表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/32

09.魔力

―― 2日目 外出禁止時間後、食事前 ――


 今はラストフェンスのどこかに穴がないか探している最中だ。

 実際にフェンスが見えるのは今のところ入り口だけ。もしかしたら地上部分にだけしかフェンスはかかっていなくて、地下を掘り進めて外側に出るという事も可能なんじゃないかと思って、フェンスがかかっている足元を少し掘ってみようと提案してみた。

 ところが、それは既にジェイが実行済みで、入り口付近の地面を掘り進めていた所にフェンスはしっかりと現れたようだ。実際に俺も入り口に行って確かめてみたがジェイの言うとおりだった。

 このシェルターの入り口とラストフェンスの間に人が少し歩ける程度の隙間があり、そこを無理やり掘ってみたのだが、きっちりと薄い赤色のフェンスが下まで通っていたのが確認できた。横も少し掘ってみたんだが同じだ。

 想像するにこれは間違いなく全方位、このシェルターを包むような感じでフェンスが張られているんだと思う。全方位ラストフェンスに阻まれているのであれば、脱出の望みもほとんどなくなっていった感じがする。

 脱獄する感じでどっかに抜け穴を掘ったとしても、結局ラストフェンスに阻まれるのであれば地上へ出ることはできない。

 脱出する方法を色々考えているのだが、抜け道を探すという方向はもう諦めた方がいいだろう。

 シドルツさんが新しい脱出方法を発見することに期待するというのも、本人が無理そうだと言っていたので期待できない。

 一番確実なの犯人を特定して、申し訳ないが死んでいただく事なんだが、証拠の残らない犯行なので手がかりは0。証拠もないのに死んでいただくことなんて出来るはずもない。

 いよいよ万策尽きた……というか、最初から絶望的な状態だったんじゃないかと思う。

 シドルツさんと少し話をしてみたが、シドルツさんは俺達がリビングに集合するよりも結構前からここの滞在してずっと本を読んで過ごしていたんだとか。ラストフェンスの出現が発覚してからリビングに全員集合するまでの間も色々脱出について考えてみたけれども、脱出は例の方法以外無理だと結論付けたと言っていた。

 シドルツさんは俺なんかよりもはるか以前からここからの脱出は極めて難しいと分かっていたんだけれども、無駄な混乱を招かない為にもあえて無理そうだという事は言わなかったようだ。

 俺よりもシドルツさんの方がこのシェルター内の事について詳しいので、シドルツさんが気がついていない事を俺が気がつくのは難しい。


 結局俺に出来る事なんて何にもなかったなぁと思いつつ、やけくそ気味に今度は天井をぶち抜いてみようと思い立った。

 通路の天井をぶち抜いて、瓦礫を通路に落としたんじゃ以降通りにくくなる。リビングや各個室なんかは割りと部屋が綺麗に作られていて天井までしっかり作られているんだが、リビングの天井をぶち抜いたら今後の生活に支障が出るだろうしこれもまた顰蹙を買いそうなので、今誰も使ってない空き部屋の天井をちょっとぶち抜いてみることにした。

 その事を提案すると、面白そうだからとジェイのチームとシドルツさんのチーム、クルフのチームも来てくれた。というか、来てないのはコスターさんのチームとコーラスさん&ソイチさんの二人組だけなんだが。


 地図で言う最南西の位置にある空き部屋の中に、計12人が集まる。

「やってみようと思ってここまで来て見に来てくれた所申し訳ないんだが、どうやってぶち抜くか全然考えてなかったわ。はっはっはっは!」

 笑ってごまかしたんだが、場は白けてしまった。恥ずかしい。

 この部屋に来る前に一応自分の使っている剣を自室から持ってきたんだが、剣で天井をぶち抜くなんて事、よく考えなくても出来るわけない。

 一応魔法でふっ飛ばすことも出来そうなんだけど、それだと天井が瓦解して、全員生き埋めになるなんて可能性もなくはない。

「よし、ジェイ頑張れ!!」

「無茶振りすんな!」

「リエル師匠!!ここは師匠が天井によじ登ってこつこつ削っていく流れに……」

「……」

 無言&無表情で返された。

「よっしゃ!じゃあ、部屋の外から魔法で部屋ごとふっとばそうぜ!!」

 クルフが圧倒的に大雑把な案を提案してきたが、却下だ。俺が見たいのは天井部分にフェンスがあるかどうか。その方法じゃ天井奥、フェンスが見える所まで崩せるとは思えない。

