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93 リディアンナとカルヴィナ

 

 衝撃を受けている。

 思いもよらない人からの言葉は特に、無防備でいた分切り込まれてしまう。


 あのあと、どうやって退出したのか、あんまり覚えていない。

 ただ、リディアンナ様のあたたかな指先だけが、頼るすべてだった。


「姉と兄を頼ってね」


 兄?


 ジルナ様を姉と、地主様を兄として頼れと、言われても答えようが無かった。

 知らず知らずのうちに、唇を引き結んでいた。


 一線を引かれた気がした。


 それはそれはきっぱりとした、線だった。

 私が、地主様を一人の男性として見ることを、牽制する。


 確かに私は持参金も用意できないし、はたから見たら地主様にとって何の利益も無いだろう。

 自分の立ち位置が解らなくなるのが怖くて、必死で大魔女の娘だと言い募ることしかできないでいる。

 何かそれで役に立てたか、と問われても首をひねるしかない。

 それにしたって、とやり切れない怒りをどうしたって感じてしまう。


 いつの間に地主様の家の子になったんだろう。

 それこそ子猫の扱いと一緒だと思う。

 もらったり、もらわれたり。そんな扱い。

 だから、あの人から「子猫を見つけた」と言われてしまったのだろうか?

 イヤミを込めた例えとして。


「……。」


 今更ながらあの時の、いい知れぬトゲを感じてしまっている。

 あの場では知らぬふりをしてやり過ごしてみたものの、実際にはチクリとやられたものだから、どこかにトゲが引っかかったままのようだ。


 チクチクと小さく疼く、胸元を押さえた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「驚かせてしまってごめんなさい」


 リディアンナ様のお部屋にと連れてきてもらった。

 その途端、謝られてしまった。

 真摯な瞳にしっかりと見つめられて、一瞬言葉が出てこなかった。


「いいえ。そんな……。何故、そのような事になっているのか、驚いてしまって」

「当然よ。わたくしだって驚いたわ」

「申し訳ありません」

「カルヴィナは悪くないわ。わたくしが怒っているのは、お父様とお母様。それに叔父様なの」

「……。」


 何と答えていいのか解らず、ただ言われた言葉を受け止めた。

 黙り込んだままの私に気を使うように、そっと囁かれる。


「それより、自分に対して一番怒っているけど」


 どうしてリディアンナ様が、自分を責める必要があるのだろう?

 言葉もないまま、首を横に振る。

 つないだ指先から伝わってくるのは、怒りと悲しみがないまぜになったもの。

 それは、こちらから感じようと思わなければ、伝わってくることのない想いだった。

 リディアンナ様は想いを外に出さずに、自分自身にぶつけているのだ。


 私はたまらなくなって、無言で抱きついた。

 悲しみを一人で抱え込んでいる、自分よりも年下の少女に甘えたりして。

 自分の事だけにかまけている自分が恥ずかしくて、申し訳無かった。

 リディアンナ様が、息をのんだのが分かった。

 でも、腕を振り払わずにいてくれた。

 やがて、ゆるゆると私を抱き返してくれた。


「わたくしが恐れずに触れられる数少ない人の一人よ、あなたは。恐れずに触れてくれる人も。そうそういない」


 ――誰も自分の未来や過去など、覗かれたくないから。


 そう、何の感情も込められずに囁かれた。

 リディアンナ様がほんの少し先を視る事が出来るというのは、少しだけ聞いている。

 触れた物や人から、わずかな可能性が視えてしまうのだと。

 抜け出した私が港に居るのが視えたから、慌てて迎えに行ってもらったのと、少女は教えてくれた。

 さらりと、なるべく何でもないことのように告げられて、それ以上は何も聞かなかった。

 ただ、黙って頷いて見せただけだ。

 それはどんな悲しみと喜びをもたらすのだろう。

 言葉に出来ない苦悩も、きっと。

 そんな想いを全て一人で受け止める少女を、ただ強く抱きしめてあげる事しか出来なかった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 二人で落ち着くと、リディアンナ様がお茶をいれてくれた。

 向かい合せで座って、笑いあった。

 何となく気恥しさもあったし、お互いを思いやっているのだという、信頼感もあった。

 それは何とも心強い、絆を結びあえた気がした。


「ねえ……。カルヴィナは叔父様の事をどう思ってるの?」

「お仕えする地主様です」


「それだけ? ねえ、それだけなの? お嫁さんにはなるのは……嫌?」


「恐れ多いです」


「そんな! でも理由はそれだけなの? 叔父様の事を一番大切に想ってはいないの、カルヴィナ」


 顔が一気に火照った。

 さっきあれだけ触れ合ったのだ。

 押しとどめようのない何かが、伝わってしまったのは明らかだろう。

 でも、リディアンナ様は決めつけたりしない。

 というよりも、私の言葉から確かなものにしたがっているようだった。


「私には何の財産もありません。そんな娘が地主様の隣で許されるとも、思えません」

「カルヴィナ、そんな事」

「だから私がこれ以上、不必要に近づき過ぎないようにと養女という形をとったのではないでしょうか」

「カルヴィナ! それは違う。それは違うわ!」


 リディアンナ様が立ち上がって、再び私の手を取った。


「カルヴィナ、それは違う。わたくしも何も知らされていないから、その意図は解らない。でもわたくしなりに、予測はしている。でもそれは確かではないから、わたくしの口からあなたに伝えることが出来ない。ごめんなさい、カルヴィナ。でも悪く取らないで居て欲しい。そりゃ、あなたが叔父様のお嫁さんになってくれてロウニア家に入るものだと思っていたから、先走るようなこんなマネって、怒っているの」


 そう一息にまくし立てて、私の沈みかけた心を必死ですくい上げようとしてくれた。


 でもあまりの内容に、また言葉を失ってしまう。


 お嫁さんって……。私が?


「とにかく。叔父様が迎えに来てくれるのを待ちましょう。全てはそれからよ、カルヴィナ」


 そう力強く言い切られた。


「それまで力を蓄えましょう。そうして、叔父様を迎え撃つのよ!」


 それからはリディアンナ様の言うことを聞いて、色々着せ替えをしたり、髪を編んでみたりして、毎日綺麗にするよう務めた。


『いつの間にか養女って扱いに釈然としない、女心。』


レオナル、早く迎えに来ないと……。


また明後日方向に行きそうだから、急いで下さい。


そんな調子です。

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