第5話:〝力〟の使い道
「はぁー、食べた、食べた!」
真と真知子は昼を済ませて、駅前の繁華街を歩いていた。
財布の中身を確認して絶望する真の顔と満たされた食欲に満足そうな真知子の顔は対象的である。
「この肉食女め……」
「何か言った?」
「いいや、何にも」
さよなら俺のドラハン……、と呟き、真は項垂れた。
ちなみにドラハンとは今度発売される新作ゲームのドラゴンハンターの略である。
「いやー、こうやって二人で歩いてると中二の頃を思い出すわねー」
「あー、お前によく無理矢理、連れまわされてた時か……」
真はその時を思い出してげんなりする。
「懐かしいわね、悪者退治」
「…………」
真は苦い顔した。
逆に真知子はうきうきとした様子で過去を振り返る。
「色んな悪者がいたわねー。全部、あんたと私でのしたけど」
「お前カツアゲとか私刑してる奴ら見つけたら、片っぱしからしばいてたよな……。しかも強制的に俺を巻き込んで。そのせいで俺がどんだけ因縁つけられたと思ってんだよ……」
懐かしそうに言う真知子の隣で真は嘆息する。
真知子にとっては輝かしい思い出だとしても、真にしてみればトラウマでしかない。
「そう言うけど、あんただって女の子を乱暴しようとしてる奴らを見つけたときは私よりも早く手ぇ出してたじゃない」
「…………」
否定できなかった。
そっぽを向いた真を見て、真知子はにやにやする。
真は顔が紅潮していくのがわかり、からかわれる前に慌てて話を進める。
「や、やられた不良どもが連合組んで、襲ってきたこともあったな」
「あー、あれね。こっちも仲間かき集めて迎え撃ったっけ? 集まったのはほんの数人だったけどね。結局、勝ったけど」
「今思うと、あの戦力差で何で勝てたのか不思議なくらいだな………」
「十五倍くらいあったっけ? 戦力差……」
互いに遠い目する。
もはや、やんちゃしてたとかいうレベルではない。
「やっちゃんとやりあったこともあったわね……」
やっちゃん。
いわゆる任侠の世界に生きる、頭に〝や〟のつく職業である。
「ありゃあ、お前がやっちゃんの息子殴ったのが原因だろうが……」
「だってムカついたんだもの。いきなり俺の女になれとか言うのよ! あたまクルクルパーとしか言い様がないわよ」
「だからって殴ることはなかっただろ。そのせいで小刀持って追いかけられたんじゃねえか……」
あれからしばらくトラウマで刃物触れなかったんだからな、とそのときのことを思い出して、ぶるぶる震える真。
「いや、あんたがあたしに息子を殴ったことで脅しをかけに来た親父の組長殴ったのがほとんどの原因だと思うけど」
「………そうだっけ?」
どっちもどっちな二人だった。
「……ところで、〝力〟のことなんだけど」
「ん? 何だ、藪から棒に」
突然、〝力〟についての話題を振ってきたことに疑問が湧いたが、真は先を促した。
「この〝力〟の使い道、どうするか考えてる?」
〝力〟の使い道。
そういえば考えていなかった。
いや、そもそも世間には隠しておかなければならないのだ。
そんな大きなことに使えないだろう。
とはいえせっかく手に入ったのだ。
少しぐらい使ってもバチは当たらないはずだ。
むしろ使わなければもったいない気がする。
しかし、どう使ったもんか……。
念動力を利用してできること。
……遊ぶことか?