 その理由を伝えてクルフの案を却下させる。

 魔法の威力を抑えて、地道に天井を削っていくしかないのかなぁ。

 かなり面倒な作業になりそうだけど、それしかないので提案しようとすると、集団の中からトルネの声が聞こえてきた。

「よーし、じゃあここは私が一肌脱ぎますかぁー」

 トルネはクルフの「せっかくだから全部脱げー」という声を無視して、軽く体を捻り準備運動をしながら集団の前へ出てくる。

 どんな方法を使って天井を破壊しようとしているのかは全く予想できない。

「要は、フェンスが見える事が確認できればいいんでしょ?天井ごと全部ふっ飛ばす必要はないはずよね?」

「そうだが……どうするつもりだ?」

「え?魔法使うつもりだけど?」

「ちょっと待て。何の魔法か参考までに聞かせて欲しい。先に言っとくけど爆発系はダメだぞ?」

「そんな馬鹿な事しないって。天井壊す訳じゃないんだから。まぁ、ちょっと見てて」

 トルネはそう言うと、軽く目をつぶって集中し始める。

 少し魔力を貯める間をとった後、トルネは人差し指と中指を立てて右手を挙げた。

 するとトルネの指先から青いレーザーのようなものが発射された。そのレーザーは部屋の天井に刺さって突き抜けていく。

 何だこれ!?こんな魔法見たことないぞ!?

「炎か!?」

「そ。ブルーファイアって私は呼んでるんだけど、それを圧縮してるだけ」

 リエルの時もそうだったけれども、本当に世の中は広いんだなぁと感心させられる。

 結構世界中の魔法使いを含める傭兵と共闘したり話をしたりした事はあったけれども、まず青い炎を見たことも聞いたこともない。それに加えてレーザーみたいな圧縮の仕方をして具現させているのを見るのも初めてだ。相当器用でないとこんな事できないぞ!

 炎の大小を調整したりするのは基本的な事なんだが、器用な魔法使いになると炎を小さく圧縮して周りから見えにくくして、着弾したら一気に燃え上がらせる……みたいな事をやる人もいる。そういうのは何度か見たことあるし、面白そうだから俺もやってみようと思ったけど無理だった。

 とりあえず炎は出せます氷は出せますって人が大多数で、それで十分やっていけるんだけれども、時折いる魔法マニアみたいな人はちょっと変わった魔法の出し方が出来たりする。この人はまさにその部類の人間なんだろう。

 剣も魔法も人並み以上に出来ると高をくくっていた自分が恥ずかしい。こんな高圧縮の炎の魔法なんて受けたら、多分即死するぞ。現に今レーザーが照射されている天井にはぽっかり穴が空いている。

 トルネはその穴を徐々に広げるように照準をずらしてレーザーを打ち続ける。ギャラリーもあっけにとられたようにそれを見ていた。俺だけが驚いたという訳ではなくて少し安心したよ。他のみんなも「こんなの普通だよ」とか言い始めたらさすがに自信喪失する。

 トルネが作業を終えると、自然に拍手が巻き起こった。

「まぁ、こんなもんかな」

「トルっちすげー!!俺にも教えてくれよ!!」

「恐れいりました」

 トルネに深く頭を下げる。

 ここの人たちは本当にレベルが高い。リエル師匠をはじめとし、トルネもそう、王宮騎士様のグレハードさんスレバラさんだって相当な実力を持っているだろう事が容易に想像できる。

 他の人の実力は全然知らないけれども、当然のように強いんだろうな。

「何か途中で引っかかった感触あったから、ロク君の言ってた事は正しかったかもね」

 作業を終えたトルネがそう俺に声をかけてきた。

 フェンスがなければ上の階……がこの位置にあるのかどうかは分からないが、そこに突き抜けると思うんだが、トルネは途中で引っかかったと言う。

 頑張って穴の奥まで目を凝らしてみるけれども、暗くてあまり見えない。

 すると、トルネが気を利かせてくれたのか、手から豆粒大の光の弾を作って明かりとしてくれた。

 っつーかこれ、光の魔法だ。凄いなホント。

 光の魔法もかなり希少だ。戦いとしては使いにくいという事もあって、あえて修得する人は少ない。それ以前に扱うにはセンスが必要と聞くので、なかなか習得できている人は見たことがない。俺も冗談半分で光魔法が使える魔法使いに教わった事があるけれども、俺には無理だという結論に辿り着いた。

