新たなる居場所
とある街の酒場で酒を傾けていた
町の近くで人を襲っていた魔獣を倒したところ、歓待を受けることになってしまったのだ
別に頼まれたわけでもない
通りかがりに魔獣に人が襲われているのを見つけただけ
ただ、この世の魔獣全てをこの手で殺したかっただけ
もう、誰の為でもない
そう言って立ち去ろうとしたのだが、酒場の店主にどうしてもと引き留められた
聞けば、数年前に幼かった娘を魔獣に喰われたらしい
恩に着る必要はないと言っても折れず、仕方なくそこで一夜を過ごすことにした
ただし、派手な歓待は断り、人も遠ざけた
もう、人と関わりたくない
人間の汚さに嫌気がさしていた
1人酒を傾けていた時だった
「なあ、凄腕のハンターってあんた?」
突然目の前に現れたのは、目にも鮮やかな赤い髪をした少年だった
ニコニコと人懐こい少年だが、JDは無視を決め込んだ
「ねえねえ、無視しないでよー♪この近くの魔獣倒したの、おっさんでしょ?」
少年はしつこく話しかけてくる
いい加減に鬱陶しくなり、追い払おうと思って機械製の左腕を向けようとした
が、目の前に立っていたはずの少年の姿はない
こめかみに、冷たい感触
「話くらい、しても損はない」
背後に先程の少年とは別の、金髪の少年が立っていた
その手には黒く光る拳銃があり、JDのこめかみに突きつけられていた
全く気配を感じなかった
喉元には、先程の赤毛の少年が長く鋭い爪を付けている
JDもだてに名うてのハンターではない
今まで数々の死線を潜り抜けてきた
それでも、二人の少年の放つ殺気は本物だった
背中を冷たい汗が伝う
張り詰めた空気を破ったのは少年達だった
各々の武器を納め、当然のようにJDのテーブルに腰をおろした
勝手に酒や料理を追加していく
「オレ、紅虎♪こっちはリオン。おっさんは?」
よく見てみると、紅虎と名乗った少年がただの人間ではないことが見てとれた
先程喉元に突きつけていた爪と、猫科の動物特有の細い瞳孔
少年が珍しい魔獣の血をひく人間だとは、後に知ることになる
先程までの険悪さはまるでなく、友達と食事でもするかのように穏やかな空気をまとっている
毒気を抜かれたJDは、小さく溜め息をついて腰をおろした
「JDだ。それと、おっさんと言われる程の年でもない」
「ふーん?で、なんでこんなとこで魔獣退治とかしちゃってんの?」
「通りすがりだ。理由なんてない」
「じゃ、オレらと一緒に来ない?」
「いきなりだな。断る」
「えーっ!?なんで?おっさんプータローでしょ?いーじゃん、しかも家もないんでしょ?」
紅虎は、全く悪気もなく暴言を吐く
あまりに直球過ぎて怒る気にならない
「人とつるむ気はない。他を当たれ」
名が知れるようになって、何度か誘われたことがある
JDの持つ最新鋭の対魔獣兵器を狙って襲われたこともあるし、とある国の軍に誘われたこたもある
しかし、誰とも組むつもりはなかった
この少年達はどこか謎めいていて、興味がひかれはしたが、一緒に行く気にはならなかった
「あんたの武器と、その知識を活かして世界を変えたいと思わないか?」
ずっと黙っていた金髪の少年が、ようやく口を開いた
少し低い、年に似合わない落ち着いた声
「変わらないさ。世界は愚かなままだ」
「変わるか変わらないか、やってみてから決めたらどうだ?」
少年の声は、少年特有の向こう見ずさは感じられない
「子どもの夢に付き合う程暇じゃない」
「オレは、いつか必ず魔獣と人間が共存できる世界をつくる」
そう言い切る姿は、夢を語る少年のものではない
強い意思と決意が感じられた
彼ならば、本当に作ってしまうのではないかと思ってしまった
「だから、あんたのその力を貸してくれ」
深い森の緑をその瞳に見た
あの夜、サンドラと語らった幸せな時間
彼女の、最期の願いが耳に蘇る
それが、エリュシオンとJDとの出会いだった
あれから十数年が経ち、彼らの側が自分の居場所になった
エリュシオンが、いかに素晴らしい君主かはすぐにわかった
捨ててきた祖国の王族とはまるで違う
我が身かわいさに自国の民を犠牲にするなど、考えもしないのだろう
どんな時でも自らが先陣を切って戦う
だからこそ、彼の回りには人が集まる
彼を慕い、命をかける人間がいる
エリュシオンは強い
自分よりも一回りも年下だが、彼の心の強さには驚かされる
しかし、その反面危うさも感じている
次期王と名高い王子でありながら、我が身を省みずに戦う
まるで自分に執着心がない
他人に対しても同じで、極端に執着心が薄い
自分の気持ちを決して表に出さなかった
しかし、このところ少し変化が見られるようになった
エリュシオンを変えた人間がいるのだ
見逃してしまいそうな程に僅かだが、確かに変わった
それを、紅虎が気付かないわけがない
「オレは、もうサンドラとの約束を守れそうにない。だが、お前たちには未来を見てほしい」
若い仲間達には幸せになって欲しいと、心から思う
しかし、紅虎の想いは・・・
エリュシオンにとって紅虎は、唯一無二の存在
その紅虎がシルクのことを本気で好きだと知れば、自分の気持ちを殺してしまうだろう
自分よりも紅虎の気持ちを優先させてしまう
そして、紅虎が望めばシルクと添い遂げることも許すだろう
そして、彼はまた心を閉ざす
「リオンは、強いが脆い。彼にはお前とシルクの二人が必要だ。お前にはツラいと思うが・・・」
紅虎は、いつもの軟派な笑みを消していた
滅多に人に見せることのない、素の顔
「シルクはリオンのことしか見てないさ。オレのことなんて、眼中にない」
そう言って笑った顔は、ひどく切なそうだった
「オレさ、シルクのことマジで好きなんだ。でも、同じくらいリオンが大事だ 」
魔獣の血をひく人間が、他所でどんな扱いを受けるか想像はつく
紅虎はエリュシオンによって救われたときいている
その恩が、彼を強くした
エリュシオンが幸せになることを、誰より望んでいるのは紅虎かもしれない
「でもさ、好きでいることはいいじゃん?止めらんねーんだもん」
「紅虎・・・
「無理やりものにしよーとか、そんなんは絶対ないから安心してよ。オレ、シルクには幸せになって欲しいんだ」
好きな女の幸せを祈る
その為に自分の気持ちは押し殺す
そう言った紅虎は、いつものように明るく笑った
紅虎が帰り、JDは1人研究室でぼんやりとしていた
無意識のうちに、胸のクロスを触っていた
失った左腕は、今冷たい機械になった
何も感じることなどできないはずなのに、クロスが暖かく感じる
帰る前に、紅虎が残した言葉が頭を回っていた
『そのクロスくれた女の子さ、あんたに会えて一時でも幸せだったんじゃない?だから、あんたも約束守ってやらんとダメだと思うよ』
サンドラの願い
JDは今新しい居場所を見つけた
人間と関わりたくないと思って離れたのに、こうして仲間の幸せを願っている
そして、自分の幸せを願ってくれる仲間がいる
「そうか・・・オレは今結構幸せなんだな」
見つめたクロスに、あの日のサンドラの笑顔が重なった