10.不穏
―― 2日目 2回目食事後、外出禁止時間前 ――
仲間同士の親交も時を経る度にだいぶ深まってきた。
今のところ揉め事もなく、みんなワイワイとやれていて悪くない雰囲気になっていると思う。脱出する目的なんていうのを忘れているのかってくらいそれぞれ雑談を楽しんでいる様子だ。
基本的に暇なんだけれども、人数が多いので色んな人とコミュニケートを取って行くことで自然と暇は潰れる。
そんな中でもシェルター内の時間管理はしっかりと行われている。
1日を24時間として計算し、食事は1日2回用意される。
最初の6時間の外出禁止の睡眠時間から計算して、それが終わるのが6時、それから5時間後の11時に1回目の食事を行い、さらに8時間後の19時に2回目の食事を取る。そこから5時間後の24時(0時)から6時間また外出禁止の睡眠時間を取る……といった具合に管理される事となった。もちろん、実際の時間は全くわからないので、このシェルター内での時間になるのだが。
リビングにはその時間管理を行う計刻線が常にみんなに見える位置に掲示され、睡眠時間の前、後、食事の前にそれぞれ次の食事当番の人間が計刻線を取り替えるようにというルールも設けられた。
食事の時は、例え食事を取らないとしても全員がリビングに集まるという事がルールで義務付けられており、その時に全員会議を行う。
最初の食事の時は俺がトイレの事やゴミ捨て場の事を議題に出して、コスターさんが睡眠について話していた。
二回目の食事の時はゴミ捨て場の探索は無理、天井を突き破ったが結局フェンスに阻まれていたという事を報告。
三回目の食事の時は行水したいという要望を話し合った。
どの会議でも他に気になるような点は報告されず、いまだ脱出へのいとぐちは見つかっていないのが現状だ。それでもシェルター内の雰囲気は暗くなく、食事が美味しかったとか今までの武勇伝だとかいった和気藹々とした雑談が耳に入ってくる。
が、少なくとも俺は焦りを少し感じていた。というのも、こうも脱出へのいとぐちが見つからないまま時が過ぎていくに連れて、いらいらし始める奴は増えてくるはずだと思ったからだ。
今でこそ仲良くやっているが、それも全員が全員という訳ではない。ジェイのチームの盗賊野郎エドリックは明らかにいらついている。スレバラさんと言い合っているのを何度か目撃した。他にも表面上は楽しくやっているだろうけれども、内心いらついている奴だって絶対にいるはずだ。
この日2回目の食事も終え、これから5時間弱後に睡眠時間に入るという時間。その時に不穏な空気をついに見つけてしまった。
俺が尿意を催してグレハードさんとリエルに詫び、一緒にトイレに付いてきてもらおうとトイレに向かっている途中の通路で事は起こっていた。
激しいソイチさんの怒鳴り声が聞こえてきたので、俺とグレハードさんは少し早足になって現場へと向かう。
「貴様まだ自分の立場がわかっておらんようだな!!」
「ですが、本は一度シドルツさんに見せてからというのがみんなで決めたルールですし……」
「口答えする気か!?」
ソイチさんがコーラスさんの胸ぐらを掴みあげて威圧している。
俺は急いでその場に割って入った。
「ちょっとどうしたんすか!?やめましょうよ」
「貴様には関係ないだろうが!それとも、貴様も俺に逆らうつもりなのか!?あ!?」
まずい。何だか知らんが、確実に今のソイチさんはキレている。
普段のソイチさんは嫌味のあるような人だけれども暴力をふるうような人ではなかったんだけれどもな。
俺はそう言われても無理やりソイチさんの手をコーラスさんから剥がしてやった。グレハードさんも到着し、ソイチさんをなだめる。
「ソイチ!!何があろうともそういった態度は恥だと知れ!!まずはコーラスに謝らんか!」
「わしが謝る事なんて何一つないわ!」
「今のお前の礼を欠いた態度は謝罪に値する!誇り高きジェスティアの名を背負うものとしては看過することはできんぞ!」
「貴様のような木偶の坊には分からんだろうな!!こやつはわしの大事な……」
なんかソイチさんが喚き散らしていたけれども、それを恥ずかしく感じたのか、グレハードさんは俺とコーラスさんに目で謝り、ソイチさんを俺達から見えない通路の奥側へと引っ張っていった。
残った俺はキレられてしゅんとしてるコーラスさんに事情を聞いてみる事にする。