 それをいとも簡単にやってのけるこの人は本当に優秀な魔法使いなんだろう。トルネはその小さな光の弾を操って穴の中に潜らせていく。そのお陰で暗かった穴の内部も見えてくるのだが、確かに奥の方に赤い壁があるのが確認できた。

 もちろん赤い壁であのレーザーもせき止められてしまっているので、その先はまた石……というか土だ。

 これで天井にもラストフェンスがしっかりかかっているという事が証明された。

「どうだ?ロク」

「フェンスあるっすね……」

 グレハードさんに聞かれたので、素直にそう答えた。みんなもその様子を確認しようと、見える位置にぞろぞろとやって来て穴の中を覗く。

 その間に魔力を使って疲れた顔しているトルネにちょっと色々と聞いてみる。

「レイトルネ様にお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「何で急に敬語になったのよ……」

「他にも面白い魔法って使えたりするの?」

「面白い魔法って何よ。まぁ、私に出来ない魔法はないけどね!」

 と、凄い得意気にそう返してくる。

「お!頼もしいな!じゃあ、例のゴミ捨て場の下まで凄い魔法で行けたりしない!?今の魔法で掘っていくとか、風の魔法を駆使して下まで降りてまた登るみたいな……」

「ん~……それは無理そうね」

「……いきなり矛盾したな」

「私も色々考えてみたんだけどいい方法は思いつかなかった。人が入れる大きさの穴を圧縮ブルーファイアで作るのは至難の業よ。魔法力がいくらあっても足りない。今のだって私の精一杯。シドルツさんと一緒に見に行った時に試したけれども、光の魔法を落としても光が消える程底は深かったの。しかも途中で光の魔法は吸われるように消えちゃったのよ?もしかしたら底の方は天然の魔衰磁界になっている可能性もある。魔法でどうにかしようというのはリスクを考えればやめた方がいいという結論に達したわ」

「魔衰磁界か……」

 魔法が扱いづらくなる場所のことなんだけれども、これだけ深い所だったらあり得る話ではあるな。

 自然界には天然の魔衰磁界と呼ばれる場所が存在し、そこは目では確認できないけれども、その範囲に入ると魔法恩出力が弱くなるといった性質がある。山の中や洞窟なんかに多く存在するエリアなので、この地下に魔衰結界があっても不思議な事ではない。

 ちなみに、オブストという魔法を使えば人為的に魔衰結界を作ることが出来る。オブストは使い手によって効果が大きく左右されるものなんだけれども、それに比べて天然の魔衰結界は極めて効果が高い。下手すれば魔法が一切使えなくなる可能性だってある。魔法使いが放り込まれたら致命的だ。そんな所にわざわざトルネが行くのは自殺行為だというのは俺でも分かる。

 ゴミ捨て場にここまで拘ってるけれども、結局下にも上にもフェンスは張られているだから、ゴミ捨て場の事はもう忘れよう。

 出口とは関係なく、あれだけ深いんで中がどうなっているのか興味はあるけれども、ただの井戸だと思えば興味も失せる。

「分かった。すまんな。あそこのゴミ捨て場の事は忘れるわ」

「私も出口があればいいな~なんて思うんだけれどもね~」

「この調子だと下にもフェンスかかっているだろうしな。他の方法を何となく考えてみるよ。期待はできなさそうだけど……」

「私も自分なりに考えて、色々シドルツさんに相談してみてはいるんだけどね~……。なかなか……」

 結局天井も予想通り空振りだったという事で、一行はリビングへと戻っていった。

 でも、最初からダメ元の確認が目的というよりも、人によっては暇だからとか、レクリエーション程度に思っている人もいただろうし、俺を含めてこの結果を受けて落ち込んでいる人は誰もいなかった。

