とある少女のプロローグ続
「う……ぅん……んんっ? あれ……? 」
わたしは、白い床の上で目を覚ました。
仰向けで寝ていたわたしは、上半身を起こしてキョロキョロと周囲を確認する。そこは、真っ白な床がどこまでも続いて見えるような広い空間だった。
ここは………どこ?
病室のベッドの上にでも寝ているのかと思ったけど、そんな現実的な場所ではなかった。
現実離れした場所にわたしは首を傾げる。
わたしって……確か黒のワゴン車に轢かれたよね? それで地面に打ちつけられて……
そこまで思い返したわたしは、自分の体をペタペタと触った。服を捲ってお腹も見る。
「うん。血の跡すらない」
血の跡どころか、青痣やかすり傷も残っていなかった。
これはおかしかった。転がった地面に自分の血が広がっていたのは鮮明に覚えていた。
覚えている限りでも、結構な大怪我だったと思うのに……
「もしかして、傷が完治するまで意識が……ってそんなわけないか」
だったら制服姿のままなわけがないし、ここにいる説明にならない。疑問を解くために残っている記憶の続きを思い返す。
ええっと、その後は黒い何かが視界一杯に広がって……それを最後に意識が無くなったんだよね。
流石に意識がないことは覚えてないから、それが最後の記憶だ。
あ、でも意識が亡くなる直前にすぐ傍でエンジン音が聞こえてたような……
ん?
ちょっと待って。
エンジン音に、最後に迫ってきた黒い何か
「それって、車のタイヤじゃん!? 」
絶対そうだよ!
それが視界いっぱいに広がって意識がなくなったってことは……
そこまで考えたわたしは、一つの結論に至った。
「そっか、死んだのかわたし……」
ということは、ここは天国ってことかー
その事実をわたしは、意外とすんなりに受け止めることができた。
◆◇◆◇◆◇◆
車に連続して轢かれるなんて、本当についてないね
わたしの人生、あっけなく終わったなー……よく友達からは「あんた、長生きするよ」って言われてたのに、みんなよりも私の方が先に死んじゃった。
あ、でも最後に食したのがイチゴクレープっていうのは、わたしらしかったかな……って
そこまで思い返して、とても重大なことに気付いた。
「あああああああああああああっ!! わたしのイチゴクレープっ!? 」
イチゴクレープ全部食べ切れてない! それどころか、大事に食べてたからほとんどイチゴを味わってないよ!?
あああぁぁ………最後だと分かってれば、もっと味わいながら完食してたのに……
味わいきれてないなんてあんまりだよ。
至福のイチゴクレープを食べきれなかったショックが大きくて、わたしは、両手で顔を覆ってため息をついた。
あれが、今世最後のイチゴクレープだったのに………これじゃ、死んでも死にきれない。
もう死んでるけど……
もし、時間を巻き戻せるのだとしたら、信号を渡る前に戻って、イチゴクレープを食べきりたかった。
イチゴクレープのことを考えていると、それだけで幽霊として化けてでてしまおうかってくらい心が沈んでしまうので、イチゴクレープから思考を逸らすために、改めてわたしが今いるこの不思議な場所を見渡した。
色のない白といえるくらい真っ白な床が、どこまでも続くだけの殺風景な空間には、わたし以外には何もない。
わたし以外に誰もいないし、どこまでも続く床にはホコリ1つだって見当たらない。
ここから移動すれば、何か変わってくるかもしれないけど、目印になるものもないこんな場所では十中八九迷いそう。
仮に何か変化が現れるとしても、今見えてる範囲、最低数十キロは歩かないと変わってこないと思う。
うん。それは、めんどい。
面倒なのでわたしは、床に寝転がってしまうことにした。
「ん? 」
固いかと思ってたけど、この床意外と柔らかい……? そう言えば、最初は病室のベッドだと思ったことを思い出す。
これなら気持ちよく眠れそうだ。
――そんな呑気なことを考えながら寝返りをうっていると、わたしの目の前にお爺さんが突然現れた。
それも土下座で
「ひゃぁ!? 」
さっきまで影も形もなかった場所にお爺さんが現れたことに驚いて変な声が出た。
い、いいい今さっきまで目の前にお爺さんなんていなかったよね!?
そもそも、わたしが見てる目の前で一瞬で現れたよねっ!? マジック!?