「何があったんですか?何かソイチさん凄いキレてましたけど……」
「すみません……巻き込んでしまって」
「いえ、仲間内の不満は早めに解消しておいた方が良いと思っていますので……」
こっちの東側通路は人通りが少ないと言えども、トイレに向かう途中に通る通路なんで塞ぐことはできないし、何より通路自体幅が狭いので、とりあえず話ができるスペースに移動する。リエルも俺達の方に来てくれたみたいだ。
丁度例のゴミ捨て場がいい具合に座って話し合いが出来るスペースとして丁度良かったので、ゴミ捨て場に腰掛けてコーラスさんから事情を聞く。
もちろん今はチーム行動の厳守に抵触している状態になっているが、そんな事も言ってられない状態なので問題ないだろう。
「すみません気を使って頂いてしまって……。事の発端はソイチさんが見つけた本が、シドルツさんへ渡ることなくソイチさんの私物の中に混ざっていたのを、僕が見つけてしまった事なんですけれども……」
「あぁ……。確かに、ソイチさんならやりかねないっすね……」
欲の塊みたいな所が時折見受けられるからなソイチさんは。
グレハードさんに聞いたけれども、ソイチさんは非戦闘員であって、この遺跡へ潜ったのは識別要因なんだとか。城の中でも調査員として優秀な人らしく、アイテムやこの遺跡についての知識が深いので、道中の扱いが大変だったと言っていた。「あれは貴重なものだから無理してでも採集しに行く」と言って、魔物の群れの中を突っ込まされたとか言っていたな。
それくらい貴重なアイテムに命を賭けている人の行動なんで、納得の行く理由だった。
「それよりも、僕がドリアースから出ているという事を話してから随分と態度が変わってしまって。それ以降ソイチさんが僕を敵視するようになってしまったんですよね……」
言われてみれば、最初の食事をした時ソイチさんとコーラスさんと一緒だったけれども、二人が喋っている所は見てないな。それ以降もあまり二人を見かけていない気がする。この二人は思ったよりもずっと仲が良くない状態が続いていたのかもしれない。
コーラスさんに色々聞いてみると、コーラスさんは愚痴っぽくソイチさんの悪行を語ってくれた。
ソイチさんがリーダーなので、基本的にソイチさんに逆らうことが出来ない状態である事。
水や食料などの共有財産もパクって自室に持ち帰るようなことを頻繁にしているという事。
下手すれば他のチームの部屋に入って空き巣まがいの事もしようとしていた事。
もちろんコーラスさんは止めようとするけれども、ソイチさんはコーラスさんの言うことなんてお構いなしだそうだ。さすがに空き巣は止めてくれたらしいが。
聞く感じ、コーラスさんもかなり不満がたまっているっぽい。常に俯き加減で、表情はずっと暗いままだ。終いには「チームの再編成っていつやるんですかね」なんて言葉もぽろっと出ていた。
これはまずい。仲直りしないままチーム再編成まで行くとソイチさんとコーラスさんの仲が修復不可能になって、変な派閥の対立が出来上がったりしてしまわないだろうか。コーラスさん&サバトさんVSグレハードさん一行みたいな。それは何とかして食い止めないといけない気がする。
事情は理解したので、コーラスさんにはリエルと共に一旦この場にいてもらって、俺はグレハードさんとソイチさんの様子を見に行く事にした。
二人を見つけたのはリビングで、大勢の人が集まっている所だった。あれだけ興奮していたソイチさんだったが、俺が来た時には割りと落ち着いていた。
グレハードさんに事の経過を聞くと、これでは埒が明かないと思ったグレハードさんはスレバラさんの力を借りる事にしたそうで、リビングまで引っ張り出したらしい。リビングにスレバラさんはいなかったらしくオルロゼオに呼びに行ってもらっているそうなのだが、その間結構な人にソイチさんというかジェスティアの醜態を見せてしまって本当に恥ずかしい思いだと、グレハードさんは頭を抱えていた。
結局、オルロゼオが無事にスレバラさんを連れてきて、スレバラさんがソイチさんに対してコーラスさんと他のみんなに謝るように強要してくれたおかげで事は収まった。
ソイチさんもちょいちょいスレバラさんに反抗していたが、結局スレバラさんの要求を全て飲み込む事になり、コーラスさんを含む全員にしっかり謝っていた。ソイチさんにはスレバラさんを当てておけば問題ない気がする。