 むしろ、トルネの凄さで盛り上がってしまって、次第に話題はそれぞれの個々の能力についてに移っていった。

 そんな中で、トルネとちょっと魔力勝負をしてみたいと思ったのでその旨を伝えてみると、みんなも面白そうだからやろうという流れになり、せっかくだからトーナメントにして競ってみようという事になった。


 リビングへ戻ると一行はさっそく魔力勝負を行う準備に入る。

 魔力勝負というのは文字通り個人の魔力の大きさを競うもので、特別な道具なんかを使うことなくできるものだ。方法は簡単で、互いに向き合って座り、互いの両手を合わせて魔力で『押し合う』というイメージの競い方になる。

 感覚的なものなので何と形容したらいいのか分からないが、相手を自分の魔力で『制圧』できれば勝ち。負ける時は相手の魔力に気負されて封じ込まれるように魔法が出せなくなったり、後ろにひっくり返ったりする事がある。

 他の人から見れば勝負している二人は座って唸っているだけで、どっちが優勢とかは全くわからない。

 割りとこれは全国共通の遊びのようで、『魔力勝負』という言葉を出したらほとんどの人間には通じた。

 その場に居た全員でやろうという事になったんだが、グレハードさんは魔法が非常に苦手という事で、リエルは魔法が苦手な上魔力勝負を知らないという事で、シドルツさんはそれよりも本を読んでいたいという事で、盗賊野郎のエドリックはシカトという事で、それぞれ不参加になった。

 この場にいないコーラスさん&ソイチさんと、コスターさんサバトさんオルロゼオだっけ?コスターさんのチームも当然不参加だ。

 せっかくだからトーナメントという事で、参加者は前に俺がやった数字を思い浮かべて交換する方法で組み合わせを決めた。

「じゃあ、最初は俺とウェリちゃんね!」

 最初の組み合わせはクルフとルトヴェンドさんの相方のウェリアさん。

 リビングの中央のテーブルをどかして作った場所に、二人が座って向かい合う。他の人はそれを取り囲むように位置取って、その勝負の見学に入った。

 暇なんでこれも完全にレクリエーションなんだが、結構みんな楽しそうだ。

「そういやウェリちゃんは回復魔法が得意なんだっけ?攻撃系の魔法も使えんの?」

「ここにいる方たちのレベルには到底及びませんが、少しだけなら使えます。それも、攻撃が目的というよりもルト様の補助というレベルでしかありませんけれども……」

「じゃあ、魔力にはあんまり自信がない?」

「正直あまり……」

「ほっほー!でも、手加減しないかんね!」

「お手柔らかにお願いしますね」

「ウェリアはそう言ってるが魔力だけならそこらの魔法使いよりははるかに強い。舐めてかかると痛い目見るぞ?」

 と、ルトヴェンドさんはそういう。

 ここまで来られているのが何よりもの証拠だよね。いくらルトヴェンドさんと二人で来たからと言って、並の魔法使いじゃ足手まといにしかならない。グレハードさんも本当に苦手で~とか言ってたけれども、並の魔法使い以上には使えそうな気がするんだよな。

 ちなみに、魔力勝負に攻撃系魔法も回復魔法も関係ない。単純にその人の持っている魔力での勝負となる。

 ある魔法使いが言ってたのを鵜呑みにすると、魔法を水で例えるなら、炎は赤に、氷は青に着色して発射される事になるんだが、この魔力勝負は無色透明の水、つまり炎や氷になる前の元の素材で勝負するという事になる為だ。

 人は生まれた時から魔法の源となっている『水』を体内に持ち、後々に赤に着色する技術を学んだり、青に着色する技術を学んだりして魔法を使いこなすようになっていく。

 色々と訓練をしているうちに体内にある水の質もより良質な『良い水』になっていくし、体内に保存される水の量も増えていく……といった具合だな。

 この勝負はそうやって培われた体内にある水の質と量を勝負するという物だ。基本的に水の質の競い合いとなるのだが、それが互いに均衡していると持っている水の量も勝負に関わってくる。遊びなのでその水を全部使う程白熱する事なんて滅多にないが。