「娘よ、すまんかった!! 」
わたしが大混乱する中、その原因である白髪のお爺さんは、土下座したまま謝り始めた。
「えっと……まずは説明してくれますか……? 」
◆◇◆◇◆◇◆
というわけで、わたしは、畳の上に座って緑茶を飲んでいる。
緑茶おいしい~。
あ、このおかきもおいしい。
でも、イチゴクレープはないのかー……
それを残念に思いながら、卓袱台の上の煎餅をパリパリと齧って緑茶を啜る。
「……娘よ。儂の話聞いておるのか? 」
「へ? あ、もちろん聞いてますよ。はい」
お爺さんが話すのを止めて聞いてきたので、もちろんと答える。これでも何かをしながら人の話を聞いたり、覚えたりすることは得意なのだ。
でも、お爺さんの顔から疑念の色が抜けなかったので、言葉をつづけた。
「お爺さんは『神様』。お仕事は、『世界』の管理なんですよね。それも主に魂の循環や運命に携わった。
今回お爺さんは、今までに例を見ないような異常な『歪み』に気付いて、それが『一人の人間』によるものだと分かったお爺さんは、『歪み』を無くすために手っ取り早くその原因を『世界から排除』することにした。
けど、時間がなくて、お爺さんはその原因を一人にまで絞ることができなかった。それで、お爺さんはその候補だったわたしを殺して、『わたしを世界から排除した。』
――だけど、『歪み』は消えなかった。『歪み』の原因が別の人だったから。
お爺さんの思い違いでわたしは死んだ。ですよね? 」
わたしがこれまでの話をまとめると、お爺さんが、歯が軋む音が聞こえるくらいに奥歯を噛み締めながら、頭を畳みにめり込ませる勢いでまた土下座した。
「そう、じゃ……。儂の思い違いで……儂はっ、娘を殺した……。すまんかったっ!! 」
うん。お爺さんどんだけ思いつめてるんだろ……
「魂の循環に関わる大きな歪みは、地球が存在する世界の根幹を揺るがす。それを無くすために『多少の犠牲』が止むを得ないことは、神である儂も重々承知しておる。じゃが、娘はその『多少の犠牲』には当てはまらん。本来なら何の関わりもなく生きておれたはずじゃ。儂の思い違いによって娘を殺したことを許してほしいとは言わん。じゃが、儂の誠意を受け取って欲しいのじゃ」
「誠意? 」
「そうじゃ、本来なら娘はあの世界で生きておった。それを儂が狂わせてしまった。
その詫びとして本来ならば、娘を再び同じ世界に生き返らせる――というのが一番なのじゃろうが、それはできん。神として娘を『世界から排除』した。その世界の魂の循環から娘は外れてしまった。じゃから、儂の力では娘を『地球』に戻すことはできん。だから、せめて娘が望む、それ以外の全ての願いを儂が叶えよう」
全ての願いを叶える。
その言葉がわたしの頭の中で何度も反芻される。
何でも願いを叶えてくれるのっ!?
「その言葉、お爺さん本当なの!? 」
何でも!! 嘘とか夢じゃないよね!? ホントに神様が何でも叶えてくれるのっ!?
「ああ……本当じゃ。儂が叶えられる願いには全て応えよう」
じゃあさじゃあさ、これはもうあれを頼むしかないよねっ。
いや、あれを頼まずして他に何を頼むというの!!
わたしは、意を決して今最も望む願いをお爺さんに伝えた。
「おばちゃんの焼いたイチゴクレープを下さい!! 」
◆◇◆◇◆◇◆
「ん~~っ!! おいしい~♪」
おばちゃんの焼いた、しかも旬の完熟イチゴが使われた季節限定版のイチゴクレープが、また食べれるなんて思ってもみなかった!!
卓袱台にこれでもかと広げられたイチゴクレープの山の前で、私は口いっぱいにイチゴクレープを頬張って味わう。
お爺さん、いや老神さんはやっぱすごかった。
ちょっと情けないなんて思ってすみません。老神さんは最高の神様です。
こんなおいしいイチゴクレープを創り出せるなんてすごいよ。しかも、こんなにたくさん!
この濃厚な生クリームと完熟イチゴ、それにイチゴジャムが少しかけてあって……ああ、もう絶品♪
わたしの魂がイチゴクレープを求めていて、食べるのを止められない。
もう3つは食べたかな? まだまだ入りそうだ。
「の、のぅ娘よ。娘は本当にそれだけでよいのか? 」
「ふぇ? 」
どういうこと?
あ、そういうことか。
「おかわりはいらないですよ。さすがに食べ過ぎちゃいますから」
流石のわたしも目の前に出されているイチゴクレープを食べた上で、おかわりはしない。
「あ、いや……そうじゃなくてのぅ。他に願いごとはないのか? 」
あー他の願いのことかー
「うーん……特にないですね。イチゴクレープ食べたら思い残すことはもうないですし」
「なっ……!? 」
わたしがそう言うと老神さんは、驚いたように目を見開いてしばらく固まる。
そんなに驚くこと?
老神さんって結構オーバーアクションだね。
「フハッ」
そんなこと思っていると老神さんが、ふいに笑った。
「ハハハハハ……ワッハハハハハハハハ!! 」
老神さんの笑い声が段々と大きくなって、最後には大爆笑というくらいに大きな声がでていた。
「ワッハハハハハハハハッ!! 食べ物一つで心から満足するとは、面白い!! 実に面白き娘じゃ! 」
「え、え? 」
額に手をあてて大笑いする老神さん。
さっきまでへにょってしてて老けて見えてたのに、豹変した今の笑う老神さんは、さんさんと輝いてた。
これが老神さんの本来の姿? 神様みたい
「娘、儂は娘のことが気に入ったぞ!! このような面白き娘。初めてじゃ! 」
どうやら、わたしに対する罪悪感も吹っ切れたようだった。
老神さんは、先程とは打って変わって神々しく輝いて威厳に満ちた表情でわたしの頭を乱暴に撫でまわした。
ふにゃ~……
あれ? 何でだろ。
老神さんに撫でられると私のお爺ちゃんが撫でてくれた時みたいにすごく安心できる。あー……これ好きかも。
「娘! 儂から頼みがある! 」
老神さんは、わたしの頭を撫でながら威厳溢れる声で言った。
「んー……? なーにー? 」
老神さんもっと撫でて撫でてー
「娘の願いは叶えたが、これだけでは儂は儂を許すことができん! それに儂が娘のことを気に入ってしまった。このまま娘が消失してしまうのは納得できん。じゃから儂が娘の為に力を揮うことを許してくれぬか? 」
「えー……? いいよいいよー」
ふわー……これはもうダメ。老神さんに撫でてもらうの気持ち良すぎて何も考えれない。
ポカポカ温かくて、気持ちよくて、とっても安心できる。
だんだん眠たくなってきた……
撫でられながら寝落ちとは、なんと贅沢ー……
「今は安心して眠るがよい。娘には新たな生を与えよう」
わたしの意識が夢の中に落ちるまで、老神さんは最後までわたしの頭を撫でてくれた。
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麻木香奈 享年18歳
死因:事故死
感想待ってます。




