!」
俺がそう言うも、リエルは俺の手を取って南通路の奥の方へ逃げるように引っ張って行く。
「今の君は戦力にならない!! 邪魔!!」
そう言ってリエルは力いっぱい俺を後方へ投げるように手を振り払った。
俺はその勢いではるか後方へ吹っ飛ばされてしまう。
そこにはシドルツさんの姿があった。
シドルツさんは剣を構え、魔物の迎撃体制に入っている。
「武器はどうした!?」
「クルフに取られたんすよ!! そんな事よりもリエルが!!」
「ここで待てという彼女の指示だ。お前は下がっていろ」
「あいつを一人で行かせたんすか!? 無謀すぎるでしょ!!」
「ここに辿りつけた人間の一人だ。信じてやれ」
「でも!!」
シドルツさんはいつも通り、顔色一つ変える事なく冷静にそう言い放つ。
そうこうしているうちにリエルが俺達の元へとやってきた。
リエルも俺達と一緒にナイフを構えて迎撃体制に入る。
俺も魔法を構えて相手を待っていると、相手は目の前に来た瞬間に何かに引っかかったようにその場に倒れこんだ。
「今だ!!」
リエルがそう声を挙げると、二人は倒れこんだ相手に素早く近づき、顔面向けて剣とナイフを突き立てた。
しかし、相手は寝返りをうつようにそれを交わし、攻撃を空振りして隙ができた二人を手に付いている剣のような物で振り払った。
「リエル!! シドルツさん!!」
二人は相手の強力な一振りで吹っ飛ばされ、壁に体を打ちつける。
そして相手はそのまま近くに倒れこんだリエルを手で掴み上げ、捕食しようとばかりに顔を近づける。
「なめんな!!」
俺は手に貯めていた魔力を一気に解放し、相手の顔面向けて爆発を巻き起こす。
相手はそれにひるんでリエルを手から離した。
リエルもシドルツさんも一旦俺のいる所まで引き下がってくる。
機敏な相手なので直ぐに迎撃体勢を取るように構えたのだが、どうも相手の動きが緩い。よく相手を見てみると、足に何本もナイフが突き刺さっていた。
あのナイフはリエルが叩き込んだのだろう。あいつ、一人で戦いながら足を狙っていたんだ。勇敢かつ恐ろしい子だ。
またしても予想以上の味方の強さに、今ばっかりは感心するよりも非常に心強く感じた。
「どうします? 三人で倒すのは厳しそうっすけど、倒さないと延々鬼ごっこっすよ!?」
「俺と彼女だけではトドメは刺しきれんな……」
「何か策を考えないと!!」
「腹をすかせているな……」
「腹……? あぁ。リエルも取って食おうとしてましたし俺にも食って掛かって来ましたからね」
「相手の脚力は落ちている。あまり良い策とは言えないが、このまま食料庫まで逃げ切って食料を与えて食っている隙にトドメを刺す」
「冷静っすね。それに賭けましょう!」
リエルにも確認を取って、一気に三人で食料庫に向かって走り始める。
相手は足に刺さったナイフを抜き、俺達を追いかけるように一気に襲いかかってきた。
足にダメージがいってるとは思えない速さだ。
このままではすぐに追いつかれてしまう!
「罠を張る! 先に行って!!」
リエルがそう言ったと思うと、彼女は急に立ち止まった。
「おい!! リエル!!」
「振り向くな! 彼女の力を信じろ!!」
リエルは自分の二倍の大きさはあろうかという魔物相手に一人で前に立って戦おうとしている。それなのに彼女を囮にしてまんまと逃げるなんて事は、俺には出来ない!!
シドルツさんの制止を押し切って俺も立ち止まり、リエルの加勢に入ろうとする。
リエルは一瞬の動作でこの狭い通路の両側の壁に何かを投げつけていた。
それが終わると直ぐこっちに向き直って走り始める。
「君!! ふざけないで!!」
「もう罠を!?」
リエルは俺の手を引いて、シドルツさんの走っていた方向へと俺を引っ張っていく。
ほんの一瞬の出来事だったので、俺の加勢も何もなかった。
リエルが敵の方を振り返ったので俺も敵がどうなったのかを見てみると、相手はさっきと同じような感じで何かにつまずいて倒れていた。
これでリエルの張った罠の正体が分かった。
透明のロープのようなものをこの狭い両側の壁に張ったんだ!
