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92 カルヴィナと母娘

 

 リディアンナ様に手を引かれながら、ゆっくりと進む。

 お屋敷自体は石造りなのは、地主様の所と変わりがない。

 それでも、どことなく柔らかな雰囲気に包まれている。

 使われている石の色が、白っぽいせいだろうか。

 威厳はあっても上品で、気後れしてしまうのは、あちらと変わりがないけれど。

 気取りの全くない気さくなジルナ様や、リディアンナ様から感じるものと一緒だと思う。


 陽の光がたっぷりと差し込む廊下を渡る。


 眩しくて目を細めてしまう。

 温かさに包まれて、そここに置かれた彫像から、まるで微笑みかけてくれているかのよう。

 そう感じるから、不思議なものだ。


 住んでいる人の雰囲気が、そのまま家に表れるものなのだなぁ、と改めて感心しながら眺め回した。


 その間もリディアンナ様は手を引いて、ゆっくりゆっくり私の歩みに合わせてくれた。

 言葉数も少なく、慎重に。

「綺麗な女神様よね。デルメティア様よ」

 そうやって時折、私が興味を示した物に、註釈をくれるくらいだった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 やがて手のひらから伝わってくる緊張感に、きょろきょろするのを止めて、一歩先ゆく彼女を見つめた。

 目的はジルナ様へのご訪問のはずだ。

 綺麗だけれど、とても気さくなジルナ様。

 ずっとお会いしていない分、私も何だか緊張してきた。

 でも、リディアンナ様にとってはお母様だ。

 緊張を強いられる事なんて、あるのだろうか?

 そんな違和感を感じたが、黙って付いてきた。


「こちらよ」


 そう言って扉に手をかけた途端、緊張感が一気に高まった。

 思わずリディアンナ様の手を強く握り返していた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 来訪を告げると、微かに返事が聞こえた。