このままだとまた同じ事が起こりかねないので、早めにチーム再編成を考えて欲しいと次の食事で提案してみようと思った。
――3日目 外出禁止時間後、1回目食事前 ――
外出禁止の睡眠時間6時間を挟んで計4回目の食事の時。
俺はチームの再編成の是非をみんなに提案してみようと思っていたが、それよりも先にコスターさんに提案があるというので話を聞く事にする。
「少し長くなると思いますので、食事を取りながらでいいので聞いて下さい。皆さんに審議をして欲しい事があります。それは彼についての事です」
そう言ってコスターさんはサバトさんを指さす。サバトさんは食事に手を付けず憮然とした様子で椅子に座っていた。
「彼は再三の注意にも関わらず、単独行動を行おうとしています。それどころか、外出禁止時間にも単独で部屋を出ました。もちろん私は厳しく注意をしましたが、彼はあろうことか私へ暴行を働きました。みなさん、この男の事をどう思うでしょうか?この男の行動は自分が犯人ですと言っているようなものではありませんか?この男の処遇について、皆さんと話し合いたいと思います」
コスターさんがそう話し終えると、周りからざわめきが起こる。
サバトさんが注意を受けても単独行動。その末にコスターさんへ暴行。コスターさんへの暴行は、恐らく注意を受けて腹立ったからとかそんな理由だろうけれども、単独行動しようとしたのは何か理由があるのか?
その辺りを聞いてみたい。
「今の話はコスターさん側の意見しか聞いてない。俺はサバトさんの言い分も聞いてみたいんだが」
「私は事実を話したまでです。それとも、私が嘘を言っているとでも?」
「事実なんてのは人によって見方が変わる。人を殴ったからと言って、殴った奴が必ずしも悪にはならない。殴られた人間が殴られるに値する理由がある時だってある」
「ははっ。あなたは私が悪いとでも?」
「そうは言ってない。当事者の一方の話だけ聞いて相手を判断するのは公平ではないと言ってるだけだ。サバトさん、話してくれませんか?」
「……」
俺がそう言っても、サバトさんは少しも動くことなく口を開くこともなかった。サバトさんの相棒コーラスさんも心配そうにサバトさんを見守っている。
世の中に人とコミュニケーションを取りたがらない人間は多少なりともいるとは思っていたけれども、こうリエルにエドリックにサバトさんと、うまい具合に集まってくれなくてもいいじゃないかと思った。
まぁ、コミュニケーション取らない人は普段から人と接触しないから俺の知り合いにはいないだけで、本当は世の中にはかなり多くこいうい人種もいるのかもしれない。
「見てください皆さん!この人は何の言い逃れもする事ができない!もしかしたら本当に犯人で、殺せばみんなここから出られるかもしれませんよ!!」
コスターさんは第一印象から嫌な感じを受けていたが、やっぱりその評価は変わりそうにない。
いくらなんでも今の発言は受け付ける事ができない。喋らないのを良い事に、周りの人間を味方につけて自分の気に入らないやつを感情で貶めるのは最低の行為だ。
コスターさんはサバトさんから暴行を受けたと言っていたな。そりゃ、嫌な印象を持っているに違いないし、何とか断罪してやりたいという気持ちは分かる。でも、そうやって事実を無視して感情で自分の導きたい方向に向かわせるような行いは愚かという他ない。
この場面、事実関係と両者の言い分が分かるまでは意地でもサバトさんの味方をしたくなった。
「そうやって犯人である証拠もないのに、犯人だとか殺すとか言うのやめません?もっと冷静になりましょうよ。サバトさんだって何か理由があって単独行動に出たんでしょうし、コスターさんを殴った理由だって俺には分からない。まずはそれを聞かないと、さっきも言いましたけど不公平でしょ」
「ではあなたに聞きますが、単独行動はこのシェルター内で許容されているルールですか?人を殴る事は許容されていますか?確かそういった行為があった場合はみんなで裁くという取り決めになっていたと記憶していますが?」
「論点はそこじゃない。まずはサバトさんの言い分も聞いてからにしようと言ってるだけだ。流れ弾に当たって結果殺してしまった殺人と、強盗の経過の中で行った殺人とでは罪の重さが違う!」