 質は魔力、量は魔法力としばしば分けて呼ばれる事もあるが、この魔力勝負は言葉は魔力だが魔法力も関係してくるという事だ。ただ、魔力が高いと自然と魔法力もついてくるので、互いに明確な差があれば割りと直ぐに決着は着く。

 もちろん水に例えたのはあくまでイメージであって、実際それと同じような仕組みなのかどうかは知らないが。


 二人は向い合って座り、目をつぶって両手を合わせて勝負を始める。

 外から見れば物凄く地味な戦いで、二人の勝負の過程なんかは全くわからない。でも、力に差がある時はすぐに勝負がつくので、少し時間が経っている所を見るとある程度いい勝負をしているんじゃないかと想像できる。

 程なくしてウェリアさんは少し後ろに仰け反りながら自分から手を離し、勝負は決着した。

 その様子からクルフが勝負に勝ったのだと伺える。

「さすがです……。全く手も足も出ませんでした……」

「いや~……ルト様の言ってた通りだったわ。久しぶりに魔力勝負なんてやったけど、負けるかと思った。魔力勝負で負けたことなんてないし、俺も魔法は得意な方だと思ってたんだけどな~」

 クルフは剣も魔法も使えるマルチファイターだと言っていたな。

 状況に合わせてそれぞれを使い分ける戦いをするが剣のほうが得意とも言っていた。俺も似たようなものだ。

 そのクルフが魔法専門のウェリアさんに勝利したという事は、クルフの剣の腕前もかなりのものだと伺えた。

 各個人の力量もこれでなんとなく見えてくるんじゃないかと少し期待しながら、次の試合を見学する。


 次の試合はトルネとスレバラさん。

 トルネの方はさっきかなり魔法力を使ってしまったらしく、この魔力勝負もパスしようか~なんて言ってたけど、結局参加してくれた。

 かなりの魔力がある事は想像できるので、ハンデとするには丁度いいかもしれない。

 一方スレバラさんはグレハードさんと同じく、魔法は得意ではないようだ。

 魔力勝負をやる前に、グレハードさんは「こういうのは立場上あまりやらない方がいい」と、スレバラさんに言っていた。負けたら舐められるという事なんだろうけれども、スレバラさんはそんなの関係なしにやる気満々だ。

 実際に勝負を始めるのと、思いの外一瞬で決着が付いてしまった。

 試合を始めて互いに少し相手を探ったような間があったすぐ後に、スレバラさんが後方へ仰け反るように吹っ飛んだのにはグレハードさんも苦笑いしかしていなかったが、スレバラさんは恥ずかしいとか悔しいとかいうよりも、楽しそうだった。

 別にスレバラさんが魔力勝負に負けたからって、王宮騎士がその辺の何でも屋とのガチンコ勝負に負けた事にはならないからと、グレハードさんに一応フォローはしておく。

 まぁ、スレバラさんもグレハードさんも体付きが凄いし、見るからに肉弾戦の方が向いているんだから、スレバラさんは遊び感覚なんだという事はみんな理解できると思う。


 次の試合でようやく俺の出番がやってきた。相手はセヴァンズ姉妹の妹の方、レイニーナだ。

 俺とレイニーナはみんなが囲う輪の中央に向き合って座りった。

「あの、お手柔らかにお願いしますね」

「よし!本気で来い!!俺も本気だす!!」

 妹の方とはあまり喋った事がないので、どういう魔法を使ったりだとか実力の程はよく知らないんだが、姉があれだけの魔法使いで妹はてんでダメなんて事はないだろう。

 俺も魔力勝負なんて久しぶりにやるし、自分の拠点周りの人間にはおおよそ勝てるとは思っているので、こうして強そうな未知の実力者と勝負できるというのは楽しみだ。

 互いに一礼をして手を合わせるんだが、レイニーナは本当に細っこい腕をしている。このまま俺が力を入れればバキバキに折れるんじゃないかってくらいのか細さだ。

 クルフがレフリー代わりとなって合図を出すと、俺はとりあえず様子見で少しずつ魔力を出していくんだが、相手のレイニーナは容赦なく本気で強力な魔力をのっけからぶっ放してきた。本気で来いと言ったのを言葉通りに素直にのっけから本気で来た感じがする。もしかして天然さんなのかもしれない。