「……どうせろくでもないことに使おうとか考えていたんでしょ」
「失礼な奴だな! 遊びに使おうかと考えてたんだよ!!」
「……だから私が考えてあげたわよ、〝力〟の使い道」
まさかのスルー。
「いや、今、俺言ったよね? 遊びに使うって」
「感謝しなさい!」
「人の話を聞けぇっ!!」
自分だけで物事を進める真知子に真は思わず叫んだ。
真知子は元より真の意見を聞く気はなかったのだろう。
明らかに自分の意見を押しつけようとしている。
昔からこうなると勝てないのは分かっているので真は諦めることにした。
色々と。
「……もういいや。で、何だって?」
「人助けよ。人助けのために使うのよ」
「人助けぇ?」
まためんどくさいことをと真は内心、思った。
真知子はどうか知らないが、真はこの〝力〟を誰かのために使うなんて気はさらさらなかった。
人助けと称して他人の事情に首つっこんだら、ろくなことにならないのは中学の時にその身を持って思い知ったからだ。
ましてや〝力〟を使ってなんてどんな面倒事に巻き込まれるか分かったものじゃない。
というより真知子が関わった時点で面倒事に巻き込まれるのは確定である。
高校では平穏に暮らすと誓ったのだ。
確かに〝力〟を手にしたことで多少の非日常は求めたが、代償がその平穏なら無理に求めるつもりはない。
人生、安全第一である。
「やだ。やるなら自分一人でやれ」
「ええー!? 何でよ? つれないわね」
「めんどくさいんだよ。そんなことするぐらいならバイトでもした方がよほど有意義だっての」
事実、バイトはするつもりである。
さっきどこぞの肉食女のせいでお小遣いが絶望的なったからだ。
ああ、バイト。
高校生活にふさわしいものである。
ビバ青春。
「何言ってんのよ。人助けの方が有意義よ」
「じゃあ聞くけど具体的に何すんだよ?」
「そりゃ、悪者しばいたりとか、悪者やっつけたりとか、悪者退治したりとかよ」
「全部同じじゃねえか!! しかも中学の時にやっただろうが!?」
「いいじゃない、別に」
「よくねえよ!? とにかく絶対嫌だからな! 俺は普通に青春を満喫するんだ!」
「殴り合いも青春だと思うけど」
「嫌だよ!!」
その後もそうこう言い合いしてるといつのまにか駅の改札口前まで辿り着いていた。
「ねえ、やりましょうよ!」
「やだ。絶対にやらない」
「何よ、ケチな男ね。そんなんだからモテないのよ」
「それは関係ねえだろ!!?」
「何でそこだけ必死なのよ……ん?」
さっきからやろうやろうとうるさかった真知子が黙り、ある一点を見つめていた。
「どうした?」
真知子の視線の先を辿る。
ちょうど柄の悪そうな二人組の男が真と同じ高校であろう制服を着た女生徒を路地裏に引っ張り込んだのが見えた。
「…………」
真は路地裏をめざして歩き始めた。
「人助けはしないんじゃなかったの?」
そんな真に真知子はにやにやしながら聞いた。
「うるさい」
真はずんずん路地裏へと向かっていく
「あれだけ悪者退治するの、嫌がってたのねー」
対する真知子は心底可笑しそうに、けれどうれしそうに笑って、真の後を追った。
「やめてくださいっ……。離してっ…」
「いいじゃねえか、姉ちゃんよぉ?」
「俺らと一緒に遊ぼうや」
路地裏で柄の悪そうな二人の男が下卑た笑みを浮かべながら女生徒に迫っていた。
男たちの女生徒を見る目は明らかに下心を含んだものであり、女生徒の全身を舐めるように見ていた。
対する女生徒は男たちのその視線から想像できる未来に怯えて、虚しい抵抗を繰り返すことしかできなかった。
「うひひ、いい胸してるねー」
「ひっ!」
男の一人が女生徒の胸に手を伸ばす。
「や、やめ……」
女生徒が精一杯の声で拒否するが、男は当たり前に無視する。
そしてついにその手が女生徒の胸に触れようとした時、横から伸びた手が男の腕を掴んで間一髪で止めた。
「ああん?」
男は邪魔されたことを不愉快に思いながら、手の主を見た。
なんてことはない、何とも弱そうな学ランを着た男だった。
「誰だてめえ?」
「彼氏です」
即答した男に二人は一瞬怯んだもののすぐにまた下卑た笑みを浮かべた。
