表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

その七

昼休み。会社の屋上にあるベンチに腰掛け、昼飯を食べるのが日課だ。メニューも半ば決まっており、売店で買ったサンドイッチとコーヒーで殆ど済ませる。たまに新作の菓子パンなんかが出ていると、それが加わったりもするのだが、それほど大きな変化は無い。

 正直に言えば、売店のサンドイッチなんて旨くも何とも無い。もう少しお金を出して、社員食堂で定食でも食べればもっとましなのだろう。けど、昼の社員食堂は当然混む。辺鄙なところにある会社だから、誰も外へ食べに行こうなんて思わないのだ。貴重な昼休みは出来るだけ休みたい。そう考えると、食堂で席が空くのを待つよりも、こうして無人の屋上でパンを食べた方がスピーディーだ。

 一食あたり三百円ぐらいとして、出勤日数の平均値で概算すると、月に六千六百円。二キロ入りの米袋が大体千円前後だから、月に換算すると約十三キロ分の予算がかかっていることになる。まあ、極端かつ無意味な計算だが、弁当を作ったほうが安いんだろうなと思わずにはいられない。

 今よりも早起きすれば作れないことは無いと思うのだが、朝の一分は普段の一分の何倍も貴重なのだ。朝食も作らなきゃならないから、今も一人のときよりは早く起きるようになった。少しでも長く寝床にいるための必要経費だと思おう。

まとまりの無い考えを巡らせていると、屋上と屋内を繋いでいる鉄の扉が開く音がした。珍しいこともあるもんだ。そう思いつつそっちに目を向けると、その扉から出てきたのは立花さんだった。手に持っているのはハンカチ?俯き加減で、どこか元気が無い。

 食べかけのサンドイッチを持ったままでで立花さんを見ていると、彼女も俺に気付いたようでこっちをみた。

「あっ……」

 眼鏡越しの瞳が、遠目からでも赤いのがわかった。一瞬、見つめあうような形になり、すぐに立花さんが目を逸らした。彼女は慌てて顔を背けて、踵を返し、屋上から立ち去ろうとした。

「ちょっと待ってよ」

 その様子があまりにも痛々しくて、俺は思わず声を掛けてしまった。その声が届いたようで、こちらに背を向けたまま立ち止まる立花さん。

 食べかけのサンドイッチをベンチの上において、彼女に近づいてみる。

「どうしたの?何かあった?」

「・・・ぐすっ」

 振り返り、俺を見る瞳にじわりと涙が浮き上がり、ぽろぽろと流れ落ちる。ありゃ、泣き始めてしまった。

 特に他の目線があるわけではないのだが、なれない状況にうっかりテンパッてしまった。

 ど……どうしたら良いんだろう。必死で考えてみるものの、やはりこういうシチュエーションが初めてだということが分かっただけで、何のアイデアも出てこなかった。 

「えーと、とりあえず座って」

 座っていたベンチのところまで連れて行って、立花さんを座らせる。食べかけのサンドイッチをそのまま袋に放り込んで、俺もその隣に腰掛けた。

 立花さんは、相変わらずすすり上げている。

 映美なら飴玉でも渡せば機嫌が直るのだけど、多分普通はそうじゃないんだろう。一般女性の平均値から大きく離れた彼女を持っていると、こういうときの対処がからっきしになる。何か……うーん、落ち着いてもらうと良いんだろうな。

「はい、良かったらどうぞ」

 売店で買った缶コーヒーを彼女に渡してみた。まだ手付かずだ。カフェ・オ・レなので、苦すぎると言うことも無いと思うんだけど。

「あ……ありがとうございます…」

 彼女はそれを受け取ってくれた。そのまま手で弄んでいる。嫌いだったかな?でも、少し落ち着いたように見えたので、とりあえず話しかけてみた。

「んで、どうしたの?」

「実は……ぐすっ」

 何なんだろう、また泣き始めてしまった。そのまま、また喋れなくなる。その立花さんを見ていると、とても辛いことがあったのだろうと思わせられ、胸が痛む。

 俺の視線の先で、立花さんはぐしぐしと泣き続けている。このままでは、昼休みが終わってしまうのではなかろうか。何とか、話を聞いてあげたいんだけど。しかし、なんと話しかけたものか。

 情け無い話だが、完全に俺はうろたえていた。そうして、おろおろしつつも無言の時間が過ぎていく。まさに空回り。

 そして、先に口を開いたのは、あろう事か立花さんのほうだった。

「あの、このまま……じゃ、休み時間、終わっちゃうし、後で……お話して……いい……ですか?お化粧も……直さなくちゃ」

 立花さんは眼鏡を外してハンカチで目を押さえながら、たどたどしくそう言った。そうか、女の子にはそういうのもあるんだな。

「うん、わかった。じゃあ、落ち着いたらいつでも」

 そういうのが精一杯。情けないったら無い。

 立ち上がった立花さんは、弱々しい笑みを浮かべて、軽く会釈してから立ち去って行った。残された俺は、とりあえず残ったサンドイッチをやるせなさと共に噛締めるしかなかった。渇き始めたパンが喉に引っかかる。ああ、コーヒーは立花さんに上げたんだった。ちょっとやばいかも。

 俺は苦しい喉に咳き込みながら、慌てて屋上を後にした。

 やれやれ、なんて昼休みだろう。んぐぐ……水、水。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