その四
帰り道。なんともいえない脱力感のおかげで、すっかり無口になった俺。さして気にも留めずにパトレンジャーのサウンドトラックに聞き入る映美。
「あ、そういえば、もうすぐ誕生日だよね」
映美が不意にそんなことを言った。そういえばそうだった。この年になるとそんなことは忘れそうになる。ちゃんと覚えていてくれたかと思うと、
「プレゼントさ、いろいろ考えたんだけど」
「うん」
「超合金DXエレ・キングでいいかな?」
「ああ、死んでも嫌だ」
それはお前の欲しいものだろうが。
「えー、なんでー」
「はっはっは、なんでだろうなぁ」
本当にこっちが聞きたいわ。映美の不満そうな顔が本当にむかつく。
「だって、私の誕生日は十一月だよ?その頃には二体目、下手すれば三体目がでてるかも。祐君、一気に三体も買ってくれる?」
それは俺を説得しようとしているのか?それとも新手のジョークか?
「ね?だから、祐君の誕生日に、私がエレ・キングを買ってあげて、私の誕生日に祐君が残りを買ってくれるってのがいいと思わない?」
結構な熱弁をありがとう。呆れたり空しかったりを通り越して、妙に可愛く見えてくるのはなぜなのやら。それはともかくとして、あんなでかいおもちゃを鎮座させる余裕はうちにはありませんよ?
「思わない。大体、映美の誕生日だって服とかバッグとかアクセサリーとかいろいろ考えてるんだけど」
「そんなの合体しないじゃんか。いらない」
にべもない。どういう基準だ。世の中合体しないものの方が絶対多いぞ?大体、今の発言は初期戦隊物を迫害する発言じゃないのか?
「もっと、普通のものがいいよ」
「普通って何?ファイブ・アタッカーセット?」
それは普通なのか?ちなみにファイブ・アタッカーとは、エレメント・ファイブの面々が使う武器の総称である。映美は「俗に言うところの個人武器ってやつよ」と言っていた。そんなのが共通ワードになっている「俗」は嫌です。
「まあ、ほら、服とかさ、そんなの」
「うわ、詰まんないの。そもそも超合金じゃないし」
そうだね。そんなのいらないからね。
「なんで、お前はそんなに戦隊物が好きなの?女の子だったらさ、なんかほれ、そっち向けのアニメとかあったんじゃないの?」
「うーん、なんか盛り上がらないのよね」
「ふーん、戦隊物が好きになったきっかけは?」
そう聞いた途端、なぜか映美は少し恥ずかしそうな顔をした。何なんだ?ものすごく気になるじゃないか。
「聞きたい?」
「うん」
俺がきっぱりと頷くのを見て、映美にしては珍しく少し考えてから口を開いた。
「あれは、六歳ぐらいのときかな?うち、一つ上に兄貴がいてね。戦隊物が好きだったのよ」
まあ、七歳ぐらいならさもありなん。
「で、あるとき、兄貴が行くのに付き合って、私もヒーローショーに行ったの。そしたら、私、さらわれちゃって」
ああ、今日もやってた子供を舞台に上げるってやつか。
「で、そこに颯爽と現れたのが、メタモル・ワイバーンだったのよ」
しだいにうっとりとした表情になってくる。ちなみに、メタモル・ワイバーンとは、当時放映していた、第十代目の戦隊物「メタモルマン」のレッド的ポジションの戦士である。「メタモルマン」が一番好きだと聞いていたが、そういう舞台裏があったとは。
「もう、かっこよくってさ。お嬢さん、大丈夫だったかい?とか言ってくれてさ。まあ初恋よね。握手してもらって、写真も取って貰って…幸せだったわ」
ほほう。相手がそんな奴では、嫉妬心もわかないな。
「で、まあ、そっから嵌っちゃってね。兄貴は年とともに興味が薄れていったみたいなんだけど、私のほうは今もなおイケイケってわけよ」
なるほど。納得はしていないけど、理解はした。
「それは、そんなにテレながらいう話?」
「そりゃあ、初恋を告白するみたいなもんだし。ほら、修学旅行の夜、みんなで恋話したときを思い出すって言うかさ。やっぱり恥ずかしいものがあるわけよ」
「十年以上経ってるのに?」
「おらぁっ!!」
気合と共に彼女の右拳が俺の右頬に炸裂した。その拍子に車が蛇行してちょっとドキドキ。運転中はやめてください。
「死んで見る?」
「ごめんなさい」
素直が一番。やっぱり年の話でからかうときには場所を選ばないとね。
「とりあえず、そんなわけで私の愛の深さは分かってもらえたと思うわ」