「何も喋らないという事は、事実関係は私が喋った事で間違いないと、認めているという事でしょう。当然です。私は嘘なんて一言も喋っていませんので」
「待ってください」
そこで、サバトさんの相方のコーラスさんが参戦。
こういう話し合いの場でコーラスさんが発言するのは割りと珍しい事だ。サバトさんの相方という事で、どうしても言いたいことがあったのだろう。
「お言葉ですが、理由もなく人を殴るような事をサバトさんはしません!」
俺は理由もなく寝ている所を蹴られたけどな。
「ロクさんの言っている通り、何か理由があったのだと思います。サバトさんはあまり言い訳をしない人なので、黙って受け入れようとしているのかもしれません。でも、このままだと犯人でもないのにサバトさんだけが悪者になってしまう!そんなおかしい事はないです!!」
コーラスさんはそう必死に訴えかけるも、それに対するコスターさんの返答に俺は驚愕した。
「あなた、確かこの男の相方でしたね?バイアスのかかった意見はいらないんですよ。あなたなら味方するしかないでしょうし。なので、以降この件に関する事について、あなたは発言を謹んで下さい」
横暴過ぎる。
言ってることの的は外れてない気はするんだけど、何であんたが人の発言権を握りつぶせるだけの権力を持っているのか。こりゃ、サバトさんに殴られるのも無理はないわ。
「そんな……」
「さぁみなさん、この男をどう裁くか決めませんか?」
そうコスターさんはみんなに聞くも、誰も返事をだそうとしない。
この人の暴走は止まりそうにないので、あまりやりたくないけれども、ザ・権力を行使してもいいんじゃないかと思えてきた。なので、一緒のテーブルに座っているグレハードさんに意見を聞いてみることにする。
「グレハードさん、どう思います?」
「ん~……。あのサバトという男が何を考えてそういった行動に出たのか分からんからな……。奴は犯人なのか?」
「グレハードさんも、あんな人の印象操作に引っかからないで下さい。犯人かどうかの問題をここで話し合っているんじゃないっす。彼の行った事について裁こうって所なんで、犯人うんぬんは忘れて下さい」
「でも、単独行動というのは看過できんな……。犯人でないならそんな事を行う必要がないだろう?」
「……リエルの例もありますよ?」
リエルに視線を寄越したら、サッと逸らされた。
今のでリエルを例に巻き込んでしまったのは申し訳ないが、グレハードさんを説得して、グレハードさんにコスターさんを説得させる為なんだ。すまんな、リエル。
「……初日の忘れ物の件か」
あ、そうか。
グレハードさんにはトイレじゃなくて忘れ物と説明していたんだっけか。危ない危ない、忘れてた。危うくトイレは仕方ないでしょ!!と言いそうになった。
「あれも本来ならしっかり相談して行くべき所だ。同じことが起きたら今と同じようにみんなに報告する所だったぞ。何事も決まりは決まり。それを破った者は相応の罪を受けなければならん」
「……」
さすがは王宮騎士様といった所か。ルールやら掟やらには厳しそうだ。まぁ、グレハードさんの言ってることは何も間違ってないんだよね。
でも、俺が言いたいのはそういう事じゃないんだ。罪を受けるのはいいんだが、コスターさんの説明でここにいるみんなはその罪が大きく見えてるんじゃないかと思うんだよ。
今コスターさんはこの人をどう裁くか聞いているんだけれども、これじゃあ不当な評価が下るに決まっている。別にサバトさんをかばっている訳じゃないんだ。真実はしっかり明らかにしないとダメだ。こんな有耶無耶なままサバトさんは犯人臭いから殺そうなんておかしな結論になるのだけはやめて欲しい。
っつーか、何でサバトさんも話さないのか。やましい事でもあるのか?
「ぐっ……」
ふとサバトさんの方を見たら、何故かコーラスさんを殴りつけていた。せっかくサバトさんを庇っていたコーラスさんも大迷惑である。
サバトさんは無言で二、三発コーラスさんを殴ると、元いた場所へと戻っていく。周りのみんなはそれをポカーンとしながら見ていた。
何今の!?あまり詳しく見ていなかったけれども、コーラスさんがサバトさんに対して何か変なこと言ったのか?何でサバトさんは脈絡もなく味方してくれたコーラスさんを殴ったんだ!?