 相手の実力がわからない場合は、いきなり全力出したら相手をふっ飛ばして思わぬ迷惑を掛けてしまう場合があるから、普通は相手とすり合わせるように徐々に出力を上げていくものだ。初っ端で全力ぶつけてくるのは、事前に示し合わせがない限り卑怯と取られかねない印象なんだけど、多分この子はそういうの全く考えてなかったんだろうな。

 心の中で少し苦笑いしながら、俺も相手に合わせるように一気に出力を上げる。

 っつーか、予想通りというか予想以上というか、この子も本当に凄いな。少なくとも俺の拠点に来れば上位の魔法使いとしてやっていけるだけの魔力は持っている。9割近く力を出し切ってもやや押され気味な感じなので、もう後の試合の事は考えずに全力で行こうと決めた。

 すると徐々に相手を押せる感触が出てきたので、思い切り気張って勝利。

 何とかレイニーナ相手に勝つことが出来た。

「きゃっ」

 後ろに倒されたレイニーナに手を差し伸べて引き起こしてやる。

「すみません!う~……結構自信あったのですけれども、負けちゃいました」

「俺も驚いたよ」

 色々な意味で。

 ニーナを引き上げたそのままの格好で輪の中心から退場して、ギャラリーの中へと入っていく。

 するとすぐさまトルネに声を掛けられた。

「え、あなた何者?魔法使い!?」

「両刀……剣の方が得意ではあるけど、一応自分ではマルチのつもりだ」

「マルチ!?あんた魔法使い一本でやって行きなさいよもったいない!ニーナに勝てるなら相当見込みあるわ!!」

 あれ程の魔法使いのトルネに言われるのであれば、上から目線で言われても全く悪い気はしない。その言葉は素直に嬉しかった。やっぱりニーナもかなりの魔法使いだったんだな。

「あんたら姉妹凄すぎ。で、妹は本当に回復しかできない非戦闘員なの?それこそ凄いもったいないし、何か凄い嘘臭いんだけど……」

 俺がそういうと、トルネは俺をギャラリーの外へと引っ張って小声で囁いてきた。

「実を言えば、非戦闘員というのはちょっと嘘だったかもなの。正直に言っちゃえばこの子だって攻撃系の魔法はある程度使えるし戦える。でも分かるでしょ!?この子を何処の誰だかも分からない男の中に放り込ませるのがどれだけ危うい事か!」

「……」

 そう言ってトルネは盗賊野郎に視線を送る。

 まぁ、ああいうのの中に放り込まれたらニーナもおろおろしてしまいそうだよな。妹の身を案じて、非戦闘員という事にして同じチームになったという事ね。

 確かに妹の方はコミュニケーションを取るのが姉ほどうまくなさそうだし、不安になるのはよく分かる。女性ではあるけれども、スレバラさんや姉と違って自立してイエスノー言える感じじゃないっぽいもんな。

 二人で料理も作ってくれている事だし、卑怯だ!なんて今更騒ぎ立てることも全然ないし、それはそれで流しておくか。

「だよね。まぁ、何となく分かるから内緒にしておくよ」

「ロク君が話のわかる人で良かったわ……。それにしてもあなた凄いのね~。もしかしたらニーナが優勝するんじゃないかと思ってたくらいなのに……」

「俺もあれだけの魔法が使えるあんたの妹という事で、ある程度は予想出来ていたけれども、予想を上回ってたわ。こりゃ、他の対戦も全く手が抜けなさそうだな……」

「世の中広いのね~……」

「同感だな」

 トルネとそんな話をしている間に次の試合のジェイとルトヴェンドさんとの試合は終わっていた。

 横目でちらちら見ていたけれども、ルトヴェンドさんの圧勝だった。負けたジェイは何故かテンションが上ってて「マジっすか!」を楽しそうに連呼していた。二人の対戦は圧倒的な力差があったようで、その差にジェイ自身驚いていたようだ。

 何となく気持ちは分かる。俺もニーナがこれだけ強かったのが何故だか嬉しくて、「マジっすか!?」を連呼したくなったからな。


 その試合が終わると次は準決勝の第一試合で、クルフとトルネの試合となる。

 トルネには頑張ってと伝えて試合に送り出した。

 クルフは試合を始める際に出した両手でトルネの胸を鷲掴みして「すげぇ魔力だ……」とかほざいてトルネにぶっ飛ばされるなんていうアクシデントがあったけれども、結果はトルネの辛勝。