「そうだな、確かに良くわかった」
「じゃあ、DXエレ・キングで良い?」
「嫌だ」
再び一刀両断。映美の頬がふぐのように膨れ上がる。
「なんでよ」
「だってほら、そんなに愛しているものをうちに置いていたら、嫉妬に狂った俺が窓から発進させてしまうかも知れないだろ?」
とか言ってみる。実際は本当に邪魔なだけなのだが。しかし、映美は真剣な表情でしはし悩んだあと、明暗が浮かんだとばかりに笑顔を浮かべて言った。
「じゃあ、うちに置いとくから」
「そういうのはプレゼントとは言わない。しかも、それじゃあお前も遊べないだろう」
「つまんないー」
助手席でじたばたするのはやめてください、危ないから。全く、このままじゃ家に無事に帰れるかどうかも分かったもんじゃない。映美をなだめながら、俺はため息が止まらなかった。
それから家に帰って、夕飯を食べながらドラマを見ることになった。
映美は家事の類がほぼさっぱり出来ないので、夕飯は俺が作る。ためしに一度作ってもらったことはあるが、それはもうむごたらしい結果に終わった。それ以来、俺も進んで家事にいそしんでいる。まさか本当に火が出るとは…。
「わーい、ハンバーグ」
はしゃぐ映美。子供か。
「いいからおとなしく食え。ドラマが始まるぞ」
雨上がりの午後にがどういう内容なのか、それすら二人とも知らない。どうやら不倫がらみの三角関係で、そこにヒロインに横恋慕する男が登場してみたりして適当にどろどろとしているようだった。樹木希は主人公の男の高校時代のクラスメイト役で出ていた。
「そういえばさ、この子演技は上手いよね」
「そりゃ、パトイエローって意外と長いのよ。メタモルマンにも子役のときに出てたでしょ?ほら、ワイバーンが先生やってた学校の教え子」
知りませんが。日本人の常識のように言うのは止して下さい。ワイバーンの普段の職業は、そういえば教師だったかな。
「まあ、それ以外はテレビの出演無かったし、グラビアとか出ててたから、私も最初は気付かなかったけどね」
「ふーん」
そこで画面に樹木希が出てきたので、会話は中断になった。
樹木希と主人公は、同窓会で久しぶりに会って意気投合、そのまま飲みに行ったところをヒロインに見られて、主人公に幻滅したヒロインは実家に帰る。その途中で横恋慕している男に出会い、心の隙に入り込まれたヒロインは、気づけば一夜を共にしているといったあらすじだ。
…いいのか、こんなんゴールデンに流して。
ちなみに、樹木希の演じる元クラスメイトは、状況が悪くなると見るや否や、すばやくステージアウトしていくという処置に困る役どころだった。まあ、ドラマの中で起こるハプニングの一環として登場しただけなのだろう。
「つまんないね」
同感だ。俺も頷いた。
「パトイエローも大したことない役だしね。もういいや」
「消す?」
「口直しになんか見よう。こんなときの祐君チョイスは何?」
珍しく俺に振ってきたか。とはいえ、彼女の好みに合わなければ修正されるだけの話なのだが。パターンから行くと、イエローが活躍している話がいいんだよな。
「映美ちゃんDVDコレクションから…」
うんうん、と映美が頷く。映美ちゃんDVDコレクションとは、歴代戦隊物の中から、DVD化されたものを買い集めたコレクションで、その量は半端じゃない。その中から特に気に入っているシリーズが俺の部屋のクローゼットの中に並べられているのだ。本人は陳列棚に整然と並べて欲しいらしいが、他の客が来たときにNGなので、クローゼットの中で我慢してもらっている。
「パトレンジャー、第40話。ナイトメア・ビジョンでどうでしょうか」
「よろしい。祐君も分かってきたねぇ。私の教育の賜物よね」
そんなことを感慨深く言われても困るんだけど。確かにここの所すっかり彼女に馴染んできた感じは否めない。複雑な心境だ。
ちなみに第40話はパトイエローが主役の話だ。エリートでいつも冷静沈着な女刑事、と言う役所の彼女が、その非常なまでの冷静さの裏側にある過去のトラウマが明らかになる話だ。悪夢を操る敵の怪人に、その出来事を悪用され、執拗に苦しめられる中でそれを乗り越えると言う、ファンにはたまらない一話である。
「では、早速セットしてくれたまえ」
「ラジャ」
そんな感じで夜は更けていった。