両端にナイフのような物が取り付けられているロープを、俺も以前どこかで見たことがある。その両端を片側の壁に差し込めば立派な罠になる。
そこを避けずに勢い良く通ろうとすれば、今アングリシェイドが倒れたようにすっ転ぶだろう。
その罠をリエルがあの一瞬で張ったんだ。
そのお陰で相手と俺達の距離はどんどんと広がっていく。
「おみそれしましたリエル師匠!!」
「追い付いてきてる!!」
「OK。今度は俺の番だ!」
「ふざけないで!!」
「リエルこそ俺を少しは信用しろ!」
走りながら溜めていた魔力をここぞとばかりに放出し、爆発を巻き起こした。
今度は相手に向けてではなく、俺と相手との中間くらいの位置の天井だ。
それによって天井は崩落し、相手の進路を塞ぐ。もちろん、こんなのは軽い足止め程度にしかならないだろう。俺はすかさず第二撃の為に魔力を右手に集め始める。
魔力を溜めるのに集中しているので若干走るのが遅れているのだが、リエルは俺とほぼ同じペースで走ってくれていた。
全力を出せば俺より速いんじゃないかというリエルのスピードなので、きっと速度を落としてくれているんだと思う。
そんなリエルの見えない優しさがこんな状況でも嬉しかった。
「先行っててくれ! 二撃目三撃目も用意してある! リエルなら余裕で逃げきれると思うし、俺だって必ず逃げ切ってみせる!」
「…………」
そう言ってもリエルは速度を上げない。
優しいのはいいんだが、この場面は素直に言うことを聞いて欲しかった。万が一アクシデントが起きたら、俺だけでなくリエルも巻き添えになってしまう。最悪俺がコケても、リエルとシドルツさんが逃げ切れればまだまだ勝機はある。
頼むから言うことを聞いてくれと再度リエルに伝えたんだが、リエルは無言のまま俺と並走を続けた。
「!!!」
二撃目を撃とうとした時、敵の方から無数の炎が飛んできた。
そうだ。こいつは炎と風の魔法が使えたんだった! 冷静になっていたつもりだったんだが、全然そんな事はなかった。
この無数の炎を器用に走りながら避けるのは難しい。
やむなく俺は溜めた爆発の魔法を破棄して氷の魔法を素早く溜め、相手の炎の一発一発を氷の魔法で相殺しにかかった。
しかし適当に作った氷の魔法よりも相手の炎の方が力が強く、完全に炎を消しきれない。
消しきれなかった炎の威力は無視できる程度なので問題ないのだが、それよりも炎の数が多すぎる。とてもじゃないが全部相殺しきれない! 漏れた炎を避ける事はできるのだが、俺が下手に避けるとリエルに被弾してしまう。
とにかく俺はリエルの方向に飛んでいる炎を優先的に消し、処理しきれない分は自分で何とか避けきる事で相手の怒涛の炎の攻撃を対処した。
炎の攻撃の対処はそれで何とかなったのだが、そのせいで爆発の魔法は撃てず、みるみるうちに相手に追いつかれてしまった。
アングリシェイドってこんなに深追いしてくる相手じゃなかったと思ったんだけれどもな。
俺がここに来るまでに出会ったアングリシェイドは爆発の魔法で結構な隙を作れたし、これだけ逃げれば大抵は諦めてくれた。
諦めてくれた所で結局倒さなくてはならないんだけれども、こいつは今までの奴らと違って相当しつこい。
途中で適当な扉に入ってやり過ごすという事も考えたのだが、それでもこいつなら追いかけてきそうだし、それだと何よりシドルツさんが危険な目に合ってしまう。
まだ食料庫まで距離はありそうだ。ここはまた交戦するしかないと思い、覚悟を決めて立ち止まった。リエルもそれに合わせて立ち止まる。
「もう一度罠を張る! 君は全力で逃げて!」
「分かった! 任せたぞ!!」
もうリエルの凄さは理解した。この子は敵を一人で足止めする力を持っている。俺が加勢しようと思ってもお荷物になるだけというのは、さっき学んだ。
だから俺はそのリエルの言葉に了解し、リエルの様子を気にしつつ全力で後退した。
リエルは一旦立ち止まって、敵の攻撃を交わしながら懐から道具を取り出す。
そして両側の壁へ銛のような物を投げつけ、罠の設置が終わると直ぐにこっちに向かって走ってきた。
こうやって俺達が逃げる時間を稼いで、誤魔化し誤魔化し食料庫の方へ誘導するしかなさそうだ。
結構強めの魔法を撃ちまくったせいで俺の魔法力が若干心配になってきたが、もう少しの辛抱だ。ここさえ乗り切ればシドルツさんと合流を果たして活路を見出すことができるだろう!