この脈絡のなさなら、突然コスターさんが殴られてもおかしくはない気がしてきたぞ。サバトさんの味方をしようと考えていたけれども、味方しきれるのかコレ……。
そんな事を考えているうちに、コスターさんは話を再開させて話を進めていく。
「それでは、有罪は確定しているので、その処遇について私の方から案を出させていただきます。A案は死刑。B案は処刑場と書かれている所にずっと幽閉するという形で……」
「小便だ」
つらつらとコスターさんが喋っている所に、ようやくサバトさんが口を開いて反論をした。
「トイレですか!あっはっはっは!嘘つくならもっとマシな嘘をつきましょうよ!!あなたはあんなにトイレが近いんですか!?外出禁止の時間に3回もですよ!?下が緩いんですねあなた!」
そう挑発するコスターさんに痺れを切らしたのか、サバトさんは急に立ち上がってコスターさんの胸ぐらを掴んだ。
これじゃあ完全にサバトさんは暴力的な悪者になってしまう。まぁ、実際そうなんだけど、こんな安い挑発に乗らないで欲しい。俺は慌てて二人の元に駆け寄り、二人を引き剥がした。
俺の他にも何人か止めようと、コスターさんとサバトさんの間に割って入ってくる。
「見てくださいみなさん!!これで私が嘘を言った訳ではないのが分かってでしょう?この男は危険な男です!早急に何らかの対処をしないと今度は自分の身が危ないかもしれませんよ!」
と、コスターさんが喚く。
子供の喧嘩か。いい加減に俺もブチキレそうになったので、コスターさんを睨みつけ厳しく批判した。
「いい加減にしろよ。そんな汚ねぇ挑発するのがあんたのやり方なのか?あんたの方こそ頭冷やしてこいよ。サバトさん。あんたもこんな安い挑発に乗っかってんじゃねぇよ。あんたが喋らねぇからこうなったんだろ?やましい事がないなら正直に話せばいい。何でそれができないんだ?」
俺がそうサバトさんにも言うと、サバトさんは他の人の抑止の手を振りきって俺の眼前にずいっと出てくる。
真正面に立たれると、身長もあってガタイもいいし、さすがに怖い。かなりの威圧感がある。
びびりそうになったけれども、俺の言ってることは間違ってないという正義を信じて、サバトさんと睨み合った。
「小便だ」
「外出禁止時間に3回行ったと聞いたが?」
「原則という条件だったよなぁ?」
「いいや、そういう案もあったが最終的には三人行動を徹底しようとなったはずだ」
「……」
この人、もしかして話し合いをちゃんと最後まで聞いていなかったのか?確かに途中で『トイレに行くときは原則三人。単独で行く場合は自己責任にしよう』みたいな流れにもなったけれども、最終的には俺が食事当番が一周するまでは三人行動を徹底しようという案で決まったはずだ。
俺がそう言うと、サバトさんは黙ってしまった。
「そこは勘違いしていたという事で別に構わない。3回行ったというのは、本当に3回ともトイレだったのか?」
「そうだ」
いちいちサバトさんの返答にドスが効いていて怖い。
俺以外の人はその迫力に気圧されて、少し距離を取っている。コーラスさんだけはサバトさんを抑止しようと頑張ってくれてはいるけれども、また殴られていた。とんでもなく暴力的な人だ。
誰か俺を助けてくれという心境にもなるが、サバトさんがせっかく口を開いてくれているんだから、びびらずにこのチャンスを物にしたい。
「コスターさんは殴られたと言ってた。どうして殴った?」
「てめぇも今すぐぶっ飛ばしてやろうか?」
サバトさんが上から顔を俺に近づけて凄んでくる。
意味がわからないよ。
コーラスさんの「やめて下さい」の声が凄い虚しく響き渡っている。
「どうして殴ったのかと聞いているんだが?あんたは理由もなく人を殴るのか?もしそうだったらコスターさんの言うとおり、危険な人間と認識するが?」
「うざってぇ。それだけだ。てめぇのようになぁ!!」
「ぐっ!!」
サバトさんの腰の入ったパンチが俺の頬にヒットする。
俺はその一撃をモロに食らって吹っ飛ばされてしまった。倒れた際にテーブルを直撃してしまって、せっかく作ってくれた料理の一部がぐちゃぐちゃになってしまう。本当に申し訳ない、トルネ、ニーナ。
「おい!無理をするな!大丈夫か?」
「大丈夫!?」
