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94 地主とミノムシ

 

 今日も、実に長い一日だった気がする。


 地主様からもうこれ以上、みっともないって思われたくない。

 面倒な娘だと、ため息つかれたくない。

 そんな想いが私を駆り立ててくれた。

 じゃあ、まずはきちんとした装いとやらから入ろうか、となった。

 窮屈なコルセットも我慢した。

 少しでも女らしい体つきに見せる物と差し出されては、黙って頷く他にない。

 髪も高めに結い上げて、項を見せるのが今流だと言われれば、できるだけそれに近づけようとした。

 他には言葉使いやら、気の利いた挨拶の仕方とやらを学んだ。

 にわか仕込みもいいところだけれど、何もしないよりはマシだと思う。


 少しでも、あの方の隣でも恥ずかしくないように、なりたい。


 そんな想いを明確に口にしないまでも、自覚している自分に驚きが隠せない。


 どうしてそんな思いに囚われるようになってしまったのだろう。

 いつから?

 思い起こせない。


 世の中の女の子は、こんな気持ちに襲われているのだろうか。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 ――迎えにきてくれるよ。


 スレン様はそう笑って請け負ってくれたが、どうだろうか。


 一人になった途端に、またあの気持ちがぶり返してきた。


 嫌に自分の物足りなさが浮き彫りになって、情けなくてたまらなかった。

 自分は自分でしかない。

 そう自身に言い聞かせては素知らぬ顔で、面を上げてみる。

 だがすぐに虚しさに取り付かれてしまうのは、何事なのだろう。


 自分のいたらない部分や、みっともない弱さにばかり目が行ってしまう。

 そんな風に気にしてみても始まらない。

 それこそ、卑屈な思いで一杯になってしまう自分が嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 自分なんか、本当に嫌だ。

 どんなに嫌がっても自分はどこまでも付いてくる。

 嫌だ嫌だと自分自身にすら繰り返されては、たまったものではないだろう。


 粗末で好きになれない自分を、尊敬し好きだと思う地主様の前に晒したくない。


 でも、会いたい。

 矛盾する想いは募るばかりで、何かにつけては落ち込んでしまう。

 そうして暗い顔を見せるのが嫌で俯いてばかりいた。

 自分のつま先だけを見つめてやり過ごす。


 気が付けば思い浮かぶのは、お二人の並ぶ姿ばかりだった。


 綺麗だったなあ。

 ああいうのを絵になるって言うのだろうなあ。


 あの綺麗な方は私の視線に気がついておられた。

 だからだろう。

 私を見てにっこりと笑いかけられたのだ。


 無礼だったと思ったので、慌てて頭を下げて背を向けた。

 こういう時、思い切り駆け出せない自分の足が憎い。


 聞けばあのお方は公爵様のお嬢様なのだそうだ。

 納得だ。

 公爵様と言えば、王族の方々に近いご身分のはず。

 同じ女と言えど、これほどまでに違いを見せつけられると申し訳ないとしか思えなくなった。


 あの方こそが地主様の想い人である御婦人。


 地主様は有力者とはいえ爵位があるわけではなく、努力し続けて実力で神殿での立場を取られたそうだ。

 ますます、すごいと思う。


 地主様は平等なのだ。

 きちんと税を収める人には加護を。

 そうでない者にはきちんとするようにと促すだろう。

 おばあちゃんの事を責める気はない。


 人の和から外れて、何も知ろうとしなかった自分が悪いのだ。


 いろいろ、いろいろ考える。ぐるぐる回るのはとりとめもないことばかりだ。

 そうなってしまうともう、どこを探しても浮上するきっかけが掴めなくなる。

 そうやって導き出された答えは大抵がどうしようもないものばかりだ。

 本当に救いようのない事を、なぜこうも思いつけるのかが不思議だった。


 我ながら卑屈極まりなくって、泣けてくる。

 いくらどんなに目に見える努力をしてみても、全く無意味でしかないとしか感じない。

 そんな事を口にしたら最後、自分自身をも無意味と意味付けてしまいそうだから、そこは歯を食いしばってこらえた。

 そんな事、思っても言ってはならない。

 そう言い聞かせて耐えた。

 優しく教えてくれるリディアンナ様のためにも、必死で笑った。


 そんな調子で迎えた三日目。

 たったの二日と半分の日付であっても、私には拷問に近い長さに感じた。

 それでいて、ずうっとあの日からの平行線であるかのような、長い長い時間だった。


 待つ身というものは、時間の感覚がズレているに違いない。


 心はあの、地主様のお庭でされたやり取りに置き去りのままなのだから。

 それでいて、実際はきちんと日付も変わっている。


 どうしよう。

 日にちが置かれた分、頭が冷えたなんてものではない。



「カルヴィナ?」


 懐かしい声に、うるさいくらい胸が高鳴った。


 カーテンにくるまって、隠れているつもり。


 私はカーテン、私はカーテンと意味不明に言い聞かせながら。


 足音が遠ざかった気がして、ほっと息を吐いた。

 と、思ったら勢い良く近づいてきたものだから、心臓が飛び上がった。


「大きなミノムシがいるな」



 その後、後ろから抱きしめられてしまった。



「何か言ってくれないか?」


 ミノムシですから。

 ミノムシは口がきけません。

 そんな意思表示も込めて、カーテンにくるまる。

 だが、あっさりと砦は破られ、ミノムシは丸裸にされてしまった。


「カルヴィナ。まだ、いじけているのか?」


 いじけて何ていない!

 そうやってムキになってしまう辺りが、その通りだと思える。



『ミノムシ。』


バレバレです。


隠れているつもりでも。


あー……。

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