朝
「幸せになってね」
濃い緑の木々が生い茂る
引きちぎられた白い衣
散らばった白い花びらと紅い色
歪んだ世界がぐるぐると回る
待て
やめろ
だめだ
どれ程手を伸ばしても、届かない
遠ざかる背中
必死に手を伸ばすが、間に合わない
「うわぁぁあ!!」
自分の叫び声で目を覚ました
空中に伸ばした手は、何も掴めない
自分の荒い息づかいが、静かな部屋の中に響く
まだ夜明け前の青い光が部屋に満ちていた
そこはさっきまでいたジャングルの中ではなく、自室で夢を見ていたのだと気づく
JDは、いつも同じ夢に飛び起きる
大きく息を吐いて、ベッドを出る
もう、眠りは訪れてくれそうにない
まだ誰も起き出していない城の中は、静寂に満ちている
タバコに火を付け、窓の外を眺める
自然と胸にあるクロスに手が触れる
「…約束は、守れそうにない」
溜め息と共に吐き出された煙が、ゆらゆらと天井へ登っていった
JDは遅い昼食の為に食堂を訪れた
昼下がりの食堂には、給事係やコック達が夕食の準備に入るまでの短い休息をとっていた
仲間と大きな声で笑いながら談笑していたコック長が、JDの存在に気付き、腰をあげた
「おや、JD。えらく遅い昼食だな」
「すまない、何か残り物でもいいんだが…」
申し訳なさそうに眉を下げるJDに、コック長は明るく笑い飛ばす
「なーに、言ってんだ!すぐに作っから座ってなよ」
コック長は厨房に入ると、すぐに料理を始めた
昼食にありつけることにほっとして、いつもの指定席になっている窓際のテーブルに腰を落ち着ける
研究に夢中になってつい時間を忘れてしまう
JDがこうして皆と昼食の時間がずれてしまうのはよくあることだった
食事の出来上がりを待ちながら、ぼんやりと外を眺めるとエリュシオンの姿を見つけた
多忙を極める若き君主は、珍しくゆったりと木の下で本を読んでいる
楽園と言う名を持ちながらも、その内に秘めた猛々しさは愛称の獅子の方が相応しい
王位継承権第一位の地位にありながら、魔獣討伐に自ら先陣をきる
紅虎という最強の右腕を連れてはいるが、決して人の陰に隠れるタイプではない
むしろ紅虎と肩を並べて戦闘に加わる
その強さは本物で、誰しもが認めるところではあるが、どこか危うさを感じる
自分自身を蔑ろにしているように思えてしまう
彼の生い立ちに関係があるようだが、JDも他国からエリュシオンに誘われてこの城に来た身だ
詳しい過去は知るよしもない
しかし、彼の人柄や信念、その目標とする世界を作るために自分はここにいる
だからこそ、彼のことが心配になるのだ
何か、エリュシオンを変えるものがあればいいと思う
もっと自分を大切にしてほしいと願う
ふと、視界の端に影が映った
大型犬並みに大きく育った琥珀を連れ散歩でもしていたのか、シルクがエリュシオンの隣に腰をおろした
他人を自分の近くに置きたがらないエリュシオンが、彼女には心を許している証拠だ
いついかなる時も冷静沈着で、めったに表情を変えないエリュシオンが、なんとも柔らかな表情をしている
穏やかな空気が、二人を包み込んでいる
「お待ちどお。おや、エリュシオン様とシルクちゃんじゃねぇか」
食事を自ら運んできたコック長が、JDの視線の先にいる二人を見つけた
「いや~絵になるねぇ♪美男美女、お似合いだ」
他人事の気安さで、コック長は笑う
容姿端麗なエリュシオンと、美しいシルクは並ぶと絵に書いたようだと皆が噂する
しかし、二人が結ばれることは難しい
方や一国の皇子、方や奴隷だった過去を持つ医師
この二人が結ばれるには問題が多過ぎる
それでも、とJDは思う
若い二人なら、どんな道でも歩んでいけるのではないかと
幸せを、心から願う