第4話:浅野 真知子
今、こいつ何て言った?
真は目の前の真知子から放たれたありえない言葉に困惑していた。
〝力〟を見られたのか?
まさか。
しゃがんでいたんのだ。
外から見えるわけがない。
ならなぜ、こんなことを聞いてくる?
分からない、わからない、解らない、判らない。
うまく呼吸ができない。
喉もカラカラだ。
とにかく、否定しなければ。
否定を─────。
───いや、落ち着け。
相手はこれでも長い付き合いの浅野だ。
知らぬ存ぜぬで通すのもいいが、浅野のことだ。
何らかの根拠があるのだろう。
根拠が何なのかはわからないが、それではより一層、疑いを深めてしまうかもしれない。
ここはいっそバラして────。
……受け入れてくれるのか?
もし受け入れられなかったら?
もし恐れられたら?
もし避けられたら?
無性に怖くなった。
俺は、どうすれば………。
真はひたすら苦悩するしかなかった。
「…………よかった」
「え?」
真が気がつくと、目の前の真知子は安堵したような笑顔を浮かべていた。
「安心しなさい。私もあんたと同じよ」
「え、それって……」
「私もあんたが言うような〝力〟と同じような持ってるってことよ」
「………マジで?」
自分と同じ仲間。
同じ〝力〟を持つ者。
それを理解した途端、真は安心で気が抜けて、地面に尻餅をついた。
よほど気を張っていたのだろう。
その顔は安堵で満ちていた。
さっきまであれほど苦悩していたのが嘘みたいである。
同じように〝力〟を持つ存在がいるかもしれないことを考えなかったわけではない。
それでもここは現実なのだ。
小説みたいに都合よくいるとも思えない。
それでもここまで安堵するということはやはり心のどこかで求めていたのだろう。
独りは、心細いものだ。
「あれ? でもなんで……」
しかし、あることが引っ掛かった。
そう、真は一言も言ってないのだ。
自分に〝力〟があることを。
それどころか何も言ってない。
にもかかわらず真知子は真が〝力〟を持っていることを確信した。
それはつまり────
「それと、ごめんなさい。………あんたの心を勝手に聞いてしまって」
「心を聞く……? なあ、お前の〝力〟って何だ?」
「……やっぱりこの〝力〟って個々によって違うのね。口で言うよりやって見せる方が早いわね」
言うやいなや、真知子は目を閉じた。
『富田、聞こえる?』
不意に真の頭の中に声が響いた。
思わず頭を押さえてしまう。
「これって……」
『口に出さなくても、心で思えば通じるわよ』
言われた通りに心で言いたい言葉を思う。
『……浅野?』
『聞こえてる』
『……お前の〝力〟ってテレパシーだったのか』
『テレパシーかどうかはわからないけれど、自分の心と他人の心を繋げる力だと、私は認識してるわ。……もういいでしょ、切るわよ』
頭の中にブツンと音が鳴ったかと思うと、それきり声は聞こえてこなかった。
「さっきはあんたと私の心を繋げて、あんたの心の声を聞いたの。だからあんたの考えてることが筒抜けであんたが私と同じような〝力〟を持ってるって分かったの。………めちゃくちゃ動揺してたわね」
「なっ!? しゃあねえだろ! こっちだって必死だったんだから!」
さっきからしゃがみこんでいたが、思わず立ち上がる。
「……悪かったわよ、本当に」
真知子はそっぽを向いて少ししゅんとする。
真はありえないと思った。
いつもならキーッと反撃してくるはずなのに、それどころかしゅんとしている。
最初の方は何か謝っていた気もするし。
「……何よ」
「……誰だお前」
「は?」
「俺の知ってる浅野はもっと凶暴なはずだ! いつもならここで必殺のボディブローが飛んでくるのに!」
「……あんたって奴は」
「さあ、正体を現せ! 偽浅野!」
「死に晒せ、ボケェ!!」
「ごふぅっ!?」
ついにキレた真知子は真を殴った。
それも鳩尾をグーで。
「あんたねぇ、人が本当に悪いと思ってるのに茶化すなんてバカなの!? しばくわよ!!」
「既にしばいているし……」
鳩尾をピンポイントで殴られて、蹲る真に対して憤慨する真知子。
「でも、よかった」
「あ?」
「ちゃんと浅野だ。変に生真面目で、校長の話をだらけず聞ききる強者で、俺がからかったりしたらすぐ殴る、いつもの浅野だ」
「……バカじゃないの?」
「いやさ、結構焦ったんだぜ? あの浅野が入学式で俯くなんて前代未聞だし」
「バカじゃないの?」
「ちょっ、真面目に心配……」
「いや、もうバカじゃないの?」
「お前、ほんとひどいな!?」
結構、ガチなのに…とへこむ真。
そんな真を見て真知子はクスリと笑う。
「まあ、いいわ。それよりあんたの〝力〟も教えなさいよ」
「そうだよ、俺はバカですよ。そんなバカの〝力〟が知りたいんですか~あぐふっ!」
いじけつつ、イライラさせる声で言う真の鳩尾を真知子は容赦なく抉った。
「さっさと教えなさい」
「うう……、いつもの浅野だ……」
「ふーん、念動力ねぇ……。分かりやすく超能力ね」
「ああ、そうだろ!」
「どうでもいいわよ、そんなこと」
一蹴された。
「ひでぇ……」
「で、肝心なことなんだけど、この〝力〟って何なのかしら?」
「何って超能力?」
真知子は真の言葉を鼻で笑う。
「あんた、小説の読みすぎ。もっと真面目に考えなさいよ」
「でも、現に俺もお前の〝力〟も超能力っぽいぜ」
至極、正論である。
端から見たら二人の〝力〟は超能力そのものだ。
「そりゃ、そうだけど……」
「それにそんなの考えたって答えなんか出ねえよ。使えるようになった、今はそれでいいじゃん」
「……気楽なもんね。非現実が現実になったのよ。もうちょっと慌てないの?」
「どのみち世間には隠すつもりなんだろ?」
「それは当たり前よ」
「なら大丈夫さ。世間から見れば何も変わりないんだから」
真知子は若干、心配そうな顔をしたが、それもすぐに消えた。
「……それもそうね」
そして、納得したように頷いた。
「問題は俺たちがいたんだ。他にも同じように〝力〟を持った奴らがいてもおかしくないってことで………」
グギュルルル――……
二匹の腹の虫が鳴いた。
沈黙が降りる。
「……そういえばお昼時だったな」
「……そうね」
「ご飯、食べるか」
「そうね………、富田のおごりで」
そう言って真知子は先行して歩き出した。
「何でっ!?」
突然の理不尽につい叫んでしまう真。
「何でもよ。あ、そうだ」
先を歩いていた真知子が真の方を振り返る。
「久しぶり、富田。これから一年間、よろしく」
改まった挨拶。
それに真も薄く笑いながら乗っかる。
「ああ、久しぶり、浅野。こちらこそ一年間、よろしく」