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その八

 休憩室でコーヒーを買い、それでどうにか喉の引っ掛かりをとったところで、昼休みが終わった。結局、立花さんはなんだったんだろう。すっきりしないまま、事務所に戻ると、既に立花さんは事務所に戻っていた。

 隣に座るときに、何となく立花さんの横顔に目を向けてみる。目が少し赤いような気がしたが、他は普段と変わりないみたい。凄いなぁ。

 感心していると、不意に立花さんがこっちを向いた。口の形だけで「ありがとうございます」と言って、ぺこりと小さく会釈。何をしたという実感も無いけど、とりあえず俺も軽く頷いておいた。多分俺は今、中途半端な顔をしているんだろうなぁ……。

「西田くーん」

 おかしなテンションで俺を呼んだのは、牧谷さんだった。漠然と駆け抜ける嫌な予感。

「なんか、不味いところありましたか?」

 きっとさっきの書類のことだろう。そう思って、先手を仕掛けてみる。

「ううん」

 首を左右に振る牧谷さん。くっ、また負けた。

「あのね、私ちょっと銀行に行って来るから。一時間ぐらい」

「はあ、そうですか」

 とまあ気の無い返事をしてみたものの、これはチャンス。

「サボっちゃ駄目よ」

「はーい」

 と、釘の刺さったふりをしておく。

 席に戻った俺は、書き物をするふりをしてメモ用紙に用件を書く。牧谷さんが荷物を片手に事務所を出て行くのを見送り、そのメモを立花さんの机の上に乗せる。

「話を聞くので、休憩室まで。俺の後で」

 そう書いておいた。文面を読んで小さく立花さんが頷いたのを確認して、俺は事務所をさりげなく出て行った。


 休憩室は幸いにも空だった。中に入り、コーヒーを自販機で買って適当な椅子に座る。五分ほどで立花さんもやってきた。彼女は僕の隣に腰掛けた。

「んで、何があったの?」

 俺は早速切り出した。時間はそうあるものでもない。

「実は、西田さんにお茶を出していたのを牧谷さんに見られたらしくて、お客様用のお茶は社内の人に出しちゃ駄目だって、物凄く怒られちゃって。まるで一事が万事適当にやっているように言われたもので、すごくショックで…」

 ああ、しまった。俺の心の中に後悔が渦巻き始めた。これは、OLさん同士の確執に首を突っ込んでしまったのではないだろうか。いや、可愛い後輩だとは思うんだけど、これならまだ石原がしつこくて、と言う話の方が良かったなぁ。だって、あいつを殴れば良いんだもの。

「ちょっと前からそうなんです。何だかすごく厳しくなっちゃって。私、牧谷さんに嫌われているんでしょうか」

 知りません。知りたくありません。

「もし嫌われていて、今より酷い仕打ちを受けるようになったら、私あそこでやっていく自信がありません」

「うーん、立花さんも入社して一年を過ぎたから、牧谷さんも少し締め付けを厳しくし始めただけじゃないの?」

「そうでしょうか……」

「うん、あれで結構神経質だからさ。細かいところまで気がついちゃうんだよ。本人は良かれと思って言っているのかも知れないし」

 とまあ、取り立てて裏づけの無い憶測を並べてみたり。神経質なのは本当だけど。

「だからさ、試しに立花さんのほうから、もう少し接してみたらどうかな。悩み事も俺じゃなくて牧谷さんに言って見るとか」

「はあ……」

 釈然としていないみたいだ。そりゃそうだろう。嫌われていると思っている人間に、積極的に接していくなんて、なかなか出来ることじゃないと思うし。

「最近忙しいみたいだし、心のゆとりがなくなりかけてるところもあるかも。もう少し、様子を見てみたら」

「でも、我慢できるか、自信ないです」

「うーん、また耐えられなくなったら話ぐらい聞くしさ」

「本当ですか?」

 ずいっと身を乗り出してくる立花さん。俺はちょっとのけぞりながら頷いた。

「わかりました。じゃあ、頑張ってみます」

 何だか良くわからないが、ちょっと立ち直ってくれたらしい。

「うん、頑張って」

 せっかくの後輩だから、先に辞めてしまうと寂しいし。何より、俺の仕事がまた増える。

「それでは、先に戻っていますね」

 何やら元気になった立花さんはそう言って、さっきまでとは打って変わって軽い足取りで休憩室を出て行った。なんだか、良くわからないなぁ。

 とにかく、どっと疲れた。俺はもう少し休んでいくことにした。


 それから午後を無事に乗り切った俺は、定時に帰途につくことが出来た。

 餃子は手間がかかる。タダでさえ、腹が減ったと騒ぎ立てる映美は煩いのに、これで帰るのが遅くなった日には、手が付けられない。

 幸い道も空いている。順調にアクセルを踏んでいると、携帯電話が胸ポケットで震えた。取り出してみると、映美からだった。なんじゃらほい。さすがに、まだ家には着いていないはずだけど。

 開いてみると、タイトルには「ミッション01」と書かれていた。また、しょうもないメールだな。

「アイスを買い忘れた。コンビニでハーゲンを買ってきてくれたまえ」

 ……。無言になってしまった。メーカーまで指定かよ。高いよ。そう思いつつも、買って返らないと何を言われるか分かったものじゃないので、速やかにコンビニに向かうことにした。


 青い看板のコンビニに入り、ハーゲンダッツのカップアイスを二つカゴに放り込む。これだけで、スーパーカップなら四つ買える。うーん、そう考えると高いね。まあ、確かに美味いけど。

 ついでに、パックの安いお茶を一本買って店を出た。夕方とはいえ、随分と暖かくなってきた。休日に出かけるのにはもってこいなんだけどな。映美と居ると、本当にインドアになる。たまに出かけるといえばヒーローショーでは、腰もなかなか上げる気にならないし。まあ、ビデオ屋に行くのが精々か。

 少し虚しい風が胸を通り抜けた。

 帰ろ。


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