第2話:入学式
初めの方なので投下してみる。
「………ろ」
誰かの声が聞こえる。
「……きろ」
呼んでいるのか……?
「起きろ、クソ兄貴ぃ!!」
「ぐぼっ!?」
鮮やかな蹴りが真の腹に叩き込まれる。
「よし、起きたな」
「がはっ……。朝っぱらから酷いな、信二……」
真は恨めしそうに自分より少し背の低い弟を見る。
弟、富田 信二はふんっと鼻を鳴らした。
「兄貴、文句言ってる暇あるのか?」
「え?」
慌てて真は時計を見る。
時計は午前9時50分を示していた。
入学式は午前10時半から。
高校は二駅となりなので電車に乗らなければならない。
さらに10時半に高校に着くために10時10分発の電車に乗る必要がある。
つまり後、20分……。
「うっぎゃあああああ!!? もうこんな時間!? 何でもっと早く起こしてくんなかったんだよ!?」
「自分で起きろよ。自業自得だろ」
「くっそー!!」
真は飛び起き、部屋にかけてある高校の制服、いわゆる学ランを持って、部屋を出て、慌てて廊下の端に位置する階段を降りて、一階の居間に向かう。
「母さん、飯は!?」
「ようやく起きたのね。相変わらずだらしない……。あるわよ、ハムエッグトースト」
真は外出用の服にびしっと着替えた母、富田 慶子に朝飯の有無を確認をすると、ドタバタしながらパジャマのスウェットを脱いで学ランに着替えていく。
「はしたないわね……」
「しゃあないだろ!?」
着替え終えた真はハムエッグトーストを無理矢理口に詰め込んでいく。
「むぐ…むぐ……」
数回、咀嚼するとコップに注いだ冷えた麦茶で胃に流し込む。
「……ぷはっ! ごっそさん!」
「さっさと歯ぁ磨いて、顔洗いなさい」
「わーってるよ!」
洗面所に向かい、顔を洗って、歯磨きに歯磨き粉をつけて歯を磨く。
歯を磨きながら洗面所から出て、ちらりと居間にある時計を見る。
時計は9時57分を示していた。
「やっば……!!」
幸い家は駅から近いがそれでも駅まで最低でも8分はかかる。
慌てて口をゆすいで、タオルで顔を拭く。
「兄貴、入学式から遅刻フラグか、これは?」
いつのまにか降りてきていた信二が真をからかう。
「うっせぇ!!」
「信二、私たちは外に出てくるから留守番、よろしくね」
「わかったよ、母さん」
「ちくしょう、何で中学の始業式も今日じゃねえんだ!? 理不尽だ!!」
「知らねえよ。俺に当たるなよ、兄貴」
「くだらないこと言ってないでさっさと鞄、とってきなさい」
「はい!!」
母の後ろに般若を幻視した真は素早く階段を上がり、自室に駆け込む。
鞄は自室の奥の方に置かれていた。
「ああ、めんどくさい!!」
〝力〟を使う。
鞄が何かに引かれるようにこちらに向かって独りでに飛んでくる。
うまくキャッチする。
「よしっ!!」
〝力〟が目覚めてから二日。
最初に比べて真の〝力〟の精度は格段に上がっていた。
何せ〝力〟を使って左右に動かしているゴミ箱に向かって、〝力〟でゴミを投げ入れるという妙に高度な訓練をしていたのだから、上がらないほうがおかしいというもの。
「真! ダッシュ!」
真が自分の〝力〟に満足していると下から母の慶子の声が響いてきた。
「はーい!!」
鞄を持って急いで階段を降りて、居間を通り、玄関に繋がる扉を開ける。
「遅いわよ、真! 財布とケータイは持った?」
「うん、鞄に入れてる」
「もう時間がないから走るわよ!」
「ちょ、待って母さん!? まだちゃんと靴履いてない……!!」
結果から言うと彼らは間に合った。
ただし真は息絶え絶え、慶子は爽やかすっきりだが。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「だらしないわね、真。そんなんだから帰宅部は駄目だって言ってるのよ」
「……何で母さん…ぜぇ……息ひとつ…ぜぇ……乱してないのさ……ぜぇ…」
「まだまだ現役だからよ」
「意味わからん……」
彼らは乗せた電車は高校のある駅を目指して走っていく────。
県立東尾根高等学校。
穏やかな校風が人気の高校で偏差値は61と中の上に位置する。
駅からは徒歩十分。
校門まで200メートルの直線の間にある見事な桜並木道が名物の高校である。
季節はちょうど春。
咲き誇る桜の風景はなかなかの壮観だ。
そんな高校の運動場の一角にある体育館にある講堂で入学式は執り行われていた。
ちょうど今は校長の長い話である。
「ふわ……」
だらだらと長い校長の話に思わず真は欠伸がでた。
彼は無事に入学式に間に合った。
さすがに初日から遅刻なんてレベルの高いことをやる勇気は真にはなかったので間に合った時にはホッとした。
真は視線を周囲に走らせる。
彼が探しているのは中学から一緒に受けて、合格したやつら、つまりは友達だ。
少子化の今の時代の煽りを受けたのか真の通っていた中学は他校に比べると極端に少なく、全校生徒が300人、学年で約90人しか在籍しておらず、そのため同じ学年のやつらはほとんど顔見知りで大体、仲がよかったのだ。
ただ悲しいかな、頭の方はあまり賢くなく、この東尾根高校を受験して受かったのは真を含めたたった三人である。
受験して落ちたやつらの中には真の親友もいて、落ちたことに大層、悔しがっていた。
その親友は滑り止めとして受けて合格していた私立の高校に進学していった。
今度の休日にカラオケに誘おうかと考えた真だった。
そんな思考を真は振り払う。
それは後で考えるとしよう。
今はあいつだ。
真は再び周囲に視線を走らせる。
あいつ、それは小5の時からの腐れ縁であるやつのことである。
快活でがさつなとても女と思えないあいつ。
ここに来るまでに見たクラス分けの掲示板に自分とあいつが同じクラスであることを真は確認している。
必ず近くいるはずだと確信して、視線を走らせる真。
あっ、あの子かわいい………。
名前なんて言うんだろ……?
……じゃなくて!!
つい目についた可愛い女の子に注目してしまった真は思考を打ち消して、視線を走らせる。
そしてついに見つけた。
ようやく見つけ出したこの高校の制服を着た彼女は普段の快活な様子とは違い、下を向き、俯いていた。
明らかにおかしかった。
彼女は変に生真面目でこういう退屈な行事でも率先して真面目にやろうと行動し、校長の話もどんなに長くても最後まで模範的な姿勢を保ったまま聞いたことのある強者だ。
そんな生真面目強者が高校の入学式という一回きりしかない行事で俯いているなんてありえない。
そんな真の心配をよそに入学式は粛々と進行していった。