いつもの部活
「なにがいいと思う?」
そう聞いてきたのは、わが部長である笹本さんだ。学校の隅にぽつんと存在する演劇部の部室は、長机の周りに椅子が4つあるだけで一杯になってしまうほど狭い。そんな中で、向き合いながら喋ることにドキドキする僕の気持ちはいたって普通だと思う。なにか間違いが起こってしまっても不思議ではない――のに何も起こらないのはきっとキューピットとやらが、長期休暇にでも行ってしまったのだろう。
「やっぱり、劇っていえばヒーロショーでしょ」
「それって、子供じみてない?」
「いやいや。全然子供じみてなんてないですよ。子供と一緒に楽しめる劇のほうがいいですし、派手なアクションシーンがあったほうが見栄えしますよ。それに、シリアスな劇やったって、学園祭じゃ盛り上がらないっすよ」
この意見に納得したのか、それもそうねと褒めてくれた。笹本さんが褒めてくれるのは非常に珍しく、顔がにやけてしまう。
「どんな感じの話にするの?」
「そりゃ、悪役をこうギッタンバッタン倒していくんですよ」
身ぶり手びりも加えて説明するが、笹本さんは却下の一言。
「そんなありきたりの話を私が作るわけ?嫌よ」
「でも、戦隊モノって大体そんなんじゃないですか」
「だとしたら、もっと頭を捻りなさい」
そう言われても、ない頭をこれ以上捻ったところで何かが出で来る様子もない。かろうじて出てきたのは、笹本さんとの甘い生活のみで(もちろん、僕の妄想なわけだが)危うく出そうになった言葉を堪えるのみだ。
「まず、主人公よ。案はない?」
「主人公ですか……。やっぱ五人いたほうがいいのかな」
日曜朝7時のテレビを思い出す。
「主人公がそんなにいたって、話がまとまらないだけよ。しかも、そんなに部員がいないわよ」
「死活問題ですね」
「もう死んでるんだけどね」
確かに部員はいない。というより、部活として成立する5人すら集まっていない。しかし、部室はあるという不思議な状況だ。校長が昔演劇部に入っていたから、許可が下りたとかなんとか。ものすごい適当である。部員の数は4名で、僕と部長である笹本さんは普通だとして、残る二人がおかしい。一人は顧問の山野先生である。山野先生は新任で、この学校の教師はどこかの部活動の顧問をする必要がある。そのため、校長に抜擢されたらしい。先生が部員として入っていいのかという疑問があるが、校長が決めたのだから仕方ない。そして残る一人は、その校長である。この学校の行く末が大変不安である。
この学校の未来を考えても仕方ないので、劇について考える。僕がいろいろ考えている間に、笹本さんは鞄からノートを取り出し、何かを書き始めていた。
「なに書いてるんですか」
「主人公よ。こんな感じでどう?」
僕はノートを覗き込む。
暴虐のピンク 武器はムチ 言葉攻め ドS
財力のイエロー お金ですべてを解決する ドS
長万部ブルー 普通の人 SでもMでもない いじめられ役
突っ込みどころ満載で何を突っ込むべきか悩む。ヒーローのプロフィールにSとMは必要ないであろうに、ブルーに至ってはわざわざSでもMでもないと表記してある。その前に長万部ってなんだ?なぜ、長万部なんだ?しかもいじめられ役って……。ヒーローがそんなんでいいのか。しかもピンクはどことなくエロい。言葉攻めっていう単語だけで妖艶なお姉さんが僕の網膜だけに表示されるのだが、僕には笹本さんという決めた人がいるため、その妄想を隅に追いやる。決して、消してしまうような愚かなまねはしない。そして、イエローは最早悪役なのではないか。お金で解決って、基本的に悪だと相場が決まっているのに、これでいいのだろうか。そして、全体を通していい奴が一人もいないということが問題である。
だが、何よりもこれを指摘しなければならない。
「おかしいでしょ。レッドがいません」
突然吹き出す笹本さんだが、僕の顔はいたって普通だ。
「突っ込むところおかしいでしょ」
笹本さんは腹を抱えながら、机をバンバンと叩く。
「じゃあ、悪役をレッド伯爵としましょ。部長命令は撤回不可よ」
「そんな~」
うなだれる僕に優しい声をかけてくれる人はいない。不満を垂れながらも話は進む。
「だとしても、ブルーはおかしいでしょ。存在意義がわかりません」
「給料がいいから仕方ないのよ」
「給料制なんですか?」
「しかも、任期1年の仕事よ」
給料のためにいじめられ役をかってでるとは、なんて人なのだろう。親父がそんなんだったら見てられない。そんなやつを親父だと認めたくない。しかし、そんなことを言ったら母親に「あんたを養ってくれている人になんてことを言うの」なんて怒られるのだろう――などと妄想はここまでにしておこう。
「もうちょっとまともな人いないんですか」
「まともだと、面白くもなんともないわよ」
「そうですけど……」
「いいのよ。どうせ部員が足りなきゃ仕方ない話なんだから。今日の話はここまで。もう遅いし、帰るわ」
時計を見ると6時前だ。あたりは少し暗くなり始めている。
「送っていきます」
「いいよ。すぐ近くだし」
笹本さんの家は、学校の裏門から徒歩3分という場所に建っている。一方僕の家は、自転車で30分で意外と遠い。しかもこの時間だと一人で帰るため、さらにつらい。彼女を自転車の後ろに乗せて、一緒に帰るなんて夢見ていたのに、この状況ではそれもできない。できたとしても1分もないわけで、それはそれでものすごく悲しい。
「男として、夜道を女の子一人で歩かせることはできません」
なんやかんや理由をつけて、いつも僕は笹本さんを送っていく。さよならと言うまでのわずか3分。それが僕にとって重要なのだ。雑談するだけで、手をつなぐこともない。笹本さんの横を、自転車を引きながら歩く。
願わくば早くキューピットが返ってきて、僕の日常を少しだけハッピーにしてくれないだろうか?
感想あればいいな。