90 邪魔者と部外者
嫌だ。
何もかもが嫌になる。
努めて私の機嫌を取るような話し方をする、地主様にイライラする。
本当は私の事を怒鳴りたいだろうに、それを抑えつけてくれている。
それくらい、私にだって解る。
彼ほどの人が、取るに足りない小娘の機嫌を取ろうとするなんて。
ものすごく、意地悪な気持ちが溢れて止まらない。
私はずるい。
地主様が大声を出さないようにしてくれる、その訳を知っている。
そこにつけ込むような態度を取っている自覚はあった。
でも、止められない。
ぎゅっとスレン様に抱きついて、一息に言い放った。
「地主様。私はジルナ様のお見舞いに行くのです。ですからそこを通して下さい」
邪魔者は居なくなるから、お二人でゆっくり話し合えばいい。
邪魔者。それは私の事に他ならない。
言っていて本当に涙がこぼれそうだった。
元から私は部外者だ。
いつからこんなに、おかしな勘違いをするようになったのだろう。
それもこれも全部、地主様の私への過ぎる扱いのせいだ。
そんな恨みで自分を奮い立たせて、地主様を見つめる。
視線が絡み合う。
それから思いっきり顔を背けてやろうと思った。
だが先に、地主様から目を逸らされてしまった。
それくらいで傷ついてしまう自分に、もう説明がつかない。
地主様は訳が分からない、とでも言いたげな様子だった。
私にだって訳が分からない。
それから地主様は口元を隠すようにして、何か呟いたが聞き取れない。
背けられた横顔は、少し赤らんでいるように見えた。
この顔を見るのは二回目だ。
狩りに出かける前に、笑いかけたあの時だ。
あの時に向けた笑顔は、意地悪な気持ちからのものだった。
今だってそうだ。
私は嫌な子に成り下がっている。
それが滑稽だと、呆れられているのかもしれない。
「……わかった」
そう呟くと、地主様は道を譲った。
通して欲しいと頼んで、それが聞き入れられたはずなのに、私の心は重みを増した。
引き止めてくれるかもしれないと、期待していたのだ。
そんな淡い期待も見事に裏切られ、自分を卑しいと思う気持ちが強まる。
「じゃあね、レオナル。フルルは僕に任せて、さっさと仕事を済ませるんだね」
「スレン」
「この借りは後で返してもらうよ」
「おまえこそ。今こそ俺に返しておけ。数々の借りを」
「何の事?」
スレン様はさらりと流して、扉の前から一歩踏み出す。
「カルヴィナ。姉上の所に行ってくれるのだな。必ず、後で迎えに行くから待っていてくれ」
すれ違いざまに、地主様が言った。
その子供に言い聞かせるみたいな調子がまた、気に障った。
地主様はいつだってそうだ。
少しでも都合の悪い事になると、私の事を子供扱いをする。
「いいえ」
「カルヴィナ?」
「私、自分で何とかします。地主様の手を煩わせたくありませんから」
わざとらしいくらいに顔を背けて、私の頭を撫でようとした手を避ける。
「スレン様、お願いします」
「はいはい、お姫様。参りましょうか」
スレン様はくすくす笑いながら、軽やかに歩きだす。
地主様はその場でずっと、見送ってくれていた。
「スレン様、お願い。少しでも早く歩いて下さい」
そんなまとわりつくかのような視線から早く逃れたくて、スレン様を急かしてしまった。
運んでもらっているくせに、図々しいのは承知している。
「お。いいよ。フルルに頼まれるのって気分がいいね。しっかり掴まっていな」
スレン様は快く引き受けてくれ、私の望み通り歩調を早めてくれた。
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「あ~いいものが見られた! 僕は満足」
お屋敷から出ると、スレン様は吹き出した。
「いいもの?」
スレン様は笑う。
そこにからかいの色は無かった。
本当に楽しんでいるように聞こえて、嫌な感じが全くしなかった。
むしろ、つられてこちらの気分も浮き立つようだった。
「見た? レオナルのあの顔。フルルにそっくりだったよ」
「私に?」
「そう。僕にフルルを取られちゃう、っていうあの顔」
『魔女っこ八つ当たりのち、後ろめたい。』
カルヴィナはいい調子です。
今まで感情的な気持ちにも周りにも、一線引いていたので。
そうそう~嫉妬に駆られるとね、こんなもんじゃ済まないよね。
君もドロドロして下さいな、の巻。




