第3話:現実と非現実
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入学式が終わった後、それぞれ新入生徒はこれから一年間、過ごすことになる各教室へ向かっていった。
そして廊下を教師に牽引されて一年四組に向かう生徒たちの中に真の姿はあった。
真は入学式の時に様子がおかしかった腐れ縁の彼女を探したが、中学の時にはありえなかった生徒の人込みに紛れてしまい、話しかけそびれてしまったのだ。
どのみち同じクラスなので帰りに話しかければいいかと、真は思考を打ちきって歩きながら窓から外の景色を見た。
東尾根高校の校舎は四階建てで二つに別れており、一つは真たち生徒の教室がある教室棟。
もう一つは図書室や家庭科室など様々な用途に使われる専用教室、職員室や各教科の準備教室などがある教科棟となっている。
この二つの校舎を繋ぐ渡り廊下が西端、中央、東端にそれぞれ存在しており、つまり各階に三つ、それが計四階あるから12個ある計算になる。
さらに二つの校舎を挟んだ場所には和風な中庭があり、錦鯉がいる池まで完備されているという徹底ぶりである。
そして真の教室の一年四組は教室棟の一階の西端にあった。
すぐ隣は教科棟に繋がる渡り廊下がある。
ちなみに一年は総数で約360人で、一クラス40人。
それが9クラスある。
教室に入って出席番号順に席に座る。
真の出席番号は26番である。
その関係で真の席は教壇に近い場所になった。
内心、めんどくせーと真は思った。
彼女の姿を探す。
いた。
彼女は名字は『あ』から始まるので席は自然と教室の左端の一番前になっていた。
しかし、まだ入学式の時と同じように俯いている。
やっぱり何かあったに違いない。
「よーし、全員おるか?」
ここまで牽引してきた教師が教室の席が全部埋まったことを確認して、教壇に立った。
まだ年若い教師である。
「ほな、まず自己紹介やな。これから一年間、このクラスの担任をする内山 憲三や。よろしく頼むわ」
そう言って教師、内山は気さくに笑った。
彼は言葉から分かるように関西出身らしい。
担当教科は現代文。
趣味は海釣りで特に朝釣りが好きらしい。
顔はかっこいい部類に入るだろう。
独身だが恋人はいるらしい。
というか、自己紹介の後半はほとんどが恋人の惚けだった。
───イケメン、死ね!
彼女いない歴=年齢の真はひそかに願った。
その後、各階にどのような施設があるなどを紹介するオリエンテーションなどがあったが、真はほとんど聞き流していた。
どのみちそんなものはこれから学校で生活していくうちに自然と覚えていくのだ。
今、無理に覚える必要はない。
「あー、疲れた」
真は他の生徒たちが教室から出るために出口へなだれこむのを横目に大きく伸びをした。
結局、真の高校初登校の日はあっけなく放課後を迎えた。
今日は入学式とオリエンテーションだけだったので放課後を迎えた頃の時刻は昼過ぎだった。
初日なのでクラスの連中とも大して話せず、友達と呼べるような者はできなかった。
少々、へこんだが、いくらでも時間はあると自分に言い聞かせ真は今朝、決めた通りに腐れ縁の彼女に接触しようと、彼女の席へ目を向けた。
「あれ?」
そこに彼女はいなかった。
「もしかして帰った……?」
同じクラスになったのだから話しかけてくるぐらいするだろうと思ったので、これはちょっとショックだった。
その時、ぶるるるとマナーモードにした携帯がポケットの中で震えた。
取り出して確認する。
『役員について説明があるから先に帰って』
母の慶子からだった。
どういうわけか真の母である慶子はPTAなど、その手の役員になるのが好きだった。
本人曰く、現役の気分を味わえるかららしい。
真にはよく分からなかったが。
「母さん、また役員するつもりか……」
もはや自分以外、いなくなった教室で真は呟いた。
学校にいたところで何もすることもない。
「………帰るか」
彼は鞄を担いで教室を出た。
下駄箱は東端の渡り廊下の途中にある。
真はそちらに向かおうとしたが、ふとすぐ隣の渡り廊下が目に入った。
中庭へは渡り廊下から行けたはずである。
「暇だし、行ってみるか」
彼は中庭に向けて、歩みを進めた。
「へー……」
近くで見る中庭はなかなか壮観だった。
真の中学にはこんな豪勢な中庭はなかったので、新鮮に思えた。
真と同じように中庭を見に来たのか、他の生徒もちらほらといた。
「…………」
彼は中庭の中心、それなりな大きさの池に近づいた。
池には立派な錦鯉が悠々と泳いでいる。
……ふと、〝力〟を使いたくなった。
あまりにも現実味がなかったのだ。
こうやって新しく通う高校の中庭でぱらぱらといる人に混じって、池を見ているという何気ない、けれど確固たる現実。
〝力〟がまるで一時の幻想だったかのように思えた。
故に確認したかった。
非現実が、現実であることを。
「……よし」
真は地面にしゃがんで、そこら辺に落ちていた親指ぐらいの大きさの石ころを手のひらに拾い上げた。
しゃがんでいたら周りの人からは見えないだろう。
そうしてしゃがんだまま、手のひらに乗せた石ころに意識を集中した。
すると、手のひらの石ころが一直線に池を飛び込んでいき、ぼちゃんと池の表面に大きな波紋を残しながら、沈んでいった。
………やっぱり、夢じゃない。
全く疑う余地もない、確固たる現実。
なのに、いまいち自分は喜べなかった。
中学の頃ほどではないが、心の隅っこで確かに小説の主人公みたいに特別な〝力〟を手にいれることを、今の現実を望んでいたはずなのに。
「現実と小説は違うってことか……」
複雑な気分だった。
「…てか、何言ってんだ、俺……?」
思い返すとさっきの言葉ってかなり中二臭くなかったか……?
周りには人がいたよな……。
カァッと顔が熱くなった。
はっ、恥ずかしいっ!!!
やばい、死にたい。
今すぐ土に埋まって死にたい。
「ねえ」
びくぅっと飛び上がった。
突然、声をかけられたこともそうだが、何よりその声が知っている声だったからだ。
そっと後ろを振り向く。
「あ、浅野……」
そこには朝から様子のおかしかった腐れ縁の女子、浅野 真知子が憮然とした表情でこちらを見ていた。
「ひっ、久しぶり……?」
様子を窺うように真は言葉を投げかける。
が、まる無視されてがしっと腕を捕まれる。
「ちょっと来なさい」
「は?」
真知子はそう言うやいなや、真の腕を引っ張ってずんずんと歩き出した。
「ちょっ、え、ええっ!?」
あまりの展開の早さに真は困惑して、ただ真知子の為すがままに連れていかれた。
連れていかれたのは中庭の隅だった。
到着すると、ようやく握られた腕が自由にされる。
「ちょっ、久しぶりに会ったってのにいきなり何だよ浅野。朝から様子がおかしかったし、いったいどうしたんだ?」
「単刀直入に聞くわ」
真の言葉はさらっと流された。
ひ、ひでぇ……。
真はげんなりしながら続く言葉を待った。
「……あんた、変な〝力〟持ってる?」
…………空気が止まったような気がした。