 結構な時間二人で拮抗していたけれども、結局クルフが「無理無理!」と言ってギブアップしていた。

 トルネに少し感想を聞いてみたんだが、「世の中は広い!」と一言返された。また、是非あんたと対戦してみたいから次勝ってきてねと激励も受けた。

 ちなみにクルフは一人で「柔らかいじゃ~ん!凄い柔らかいじゃ~ん!」とか楽しそうに言ってたけれども、トルネに足蹴りされていた。


 準決勝の第二試合は俺とルトヴェンドさんの戦い。

 ルトヴェンドさんの前情報はあまりない。魔法は回復魔法とアイテムの細工程度しか使わないと言っていたジェイに圧倒していた実力者だ。この人も剣をこさえていたからマルチファイターなんだろう。

 それにこの人、ハンクでは名の通った戦士だとウェリアさんが言ってた気がする。名が通るっていうのは相当凄い事だと思うぞ。俺も有名な戦士の名前はいくつか知っているけれども、実際にその実力を見たことはない。でも、俺が実力者と認める人が尊敬する対象になっているくらいなので、神のような実力を持っていると想像できる。

 ルトヴェンドさんも、こうしてみんなで一緒にいれば普通の人なんだけれども、実は祖国に帰ればキャーキャー騒がれるくらい凄い人なのかもしれない。そんな人とこうして勝負できるなんて滅多にない機会だ。

 対戦を楽しみにしながら、互いに軽く挨拶を交わして戦う体勢に入る。

 実際に試合を始めてみると、さっきのニーナとは違って、ルトヴェンドさんはちゃんと出力を調整しながら上げていってくれた。まぁ、これが普通の対戦なんだけれども。

 互いに探りあうように出力を上げていくが、俺が先行して出力を上げてもルトヴェンドさんは平気でその出力まで合わせてくる。それを繰り返しても一向にルトヴェンドさんの出力が鈍ることはない。

 魔法は威力を上げれば上げるほど細かな調整が効きにくくなってくるのだが、俺のほうが先にコントロールが難しくなるくらい出力が上がってきてしまった。

 それでもルトヴェンドさんは同じくらいの威力に合わせてちゃんと出力してくるから凄い。相手の綺麗な調整具合から察するに、この勝負きっと俺の負けだろう。でも、調整がうまいだけで実はそれほど魔力自体は高くないという可能性も0%ではないから、俺は頑張って出力を上げていく。

 しかしルトヴェンドさんは平気で俺の高みまでついてきて、とうとう俺が100%もう限界という所までついてきてしまった。

「凄まじいね……」

 対戦中にルトヴェンドさんの声が聞こえてくる。

 魔法に集中してたらなかなか無駄口なんて叩けないもんなんだが、それほど余裕という事だろうか。

 少し目を開けてルトヴェンドさんの様子を見ると、不敵に笑っていた。でも、向こうも向こうでかなり気張っている様子が分かる。

「皮肉にしか聞こえませんよ……。どうなってんすか。全く歯がたたないんすけど……」

「君はマルチファイターだったよね?剣も使えるんだったかな?」

「そ、そうっすけど……?」

「どっちが得意?」

「剣の方っすかね……」

「なるほど……。君とは是非一度手合わせしてみたい。魔法ではなく、剣で」

 ルトヴェンドさんがそう言うと、一気に相手の魔力が押し寄せてくる。たまらず俺は後ろにひっくり返されてしまった。

 これで勝負は決まり、俺は準決勝で敗退してしまった。

「強すぎるわ。どうなってんすか……ルト様……」

 ルトヴェンドさんはひっくり返った俺に手を差し出して引き起こしてくれる。

「いやいや、魔法使いや、魔法が得意なマルチでもないというのにこれだけ魔力を持っている人は初めて出会ったよ。これだけの実力者と出会う事ができて俺も嬉しいよ。ここに来た価値がこんな所で生まれるとは思ってなかった」

