貴女半分パン半分
腹持ちが悪いのでわたしはご飯派です。
文章の書き方なんて関係なしです。
薬屋の角を曲がると、パンの焼けるいい匂いがする。
実にいい匂いだ。
私は週に一度はここへ来ることにしている。
目的のパン屋は築何年かは知らないが、ボロい。入口のドアもきぃきぃと音がする。
カランカラン
来客を知らせる大きなベルが鳴ると、店主兼看板娘が溢れんばかりの笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
私がここに来るのは、パン半分笑顔半分なのは絶対の秘密だ。
気持ちのいい挨拶に応えるべく「また来たぜ」と、私はお忍び用の口調で右手をあげて挨拶をする。
領館のメイド達には好評の私の精一杯の笑顔。
決まった。
看板娘はこちらを見て、二度目をぱちぱちさせてため息。
「またあんたか、領主様も暇なのね」と、私の笑顔はこうかがないようだった。
今日も私の完敗か、だがこれで諦める私ではない。第二第三の私が……
「声に出てるわよ」と、いつの間にか呆れ顔の看板娘が、トレーとトングを持って私を見上げていた。
この癖は仕事中は出ないんだが、如何せんこうも気が抜けていると、ついうっかりと出てしまう。
ここは居心地がいいからな。
決して品数が多いわけではないが私はパンを選ぶ。
初めてここに来たとき、買い占めようとして叱られたのは確か3年前だった。
6歳の時に領主になってから、側近以外に怒られることなんかなかったからあの時とても驚いた。
そして私は反省した。とてもとても反省した。
一流のコックが朝に焼いてくれるパンより美味いパンを私は選ぶ。
お詫びにと約束した、高価だった砂糖の値段を下げるということが最近やっと実現することができた。
「あんたみたいな小金持ちに出来るわけないでしょ」とその時言われ、思わず「ヴォ-デン家の名にかけて誓う」と言ってしまった。
一瞬固まったあと、真っ青になって謝罪してきた看板娘も、今ではもう私のことをあんた扱いだ。
砂糖が手に入りやすくなった今でも、私の好きなあまり甘くないジャムパンが置いてあるので、杏をひとつ私は選ぶ。
あとはバターロールを二つトレーに乗せた。
カウンターまで持っていくと、私は五枚の銅貨を木箱に入れる。
すると看板娘は、毎度お馴染みのセリフとなった「あんたも飽きないね」を呟き、持ってきたバスケットにパン達を仕舞ってくれる。
午後からの政務の大事な大事な活力だ。しっかりと護衛しなければな。
「また来るぜ」
私は看板娘に背を向けてドアへと向かう。できればお茶でもしたいところだが、私には政務があり、看板娘にもパン屋の仕事がある。
ボロいドアを開けると
カランカラン
お客が帰るのを知らせる大きなベルが鳴る。
いつものように店から少し離れたところで近衛が待機している。
「またのご来店お待ちしております」
看板娘の声がする。
背を向けているので顔は見えないが、溢れんばかりの笑顔で言っているのもいつものことなのだろう。
読んだらパン屋さんにぶらりと行ってみてはいかがですか。
ちょいと値は張りますが、美味しいパンは甘くても甘なくても幸せになれますで。
そのあと牛丼食べれば腹持ちはええですよ。