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双龍は我が道を往く  作者: 神楽 弓楽
0章 「とある青年少女は神と対峙する」
1/6

とある少女のプロローグ

 紅葉も始まった秋の季節

 部活も終わり肌寒くなってきた夕方


 薄暗くなってきた校門の前でどこか疲れた様子の女子生徒が深いため息をついていた。


「はぁ……疲れたー。毎日先生たちもしつこいんだよねー」



「まだ7時前なのにもう暗くなってきてる。部活はとっくに終わってるみたいだし……。どうしてこんな時間まで拘束するかなぁ。洗濯物が湿気っちゃうよ」


 女子生徒の名前は、麻木(あさぎ)香奈(かな)

 この学校に通う受験真っ盛りの高校3年生である。


 そんな香奈は、ここ最近、職員室に頻繁に呼ばれていた。


「やっぱり、二日連続で呼び出し無視したせいかな? 今日はやけに先生の準備や熱意がすごかったし」


 別に不良というわけではない。むしろ、学力的には超のつく優等生といってもよかった。

 最近職員室に呼び出されている理由は、香奈の進路変更が原因だった。



 文化祭が終わり、部活を熱心にしていた3年生も本格的な受験勉強に入りだした一週間前に、担任の先生に国内有数の難関大学から就職へと進路変更をすることを伝えたのだ。


 香奈の突然の進路変更に先生たちは、騒然となった。

 別に香奈が難関大学に合格できるほどの実力がないわけではない。むしろ、今までの模擬テストでは志望大学はA判定をずっとキープし、学校のテストでは常に1、2位を取っていた優等生だった。


 先生たちは香奈の奇行を受験のストレスだと思い、考え直すように説得を心がけていた。香奈の為にわざわざ臨時でカウンセリングの先生を呼び寄せたり、心療内科の受診を勧めたりと、心のケアの方も先生たちは気を使った。


 だが、香奈はそんな先生たちの気遣いを無視して、首を縦には振らなかった。


「別に大学行かなくてもいいじゃん。志望理由だって、お爺ちゃんを心配させない為だったし、奨学金まで貰ってでも大学行く気にはなれないよ」


 香奈は、夏休みの終わり頃に唯一の家族だった祖父を亡くしていた。


 香奈の両親は、香奈が物心がついて間もない頃に事故で亡くなっていた。

 母方の祖父母は既にこの世を去っていたので、父方の祖父が育て親となり、香奈を厳しくも大切に育て上げ、香奈もそれに感謝し祖父をあまり心配させないよう日頃から心がけていた。


 だから、香奈は祖父を心配させないために大学を志望していた。 

 しかし、そんな唯一の家族だった祖父は夏休み前に亡くなった。香奈には両親と祖父の遺産が残ったが、大学に通う為に必要なお金を考えると不安が残る程度しか残っていなかった。


 だから、香奈は悩んだ末に決断し、奨学金を貰いながら大学に通うよりも高卒で働くことにしたのだった。


 それを決意した次の日――文化祭が終わって何日か経った日に、香奈は先生にその旨を簡潔に伝えた。


 それが職員室をハチの巣を突いたかのような騒ぎを引き起こすとは知らずに。


「まっ、わたしが本気だと気付けば先生も諦めるでしょ。それに就職の内定を貰えれば先生も安心してくれると思うし、就職活動頑張ろう!! 」


 香奈は、両手で自分の頬をペチペチと叩いて、気持ちを切り替えた。


「よーしっ! クレープ屋さんはまだ開いてるだろうから、イチゴクレープ食べに行こー!!」



 そう言って香奈は、薄暗い帰り道を駆け足で走った。



◆◇◆◇◆◇◆



「おばちゃーん! まだイチゴクレープ残ってるー? 」


 商店街まで来た香奈は、クレープ屋にいる年配の女性に声をかけた。


「香奈ちゃん、お帰りー。イチゴクレープならまだ残ってるよ」


 香奈はここのイチゴクレープが大好きだった。幼い頃、祖父に初めて連れてこられた日から高校生になった今まで、ことある毎に食べに来ていた。


 女性も慣れたもので、香奈の顔を見ると、すぐにイチゴのクレープを作り始めていた。


「うわぁ~♪ いい匂いがしてきたぁ」


 カウンターの前にへばりついて店内から漂ってきたクレープの香りに香奈は期待で胸を膨らませ、顔を綻ばせた。



 しばらく待つと出来立てのイチゴクレープを持って女性がカウンターに戻ってきた。


「はい、できたよ。286円ね」


「はい、286円ちょうどだよ! ありがとう、おばちゃん。またねー! 」


 香奈は、まだ温かいクレープを片手で受け取ると、もう片方の手で女性にぴったりの金額を渡して店を出た。店を出た香奈は、後ろを振り返って女性に向かって大きく手を振って帰っていった。