「なるほど。それでこの女を助けにきたと」
「そうです」
「くくくく……、残念だが今からこの女は俺たちと遊ぶんだ。だから彼氏はお呼びでないんだよっと!」
男の一人が彼氏を名乗った男の顔を殴り飛ばした。
女生徒が小さく悲鳴をあげる。
「あははははっ! さっさと帰りな、彼氏くん!」
「これで正当防衛成立っと………」
瞬間、彼氏の男を殴り飛ばした男が地面に崩れ落ちた。
「は………?」
もう一人の男はあまりのことに思考が追いつかなかったが、現状を理解するとすぐさま女生徒を引き寄せてその首すじに懐から取り出した折り畳み式のナイフをつきつけた。
「ひっ……」
「動くなよ。動いたらどうなるか分かってんな……」
女生徒を人質にしてこちらに向かってこようとした彼氏の男を脅す。
「ナイフ持ってるとか先に言えよな………」
そう言うと彼氏の男はナイフを持った男を睨んだ。
あまりの迫力に一瞬たじろいでしまう。
途端、手に衝撃が走り、思わずナイフを落としてしまった。
あっ、と思った最後、男は意識を失った。
ナイフの男が真の目の前で膝から崩れ落ちた。
鳩尾一発。
ただそれだけである。
「強いわねー、相変わらず」
隠れて見守っていた真知子が姿を現す。
「でも結局、使ったのね、〝力〟。やっぱりそれに反応してるみたいね……」
「反応?」
「こっちの話よ。気にしないで」
「……………」
真は自分の手を見つめた。
ほんのちょっと念じただけだった。
ナイフ落とせと。
〝力〟を使うつもりはなかったのだ。
とはいえあのまま長引くのもまずかったので、結果オーライというところである。
女生徒は呆けて座り込んでいた。
その普通に可愛い顔に真はどこか見覚えがあった。
「あ………」
そうだ。
たしか入学式の時に見かけた可愛いと思った子だ。
なるほど。
たしかに絡まれてもおかしくない可愛いである。
「大丈夫か」
近づいて手を差しのべる。
「あ、ありがとうございます……」
やべえ、可愛い。
と思った真は頭をはたかれた。
「何デレデレしてんのよ」
「してねえよ!」
「あの……」
ああ、悪い悪いと真は女生徒に向き直る。
この様子からして真が〝力〟を使ったことには気づいていないみたいである。
あの程度では気づきようがないと思うが。
「私と同じ学校の方ですよね…?」
「ああ、制服でわかるだろ? たぶんクラスも同じはずだぜ」
「クラスまで……。気づきませんでした、ごめんなさい」
女生徒は驚いた顔した後、しゅんとして謝罪までした。
「いや、かまわねえよ。まだ初日だからな。覚えてる方がすげえよ」
そんな女生徒を真はあわててフォローする。
「そうですか………。では、改めて危ないところを助けていただきありがとうございました。私は新城 優菜です」
「俺は」
「こいつはアホ田 バカ雄よ。私は浅野 真知子。よろしくね、優菜ちゃん」
「違うわっ! 俺は富田 真だからな!」
呆気にとられていた優菜だったが、そんな真を見てクスッと笑って頷いた。
「お礼をしたいのですが、生憎と今はあまり持ち合わせがなくて……」
「あ、お礼だったらひとつお願いがあるんだけど」
お礼という言葉を聞いて真は素早く反応する。
「どうせエッチなお願いなんでしょ。このケダモノ」
「そうなんですか……?」
「違うわっ!」
不名誉な烙印をつけられそうになったが、素早く否定する。
そしてひとつ、咳払いをして言った。
「俺と友達になってください」
可愛い子と過ごす高校生活。
これぞ青春。
「下心見え見えなのよ。この変態」
「ちがっ、いや違わなくもないけどさっ! お願いだから黙っててくれよ!」
繰り返される二人のやりとりに優菜はクスクスと笑った。
「いいですよ、富田くん」
「え、マジで?」
「はい」
「いぃやあぁっっっほおぉぉぉっ!!!」
来たぜ!
俺の青春!
ビバアミーゴ!
「うるっさいわねー」
「ふふ………」
たまには他人の事情に首つっこむのもいいかもしれないと思った。
―――でもやっぱり。
首つっこむと、ろくなことにはならないのだ。
「見つけた………。しかも二人。さっそく桐生に報告だな……」
そう。
本当にろくなことに――――