 リディアンナ様に引かれるまま、中に進む。


「お母様、カルヴィナが遊びに来てくれたわ」

「ああ! カルヴィナ、よく来てくれたわ。お久しぶりね、元気だったかしら?」


 ジルナ様は椅子から立ち上がると、両手を広げて迎え入れてくれた。


「はい。ありがとうございます。あの、その、ジルナ様は、お加減はいかがですか?」

「大丈夫。とても落ち着いたわ。今日は色々聞かせてちょうだいね」

「はい」


「おいしいお菓子とお茶があるのよ」


 そう微笑みながら、ジルナ様が茶器に手を伸ばした。

 リディアンナ様はすかさず手を出して、遮った。


「お母様、わたくしがやりますから、座ってらして」

「はいはい。リディも過保護ねえ」


 諦めたように肩をすくめて、ジルナ様がこちらを見た。


「ジルナ様」


 ジルナ様は記憶よりも頬がこけて、顔色も青ざめて見えた。

 ずっと体調が優れなかったそうだから、リディアンナ様の心配も無理は無いと思うのだ。


「さあ、カルヴィナも座ってちょうだい。リディに任せてしまいましょう?」

「はい」


 促されるままに隣に腰を落ち着けた。


「カルヴィナ、今日はまた一段と艶やかね。素敵。ナナカマドの赤い実みたいよ。レオナルはさぞかし有頂天だった事でしょう」


「えっと、その、あの」


 服装を褒められ、急に地主様の事に触れられて、上手く言葉が出てこなかった。

 何とか返事をしようとする間にも、ジルナ様はおかしそうに笑っている。


「ふふ。綺麗になったわねぇ、カルヴィナ。ほんの少し会わなかった間に、何があったのかしら?」


「そりゃあ、もう! 色々とよね、カルヴィナ。はい、どうぞ、召し上がれ」


「……ありがとうございます」


 私が言い淀んでいるのを見かねたのか、リディアンナ様が代わりに答えてくれた。


 すすめられるままに、カップに手を伸ばす。

 これまた緊張を強いられる茶器だ。


 白磁に美しく描かれた赤い実は、ナナカマドだった。

 それを小鳥がついばんでいるという絵柄。

 リディアンナ様が、ジルナ様の例えに気を利かせてくれたのだろう。

 所々金で装飾されたそれは、小さな芸術品と呼ぶに相応しい。

 おおよそ私の感覚では普段使い用の品ではない。


 繊細な持ち手に絡む指先は、ジルナ様やリディアンナ様のような方たちのものが、相応しいだろうに。

 先程まで土いじりをしていた私の指先は、相変わらず少しささくれている。

 そっとため息を飲み込んで、器を大事に手にした。


「おいしい、です」

「良かったわ。お菓子もどうぞ、召し上がれ。ああ嬉しいわ。こうやってカルヴィナともお茶会をしたいなって、ずっと考えていたのよ」

「ありがとうございます。そう仰っていただけて嬉しいです」


 ジルナ様の傍らには、編みかけの小さな靴下があった。


 私の視線に気がついたのだろう。

 ジルナ様がそれを私の膝に乗せてくれた。


「あんまり、こういう事は得意じゃないのだけれど、何とかね」


 そう言いながら、ご自身のお腹にそっと、両手を当てる。

 空色のお召し物はゆったりとしていて、お腹の膨らみ具合が目立たないようになっているようだ。


「えっと、その、お祝いの言葉がまだでしたね。申し訳ありません。ジルナ様、おめでとうございます」

「ううん、いいのよ。気を使わせたわね。ありがとう、カルヴィナ」


 新しい命を宿したジルナ様は、つわりで苦しまれたせいか、ずい分ほっそりとして見える。

 そんな風に儚げでいても、自信に溢れて見えた。

 命を受け止める器とは、こういう事を言うのかと、静かに感動する。

 命、命、命。

 春、勢い良く枝葉を伸ばす木々によくそれを感じたが、こうやって間近で感じるものもある。

 畏怖すら感じる。


 先程見た、女神像が浮かんだ。

 目の前に女神がいる。

 彼女もまた、女神様の化身に違いない。


 ゆったりと微笑むジルナ様に見蕩れてしまう。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 それから赤ちゃんはいつ生まれるのかといった事や、次は男の子か女の子か、リディアンナ様には分かっていても、教えないでと言ってあるのだ、といった話で盛り上がった。

 年の離れた姉と兄に囲まれて、赤ちゃんはどんな子に育つのだろう、とジルナ様が次々と楽しそうに話すのを聞いていた。


「きっとレオナルも、いい遊び相手になってくれると思うわ」

「叔父様なら間違いないわね」


 リディアンナ様が、深く頷いて請け負った。

 また何の前触れも無く、地主様の話しが出たので、ドキリとしてしまう。


「そうそう! カルヴィナ、村のお祭りで巫女役をやったのですって? しかもレオナルが神様役!」

「はい」

「見たかったわ、とても」


 嫌な流れになってきた。

 今は避けたい話題に移行していくのを、どうにか避けられないものかと、リディアンナ様を見た。


「カルヴィナも叔父様もとても素敵だったのよ、お母様」


 どうやら避けられないらしい。


「少しだけ、聞いてはいたのよ。でも具合が悪くって! もう一度詳しく聞きたいわ。ねえ、リディ」


 それからひとしきり質問攻めにされて、全く落ち着きを無くした私は、あいまいに返事をするばかりだった。

 リディアンナ様は心得た様子で、お祭りの事を話してくれている。

 私はといえばもう、ただただ小さくなって、話しが尽きてくれるのを待つしかなかった。



「叔父様がね、すごく見蕩れていたんだから。カルヴィナがあんまりにも可愛らしいから」

「そ、そんな事は……。」


「あら! わたくしの目はごまかされなくってよ。叔父様は間違いなく、カルヴィナを真剣に見つめていたのよ。それに褒めてたわ。準備も含めて大変だったろうに、朝から文句のひとつも言わないで、カルヴィナは巫女役を勤め上げたって。頑張ったって褒めてたのよ」


「流石に私達の義妹ね、カルヴィナ」

「え?」


 今、耳慣れない言葉があった。

 義妹、イモウト、とは私の事を言っているのだろうか。

 しかも「私達の」とは、一体何の事だろう。


「あら。カルヴィナは聞かされていなかったの? ダメねぇ、レオナルったら。ちゃんと言わないんだから。カルヴィナはね、」

「お母様、そのお話は叔父様が後できっと」


 リディアンナ様は気を使うようにそっと、ジルナ様の言葉を遮る。


「あら、いいじゃない。カルヴィナはもうロウニア家の養女になったんだから、私達に遠慮はいらないわ。安心してこの姉と兄を頼ってちょうだいね」


「お母様」


 きっぱりとリディアンナ様が呼んだ。

 ジルナ様は驚いたのだろう。

 口を噤んで、リディアンナ様を見つめた。


「少しお疲れになったでしょう? お休みにならないと」



『ジルナとお茶会』


微妙に緊張感が漂っているぞっと。


母娘の間に。


いつの間にやら、カルヴィナさんはロウニア家の子になっていたようです。


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