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その五

 翌朝、カーテンを開けると、快晴だった。青い空から降り注ぐ日光が気持ちよさそうだ。それから愚図る映美をたたき起こし、朝食を作っている間にシャワーを浴びさせる。いつも思うことだが、こいつは本当に年上か?

 今日の朝食は、スクランブルエッグと焼いたソーセージ。パンを焼いてコーヒーを入れて、我ながらよくできた。

 そう思っていると、丁度バスルームから映美が出てきた。

「ふー、さっぱりしたよ」

 バスタオル一枚というあられもない姿を惜しげもなく晒してくれる。始めのうちこそ喜んでいたけど、いまや慣れきってしまった。むしろ、慎めといいたくなる。

「とっとと服着て飯食え」

「はーい。あ、シャンプー切れたよ」

「買い置きあったかなぁ?」

「帰りに買っとこうか?」

「うん、頼むわ」

 そんな会話をしつつ、とりあえず出勤への運びとなる。映美を適当な駅まで車で送って、そのまま自分も出勤。俺の勤める会社は辺鄙なところにあるので、車通勤が基本。対して映美の会社は街中にあるので、電車での通勤となる。大体同じ時間に終わるのだが、場所の関係上映美のほうが早く帰りついたりする。

「ついでにさ、晩飯の材料買っといて。何でもいいよ」

「分かった」

 当然こんな会話も出てくるわけで、一人のときよりは断然便利になった。それにしても、こういう話をしているときは、普通の感覚なんだけどなぁ。


 会社の隣にある専用の駐車場に車を止め、車内で軽く伸びをする。昨日の京都ドライブの疲労は意外と体に残っていた。まあ彼女は楽しんでいてくれたのだが、どうにも振り回された感が拭えない。ついでに軽く体を捻ってから車を降りると、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。

「おはよう、西田君」

 声を掛けてきたのは、同じ事務所で働く牧谷千恵美さんだった。俺よりも五年先輩で、人生でも同程度の先輩だ。少し茶色がかった髪を短く切り纏め、スーツをピシッと着こなしている。出来る女って感じだ。

「おはようございます、牧谷さん」

「せっかく、いい天気なのに、なんか疲れているわね」

 一目見るなりそんなことを言われてしまった。

「…分かりますか?」

「うん。目に生気が無い」

 うーん、よろしくないな。俺は一つその場で深呼吸した。意識的に背筋を伸ばし、目に力を入れようとしてみる。

「うん、まあマシね。なんでそんなに疲れてるの?彼女と喧嘩でもしたのかな?」

 牧谷さんは俺の彼女のことを知っている。一度繁華街でばったりと出会ってしまったのだ。出会っただけなので、中身までは知らないが。多分、可愛らしい年下の女の子とでも思っているんだろう。

「ほんと、羨ましいわよね、喧嘩する相手がいて」

 最近出会いが無いらしく、牧谷さんは何かと絡んでくる。悪い人ではないのだが、特有のねちっこさと言うか、そういうのは苦手だ。こういうところが男を遠ざけているのではないかと思うのだが、そんなことは絶対に口にしない。怒らせると怖いのだ。精神的な面での攻撃力は、社内でもぴか一の腕前を持っている。

「まあ、喧嘩したってことはないです。上手くやってますけどね」

 そういってお茶を濁しておいた。相談なんかした日には、話が長くなって止まらないのが目に見えている。

「ま、なんにせよ今日は一週間の始まりなんだから、あんまりぼんやりしてちゃ駄目よ?」

 ぽんっと俺の肩を一つ叩いて、牧谷さんはそういった。

「ほら、後輩のお出ましよ。みっともないところを見せないようにね」

 はいはい。心の中で適当に返事をしながら、牧谷さんの視線を追いかけてみる。俺を通り越して背後。振り返ると、一人の女の子が車から降りようとしていた。立花優梨子。俺の三つ年下で、一年後輩だ。

「立花さんか…」

「あら?何か不満?」

 からかうような口調の牧谷さん。その突っ込みの意味が分からん。

「いえ、別に」

 手短にそう言っておく。若干不満そうだったが、突っ込みどころが見当たらなかったのか、牧谷さんはそれ以上何も言わなかった。

「立花さん、おはよう」

 こちらに歩いてくる立花さんに、片手を上げて挨拶する。立花さんは軽く会釈した後、足早にこちらに近づいてきた。

「あら、立花さんには元気な挨拶をするのね」

「後輩に恥ずかしいところを見せちゃ駄目なんでしょ?」

 牧谷さんのなじるような言葉に、俺はもう振り返ることもせずに、言い捨てるようにそういった。その言い方にカチンと来たのか、牧谷さんは何も言わずに遠ざかっていった。敵にしたくはないが、限度はある。あの人に付き合っていては、何時まで経っても話が終わらない。

「おはようございます、西田さん」

 そばまで来た立花さんは、改めてそう言ってぺこりとお辞儀をしてくれる。いまどきに珍しい黒髪は肩口で切りそろえられ、目元には縁無しの眼鏡。化粧気もあまりなく、全身から控えめな空気を出している。

「ああ、おはよう」

「さっき、牧谷さんがいたみたいですけど…」

「ああ、どっかいった」

「はあ…」

 困惑気味の立花さん。女性陣で牧谷さんに向かってこんなにぞんざいな言葉を使う人はいないのかもしれない。

「ま、とりあえず俺達も行こうか。立ち話をしていて遅刻とか、シャレにならないしね」

「はい」

 俺達は他愛のない話をしながら駐車場を出た。天気も良く、気温も暖かい。仕事したくないなぁ、と言うのは本音。

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