グレハードさんやトルネ、ニーナが俺を心配して駆けつけてくれる。
「ってぇ……。すまんな。料理が……」
そう一言だけ詫びて直ぐに立ち上がり、再びサバトさんと向かい合おうとするが、サバトさんは暴れている。
コーラスさんやジェイ達が取り抑えようとしてくれているが、興奮している今のサバトさんとはまともに話し合いができそうにない。
俺は俺で立ち上がると、反撃に出ようとしているのだと勘違いされてグレハードさんにがっしり掴まれてしまった。
「暴力はいかん」
「俺じゃなくてあの人に言ってくださいよ。別に今の一撃の報復しようなんて思ってないっすから……」
しばらくサバトさんの暴れっぷりを眺めていると、最終的にはルトヴェンドさんがサバトさんに脱力の魔法をかけた事で収まった。
その魔法がかなり効いているようで、あれだけ元気に暴れまわっていたサバトさんも今は静かに床に座っている。
傍にはコーラスさんを残して、一同は一旦席へと戻った。
「え~っと……みなさん、騒ぎを起こしてしまってすみませんでした」
とりあえず、みんなに向かって頭を下げて謝っておく。
別に俺は悪いことしたと思ってないし、俺が騒ぎを起こしたわけではないんだけれども、見ようによっては俺が余計な事をしたからサバトさんがこうなったとも見れるからな。
「俺は別にサバトさんの味方でも敵でもないし、殴られたからといって個人的な恨みも持ってません。むしろ、サバトさんの癪に触るような事をして申し訳なかったと思ってます。ただ、俺はしっかりとした話し合いが必要だと感じたから行動に出たという事は分かって欲しいです」
でも、サバトさんは苦手です。と、心のなかで呟いておく。
みんなは静かに俺の言うことを聞いてくれている。
サバトさんも俺に対して背を向けてはいるが、聞いてくれてはいるだろう。
「コスターさんの言っていたサバトさんの罪は単独行動に出た事と、コスターさんに暴行を働いたこと。単独行動に関してはトイレに行きたかったという事、三人で行くことを厳守するというのが原則だと思い込んでいた事から行われた行為です。暴行に関してはご覧のとおりです。どういう経緯で暴行に及んだかはわかりませんが、コスターさんの注意や言い方が気に食わなかった、しつこかったのかもしれませんね。問題なのが、それに対する結果です。彼がトイレに行って誰か迷惑がかかりましたか?誰かが死にましたか?そんな事はありません。単独行動はただの過失だとみなさんも理解できたと思います。でも、ルールはルールですので、以降こんな事があってもらっても困ります。今後単独行動はしないとサバトさんに誓っていただく形で、単独行動の件は決着しませんか?」
俺がそう言うと、ちらほらと拍手が巻き起こってくれる。
単独行動が問題となるのは、誰かが死んだ時だ。誰かが死んだ時に単独行動を行っていた奴が出てこないように、単独行動を許可していないんだから、誰も死んでないんだったら結果的には問題がないと言える。
犯行前の下調べをしていたという可能性もなくはないが、コスターさんが注意をしているのに堂々と下調べに行くなんて馬鹿な事はしないだろう。
俺の予想なんだが、多分腹が痛かったとか、そんな下らない理由が真相なんじゃないかと思う。下痢してましたとは言いにくいしな。
「どうだろうサバトさん。今後単独行動しないって誓えば、みんな許してくれるそうだが?」
俺をフォローするように、ジェイが助け舟を出してくれた。これはナイスジェイと心から御礼を申し上げたい。
発案した俺が「みんな許してくれそうだが」と言っても、全員一致で拍手が巻き起こったわけではないから説得力に欠けるため、言い難かったんだ。
これでサバトさんが誓ってさえくれれば、この件に関しては流れてくれる。サバトさんは口では返答しなかったが、片手をふらっと挙げて応えてくれた。
それを受けて俺は話を続ける。
「サバトさんの単独行動については不問という事でいいですね?」
周りに再度そう聞くも、誰も返事をよこさなかった。
当事者のコスターさんは不服そうな顔をしていたが、いい反論を思いつかなかったのか、それとも反抗するのに懲りたのか、今の俺の発言に対しては聞かなかったみたいな態度をとっていた。
