祭りの夜
JDが産まれたのは深い深いジャングルの端にある小さな国だった
古くからコーヒーの栽培と、優れた機械工学が発達した都市だった
JDの家は曾祖父の代から続く工房だったため、幼い頃からネジやドリルが遊び道具で育った
3歳の頃には自立歩行式のロボットを組み立てたり、新しい農工具を発明したりと、その才能を開花させていた
18になった頃、JDは軍隊に入隊することになった
兄が実家を継ぎ、才能に溢れたJDは軍の研究所に呼ばれたのだ
日々が研究に明け暮れて過ぎていた
ある祭りの夜、JDは森の中で警備に立っていた
本来は研究職である彼の仕事ではないが、仲の良い歩兵と任務を代わってやったのだ
祭りの喧騒は、森の中までは届かない
神殿の裏に当たるこの場所は警備も手薄で、JDは1人でのんびりとタバコをふかして時間を潰していた
街は今頃大勢の人で賑わっているのだろう
JDも子供の頃は毎年楽しみにしていた
僅かな小遣いを握りしめ、友達と屋台をはしゃいで回った記憶がある
しかし、この祭りの本当の意味を知っている今では素直にはしゃぐことができなくなってしまった
神殿の奥で何が行われるのか、祭りの数日前に運び込まれる輿の中に何があるのかを
だから、任務を代わることも抵抗がなかった
森の静けさは心地良い
この森の奥深くに、森の主が祀られているという
古い盟約によってこの地を守る、守り神
この祭りはその神を奉る為のもの
神に、年に一度の捧げ物を贈る為の祭り
捧げるのは…
JDの後ろで、茂みが揺れた
たまに祭りに乗じて禁域に忍び込む者がいる
こんな滅多に人が足を踏み入れないような場所にまで兵を配置するのは、その為だ
注意しようと振り返ったJDは、現れた人影に言葉を失った
そこにいたのはまだあどけなさの残る少女だった
白い衣と、髪を飾る白い花
衣の裾を飾る金の房飾りが、シャラリと音をたてる
こんな森の中に現れるには不釣り合いな姿
「今晩は、兵隊さん」
「こ、今晩は」
思わず応え、くわえていたタバコを落としてしまった
「っ熱っ」
容赦ない熱さが手の甲を焼き、飛び上がる
あわてて灰を落としていると、くすくすと笑う声が耳に届いた
屈託のない笑顔が可愛らしい
「大丈夫?」
「ああ、ちょっと火傷しただけだ」
「兵隊さん、お仕事さぼってたの?」
「まあ、そーゆーこと、かな」
少女は、何が嬉しいのかにこにこと笑う
「あたし、サンドラ。兵隊さんは?お名前、聞いても良い?」
「オレはジャレッド・ダリル。皆JDって呼ぶ」
サンドラと名乗った少女は、何故かJDを気に入ったらしく、その場に留まった
特にすることもないJDは、彼女に付き合うことにした
問われるままに答え、彼女の話に耳を傾ける
くるくると表情が変わり、大きな目がキラキラと輝いていた
しばらくの間、サンドラとの会話を楽しんだが、JDは耐えきれなくなった
急に押し黙ったJDに、サンドラは首をかしげる
「もう、良いから」
「え?」
「もう、良いから。早く逃げろ」
サンドラの大きな目が、こぼれそうな位見開かれる
こんな森の中に、こんな少女が迷い混むわけがない
JDの背後にあるのは、神殿だけ
そして、サンドラがまとう衣は神殿にいるはずの巫女のもの
祭りの夜、巫女は神に祈りを捧げる為に神殿に籠る
そして、翌朝
神にその身を捧げる
祭りは、神と崇める魔獣に生け贄を捧げるためのもの
年に一度、国の中から一人、巫女が選ばれる
そして、彼女らの命を捧げることでまた一年、生き延びる
深いジャングルにありながらも、発展した文化を持つ国が残る理由
この国に古くから残る因習
人々は、その罪の重さに気付かない振りをして派手に騒ぐ
大人も子どもも皆、祭りの裏に潜む暗闇に目を背けて必死に楽しく振る舞うのだ
そのからくりを知ってしまってからは、素直に祭りを楽しめなくなってしまった
だからこそ、こうして森の中にいたのだ
サンドラは、今年巫女として選ばれた娘なのだ
今頃は神殿で、最期の時を過ごしているはずの巫女
おそらく、誰かが彼女を逃がそうとしたのだろう
森の中は警備も甘く、うまく祭りの人混みに紛れられれれば逃げられるはずだ
こんなところで油を売っている時間はない
サンドラは、じっとJDを見つめていた
本来逃走しようとする生け贄を逃がさないために配置された兵隊だ
それが、逃げろと言う
真偽のほどを図っているのだろうか
「オレは何も見ていない。ここには誰も来なかった。さあ、早く」
サンドラは、いつまでたっても動こうとはしない
夜明けが近付いているのを感じ、JDの方が焦る
その様子を見て、サンドラは笑った
「笑ってる場合じゃないだろう」
「ありがと、JD」
サンドラは、美しく微笑んだ
大人びたその微笑みに、心臓が騒いだ
「逃げないから、大丈夫」
「でも…」
逃げなければ、待つのは生け贄としての死だ
「あたしが逃げれば神の怒りを買って、この国は滅びるもの」
至極当たり前だという口調に、驚いた
「あたしね、家族のことがすごく好き。生まれたこの国のことも、すごく好きなの」
もう二度と会えない家族のことを、宝物のように話すサンドラは悲しい程に美しい
胸が締め付けられるような苦しさを感じる
彼女の両親は、どんな想いで送り出したのだろう
生け贄は、国王専属の呪い師が村を指定し、その村から器量の良い若い娘を選び出す
選ばれた娘の家は、一生困らない程の報酬と村中からの尊敬を得る
しかし、自分の娘を生け贄に差し出す家族の気持ちは決して明るいものではない
娘の命と引き換えに得る富と名声
もし断れば国賊として一族全員が処分される
サンドラがここで逃げ出せば、彼女の家族は処分されることとなる
それでも、家族の誰かが逃がすことを決めたのだろう
だから、彼女は今、ここにいるのだ
それなのに、サンドラ本人は逃げないという
「だが、君は…」
それ以上は、口に出来なかった
サンドラは、自分の運命として受け入れているのだ
国の為に、家族の為にその命を捧げる
サンドラは柔らかい笑みをうかべ、JDの前に立った
「JDは優しいね」
「オレは…」
澄みきった瞳に、思わず目をそらした
代わってやることも、逃がしてやることもできない
今までも、何人もの少女がこうしてその命をもってこの国を守ってきたのだ
祭りで騒ぐことをやめようと、彼女達を犠牲にしていることにかわりない
少女達を殺しているのは、森の主である魔獣ではない
この国で生きる全ての人間なのだ
それなのに、サンドラはこの国が、好きだと言う
少女の澄んだ目を、見ることが出来なかった
「これ、あげる」
サンドラは、自らの首にかけていたクロスのネックレスを外した
受け取れないJDに、サンドラは笑ってJDの首にかけた
近付いた彼女からは、高価な香の香りがした
「JD、幸せに暮らしてね」
「…サンドラ」
「約束。あたしの人生で出会った人皆に幸せに暮らして欲しい」
そう言って笑った