そんな事を考えていたら、後ろを走っているリエルが急に転倒してしまった。
「リエル!!」
相手は罠に引っかかることもなく、猛然とリエルに襲いかかる。
俺は急ブレーキをかけ、走る方向を180度変えてリエルを助けに向かう。
何事かと思ったが、相手の方から風の魔法が飛んできた事で理解した。
相手は風の魔法を使って罠をふっ飛ばし、さらにリエルの足をそれで切り刻んだんだ。
リエルは足から出血している。これではもうリエルは素早い動きは難しいだろう。
俺はこっちに向かって飛んでくる風の魔法を『籠手』の部分で弾き返そうとするが、防具の籠手を今装備していないを忘れていた。
利き腕の籠手の部分から激しい出血。でも、今はそんな事どうでもいいくらいリエルの状況がやばい。
リエルは倒れている所を上から敵のスコップのような物で殴りつけられ、急所は外すように交わしてはいるものの、相当なダメージを負っていて動けてない。
そこに更なる追撃がこようという所で、俺は倒れているリエルに覆いかぶさるように飛び込んだ。
「ぐあぁぁーー!!!」
間一髪リエルを庇うことはできたものの、相手の強烈な一撃を左の肩から脇腹にかけて貰う。
左腕はもう痛みで動かせそうな気はしないが、右腕の方には確かなリエルの感触。
何とかリエルは守り切ったと安心したのも束の間、相手からの追撃がまた襲いかかってきた。
今度は右の側頭部から肩にかけての強烈な一撃。
その一撃で一瞬世界が真っ白になった。
「離して……」
抱え込むリエルからそんな声が聞こえてくる。
リエルは俺を引き剥がそうとしているのだが、俺はそれだけはさせまいと、全ての力をリエルを抱える腕に注ぎ込んだ。
「それは無理な注文だ……ぐあぁぁーーー!!」
さらに相手からの強烈な一撃が俺の体に直撃する。
それでもリエルにだけはダメージがいかないように、必死で彼女を抱えた。
「早く……離して……」
「はぁ……はぁ……だから無理だって言ってんだ……ろ……」
「何で君は……こんなことする……の……?」
「知らねぇ……よ。俺より小さい仲間が戦ってんだ……。放って逃げることなんか出来るか……」
「……馬鹿……死ぬよ……?」
「仲間を見捨てて逃げるなら……死んだ方が……マシだ……。それが傭兵ロクの……生き様なんだよ……ぐあぁあぁぁーーー!!」
更に背中を相手の剣のようなもので切り刻まれる感触。
痛すぎて回復魔法を唱えている暇もない。
リエルに覆いかぶさるような形は意地でも変えなかったのでリエルへダメージはいってないと思うが、それももう無駄かもしれない。
視界が真っ赤に染まるし、何がどうなってるのか考えられる余裕もない。
身動き一つ取れない俺は、そのまま何発も相手からの打撃を貰い、ついには体を掴まれて壁に押し付けられた。
「くそ……」
相手が俺を食い殺そうとしているのが雰囲気で分かった。
俺は最後の力を振り絞ってやけくそ気味に炎の魔法をゆらゆら揺れる相手の顔に向かって放つ。
すると一瞬相手の顔が燃え上がり、俺を掴んでいた相手の腕からは力が抜ける。
それで俺は地面に落ちる格好となるのだが、受け身を取ることもできなかったので、そのまま地面にぐったりと崩れ落ちてしまった。
何とか反撃に出ようと思い、相手を確認して体勢を整えようとするんだが、情けないことに力が全く入らない。
相手の顔に着いた炎は直ぐ様消え失せたのだが、今度は追い打ちをかけるように敵の目にナイフが突き刺さった。
それによって相手は大きなうめき声を上げて身悶え始める。
そこからさらに3発ナイフが敵に向かって飛んでいった。
一発は今とほぼ同じ位置に命中し、相手の片目には二本のナイフが刺さる形となる。
もう一発はもう片方の目の近い位置をかするように外れ、最後の一発も同じようにもう片方の目をかすった。
今にも俺達を食おうとしていたアングリシェイドだが、その攻撃のお陰で今はそれどころではない様子。
大きな隙が出来たので逃げるなり畳み掛けるなりしようと、必死で立ち上がりはしたのだが体が全く言うことを聞かず、すぐに膝を付いてしまう。
そこをリエルが肩を貸してくれ、何とか地面に崩れ落ちずには済んだのだが……。
「トドメを……」
「目を潰しただけじゃトドメは刺せない。逃げる」
「俺は置いていけ……。俺はもう逃げられない……」
「一人で逃げるのはもう嫌。死ぬのなんか怖くない」
「頼む……リエルだけでも……」
俺がそう言っても、リエルは俺を引っ張るようにずるずると相手から距離を取って歩き始める。
リエルにも相当なダメージがあるらしく、とてもじゃないが俺を抱えて逃げるなんてのは無理だ。現に逃げようとしているこの速さは普通の人が歩いている速さよりも遅いくらいだ。
相手が正気を取り戻したらすぐまた襲われる。
今の状態じゃ生き延びることはもう不可能。
二人まとめてこの場で死ぬことを覚悟した時、相手の方から爆発音が聞こえてきた。
それと同時に凄い速さで後ろのほうから相手へ向かっていくシドルツさんの姿が見えた。
すぐにその場からアングリシェイドの悲鳴が幾度と無く響き渡る。
この調子ならシドルツさんがトドメを刺してくれているに違いないと思い、安心しきった俺は全ての体重をリエルに預け、そのまま床に倒れ意識を失ったのだった。