「後、暴行についてなんですけれども、これは個人の問題だ思います。サバトさんが何の理由もなく人を殴るような通り魔だったら話は変わってきますが、理由があってやった事であれば、当人同士で決着する問題だと思いますが、みなさんどう思いますか?」
この意見は俺のひどい思いつきだ。正直に言うと、コスターさんの態度がムカついたからてめぇで作った問題はてめぇで解決しろという思いが先行した、投げやりな思いつきだった。
多分こんな無責任な意見だと、コスターさんにすぐ突っ込まれてしまいそうな気がするが、みんなだってサバトさんの処遇を提案したくないだろうから分からない。ここの場面で、「いや、ルール違反はルール違反だ。サバトさんは当分処刑場に一人で居てもらおう」とか言うのは結構勇気がいる。サバトさんからの個人的な報復もあり得そうだからな。
とか思っていたら、そんな想像は一気にスレバラさんによって崩された。
「ロク、それは違う。仲間を傷つけたり、物を盗んだりしないというのはここで決めた全員共通のルールだ。それを破ったのだから、個人に処遇を任せるのは違うぞ。ここは目には目を、だ。全員がサバトを殴るという処遇でどうだろうか?」
結構恐ろしい事を考えつくんだな、スレバラさんも。
っつーか、それでいきなりニーナ辺りにサバトさんを殴れ!!なんて言っても、ニーナは困惑するだけだろうし、誰も本気で殴ろうなんて思わないだろ。
あれ、でもそう考えると割りと平和的な解決方法になるんじゃないのか?全員がサバトを殴るなんて言ったら、リンチみたいなのを想像してしまうんだけれども、案外いい感じでみんな加減しそうだし、リンチみたいな事にはならないのかも。
という思いに至ったので、とりあえずみんなの出方を伺うことにした。
「いやいやいや、俺直接関係ないし、殴れないよ?」
というのはジェイ。まぁ、普通の感想だろう。
「まぁ、愛の鞭ってことなら、さっき暴れた事に対する戒めという意味でも俺は殴るぜ!割りと本気で!!」
と、無駄に意気込むのはクルフ。
「じゃあ私もビンタ一発行かせてもらおうかな!」
トルネが言うと、嫌味のないさばさばした平和的なお仕置きな気がしてきた。
「ちょっとそれは余りに乱暴じゃないか……?もっとこう……一回飯を飛ばすとか、逆に食事当番を毎回させるとか、そういう方向にできないのか?」
グレハードさんの提案は何だか可愛い。
でも、その内容から見てもそんな厳しい罰則は望んでいないという事が分かる。そのグレハードさんの提案は、トルネ的にも結構ヒットしたみたいで、トルネはそれを押しに入った。
「あ、それいいかも!丁度力のありそうな男の人の助けは毎回欲しいと思っていたんだよね。みなさん、それでどうでしょうか!?」
ニーナが嫌がってそうに見えるけど、他の人はそれでいいんじゃないかという感じになっている。
まぁ、リエルとかエドリックなんかは心底どうでも良さそうに場を見ているんだけれどもね。
コスターさんもそれで取り敢えずは納得してくれたようで、サバトさんからの返事を受けることもなく、やや強引に決定してしまった。
結局サバトさんの暴行についての処遇は、当分食事当番を手伝うという事で決着した。チーム毎の食事当番が免除されるわけではなく、他の食事当番に加えてサバトさんという事だ。代わりに食事当番のうちの一人が、サバトさんのチームに食事当番の間だけは付くというルールを作って、サバトさんのチームの残り二人が二人だけにならないようにもした。
あんな簡単に人を殴るような人をよく受け入れたなと後でトルネに聞いてみたが、不器用なだけで悪そうな人じゃないし、それをきっかけにみんなと打ち解けられればそれでいいと、寛大な答えを返してくれた。
相方に人の良さそうなコーラスさんがいるというのが、何となくそのトルネの言葉に説得力を持たせている気がする。多分相方がサバトさんと同じような人だったらお断りだっただろう。コーラスさんのような人に相方が務まっているという事は、きっとそういう事なんじゃないかなと思った。
昨日のコーラスさんとソイチさんの件と言い、今のサバトさんの件と言い、何か不穏な空気が仲間内に出始めてきている。
犯人に対抗していく為には、みんなの協力が絶対条件だ。
この先大丈夫かなんて思いを巡らせながら今回の食事前会議は終わり、それぞれ食事に入っていった。