「香奈ちゃんは、お爺ちゃんがいなくなっても明るいねぇ~」


 歩きながら、クレープをパクついておいしそうに顔を綻ばした香奈を見て、女性は少し悲しそうに微笑み、店の奥へ戻っていった。




◆◇◆◇◆◇◆




 帰り道の交差点で信号待ちの香奈は、クレープを両手で持って味わうように食べていた。


「ん~~♪ やっぱりおばちゃんのクレープはおいしいなぁ」


 とても幸せそうな蕩けた笑顔でクレープを食べる香奈に、香奈と同様に信号待ちの人が数人、微笑ましそうに見ていた。


「あ、青だ」


 ふと前を見た香奈は、信号がちょうど青に変わったのに気づいた。香奈の周りの人達は、香奈よりも一足先に横断歩道を渡り始めていた。



「はやく渡らなきゃ」


 そう呟いて香奈が駆け足で渡る横断歩道は、夕方は帰宅する車が多く通る交通量の多い場所だった。



 キュ、キュィィイイイ!!



 甲高いブレーキ音と地面を滑るタイヤの音が香奈の真横から聞こえた。


「え」


 黒色のワゴン車から発せられる音だった。

 そのワゴン車は、赤信号なのにも関わらず、彼女のいる横断歩道へと突っ込んできていた。


 ワゴン車の正面には、驚きで固まる香奈がいた。


 ワゴン車を運転しているスーツ姿の男性は、声にもならない悲鳴を上げながら必死の形相でハンドルを回しながらブレーキを踏んでいたが、車を止めるにしても逸らすにしても彼女との距離はあまりにも近すぎた。


 バンッ!


 鈍い音共に香奈はワゴン車に跳ねられ、持っていたカバンやクレープと一緒に宙を舞った。

 香奈を轢いたワゴン車はその後、横に逸れてガードレールに激突した。



 事の成り行きを固まって見ていた通行人は我に返り、そこらかしこから悲鳴が上がり、その場は騒然となった。



「かはっ………」


 宙を舞った香奈は、地面へと叩きつけられ胸から空気を吐き出す。

 左腕はあらぬ方向に曲がり、素肌を晒していた太ももや腕はコンクリートを滑ったことで赤く擦れて至る所から出血していた。


「うっ………」


 香奈は意識を失っていなかった。息苦しさと痛みからうめき声をあげて、僅かに体を動かすが、うっすらと開けた目は焦点が定まっておらず、ぶれていた。


 香奈の頭から流れ出る赤黒い血がコンクリートの地面にジワッと広がり、赤く染め上げていた。



 通行人の中から「救急車!誰か救急車を呼べ!」という声があがる。



 香奈にとって不幸中の幸いなことは、彼女が轢かれた場所が大きな総合病院からそう遠くない場所だったことだ。


 通行人の通報で、すぐに救急車が駆けつけ、早期に治療を受けた香奈は重傷を負いつつも一命を取り留めることができた




 ――筈だった(・・・・・)




 本当の悲劇はここからだった。




 車に轢かれ道路に倒れる香奈の方へ新たにトラックが右折してきたのだ。


 普通ならば、香奈が倒れていることに気づき避けることが可能だったが、トラックを運転している若い金髪の男性は、携帯を片手に運転をして携帯の電話に夢中らしく周囲の注意が散漫してる状態だった。


 トラックの運転手は、進路上に倒れている彼女に全く気付いていなかった。


 倒れて全く動けない香奈の元にまっすぐ進んでくるトラックに、見ていた通行人の誰もが理解できずに思考が止まった。



 香奈は、視界の右端から徐々に迫ってくる黒い何か(タイヤ)を捉えていた。


 しかし、朦朧とした意識の中では、それを危機として認識をすることができなかった。


 迫りくる危機に気付かず、彼女はただ自分の倒れた先の、中身が地面に全て飛び散ってしまったイチゴクレープの残骸だけを見ていた。


「あっ……」


 僅かに動く右腕を動かし、彼女はクレープの方へ手を伸ばそうとしていた。



 彼女の意識が永遠の闇に包まれる直前

 迫る死に気付くことなく朦朧とした意識の中、香奈が口から血を吐き出しながら最後に呟いた言葉は――



「わ、たしのっ……イチっ、ゴ……クレー、プ………」



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