「そりゃ俺のセリフですよ。ルトヴェンドさんもマルチなんすよね?まさかこれだけの魔力持ってながら剣の方が得意だったりするんですか?」

「一応ね。でも、魔法も結構自信あるし、魔力勝負で負けた事なんてなかったんだけどな」

「今も負けてないっすからね!?ホント自信なくしそうですよ……」

 俺はかなりの魔力を放出してくらっと来ているというのに、ルトヴェンドさんの方はかなり余裕そうだ。

 こりゃ、単純に魔力だけだったらルトヴェンドさんと俺との間に結構な実力差があるな。ハンクでは名の通った戦士というのも納得できるわ。これだけの魔力があって剣もそれ以上に使えるというのであれば、この遺跡の攻略は難しくなかっただろう。

 ここに集まっている人は本当に桁違いな実力の持ち主ばっかりだ。単純に一対一で殺し合いしたら、この調子だったら俺、真っ先に殺されるレベルなんじゃないのか?

 そう思うと、ここにいる人達が段々と怖くなってくるような気がしてきた。


 試合の最後はルトヴェンドさんとトルネの戦い。

 遊びで始めた魔力勝負も結構盛り上がってしまって、周りはそれぞれの応援が飛び交う状態になっていた。俺も俺でこの勝負はかなり楽しみだ。

 俺をあっさり倒したルトヴェンドさんだが、相手は魔法を専門でやっているトルネ。俺の予想ではいくらルトヴェンドさんと言えどもトルネには勝てないんじゃないかなという感じだ。

 他の人とも予想を語り合ったりしたが、4:6くらいでトルネの方が優勢だった。勝負が始まると賑わっていたギャラリーも静まり返り、みんなで二人の勝負の行方を見守った。

 結構な時間均衡していたが、結局勝ったのはルトヴェンドさん。面白かったのが、ルトヴェンドさんの勝利後、ルトヴェンドさんは音速でトルネにお辞儀をした事。参りましたといったようなお辞儀だったと思うのだが、勝ったのはルトヴェンドさんだ。

 それにはトルネも皮肉と捉えたようで、一人で憤慨していた。


 結局トーナメントはルトヴェンドさんが優勝という結果を迎え、大盛り上がりで幕を閉じた。

 その後もリビングで話しあったり野良試合を始めたりと、レクリエーション的には大成功を収めた。

 俺としてもみんなの実力が見られてよかったと思うし、まだまだ上には上がいるんだと思い知らされるいいイベントだったと思う。楽しかったしみんなも互いに親交が深まったし、目標も出来たし、やってみて本当に良かった。

 なんか悔しかったので、暇な時に瞑想でもして魔力を鍛えてみようかな。今度こそルトヴェンドさんを打ち砕いてみたい。

 みんなが盛り上がっている所、急に袖を引っ張られたので何だと思って振り返ってみたら、そこにはリエルがいた。

「どうした?」

「……勝負」

「え?」

 リエル師匠が俺に魔力勝負を挑んできた。

 確かリエルは試合前に魔法は苦手だからやらないと言ってた気がするんだが、みんなが盛り上がってるの見たらやりたくなってきたのかな?

「よーし!受けて立とう!!手加減はなしだ!」

「……」

 リエルは頷いて、その場に座り込んだ。

 何を思い立ったのかわからないけれども、リエルはやる気満々だ。もしかしたらこの子、物凄い魔法使いだったりしないだろうか?それをひけらかすのが嫌で、トーナメントは辞退したとか……。

 あの神速とナイフさばきと、壁よじ登る身軽さだけでは魔物を倒す決定力に欠ける。これでリエルがとんでもない魔法使いだというなら、ここまで来られたというのは凄い説得力になる。なんか、段々そんな気がしてきた。

「リエルは魔法が苦手なんじゃなかったのか?」

「……君なら倒せる」

 リエルは自信を覗かせる。

 俺も舐められたものだなと思ったが、すぐさま思い上がりは恥ずかしいだけだと思って戒めた。

 リエルの手を取っていざ試合開始となるのだが、なかなかリエルの方から魔力が伝わってこない。こっちの出方を伺っているのだろうか?

 なんだか不気味な感じがしつつも、それならばこっちから行かせてもらおうと少し魔力を込めていったらリエルはコテンとマヌケな感じであっさり後ろに倒れたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